ストーカーとジュリエット

橘アカシ

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偽りのラブロマンス

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 奴の言葉はとりあえず無視して、単刀直入に問うた。


「ねえ?この記事、どういうことかしら?」


 私は用意していた新聞や雑誌をばらばらと庭に落とした。それはもう大量に。奴は無造作に一冊を拾うと“ああ、これね”と言わんばかりに朗らかに答えた。


「僕と君の愛の物語だね」

「違うわよ!!」

 私が半眼で睨んでも奴はどこ吹く風である。それどころか嬉しそうに目を細めて、指で文字を追っているではないか。



『駆け落ちの果てに心中未遂か』

『悲劇!許されざる恋路の果てに麗しき恋人たちは死の楽園を選ぶ』

『ユーフィルム家とグランハート家の因縁。現在は?』

『話題の貴公子と深窓の美姫の語られざる恋物語』

『両家和解か』

『両者、愛の力で一命を取り留める』

『続報を待て!』


 見出しだけでこれだ。一面から三面まで、他に書く事はいくらでもあるだろうに笑えないほど、一つの話題が 言及されている。正直詳しく読む気にはなれなかったが、読まなければ現状を把握のために仕方なかった。両親に聞こうにも気まずく、看護師は生暖かい目で見てくるため聞きたくなかったのだ。


 新聞や雑誌に書かれた内容を纏めるとこうだ。


 夜会で偶然出会ったふたりは、お互いに一目惚れをする。お互いが許されざる相手だと知らずに。事実を知った後も途絶えぬ恋情はいっそう燃え上がり、家という柵から逃れるために駆け落ちを決意する。

 しかし、駆け落ちは失敗。

 今世で想いが遂げられないのなら、死後の世界で一緒になろうと教会で誓い、心中するために二人は毒を飲んだ。

 真相を知った両家は、二人を追い詰めてしまった事を悔やみ、和解した。


 ーーと、『ロミオとジュリエット』ならここで終わりだが、この話には続きがある。



 二人は毒を飲んだが、運良く通行人に発見され、病院に搬送された。通行人は医療の心得があったらしく、適切な応急処置を施し、二人は一命を取り留めた。

 和解した両家は、愛する我が子たちが想い合う相手を尊重し、その仲を祝福した。

 こうして、ふたりは家族公認の恋人同士となったのだった。




 というのがここ一ヶ月で国民の話題の肴になっていた記事の概要だ。


 私は問いたい。これはどこのラブロマンスだと。決して私と奴の話ではないはずだ。私と奴の関係を物語にするとしてもこんなに綺麗にまとまるはずがない。

 最終的に私は奴を殺そうと目論んだし、奴も私を殺しかけた。


 どこをどう曲解すれば、ロミジュリばりのラブロマンスになるというのか。

 そもそも二人の関係(ストーカーと被害者)は私と奴以外知らないはずだ。ヨハネス・ルクセンブルクは気づいていたかもしれないが、教会で毒を飲んで死にかけの男女がいて心中だと断定して記事にするのは些か強引すぎる。ゴシップ誌の一つ二つは面白おかしく書き連ねるかもしれないがほとんどの記事で取り上げられているのは異常事態と言ってもいいだろう。しかもその記事のほとんどが、ふたりに同情的かつ好意的で、仲を後押ししているようにも見受けられる。


 どう考えたっておかしい。憶測だけでここまで記事が膨れ上がるのはありえない。私たちの事を知る人物がリークする以外には。

 そしてリークした人物が都合よく物語を書き換えたとするならばーーひとつの答えに辿り着く。


「あなた、仕組んだわね」



 何を、とは言わない。奴は一から十まで承知のはずだから。どこからどこまで奴の手のひらの上で転がされていたのか、考えるだけで恐ろしい。


「何のこと?」


 と言って困ったように眉尻を下げて苦笑する奴のなんと白々しい事か。


「私に“仮死の毒”を送ってきたのはあなたでしょう?私たちの話を立ち聞きしていたのか、ヨハネス様から直接問いただしたのかは分からないけれど。そしてあなたは私の計画なんてお見通しで、私が描いた物語を勝手に書き換えたんだわ」


 一方的な愛を利用した殺人計画を実行するサイコサスペンスから、命を賭けた大恋愛を成就させるラブロマンスへ。

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