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冒険者にとって

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「改めて、ようこそ。ここは冒険喫茶ハーフエルド亭だよ」
「冒険喫茶……ハーフエルド亭ですか」

 反芻すると、エメラダさんは大きく頷いて両手を広げた。

「そうだよ。ここは冒険者たちがやってくる喫茶店。定食も提供するし、酒だって提供する。もちろんカフェやスイーツもね。弁当だって販売するよ?」
「すごい多岐にわたるんですね」
「もちろん。冒険者のための喫茶店だからね」

 えっへん、と、エメラダさんは胸を張る。
 この世界において、冒険者は世界を切り開く存在だ。

 世界各地に存在する巨大遺跡——《メガリス》の探索、未開地の発見、魔物との闘い、異常現象の調査、研究などなど。

 冒険者の役割は非常に幅広い。
 そんな彼らを支えるのは、なんといっても食事。
 魔法と剣を駆使する彼らは、否、私たち生きるものたちは――

「おう、戻ったぞ。って何やってんだ?」

 喫茶店に入ってきたのは、見るからに筋骨隆々の男。顔の輪郭を覆うようなラウンド髭がとても立派な、雄々しい人だ。
 たぶんだけど、純粋な人間じゃない。
 その男の人は、私をちらりと見てから不器用にはにかんだ。あ、怖い。

「ジョン。若い娘だからって色気使ってんじゃねぇよ。むしろ笑うな。怖い」

 すかさずエメラダさんが不機嫌な目線と声でたしなめる。
 すると、男の人——ジョンさんは小さく舌打ちしてから、頭をがしがしとかきむしった。ああ、せっかく綺麗なオールバックなのに。あ、でも黒髪は後ろでしばってあるみたい。

「挨拶だろ、挨拶。それより、そこの確実にイイところのお嬢さんがなんでキッチンにいるんだ?」
「決まってるでしょ。シェフよシェフ。見つけたのよ。新しいシェフ! 言っとくけどもう契約書も用意したわ。今、お店の説明をしているところ」
「はぁ? おいおい、マジか?」
「そうよ! 料理の腕は抜群――って、あ、オムレツは全部私が食べちゃったんだっけ。ねぇ、ナタリー。もう一度作ってくれるかしら?」

 怪訝な表情を浮かべるジョンさんに言いかけて、エメラダさんはぺろっと舌を出しながら私にお願いしてくる。
 快活って言葉がまさにぴったりな動きだ。
 私は頷いてから、さっきと同じようにオムレツを作り、カウンターテーブルに腰かけたジョンさんに渡す。

 ジョンさんは湯気をふっと嗅いでから、スプーンでオムレツを……って一口が大きいっ!?

 驚く間に、ジョンさんはまさに「ばくんっ」という感じで食べる。
 でも咀嚼は丁寧。
 目を閉じて、味わうようにしてから、またスプーンを入れる。その動作、僅か五回。それだけ一口が大きいんだ。

「丁寧だ。でも調理作業に無駄がないから提供までが早い。スピードは合格。味の方も美味い。だが肝心なのは――エメラダ」
「はいよ、鑑定。ステータスオープン」

 エメラダさんが指を鳴らし、魔法を展開する。
 空中に半透明のウィンドウが開き、ジョンさんだけが分かる文字が表示された。
 すぐにジョンさんは目を大きく見開いた。

「ステータス上昇量も十分過ぎるくらいだな。これは掘り出し物じゃないか」

 そう。
 この世界の冒険者たち――いや、生きていく命は、食事をとることでステータス上昇の恩恵を受けられる。特に冒険者は用途に応じて自分の能力を上げつつ冒険に出るのだ。

 だから食事はとても大事。

 でも、そっか。
 冒険者をお客さんにするのなら、ステータス上昇量も大事にしないといけないんだ。料理の完成度によって数値は変わるものね。

「イケるわね。ナタリー。あとはレパートリーね。さっきも言ったけど、うちのメニューは大量よ。レギュラーメニューも多いの。これくらいあるんだけど」

 エメラダさんが渡してきたのは、メニュー表だ。
 確かにかなりの数だ。
 でも――うん、大丈夫。全部作ったことがあるやつだ。

「大丈夫です。全部作れますよ」

 頷きながら言うと、エメラダさんとジョンさんが顔を見合わせる。

「完璧すぎない?」
「完璧すぎるな?」

 かくして。
 私はここ、冒険喫茶ハーフエルド亭のシェフとして、再出発することになった。


 ◇ ◇ ◇


「コックが、全員やめた?」

 その報せは、午後一番に継母へ届けられた。
 メイドが困った顔で、コック全員分の退職願を持っている。

「なんて身勝手な……!」
「連れ戻しましょうか?」
「放っておきなさい。すぐに新しいコックを雇えば良い話よ。それまでは食事が作れるメイドでなんとかするように」

 憤慨しながら、継母は言い放つ。

「貴族の屋敷に勤めるという名誉をあずかりながら勝手に退職するなんて……!」

 メイドから受け取った退職届をびりびりに破り捨てて、継母は怒りの眼差しを泳がせる。
 そうだった。
 ナタリーはもういない。あれだけ痛めつけた上で捨てたのだから、もう死んでるはずだった。

「サンドバックがいないのも、ストレスなものね……」

 苛立ちを露にするように、継母は机を蹴り飛ばした。
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