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第三話
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昨日あんなことがあったから今日は慎重に一日を過ごした。奇行に走らないよう周囲の視線に意識を向け、普通に徹する。
けれど何人かは僕を見てひそひそと何かを囁いていた。昨日の出来事が原因だろう。おそらく先生も僕を探していることだろう。何が悪かったのかは分かっている。きっと壁に魔術陣を描いたのが悪かった。あの暗号を紙とペンのみで解いていたら周りの反応も違っていただろう。
未来を憂う。こんなんじゃ周りと上手くやっていけない。もうあんなことは二度と起こさないと心に誓う。
寮に帰り、部屋に入ろうとすると丁度中から出てきたジョッシュと鉢合わせる。彼は同じ部屋で共に過ごすルームメイト。関係は良好とも悪いとも言えない。僕の顔を見た途端、彼は意地悪そうに訊いてくる。
「よお、テオドア。講義初日はどうだった?」
「…………」
彼とは話したくない。それは極力人との接触を避けたかったからだが、それだけじゃあなかった。
「その様子じゃあイマイチってとこか。まぁ専攻を学ぶのは三年からだからな。先生もピンキリだ。だからそう落ち込むなよ」
落ち込んではいない。正しくは落胆だ。だがこれは僕が期待しすぎたせいなのかもしれない。国では名の通った大学だからとどの講義も高度な学びを受けられると思っていたが教養科目に関しては基本的なことばかりで正直物足りなかったのだ。
「ま、俺にしてみればお前のその態度は結構癪に触るがな」
どうしてだと疑問に思うが訊く気にはならなかった。訊いたって大体こういう状況は毎回無言になるかため息を吐かれるかくらいだ。
ふとジョッシュが顔をしかめる。
「おい、これ意外と重いんだ。だから扉の前を塞ぐような真似はやめて貰えるか?」
気付かなかった。彼はガチャガチャと物が入った段ボールを両手で抱えていた。慌てて道を開ける。
「……何してるんだ?」
「これから分かるさ」
要領を得ない彼の言葉に首を傾げる。だがすぐに意識の対象は開かれたドアの先に向かっていた。
定位置からズレたマウスとペン立て。綺麗に整頓されていた書類の束が崩れていている。
これは由々しき事態だ。
ドタドタと部屋に駆け込み、自身の机の有様に頭を抱える。荷物を移動し終えたジョッシュが戻ってくる。彼は僕のただならぬ様子に思わず「どうした?」と声を掛ける。
「……これは一体どういうことなんだ?」
「どうって?」
「この惨状だよ!」
「はぁ?」
「まさか君がやったのか!?」
何言ってんだと言わんばかりの彼が机を見た途端、ああそれかと顔色を変える。
「段ボールに詰める時、ちょっと机の上借りたんだよ。すまんな、少し散らかしちまった」
これで少しだと? 耳を疑いたくなった。物には定位置というものがあり、そこには調和が存在している。それを悉く崩されたのだ。
僕のテリトリーに不調和は許されない。
引き出しから定規を取り出し、机の端や物と物の距離を測りながら定位置へと戻していく。
「テオドア? おい? 何やってんだ?」
「調和を取り戻してる」
そっと息を詰め、微細な調整をしていく。
「いや、何が何でも細かすぎるだろ……」
ジョッシュはドン引きしているようだったが、僕にとってはとても大切なことなのだ。調和を取り戻したところで彼に振り返る。
「もう二度とこんなことはしないでくれ。迷惑甚だしい」
「これぐらいで迷惑ってお前どうかしてるんじゃないのか?」
「どうかしてるのはそっちだ。ルームメイトとして過ごす上で注意事項を最初に言ったはすだ。僕のものには決して触るなと。守ってもらわなければ困る」
「触るなって言ったってこんなのちょっとズレただけじゃないか。誰が見たって前と何が変わってるかなんて分かりやしないさ」
「僕には分かる。ペン立ては元の位置から七ミリ移動してたし、マウスは三センチも斜めに置かれていた」
「そんなの誤差だろ」
「誤差じゃない。大差だ。宇宙へと打ち上げるロケット部品は小数点以下のミリ単位の誤差に収めて作られる。それくらいでなければ全て水の泡となるということだ。これも同じだ。調和が崩れてしまえば何もかもが上手くいかなくなる」
「お前はロケットでもなんでもないだろうがっ……ってもういい。こんなのまもとに相手してる方が馬鹿みたいだ」
「"こんなの"とは聞き捨てならないな」
「はぁ……。お前みたいな話していて疲れる奴初めてだよ。これなら十時間有酸素運動していた方がマシだ」
「それは嫌味なのか?」
「ああ勿論だよ」
そう言う彼は本当に疲れているようだった。育児疲れしている父親のようにも見えるのは気のせいだろうか。なんだかもう彼を責めるのは酷なことのように思えた。
「とにかくもう二度と僕のものには触らないでくれ。僕も君が何か守って欲しいルールを決めたのならそれは絶対守るから」
「もう二度目はねぇよ」
「……それはどういうことだ?」
途端ガチャリと扉が開かれる。
「やぁこんにちは、テオドア」
輝かしい銀髪と人を惹きつける美貌。自然と顔が引き攣る。
「お前……」
「ああそうだった。紹介がまだだったな。僕はセヴェロ・ヴァリヤッカ。君の新しいルームメイトだ」
けれど何人かは僕を見てひそひそと何かを囁いていた。昨日の出来事が原因だろう。おそらく先生も僕を探していることだろう。何が悪かったのかは分かっている。きっと壁に魔術陣を描いたのが悪かった。あの暗号を紙とペンのみで解いていたら周りの反応も違っていただろう。
未来を憂う。こんなんじゃ周りと上手くやっていけない。もうあんなことは二度と起こさないと心に誓う。
寮に帰り、部屋に入ろうとすると丁度中から出てきたジョッシュと鉢合わせる。彼は同じ部屋で共に過ごすルームメイト。関係は良好とも悪いとも言えない。僕の顔を見た途端、彼は意地悪そうに訊いてくる。
「よお、テオドア。講義初日はどうだった?」
「…………」
彼とは話したくない。それは極力人との接触を避けたかったからだが、それだけじゃあなかった。
「その様子じゃあイマイチってとこか。まぁ専攻を学ぶのは三年からだからな。先生もピンキリだ。だからそう落ち込むなよ」
落ち込んではいない。正しくは落胆だ。だがこれは僕が期待しすぎたせいなのかもしれない。国では名の通った大学だからとどの講義も高度な学びを受けられると思っていたが教養科目に関しては基本的なことばかりで正直物足りなかったのだ。
「ま、俺にしてみればお前のその態度は結構癪に触るがな」
どうしてだと疑問に思うが訊く気にはならなかった。訊いたって大体こういう状況は毎回無言になるかため息を吐かれるかくらいだ。
ふとジョッシュが顔をしかめる。
「おい、これ意外と重いんだ。だから扉の前を塞ぐような真似はやめて貰えるか?」
気付かなかった。彼はガチャガチャと物が入った段ボールを両手で抱えていた。慌てて道を開ける。
「……何してるんだ?」
「これから分かるさ」
要領を得ない彼の言葉に首を傾げる。だがすぐに意識の対象は開かれたドアの先に向かっていた。
定位置からズレたマウスとペン立て。綺麗に整頓されていた書類の束が崩れていている。
これは由々しき事態だ。
ドタドタと部屋に駆け込み、自身の机の有様に頭を抱える。荷物を移動し終えたジョッシュが戻ってくる。彼は僕のただならぬ様子に思わず「どうした?」と声を掛ける。
「……これは一体どういうことなんだ?」
「どうって?」
「この惨状だよ!」
「はぁ?」
「まさか君がやったのか!?」
何言ってんだと言わんばかりの彼が机を見た途端、ああそれかと顔色を変える。
「段ボールに詰める時、ちょっと机の上借りたんだよ。すまんな、少し散らかしちまった」
これで少しだと? 耳を疑いたくなった。物には定位置というものがあり、そこには調和が存在している。それを悉く崩されたのだ。
僕のテリトリーに不調和は許されない。
引き出しから定規を取り出し、机の端や物と物の距離を測りながら定位置へと戻していく。
「テオドア? おい? 何やってんだ?」
「調和を取り戻してる」
そっと息を詰め、微細な調整をしていく。
「いや、何が何でも細かすぎるだろ……」
ジョッシュはドン引きしているようだったが、僕にとってはとても大切なことなのだ。調和を取り戻したところで彼に振り返る。
「もう二度とこんなことはしないでくれ。迷惑甚だしい」
「これぐらいで迷惑ってお前どうかしてるんじゃないのか?」
「どうかしてるのはそっちだ。ルームメイトとして過ごす上で注意事項を最初に言ったはすだ。僕のものには決して触るなと。守ってもらわなければ困る」
「触るなって言ったってこんなのちょっとズレただけじゃないか。誰が見たって前と何が変わってるかなんて分かりやしないさ」
「僕には分かる。ペン立ては元の位置から七ミリ移動してたし、マウスは三センチも斜めに置かれていた」
「そんなの誤差だろ」
「誤差じゃない。大差だ。宇宙へと打ち上げるロケット部品は小数点以下のミリ単位の誤差に収めて作られる。それくらいでなければ全て水の泡となるということだ。これも同じだ。調和が崩れてしまえば何もかもが上手くいかなくなる」
「お前はロケットでもなんでもないだろうがっ……ってもういい。こんなのまもとに相手してる方が馬鹿みたいだ」
「"こんなの"とは聞き捨てならないな」
「はぁ……。お前みたいな話していて疲れる奴初めてだよ。これなら十時間有酸素運動していた方がマシだ」
「それは嫌味なのか?」
「ああ勿論だよ」
そう言う彼は本当に疲れているようだった。育児疲れしている父親のようにも見えるのは気のせいだろうか。なんだかもう彼を責めるのは酷なことのように思えた。
「とにかくもう二度と僕のものには触らないでくれ。僕も君が何か守って欲しいルールを決めたのならそれは絶対守るから」
「もう二度目はねぇよ」
「……それはどういうことだ?」
途端ガチャリと扉が開かれる。
「やぁこんにちは、テオドア」
輝かしい銀髪と人を惹きつける美貌。自然と顔が引き攣る。
「お前……」
「ああそうだった。紹介がまだだったな。僕はセヴェロ・ヴァリヤッカ。君の新しいルームメイトだ」
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