ひたすら楽する冒険者業

あまり楽とは言えない冒険者メリルの章

72.迷宮なら楽しいかもしれない食事

　とりあえずパンぐらいならと手を出した。
「つけるといいよ」
　男はどこからか、瓶に入ったソースを取り出す。色合い的にスパイス系のソースだろう。
　とりあえず加熱と辛味で衛生面をなんとかしようとするところが、この街にはあり味付けは濃くて刺激が強いものが普通。
　メリルの故郷では、多少塩っけある程度で甘い物が主体だったので、慣れるのに随分時間がかかった。
　パンにソースを薄く塗って、そこだけ食べる。
「……このパン、自分で作ったんですか？」
「うん。常に贅沢出来るほどお金はないし」
　味について、端的に言えば、美味しいとか不味いとかいうものではない。
　おそらく粉を水で溶いて焼いただけ。ほんのりイモの風味がするので、小麦ではなくイモの粉で作ったのだろう。
　かなり味気ない。これだけだと、スパイスの辛味で押し込むだけのような食べ物だ。一味も二味も足りず、おかずがどうしても欲しくなる。
　メリルは迷った末、リザードの尻尾の肉に手を出した。
　表面はほとんど焦げになるほど念入りに焼かれている。中まで火が通っていないと流石に危ないので、このぐらいで丁度いいのだろう。
　味は……悪くはない。
　どちらかと言えば、ゴムっぽい食感の方が気になった。
　弾力があって、噛み切るのに苦戦しているうちに、ガムのように噛みまくっている。
　飲み込むまでの間、手をつけていないオーク肉に目を移した。
　ずっと目の前にあると、なんだか食べないといけないような気もしてくる。
　良く焼けているし、肉汁も垂れているし、いっちょ前に肉らしい良い匂いもする。
　オークの肉は食えるものだ、という事はわかっている。だが直前にオークナイトの姿と、あの強烈な臭さを知っていると、空腹であっても躊躇する。
「美味しいですか？」
　何の躊躇いもなく、淡々と頬張っている男にメリルは訊いた。
「うーん」
　男は唸ってから。
「脂肪」
　とだけ言った。
　味を答えて欲しいところだった。
　アテにならないので、結局実食して確かめるしかない。
　最近まともな物を食べていなかったし、何だかんだいって肉は久しぶりのことだった。
　それがオークの肉になるとは思いもよらなかったが。
　つまんでみる。
　どろりと脂に混じって、残っていた血が垂れる。
「う……」
　言われた通り、確かに白い脂身が目立つ。
　仕方ないとは言え、やはり獣臭いので、スパイスソースをつけて、一息に頬張った。
「あつ……んっ、んんっ」
　食べた瞬間に少し獣の臭いがあり、続いてぶよぶよとした脂身がひたすら広がる。
　余り口に含んでいたくないが、よく噛まないことには飲み込めない。ソースの辛味だけが、頼りだった。
　そうして完全に嚥下しきると、最終的に残るには脂っこさ。
「なるほどぉ……」
　男の脂肪という感想は、間違っていない。
　クセは強いが、思ったより肉っぽい感じはあって、食べられそうだという確信を得る。
　メリルは無言で、次の肉を頬張る。
　あんまり楽しく会話が弾む、というものではなく、気が付いたら妙に集中力を使っているタイプの食べ物だ。
　黙々と食べて、全て平らげて顔を上げたときには、既に食べ終わった男が、焚火を棒で突いて整えているところだった。