2 / 13
記憶
しおりを挟む
「兄貴~なにふざけてんだよ?」
俺の事を『兄貴』と呼び、親しげにじゃれてきていた子供の1人が、冗談でも聞いたみたいな顔をしてそう言った。もう1人の子供も、楽しそうにケラケラと笑って俺の顔を見ている。
「だから、誰なんだよお前ら!?俺には弟なんか…兄弟なんていないって言ってんだろ!?」
俺はごくごく真面目に誰何してるのに、子供らは悪い冗談と捉えて真剣に取り合おうとはしない。2人とも俺の言葉を信じるどころか、ますますおかしげに声をあげて笑ってしまった。
「もう、朝から笑わさないでよ」
「ホントホント。兄貴、ふざけ過ぎ」
駄目だ。まったく話にならない。
もどかしさで苛立つ俺に気付きもせず、笑い過ぎで目尻に涙を浮かべた子供が俺に近付いてくる。
「兄さん、悪ふざけもその辺にしてさ、早くご飯食べに行こうよ?」
差し出すように近付いてくる小さな手。それが、まるで、あの悪夢の続きのようで───
「やめろっ、近寄るな!!」
俺は、生々しく甦ってきた恐怖に突き動かされ、反射的に、その手を跳ね除けてしまっていた。
「……えっ?」
咄嗟の防御反応。
しかし、お陰で子供らは、俺の感じているこの、異様な事態に気付いてくれたらしい。
「に…兄さん!?」
俺の過剰な反応を見て、手を跳ね除けられた子供は、ビックリした表情を浮かべながら凝固し、後ろで見ていたもう1人の子供も、笑みを顰めて異常に気付いたような顔をした。
「兄さん……ね、熱でもあるんじゃ…」
「だから!!俺は兄さんじゃない!!」
冗談なんかではない事を知って貰うには今しかない。気配でそう察した俺は、たたみ掛けるように俺の知る『真実』を吐き出した。
「お前らなんか知らないし、全然見たこともない!!最初から俺に兄弟はいないって言ってるだろう!?何度言えば解ってくれるんだ!」
「………っっっ!!」
すると、2人の子供は互いの顔を見合わせ、ひどく慌てた風情で部屋を飛び出していった。やっと通じたか。わずかにホッとする俺を置いて、廊下を走りながら子供らは大きな声で叫んでいた。
「兄ちゃん!!兄ちゃん!!兄貴が大変!!!」
遠ざかっていく足音と共に、子供らの助けを呼ぶ声が響く。その声を聞きながら俺は、彼らの他にまだ兄弟が居るのか!?と、今後の展開を想像してうんざりとした。
「じゃあ、本当に君は、恭平君ではないと言うんですね?」
「恭平…いや、そんな名前じゃない…俺は…」
想像していた通り、あの後、軽くパニックに陥る騒ぎとなった。
どうやら彼らが『彼らの兄弟』と思っている『俺』は、恭平と言う名の18歳の少年で、8人兄弟の上から4番目に当たる人物らしい。
8人───そう、なんとさっきの子供2人の他に、兄弟と名乗る人間が5人もいたのだ!!慌てた子供らが助けを呼んでいたから、登場人物が1人2人増えるのかと軽く考えてたのに、いくら何でも一気に増えすぎだろ!?
おかげで、ついさっきまで俺のいた部屋には、ぞろぞろと見知らぬ顔が集まってきて、蜂の巣を突いたみたいな大騒ぎとなってしまったのである。
「恭平!?てめぇ、どうしちまったんだ、いったい!?」
「恭兄、おかしくなっちゃったの!?」
「熱は無いですね?どこか頭を打ったとかは…」
「皆、落ち着きなさい!!恭平君が混乱するじゃないですか」
先の子供2人から知らされてやって来た新たな顔は4人。今から思うと1人顔ぶれが足りないが、その時は周りに何人居るかなんて数えている余裕は無かった。
しかし、周りがそうやってパニックになっている分だけ、俺は少し冷静になる事が出来た気がする。俺は、とにかく彼らが落ち着くのを待って、自分の言いたい事をすべて整理して話そうとした。
「悪いけど俺はあんたらの兄弟の『恭平』って奴じゃない。その証拠に、名前だってきちんと憶えてるんだ。俺は…俺の本当の名前は………」
だが、その時になって俺は、大変なことに気が付いたのだ。
「名前…??あれ?……名前…俺の…名前は!?」
覚えてない。記憶が無い。
え、でも、変だ。そんなの、おかしい。
「……なんで…!?」
だって、あの和室で目覚めた時、俺は確かに覚えていた気がするのだ。
名前とか、年とか、本来の俺、その素性のすべてを。
「…………ッッ!!」
そう、ふと気が付くと俺は、覚えていたはずのことまで忘れてしまっていた。自分に『兄弟が居ない』と言う事実は、今もきちんと覚えているのに。何故か、ほんのついさっきまで覚えていたことが、記憶からすっぽり抜け落ちてしまっていたのだ。なにもかも、すべて。
「なんで………!?」
「恭平君……ッ」
黙って見守っていた『兄弟』らが、血の気の引いた俺の顔を見て、心配そうに声をかけてくるまで、俺は、まるで世界から弾き出されたような恐怖に、呼吸することすら忘れていたのである。
俺の事を『兄貴』と呼び、親しげにじゃれてきていた子供の1人が、冗談でも聞いたみたいな顔をしてそう言った。もう1人の子供も、楽しそうにケラケラと笑って俺の顔を見ている。
「だから、誰なんだよお前ら!?俺には弟なんか…兄弟なんていないって言ってんだろ!?」
俺はごくごく真面目に誰何してるのに、子供らは悪い冗談と捉えて真剣に取り合おうとはしない。2人とも俺の言葉を信じるどころか、ますますおかしげに声をあげて笑ってしまった。
「もう、朝から笑わさないでよ」
「ホントホント。兄貴、ふざけ過ぎ」
駄目だ。まったく話にならない。
もどかしさで苛立つ俺に気付きもせず、笑い過ぎで目尻に涙を浮かべた子供が俺に近付いてくる。
「兄さん、悪ふざけもその辺にしてさ、早くご飯食べに行こうよ?」
差し出すように近付いてくる小さな手。それが、まるで、あの悪夢の続きのようで───
「やめろっ、近寄るな!!」
俺は、生々しく甦ってきた恐怖に突き動かされ、反射的に、その手を跳ね除けてしまっていた。
「……えっ?」
咄嗟の防御反応。
しかし、お陰で子供らは、俺の感じているこの、異様な事態に気付いてくれたらしい。
「に…兄さん!?」
俺の過剰な反応を見て、手を跳ね除けられた子供は、ビックリした表情を浮かべながら凝固し、後ろで見ていたもう1人の子供も、笑みを顰めて異常に気付いたような顔をした。
「兄さん……ね、熱でもあるんじゃ…」
「だから!!俺は兄さんじゃない!!」
冗談なんかではない事を知って貰うには今しかない。気配でそう察した俺は、たたみ掛けるように俺の知る『真実』を吐き出した。
「お前らなんか知らないし、全然見たこともない!!最初から俺に兄弟はいないって言ってるだろう!?何度言えば解ってくれるんだ!」
「………っっっ!!」
すると、2人の子供は互いの顔を見合わせ、ひどく慌てた風情で部屋を飛び出していった。やっと通じたか。わずかにホッとする俺を置いて、廊下を走りながら子供らは大きな声で叫んでいた。
「兄ちゃん!!兄ちゃん!!兄貴が大変!!!」
遠ざかっていく足音と共に、子供らの助けを呼ぶ声が響く。その声を聞きながら俺は、彼らの他にまだ兄弟が居るのか!?と、今後の展開を想像してうんざりとした。
「じゃあ、本当に君は、恭平君ではないと言うんですね?」
「恭平…いや、そんな名前じゃない…俺は…」
想像していた通り、あの後、軽くパニックに陥る騒ぎとなった。
どうやら彼らが『彼らの兄弟』と思っている『俺』は、恭平と言う名の18歳の少年で、8人兄弟の上から4番目に当たる人物らしい。
8人───そう、なんとさっきの子供2人の他に、兄弟と名乗る人間が5人もいたのだ!!慌てた子供らが助けを呼んでいたから、登場人物が1人2人増えるのかと軽く考えてたのに、いくら何でも一気に増えすぎだろ!?
おかげで、ついさっきまで俺のいた部屋には、ぞろぞろと見知らぬ顔が集まってきて、蜂の巣を突いたみたいな大騒ぎとなってしまったのである。
「恭平!?てめぇ、どうしちまったんだ、いったい!?」
「恭兄、おかしくなっちゃったの!?」
「熱は無いですね?どこか頭を打ったとかは…」
「皆、落ち着きなさい!!恭平君が混乱するじゃないですか」
先の子供2人から知らされてやって来た新たな顔は4人。今から思うと1人顔ぶれが足りないが、その時は周りに何人居るかなんて数えている余裕は無かった。
しかし、周りがそうやってパニックになっている分だけ、俺は少し冷静になる事が出来た気がする。俺は、とにかく彼らが落ち着くのを待って、自分の言いたい事をすべて整理して話そうとした。
「悪いけど俺はあんたらの兄弟の『恭平』って奴じゃない。その証拠に、名前だってきちんと憶えてるんだ。俺は…俺の本当の名前は………」
だが、その時になって俺は、大変なことに気が付いたのだ。
「名前…??あれ?……名前…俺の…名前は!?」
覚えてない。記憶が無い。
え、でも、変だ。そんなの、おかしい。
「……なんで…!?」
だって、あの和室で目覚めた時、俺は確かに覚えていた気がするのだ。
名前とか、年とか、本来の俺、その素性のすべてを。
「…………ッッ!!」
そう、ふと気が付くと俺は、覚えていたはずのことまで忘れてしまっていた。自分に『兄弟が居ない』と言う事実は、今もきちんと覚えているのに。何故か、ほんのついさっきまで覚えていたことが、記憶からすっぽり抜け落ちてしまっていたのだ。なにもかも、すべて。
「なんで………!?」
「恭平君……ッ」
黙って見守っていた『兄弟』らが、血の気の引いた俺の顔を見て、心配そうに声をかけてくるまで、俺は、まるで世界から弾き出されたような恐怖に、呼吸することすら忘れていたのである。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる