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二章
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広く高い廊下は冷えた空気に包まれている。
その中をペタペタと歩く私とファルシュさん。
見回りを回避しながら目的地に向かう間、会話は無かった。見張りに見つかるのもあるからだけど。硬い表情のまま口を引いて、苦悶に近い表情だ。
王子の影武者として感情を出さない訓練をしているはず。それが今は忘れているようだ。
ただ、黙って付いていった。
「ここ、です」
ファルシュさんの硬い声は感情を抑え込み、くぐもって聞こえた。
「視たところ、何もいませんよ」
何もいない。
何ただの通路と石壁だけだ。
狭い通路に入り組んだ作りは石造りでさらに肌寒く感じる。
「未練なく昇華したのではないですか?」
「………そう、ですか」
その一言でファルシュさんは深く俯いた。
脱力したのか、気が抜けたのか。
壁に手を付きはぁと大きな息を吐いているファルシュさんから少し離れた。
きっと気がかりだったのだろう。
それが分かり肩の荷が降りたと言うところか。
落ち着くまで待つことにした。
〈ルシェや〉
『ん?なあに?じじさま』
じじさまがコレと指差した先を見つめた。
離れていた私にファルシュさんが近寄ってきた。
「もう、戻りましょう」
「ファルシュさん。コレ取れませんか?」
「なんでしょうか?」
ファルシュさんの会話を遮り、石壁に付いた亀裂に目線を向けた。
刃跡かひび割れか判別はつかないが、その隙間を指差した。
ファルシュさんは持っていたナイフを取り出して、ナイフの先を隙間に入れて掻き出すようにすると。
ポロリと、何かが落ちた。
慌てて拾い、手に握った。
「ーー生きろーー死ぬなーーにげろーー…………。………月ーー夜にーー………。
………これ以上は無理かな?
この破片に残っていた残留思念です」
これ以上は残ってませんが。と言葉を濁しながら破片を手渡した。
無言のまま受け取ったファルシュさんの視界から外れるように後退った。
俯いて髪が垂れ下がり顔は見えなかった。
見ちゃダメだと思ったから。
暗い通路の先は深い暗闇だけ。
静かな夜はさらに深く感じた。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
あの夜の後から、ファルシュさんがちょくちょく顔を出してくるようになった。
しかも、王子モードじゃない!
彼本来の碧い眼だ!
髪の毛は黒く染めているようだ。
王子が子爵令嬢の部屋に足繁く通うのは外聞が悪いとのことで、ファルシュさんは王子の変装をといた姿で来る。
執事の姿なので怪しまれずに動けるそうだ。
「今度の舞踏会、俺と出てくれない?」
「へ?宮中舞踏会は格式あり過ぎて恐れ多いのでお断りします!」
「普通は喜ぶものだよ?」
「普通でも私は断固拒否します」
「なら仕事では?」
「………仕事って?」
「視るお仕事」
「嫌だ!出ない!」と拒否る私と、「視るだけだ」と言うエセ王子。
言葉の応酬はいつまでも続いた。
半分本当とか言うエセ王子なんか知らないもん!
王子と同じ微笑みなのに、やっぱり胡散臭さがぬぐえないのは、日頃の行いだと思います!!
絶対、視るだけ、なんて信じない!!
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
煌びやかな装飾をされたビスチェに、ふんだんに刺繍を施されたウエストリボン。
上質な織糸で織り込んだ布に宝石が散りばめられたサテンのような光沢のドレス。
どれを取っても最高級に選ばれた品で作られたドレスだ。
首を飾る宝石とお揃いのイヤリング。
大振りのサファイアはファルシュさんの眼の色と同じだ。
薄い水色のドレスに、リボンとアクセサリーは碧色。完全にファルシュさんの瞳カラーにちょっと気恥ずかしい。
ーー今日は宮中舞踏会。
出ないって言ったけどさ。
仕事だって言われたし。
いや、ドレスに惹かれたわけじゃないよ?
こんなドレス一生に一度くらいかもだけど。
ほら。成長した私をじじさまに見せるのも祖父孝行だし!
結局、視る仕事に駆り出された私だった。
その中をペタペタと歩く私とファルシュさん。
見回りを回避しながら目的地に向かう間、会話は無かった。見張りに見つかるのもあるからだけど。硬い表情のまま口を引いて、苦悶に近い表情だ。
王子の影武者として感情を出さない訓練をしているはず。それが今は忘れているようだ。
ただ、黙って付いていった。
「ここ、です」
ファルシュさんの硬い声は感情を抑え込み、くぐもって聞こえた。
「視たところ、何もいませんよ」
何もいない。
何ただの通路と石壁だけだ。
狭い通路に入り組んだ作りは石造りでさらに肌寒く感じる。
「未練なく昇華したのではないですか?」
「………そう、ですか」
その一言でファルシュさんは深く俯いた。
脱力したのか、気が抜けたのか。
壁に手を付きはぁと大きな息を吐いているファルシュさんから少し離れた。
きっと気がかりだったのだろう。
それが分かり肩の荷が降りたと言うところか。
落ち着くまで待つことにした。
〈ルシェや〉
『ん?なあに?じじさま』
じじさまがコレと指差した先を見つめた。
離れていた私にファルシュさんが近寄ってきた。
「もう、戻りましょう」
「ファルシュさん。コレ取れませんか?」
「なんでしょうか?」
ファルシュさんの会話を遮り、石壁に付いた亀裂に目線を向けた。
刃跡かひび割れか判別はつかないが、その隙間を指差した。
ファルシュさんは持っていたナイフを取り出して、ナイフの先を隙間に入れて掻き出すようにすると。
ポロリと、何かが落ちた。
慌てて拾い、手に握った。
「ーー生きろーー死ぬなーーにげろーー…………。………月ーー夜にーー………。
………これ以上は無理かな?
この破片に残っていた残留思念です」
これ以上は残ってませんが。と言葉を濁しながら破片を手渡した。
無言のまま受け取ったファルシュさんの視界から外れるように後退った。
俯いて髪が垂れ下がり顔は見えなかった。
見ちゃダメだと思ったから。
暗い通路の先は深い暗闇だけ。
静かな夜はさらに深く感じた。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
あの夜の後から、ファルシュさんがちょくちょく顔を出してくるようになった。
しかも、王子モードじゃない!
彼本来の碧い眼だ!
髪の毛は黒く染めているようだ。
王子が子爵令嬢の部屋に足繁く通うのは外聞が悪いとのことで、ファルシュさんは王子の変装をといた姿で来る。
執事の姿なので怪しまれずに動けるそうだ。
「今度の舞踏会、俺と出てくれない?」
「へ?宮中舞踏会は格式あり過ぎて恐れ多いのでお断りします!」
「普通は喜ぶものだよ?」
「普通でも私は断固拒否します」
「なら仕事では?」
「………仕事って?」
「視るお仕事」
「嫌だ!出ない!」と拒否る私と、「視るだけだ」と言うエセ王子。
言葉の応酬はいつまでも続いた。
半分本当とか言うエセ王子なんか知らないもん!
王子と同じ微笑みなのに、やっぱり胡散臭さがぬぐえないのは、日頃の行いだと思います!!
絶対、視るだけ、なんて信じない!!
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
煌びやかな装飾をされたビスチェに、ふんだんに刺繍を施されたウエストリボン。
上質な織糸で織り込んだ布に宝石が散りばめられたサテンのような光沢のドレス。
どれを取っても最高級に選ばれた品で作られたドレスだ。
首を飾る宝石とお揃いのイヤリング。
大振りのサファイアはファルシュさんの眼の色と同じだ。
薄い水色のドレスに、リボンとアクセサリーは碧色。完全にファルシュさんの瞳カラーにちょっと気恥ずかしい。
ーー今日は宮中舞踏会。
出ないって言ったけどさ。
仕事だって言われたし。
いや、ドレスに惹かれたわけじゃないよ?
こんなドレス一生に一度くらいかもだけど。
ほら。成長した私をじじさまに見せるのも祖父孝行だし!
結局、視る仕事に駆り出された私だった。
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