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2日目
第8節 凸凹コンビの捜査
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はぁ……ったく、なんでよりによってこの人と二人きりなんだか。
目の前のノートパソコンの画面では、代わり映えのしない防犯カメラの映像が、エンドレスで再生されている。時刻は午後2時過ぎ。クーラーのない部室は相変わらず蒸し暑く、年代物の扇風機が唸り声を上げてぬるい空気をかき回しているだけ。隣で無駄に真剣な顔をして画面を睨む荒川先輩の存在が、ただただ鬱陶しい。
それにしてもこの先輩、分かりやすいくらいソワソワしてる。まあ、私みたいな美少女(自称)と二人きりじゃ、緊張するのも無理ないですかね? ……なんて、自分で言ってて虚しくなってきた。
再生、早送り、一時停止。また再生。もう何度、この単調な繰り返し作業を強いられているだろうか。代わり映えのしない映像。同じようなアングル。同じような人々の流れ。時折、カラスが横切ったり、風で木の葉が舞ったりする程度の変化しかない。これでは、どんなに集中力を保とうとしても、だんだん意識が散漫になってくるのは避けられない。
正直、もう飽きた。限界。退屈すぎる。こんな砂漠で針を探すような作業、私の性に合わない。そもそも、この映像だけで何か見つかるなら、とっくに警察が解決してるはずだ。犯人が「私が犯人です★」なんてプラカードでも持って歩いてない限り、特定できるわけがない。高崎部長たちは現場に行ってるとはいえ、こっちにもっとマシな仕事を残してくれてもいいのに。
「……先輩」
私が低めの声で呼びかけると、先輩の肩がピクリと揺れた。
「な、なんだよ、久留里さん……何か見つけたのか?」
「もう、この不毛な作業、やめません? 目がチカチカするだけですし、時間の無駄だと思うんですけど」
「それはそうだけどさ、部長たちも現場で頑張ってるんだし、俺たちも何か一つくらいは手がかりを見つけとかないと」
「手がかり、ですか。こんな低画質な映像から見つかる手がかなんて、たかが知れてますよ」
「じゃ、じゃあ、どうするんだよ……」
困惑して聞いてくる先輩に、私はとびきりの笑顔(のつもり)を向けた。
「『フィールドワーク』ですよ、先輩。もっと効率的で、エキサイティングな情報収集があるんです」
「エキサイティングって、久留里さん……また何かヤバいこと考えてるんじゃないだろうな!?」
「ヤバい、とは心外ですね。時には大胆なアプローチも必要だって、部長もよく言ってるじゃないですか」
私は立ち上がり、おもむろに先輩の肩をポンと叩いた。
「行きましょうか、先輩。人の本性っていうのは、持ってる物によく表れるんです。特に、後ろめたいことがある人間はね」
「つまり……?」
「彼らのロッカーをチェックします」
「え、ちょ……久留里さん、それはダメだって! 普通に犯罪だからな!」
先輩は両手を広げて私の前に立ちはだかる。
「犯罪、犯罪って、うるさいですね。バレなきゃ犯罪じゃないんです」
私はため息混じりに言う。この先輩の頭の硬さ、時々本気でイラっとする。
「そういう問題じゃねえだろ! もしバレたらどうすんだよ!?」
「大丈夫ですよ。この私にかかれば、痕跡なんて残しませんから」
私は人差し指を立てて、得意げに言ってみせる。
「このまま意味もなく映像見続けます? それとも、一縷の望みにかけて行動します? 合理的に考えれば、答えは一つですよね?」
私が言うと、先輩は「うぐぐ……」と唸りながらも、反論する気力を失ったようだった。
「はぁ……分かったよ……。ただし、本当にヤバそうだったらすぐに撤退するからな! 約束だぞ!」
うん、チョロい。
「やった! さすが先輩、話が分かりますね! じゃ、決定です。レッツゴー!」
私は意気揚々と部室のドアを開ける。先輩は本日何度目かの深いため息をつきながらも、おずおずと私の後をついてきた。まあ、なんだかんだで付き合ってくれるあたり、人が良いというか、お人好しというか。
向かうは、疑いのある6人が主にいる4階と6階。どうせ休校日で誰もいないだろうし、いたとしても適当にあしらえばいい。先輩はキョロキョロと周囲を警戒しているけど、そんなの時間の無駄だ。もっと堂々としてればいいのに。
まずは4階の教室フロアへ。休校日だから当然、教室棟のクーラーは止められていて、廊下もむわっとした熱気がこもっている。目的の教室のドアは、無施錠。
「先輩、ぼーっとしてないで早く行きますよー!」
音は立てずに、とは言っても別に隠れる気もないので普通にドアを開けて中に入る。教室内も外と変わらない暑さだ。
「おい、久留里さん、もっと静かに……」
先輩が小声で注意してくるけど、無視。私は堂々と教室後方のロッカーエリアへ直行した。
「えーっと、まずは上尾くんから行きましょうか」
名札を確認し、上尾くんのロッカーの前に立つ。鍵はかかっていない。ラッキー。
ギィ、と小さな音を立てて扉を開ける。中は……うわ、几帳面。教科書もノートもインデックスを揃えてきちんと並べられている。私とは大違いだ。
ガサゴソと漁っていると、ファイルに挟まれたテストの答案用紙が目に入った。数学、32点……。うん、まあ、剣道頑張ってるってことで。
「次は鶴岡先輩ですね」
「え、まだやるの!?」
先輩の悲鳴をBGMに、隣の鶴岡先輩のロッカーへ。こちらも鍵はかかっていない。遠慮なく扉を開け放つ。
「ふおー!! これはまさにサンクチュアリ……! 発掘しがいがありますよー!」
ロッカーの中は、私の期待を裏切らない、素晴らしい状態だった。教科書やらノートやら、読みかけの漫画雑誌やら、どこかのお菓子の空き箱やらプリントやらが、まるで地層のように積み重なり、雪崩を起こす寸前の絶妙なバランスで詰め込まれていた。さっきの上尾くんのロッカーとはまさに対照的。こういう混沌とした感じ、大好物!
「うわー、お宝発見の予感!」
私は楽しそうに腕を突っ込み、中身を遠慮なくかき回す。
「おい、宝の山じゃなくてただのゴミ山……」
教科書の間に挟まれた何かのプリントを引き抜く。うーん、普通のプリントばっかり。これは、いわゆる「鍵層」にならない、ありふれた堆積物ってところかしら。
「ふむふむ、特に怪しい物は見当たりませんねー。ラブレターとか入ってないかなー」
「もう、久留里さん、目的が変わってるって!」
「えー、気になるじゃないですかー」
私はしれっとプリントを元の場所に突っ込み、ロッカーを閉めた。
「久留里さん、もうそろそろ戻ろうぜ。心臓に悪いって……」
「次は6階のフロアですよ、先輩」
「うへぇ、勘弁してくれよ……」
先輩の懇願を華麗にスルーし、6階へ。こちらもクーラーは効いておらず、廊下は蒸し風呂状態だ。佐渡先輩、堺先輩、葉山先輩、茅ヶ崎先輩の教室へ向かう。6階のフロアは、鍵がかかっているロッカーが多かった。堺先輩と茅ヶ崎先輩のロッカーは施錠されており、開けられなかった。
開けられたのは佐渡先輩と葉山先輩のロッカーだけだった。
葉山先輩のロッカーは……空っぽだった。え、なんで? 教科書くらい入ってるものじゃない? まあ、いいか。
佐渡先輩のロッカーからは、お菓子のゴミがいくつか転がり出てきた。意外と甘党なのか、それともストレス? ゴミを奥に押しやり、さらに探ると、一冊のくたびれたノートが出てきた。表紙にはマジックで大きく『練習ノート』と書かれている。
「お!」
私は目を輝かせた。
「これは……大当たりじゃないですか!?」
私はノートを手に取り、その場でパラパラとめくり始めた。先輩も思わず覗き込む。そこには、日々の練習メニューや反省点、対戦相手の分析などが小さな文字で書き込まれていた。
「うわ、びっしり書いてありますね。佐渡部長、本当に真面目なんですね」
「ああ、部長としての責任感が伝わってくるな」
さらにページをめくっていくと、少し前の日付のページに、レギュラー選抜に関すると思われる走り書きのようなメモがいくつかあった。
「あ、これ見てください、先輩! 『2年枠、1名。藤沢か、鶴岡か…非常に悩む』ですって」
私が指さすと、先輩も「おお、やっぱりこの二人で競ってたんだな」と頷く。
「『実力なら鶴岡がわずかに上か? だが藤沢の最近の伸びと、ひたむきさはチームに良い影響を与えるはず』……ふむふむ、鶴岡先輩、やっぱり実力は折り紙付きなんですね」
「三鷹も言ってたもんな。2年じゃかなりの実力者だと」
いつの間にか、先輩もこのノートに夢中になってる。私のペースに完全に巻き込まれてますね。よしよし。
「あっ、こっち見てください! 『去年の赤羽先輩たちを超えるチームを作るには…総合力で藤沢を選出。鶴岡には申し訳ないが…部長として決断』……わー、佐渡部長、結構悩んで決めたんですねー。これは鶴岡先輩、相当悔しかったでしょうね」
「部長としても苦渋の決断だったんだな……」
私たちがノートに見入っていると、別のページに目が留まった。
「先輩、これ……『堺、最近スランプ気味か。新人戦の時のキレがない。練習試合でも藤沢に一本取られる場面が増えた。基本に立ち返らせる必要がある』って……」
「え、堺副部長が藤沢に負けてたのか!? あの冷静な人が……」
先輩が驚きの声を上げる。
これは意外な情報。常にポーカーフェイスの堺副部長が、内心では焦りや葛藤を抱えていたのかもしれない。しかも、その相手が藤沢くんだったとは。これは……堺副部長への疑いが一気に深まる重要な手がかりじゃないですか!
さらに読み進めると、こんな記述もあった。
『上尾のこと。まだ部に馴染めていない様子。もっと自信を持たせたいが、どう接すればいいか…』
「ですって。佐渡部長、後輩のこともしっかり見てるんですね。いい人じゃないですか」
「上尾のこと、部長なりに心配してたんだな」
知らなかった剣道部の一面が、このノートから次々と浮かび上がってくる。
「……先輩、このノート、すごく重要な情報源じゃないですか?」
私がキラキラした目で先輩を見上げると、先輩はゴクリと唾を飲んだ。
「これ、ちょっとの間だけ、『借用』していきませんか?」
私はいたずらっぽく微笑んで言う。
「ちょ、おい、久留里さん! 何考えてるんだよ!? さすがにそれはまずいだろ! 窃盗だぞ!」
「窃盗じゃありません、『借用』です。それに、これは重要な証拠になるかもしれないんですよ? 真相究明のためには必要なことですって。後でこっそり戻せばバレませんよ、きっと!」
こんなおいしい情報、見逃すわけにはいかない。
「後で返せばいいとかそういう問題じゃ……って、あーもう!」
結局、先輩の制止も虚しく、私はその練習ノートをしっかりと抱え、意気揚々と「部室に戻りましょう!」と教室を後にした。先輩は頭を抱えながら、私の後ろをついてくるしかなかった。
部室に戻ると、ちょうど高崎部長たちが武道館から戻ってきたところだった。汗だくで、少し疲れた表情をしている。
「お疲れ様です、部長、松戸先輩、三鷹先輩」
「ああ、君たちもお疲れ様。何か収穫はあったかい?」
高崎部長が訪ねてきた。
「はい、部長。これを見てください」
私は佐渡先輩の練習ノートを取り出し、テーブルの上に置いた。
「佐渡部長のロッカーから『丁重にお借り』してきました。中に、レギュラー選抜に関するメモや、他の部員についての記述がありまして。どうやら藤沢くんと鶴岡先輩で最後まで悩んだ末、藤沢くんを選んだようです。あと、堺副部長が不調だったとか、上尾くんのこと心配してたりとか……面白い情報がザックザクですよ!」
「なっ……ロッカーから!? 久留里さん、君たち、一体何を……。いや、まあでも少しだけなら……」
高崎部長は驚いた表情で私と荒川先輩の顔を交互に見たが、顎にてを当てなにやらぶつぶつ呟き始めた。隣の松戸先輩もわずかに目を見開いている。三鷹先輩は……なんかすごい目が輝いてません? さすが同志。
「いや、部長、俺は止めようとしたんすよ! でも久留里さんがどうしてもって言うから……」
荒川先輩がしどろもどろに弁解してるけど、そんなのどうでもいい。
「……なるほど。これは確かに重要な情報だね」
部長はノートを興味深そうにめくりながら言った。ほらね! その横で、荒川先輩が「いや、よくやったじゃなくて……倫理的にどうなんですか、部長まで……」とまだ小声でブツブツ言っているが、もはや誰も聞いていない。私たちの行動も大概だけど、武道館に不法侵入した部長たちに言われたくない。
「そういえば他の者のロッカーはどうだった?」部長が顔を上げる。
「鶴岡先輩、上尾先輩、葉山先輩のは特に何も。堺先輩と茅ヶ崎先輩のは鍵がかかってて見れませんでした。残念です」
「そうか……。そうだ、こっちの様子も話そう」
部長はそう言うと、武道館での発見事項について話し始めた。佐渡先輩のノートという新たな情報も加わり、少しだけ、事件の真相に近づいたような気がした。まあ、まだ犯人を特定するには程遠いけど。ふふ、やっぱり、こうでなくっちゃ。
目の前のノートパソコンの画面では、代わり映えのしない防犯カメラの映像が、エンドレスで再生されている。時刻は午後2時過ぎ。クーラーのない部室は相変わらず蒸し暑く、年代物の扇風機が唸り声を上げてぬるい空気をかき回しているだけ。隣で無駄に真剣な顔をして画面を睨む荒川先輩の存在が、ただただ鬱陶しい。
それにしてもこの先輩、分かりやすいくらいソワソワしてる。まあ、私みたいな美少女(自称)と二人きりじゃ、緊張するのも無理ないですかね? ……なんて、自分で言ってて虚しくなってきた。
再生、早送り、一時停止。また再生。もう何度、この単調な繰り返し作業を強いられているだろうか。代わり映えのしない映像。同じようなアングル。同じような人々の流れ。時折、カラスが横切ったり、風で木の葉が舞ったりする程度の変化しかない。これでは、どんなに集中力を保とうとしても、だんだん意識が散漫になってくるのは避けられない。
正直、もう飽きた。限界。退屈すぎる。こんな砂漠で針を探すような作業、私の性に合わない。そもそも、この映像だけで何か見つかるなら、とっくに警察が解決してるはずだ。犯人が「私が犯人です★」なんてプラカードでも持って歩いてない限り、特定できるわけがない。高崎部長たちは現場に行ってるとはいえ、こっちにもっとマシな仕事を残してくれてもいいのに。
「……先輩」
私が低めの声で呼びかけると、先輩の肩がピクリと揺れた。
「な、なんだよ、久留里さん……何か見つけたのか?」
「もう、この不毛な作業、やめません? 目がチカチカするだけですし、時間の無駄だと思うんですけど」
「それはそうだけどさ、部長たちも現場で頑張ってるんだし、俺たちも何か一つくらいは手がかりを見つけとかないと」
「手がかり、ですか。こんな低画質な映像から見つかる手がかなんて、たかが知れてますよ」
「じゃ、じゃあ、どうするんだよ……」
困惑して聞いてくる先輩に、私はとびきりの笑顔(のつもり)を向けた。
「『フィールドワーク』ですよ、先輩。もっと効率的で、エキサイティングな情報収集があるんです」
「エキサイティングって、久留里さん……また何かヤバいこと考えてるんじゃないだろうな!?」
「ヤバい、とは心外ですね。時には大胆なアプローチも必要だって、部長もよく言ってるじゃないですか」
私は立ち上がり、おもむろに先輩の肩をポンと叩いた。
「行きましょうか、先輩。人の本性っていうのは、持ってる物によく表れるんです。特に、後ろめたいことがある人間はね」
「つまり……?」
「彼らのロッカーをチェックします」
「え、ちょ……久留里さん、それはダメだって! 普通に犯罪だからな!」
先輩は両手を広げて私の前に立ちはだかる。
「犯罪、犯罪って、うるさいですね。バレなきゃ犯罪じゃないんです」
私はため息混じりに言う。この先輩の頭の硬さ、時々本気でイラっとする。
「そういう問題じゃねえだろ! もしバレたらどうすんだよ!?」
「大丈夫ですよ。この私にかかれば、痕跡なんて残しませんから」
私は人差し指を立てて、得意げに言ってみせる。
「このまま意味もなく映像見続けます? それとも、一縷の望みにかけて行動します? 合理的に考えれば、答えは一つですよね?」
私が言うと、先輩は「うぐぐ……」と唸りながらも、反論する気力を失ったようだった。
「はぁ……分かったよ……。ただし、本当にヤバそうだったらすぐに撤退するからな! 約束だぞ!」
うん、チョロい。
「やった! さすが先輩、話が分かりますね! じゃ、決定です。レッツゴー!」
私は意気揚々と部室のドアを開ける。先輩は本日何度目かの深いため息をつきながらも、おずおずと私の後をついてきた。まあ、なんだかんだで付き合ってくれるあたり、人が良いというか、お人好しというか。
向かうは、疑いのある6人が主にいる4階と6階。どうせ休校日で誰もいないだろうし、いたとしても適当にあしらえばいい。先輩はキョロキョロと周囲を警戒しているけど、そんなの時間の無駄だ。もっと堂々としてればいいのに。
まずは4階の教室フロアへ。休校日だから当然、教室棟のクーラーは止められていて、廊下もむわっとした熱気がこもっている。目的の教室のドアは、無施錠。
「先輩、ぼーっとしてないで早く行きますよー!」
音は立てずに、とは言っても別に隠れる気もないので普通にドアを開けて中に入る。教室内も外と変わらない暑さだ。
「おい、久留里さん、もっと静かに……」
先輩が小声で注意してくるけど、無視。私は堂々と教室後方のロッカーエリアへ直行した。
「えーっと、まずは上尾くんから行きましょうか」
名札を確認し、上尾くんのロッカーの前に立つ。鍵はかかっていない。ラッキー。
ギィ、と小さな音を立てて扉を開ける。中は……うわ、几帳面。教科書もノートもインデックスを揃えてきちんと並べられている。私とは大違いだ。
ガサゴソと漁っていると、ファイルに挟まれたテストの答案用紙が目に入った。数学、32点……。うん、まあ、剣道頑張ってるってことで。
「次は鶴岡先輩ですね」
「え、まだやるの!?」
先輩の悲鳴をBGMに、隣の鶴岡先輩のロッカーへ。こちらも鍵はかかっていない。遠慮なく扉を開け放つ。
「ふおー!! これはまさにサンクチュアリ……! 発掘しがいがありますよー!」
ロッカーの中は、私の期待を裏切らない、素晴らしい状態だった。教科書やらノートやら、読みかけの漫画雑誌やら、どこかのお菓子の空き箱やらプリントやらが、まるで地層のように積み重なり、雪崩を起こす寸前の絶妙なバランスで詰め込まれていた。さっきの上尾くんのロッカーとはまさに対照的。こういう混沌とした感じ、大好物!
「うわー、お宝発見の予感!」
私は楽しそうに腕を突っ込み、中身を遠慮なくかき回す。
「おい、宝の山じゃなくてただのゴミ山……」
教科書の間に挟まれた何かのプリントを引き抜く。うーん、普通のプリントばっかり。これは、いわゆる「鍵層」にならない、ありふれた堆積物ってところかしら。
「ふむふむ、特に怪しい物は見当たりませんねー。ラブレターとか入ってないかなー」
「もう、久留里さん、目的が変わってるって!」
「えー、気になるじゃないですかー」
私はしれっとプリントを元の場所に突っ込み、ロッカーを閉めた。
「久留里さん、もうそろそろ戻ろうぜ。心臓に悪いって……」
「次は6階のフロアですよ、先輩」
「うへぇ、勘弁してくれよ……」
先輩の懇願を華麗にスルーし、6階へ。こちらもクーラーは効いておらず、廊下は蒸し風呂状態だ。佐渡先輩、堺先輩、葉山先輩、茅ヶ崎先輩の教室へ向かう。6階のフロアは、鍵がかかっているロッカーが多かった。堺先輩と茅ヶ崎先輩のロッカーは施錠されており、開けられなかった。
開けられたのは佐渡先輩と葉山先輩のロッカーだけだった。
葉山先輩のロッカーは……空っぽだった。え、なんで? 教科書くらい入ってるものじゃない? まあ、いいか。
佐渡先輩のロッカーからは、お菓子のゴミがいくつか転がり出てきた。意外と甘党なのか、それともストレス? ゴミを奥に押しやり、さらに探ると、一冊のくたびれたノートが出てきた。表紙にはマジックで大きく『練習ノート』と書かれている。
「お!」
私は目を輝かせた。
「これは……大当たりじゃないですか!?」
私はノートを手に取り、その場でパラパラとめくり始めた。先輩も思わず覗き込む。そこには、日々の練習メニューや反省点、対戦相手の分析などが小さな文字で書き込まれていた。
「うわ、びっしり書いてありますね。佐渡部長、本当に真面目なんですね」
「ああ、部長としての責任感が伝わってくるな」
さらにページをめくっていくと、少し前の日付のページに、レギュラー選抜に関すると思われる走り書きのようなメモがいくつかあった。
「あ、これ見てください、先輩! 『2年枠、1名。藤沢か、鶴岡か…非常に悩む』ですって」
私が指さすと、先輩も「おお、やっぱりこの二人で競ってたんだな」と頷く。
「『実力なら鶴岡がわずかに上か? だが藤沢の最近の伸びと、ひたむきさはチームに良い影響を与えるはず』……ふむふむ、鶴岡先輩、やっぱり実力は折り紙付きなんですね」
「三鷹も言ってたもんな。2年じゃかなりの実力者だと」
いつの間にか、先輩もこのノートに夢中になってる。私のペースに完全に巻き込まれてますね。よしよし。
「あっ、こっち見てください! 『去年の赤羽先輩たちを超えるチームを作るには…総合力で藤沢を選出。鶴岡には申し訳ないが…部長として決断』……わー、佐渡部長、結構悩んで決めたんですねー。これは鶴岡先輩、相当悔しかったでしょうね」
「部長としても苦渋の決断だったんだな……」
私たちがノートに見入っていると、別のページに目が留まった。
「先輩、これ……『堺、最近スランプ気味か。新人戦の時のキレがない。練習試合でも藤沢に一本取られる場面が増えた。基本に立ち返らせる必要がある』って……」
「え、堺副部長が藤沢に負けてたのか!? あの冷静な人が……」
先輩が驚きの声を上げる。
これは意外な情報。常にポーカーフェイスの堺副部長が、内心では焦りや葛藤を抱えていたのかもしれない。しかも、その相手が藤沢くんだったとは。これは……堺副部長への疑いが一気に深まる重要な手がかりじゃないですか!
さらに読み進めると、こんな記述もあった。
『上尾のこと。まだ部に馴染めていない様子。もっと自信を持たせたいが、どう接すればいいか…』
「ですって。佐渡部長、後輩のこともしっかり見てるんですね。いい人じゃないですか」
「上尾のこと、部長なりに心配してたんだな」
知らなかった剣道部の一面が、このノートから次々と浮かび上がってくる。
「……先輩、このノート、すごく重要な情報源じゃないですか?」
私がキラキラした目で先輩を見上げると、先輩はゴクリと唾を飲んだ。
「これ、ちょっとの間だけ、『借用』していきませんか?」
私はいたずらっぽく微笑んで言う。
「ちょ、おい、久留里さん! 何考えてるんだよ!? さすがにそれはまずいだろ! 窃盗だぞ!」
「窃盗じゃありません、『借用』です。それに、これは重要な証拠になるかもしれないんですよ? 真相究明のためには必要なことですって。後でこっそり戻せばバレませんよ、きっと!」
こんなおいしい情報、見逃すわけにはいかない。
「後で返せばいいとかそういう問題じゃ……って、あーもう!」
結局、先輩の制止も虚しく、私はその練習ノートをしっかりと抱え、意気揚々と「部室に戻りましょう!」と教室を後にした。先輩は頭を抱えながら、私の後ろをついてくるしかなかった。
部室に戻ると、ちょうど高崎部長たちが武道館から戻ってきたところだった。汗だくで、少し疲れた表情をしている。
「お疲れ様です、部長、松戸先輩、三鷹先輩」
「ああ、君たちもお疲れ様。何か収穫はあったかい?」
高崎部長が訪ねてきた。
「はい、部長。これを見てください」
私は佐渡先輩の練習ノートを取り出し、テーブルの上に置いた。
「佐渡部長のロッカーから『丁重にお借り』してきました。中に、レギュラー選抜に関するメモや、他の部員についての記述がありまして。どうやら藤沢くんと鶴岡先輩で最後まで悩んだ末、藤沢くんを選んだようです。あと、堺副部長が不調だったとか、上尾くんのこと心配してたりとか……面白い情報がザックザクですよ!」
「なっ……ロッカーから!? 久留里さん、君たち、一体何を……。いや、まあでも少しだけなら……」
高崎部長は驚いた表情で私と荒川先輩の顔を交互に見たが、顎にてを当てなにやらぶつぶつ呟き始めた。隣の松戸先輩もわずかに目を見開いている。三鷹先輩は……なんかすごい目が輝いてません? さすが同志。
「いや、部長、俺は止めようとしたんすよ! でも久留里さんがどうしてもって言うから……」
荒川先輩がしどろもどろに弁解してるけど、そんなのどうでもいい。
「……なるほど。これは確かに重要な情報だね」
部長はノートを興味深そうにめくりながら言った。ほらね! その横で、荒川先輩が「いや、よくやったじゃなくて……倫理的にどうなんですか、部長まで……」とまだ小声でブツブツ言っているが、もはや誰も聞いていない。私たちの行動も大概だけど、武道館に不法侵入した部長たちに言われたくない。
「そういえば他の者のロッカーはどうだった?」部長が顔を上げる。
「鶴岡先輩、上尾先輩、葉山先輩のは特に何も。堺先輩と茅ヶ崎先輩のは鍵がかかってて見れませんでした。残念です」
「そうか……。そうだ、こっちの様子も話そう」
部長はそう言うと、武道館での発見事項について話し始めた。佐渡先輩のノートという新たな情報も加わり、少しだけ、事件の真相に近づいたような気がした。まあ、まだ犯人を特定するには程遠いけど。ふふ、やっぱり、こうでなくっちゃ。
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