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第三話 決意
謁見室を抜け通路を歩けば怯えたような瞳が俺を取り囲む。当然だろう。当時は兄に振り向いてもらえなくてずっとイライラして少しのことで怒っていた。狂愛に兄のことしか考えられずガキみたいに当たり散らかす。あの頃の俺はどうしようもなく愚かで未熟者だったと思う。兄を諦めてからようやく気付いた。更に戦場では十四歳の頃から『漆黒の狂犬』と呼ばれるくらい血を求めて無慈悲に人を殺め暴れるのだから尚更だろう。
まるで怪物を見るかのような瞳に晒される。父と同じ瞳。だが辛くはならない。怪物だってことは俺が一番分かってるから。
当時の俺の態度には謝りたいところだが、それは自己満足に過ぎない。その暗い視線こそ罰だと思って俺はいつもより少し遅く歩いて行った。
辛くはないとは言ったが身体は悲鳴をあげ始める。鈍器で頭を殴られたかのように頭痛がする。さっき治ったばっかりなのに。
少し休もうと噴水の縁に腰掛けぼうっと中庭を眺める。
「殿下、大丈夫ですか?」
ふとエルモアが心配そうに顔を覗く。俺、割と健康そうな演技上手いのによく気付くよな。そういえば過去に戻る前もよく気にかけてもらってたな。やっぱり護衛騎士だからか。
「……ああ。少し疲れただけだ」
なるべく普通そうに答える。エルモアはそれでも心配げに俺を見るが、しばらく考え込むように俯き唐突に尋ねてきた。
「なぜお身体のことを兵士だけでなく陛下にも隠しておいでなのですか?」
父も兄上も宮廷の誰もが俺を屈強な騎士だと思ってるが身体は虚弱なまま。それを知っているのはいつも側にいるエルモアくらいなものだろう。側近が知ってるのに皇族は知らない。気になって当然だ。
「陛下は俺のことなんとも思っちゃいないだろうが、あくまで俺は第二皇子。身体のことが知れれば剣を取り上げられるだろう? 俺には剣しかないんだ。剣がなければ俺は何もできない」
剣のせいで兄上の幸せを壊したことは確かだが、剣がなければ俺は貧弱な出来損ないだ。何かあっても何もできずただ見るだけ。それだけは嫌だった。
「そんな。殿下は剣がなくとも立派な方です」
お世辞にしては出来すぎてる。俺はそんな賛美されるほどの奴じゃない。
「そうか」と乾いた笑いを浮かべればエルモアが不服そうに声を張り上げる。
「私は殿下を尊敬しています。仲間のために御身を顧みずに先陣を切る。その気高さに軍の者も以前から皆殿下を慕っております」
「そうだとは思えないがな」
「いえ、全て本当のことです。多少……いえいつもその気高さ故に心労は絶えませんが殿下は本当に素晴らしい方だ」
その神でも崇めるような眼差しに俺はどんな顔をしたらいいか分からなかった。だけど嬉しかったのは確かだ。初めて人に褒められた。今までの血を滲むような努力が報われた気分だった。
「そんなに褒めても何も出んぞ」
「私にそんな企みはございません。全て私の本心です」
「そうか。……よし今度騎士団の皆で酒でも呑みに行くか」
店は分からないからそれは全部エルモアに任せよう。そうルンルンと歩き出すもエルモアが石のように動かない。
「……どうした?」
「殿下その……変わられましたね」
柔らかい微笑み。嬉しそうでだけどどこか寂しそうな。
「あのなんというか丸くなったというか……」
戸惑いがちに小さくなる言葉尻。
変わろうとは思っていなかったが傍目から見て俺変わったのか。エルモアにしてみれば急に人が変わったように見えるのだから困惑するのも必然だろう。だけど過去に戻ったことを言えば変な目で見られるだろうし、無闇矢鱈に勘ぐりさせないためにもそれなりの理由を言っておくか。それにそれなりの理由とは言ったが、だからって俺は未熟者のままでいるつもりはない。同じ未来を繰り返さないため俺は変わらないといけないんだ。
「変わらなきゃと思ったんだ。今まで俺はガキみたいでみっともなかった。だからお前たちが着いて行きたいと思うような相応しい奴になんないとって思ってな。今まですまなかったな。これから俺、頑張るから、エルモア信じてついてきてくれるか?」
「はい!! もちろんでございます。殿下の護衛騎士に任命された時から私は貴方様のために命を捧げると誓っております!!」
そこまで求めてはいなかったのだが騎士としては本望なのかもなと思い「頼むぞ」とだけ言っておいた。
「はい!! 何があっても殿下を必ずお守りします!!」
外見の爽やかさとは打って変わって中身はとても熱いんだな。初めて知った。
「エルモアは頼もしいな」
そう微笑みを浮かべればエルモアが何故か頬を赤く染めて視線を逸らしてしまった。何かしてしまっただろうか。訊こうと思ったがエルモアが「お身体はもう大丈夫ですか? では早く行きましょう」と先を急ぐのでタイミングを失ってしまった。
久しぶりの湯気と熱気に心が洗われる。戦場では返り血だけ拭ってすぐ帝国へ戻ったから身体がベタベタで最悪だった。
湯船に浸かりふぅと息を吐く。ふと湯に不自然な紫色がゆらめく。ざぶりと立ち上がって見てみれば下腹部に魔法の術式のようなものが描かれていた。
「なんだこれ」
蝶が大きく羽を広げているような術式。指で擦ってみても全く取れない。呪いをかけられたのかもと思ったが邪悪な感じもしない。
「まさか淫紋!?」
『ハッハッハッ。貴様が望むならそうしてやってもよいぞ』
人間ではない悍ましい声が波のように響き渡る。
『これは我とお前との繋がりの証。魂と魂が結びついている証拠だ』
「っっ邪神!? どこにいる!?」
ばしゃりと立ち上がり、大理石で出来た大きな浴室を見回すも誰の気配もない。
『なんとも貧弱なわりに喧しいものだな』
「どこにいるんだ!? 隠れてないで出てこい」
『いるであろう。お前の中に』
「俺の中……!?」
『封印したのは貴様であろう? 封印は時が遡れども解けるような簡単なものではない。だからこうしてお前の中から魂に直接語りかけているのだ』
邪神の言うことだ。俄には信じられない。
『神は嘘など吐かん。嘘を吐くのは人間の専売特許だろう?』
こいつ心を読み取れるのか。
『貴様の心は手に取るように分かるぞ。なにせ神だからな』
格上だと見せつけられているようで苛つく。だけど実際どうなのだろう。今の俺は中に邪神がいるというのに、代償の苦痛も何もなしに現実世界で生きている。これは封印が成功したと言えるのか。あの真っ暗で苦しみしかない世界にいることではっきり成功したと言えるのではないか。
「俺は封印を果たせなかったのか……?」
『それは違う。お前は封印を果たした。だからこうして証があるのであろう』
「だけど痛みも苦しみも何もないぞ。成功したならあるはずだろ?」
『あれは封印の代償だ。今は我が代償を肩代わりしてやっている』
「そんなことが出来るのか?」
『貴様と我は魂の繋がった一心同体。それなら肩代わりは可能だ』
「にしては平気そうだが」
『人間にはさぞ代償が堪えるだろうが、我にとってそれしきの痛苦気にもならん』
「なぜそんなことをする? 俺はお前を閉じ込めたんだぞ。憎いんじゃないのか?」
『気に入ったのだ』
「……気に入った?」
『お前の苦しむ様はなんとも興奮する。その貧弱な身体のつくりの癖に兄に振り向いてもらいたいがために強くあろうとする哀れな心。ハハハッなんと愚かな人間か。ああ自ら死を望むその寸前まで追いつめて魂諸共めちゃくちゃにしたい……』
「っ……」
姿が見えるなら邪神は今恍惚とした表情を浮かべていることだろう。こいつ生粋のサディストだ。確か俺を過去に送る時も俺に欲情するやらなんやら言っていた。
あまりの気持ち悪さに鳥肌が立ち、顔が引きつる。俺は隠れるように白く湯気立つお湯の中へ深く浸かった。
『ああ゛ぁ゛ぁ゛、その顔も良いな』
裏返る声。それがまた生々しくてすぐここから逃げ出したくなる。だけど気にしたらますます相手の思う壺だし、邪神は俺の中にいるのだから逃げても意味がない。なるべく気丈な面持ちで話す。
「つまりお前はまた苦しめと俺を過去に送ったということか?」
『そうだ』
「それで? 過去に戻した代償とかはないんだろうな?」
『我は時間を司る神。時間遡行は権能。魔法のような代償を求めるちんけなものではない。それよりこれからどうするつもりだ。また同じことを繰り返すつもりはあるまい?』
「お前に言う道理はない」
『道理はあろう。我がお前をここに戻したのだから』
確かにと思ったのが悔しい。それに神だから心を読み取れるはずなのにわざわざ訊くあたりがいやらしい。無視しようとも思ったが俺は大人だ。大人の対応をしよう。
ここ数日俺は考えた。兄上が幸せになれるような最上の未来を築くにはどうしたらよいのかと。一つの考えが頭に思い浮かぶが出来る自信がなかった。だけど兄上とノエルの愛に満ちた光景に決心が着いた。
その時、気配がした。
思考は一旦止まり、警戒に辺りを見回す。
瞬間、白い湯煙の中から黒いマントに鉄の仮面を着けた集団が俺の前に現れる。何本もの鋭い短剣が俺を突き刺そうとするも、サッと避けて黒い輩の頭を引っ掴み湯船に突っ込む。その後も短剣が向けられるが服が水を吸い込んで動きが鈍い。一旦組手で集団全員湯船に突っ込ませる。
これくらいの敵の力量ならば脅威とは呼ばない。俺の口には余裕があった。ついでに邪神に対し応えてやる。
「俺が今望むのは兄上の幸せだけだ。だけど兄上を愛してしまったせいで俺は兄上の大切な人を殺した、幸せを壊した」
ザバザバと湯船から黒い集団が息を荒げながらあがってくる。その姿は濡れた黒猫のようだったが瞳は俺の息の根を止めようとばかりに目を光らせていた。
数は六人。剣を使うほどでもないな。
白い湯煙で視界は悪いがここは勘を信じて拳を前に構える。
「だから俺はもう兄上を愛さない。誰も愛さない。俺は平和のために帝国に全てを捧げるだけだ」
禁じられた愛は不幸をもたらす。兄上さえ愛さなきゃ不幸はきっとなくなるし、帝国が平和になれば少なくとも兄上が危険な目に遭うことはなくなる。
そう強く決心したが、それを心底可笑しいと言うように邪神が笑う。
『クックック、矛盾はしてないと言うか』
俺は聞かなかったフリをして次々と賊を倒していった。
まるで怪物を見るかのような瞳に晒される。父と同じ瞳。だが辛くはならない。怪物だってことは俺が一番分かってるから。
当時の俺の態度には謝りたいところだが、それは自己満足に過ぎない。その暗い視線こそ罰だと思って俺はいつもより少し遅く歩いて行った。
辛くはないとは言ったが身体は悲鳴をあげ始める。鈍器で頭を殴られたかのように頭痛がする。さっき治ったばっかりなのに。
少し休もうと噴水の縁に腰掛けぼうっと中庭を眺める。
「殿下、大丈夫ですか?」
ふとエルモアが心配そうに顔を覗く。俺、割と健康そうな演技上手いのによく気付くよな。そういえば過去に戻る前もよく気にかけてもらってたな。やっぱり護衛騎士だからか。
「……ああ。少し疲れただけだ」
なるべく普通そうに答える。エルモアはそれでも心配げに俺を見るが、しばらく考え込むように俯き唐突に尋ねてきた。
「なぜお身体のことを兵士だけでなく陛下にも隠しておいでなのですか?」
父も兄上も宮廷の誰もが俺を屈強な騎士だと思ってるが身体は虚弱なまま。それを知っているのはいつも側にいるエルモアくらいなものだろう。側近が知ってるのに皇族は知らない。気になって当然だ。
「陛下は俺のことなんとも思っちゃいないだろうが、あくまで俺は第二皇子。身体のことが知れれば剣を取り上げられるだろう? 俺には剣しかないんだ。剣がなければ俺は何もできない」
剣のせいで兄上の幸せを壊したことは確かだが、剣がなければ俺は貧弱な出来損ないだ。何かあっても何もできずただ見るだけ。それだけは嫌だった。
「そんな。殿下は剣がなくとも立派な方です」
お世辞にしては出来すぎてる。俺はそんな賛美されるほどの奴じゃない。
「そうか」と乾いた笑いを浮かべればエルモアが不服そうに声を張り上げる。
「私は殿下を尊敬しています。仲間のために御身を顧みずに先陣を切る。その気高さに軍の者も以前から皆殿下を慕っております」
「そうだとは思えないがな」
「いえ、全て本当のことです。多少……いえいつもその気高さ故に心労は絶えませんが殿下は本当に素晴らしい方だ」
その神でも崇めるような眼差しに俺はどんな顔をしたらいいか分からなかった。だけど嬉しかったのは確かだ。初めて人に褒められた。今までの血を滲むような努力が報われた気分だった。
「そんなに褒めても何も出んぞ」
「私にそんな企みはございません。全て私の本心です」
「そうか。……よし今度騎士団の皆で酒でも呑みに行くか」
店は分からないからそれは全部エルモアに任せよう。そうルンルンと歩き出すもエルモアが石のように動かない。
「……どうした?」
「殿下その……変わられましたね」
柔らかい微笑み。嬉しそうでだけどどこか寂しそうな。
「あのなんというか丸くなったというか……」
戸惑いがちに小さくなる言葉尻。
変わろうとは思っていなかったが傍目から見て俺変わったのか。エルモアにしてみれば急に人が変わったように見えるのだから困惑するのも必然だろう。だけど過去に戻ったことを言えば変な目で見られるだろうし、無闇矢鱈に勘ぐりさせないためにもそれなりの理由を言っておくか。それにそれなりの理由とは言ったが、だからって俺は未熟者のままでいるつもりはない。同じ未来を繰り返さないため俺は変わらないといけないんだ。
「変わらなきゃと思ったんだ。今まで俺はガキみたいでみっともなかった。だからお前たちが着いて行きたいと思うような相応しい奴になんないとって思ってな。今まですまなかったな。これから俺、頑張るから、エルモア信じてついてきてくれるか?」
「はい!! もちろんでございます。殿下の護衛騎士に任命された時から私は貴方様のために命を捧げると誓っております!!」
そこまで求めてはいなかったのだが騎士としては本望なのかもなと思い「頼むぞ」とだけ言っておいた。
「はい!! 何があっても殿下を必ずお守りします!!」
外見の爽やかさとは打って変わって中身はとても熱いんだな。初めて知った。
「エルモアは頼もしいな」
そう微笑みを浮かべればエルモアが何故か頬を赤く染めて視線を逸らしてしまった。何かしてしまっただろうか。訊こうと思ったがエルモアが「お身体はもう大丈夫ですか? では早く行きましょう」と先を急ぐのでタイミングを失ってしまった。
久しぶりの湯気と熱気に心が洗われる。戦場では返り血だけ拭ってすぐ帝国へ戻ったから身体がベタベタで最悪だった。
湯船に浸かりふぅと息を吐く。ふと湯に不自然な紫色がゆらめく。ざぶりと立ち上がって見てみれば下腹部に魔法の術式のようなものが描かれていた。
「なんだこれ」
蝶が大きく羽を広げているような術式。指で擦ってみても全く取れない。呪いをかけられたのかもと思ったが邪悪な感じもしない。
「まさか淫紋!?」
『ハッハッハッ。貴様が望むならそうしてやってもよいぞ』
人間ではない悍ましい声が波のように響き渡る。
『これは我とお前との繋がりの証。魂と魂が結びついている証拠だ』
「っっ邪神!? どこにいる!?」
ばしゃりと立ち上がり、大理石で出来た大きな浴室を見回すも誰の気配もない。
『なんとも貧弱なわりに喧しいものだな』
「どこにいるんだ!? 隠れてないで出てこい」
『いるであろう。お前の中に』
「俺の中……!?」
『封印したのは貴様であろう? 封印は時が遡れども解けるような簡単なものではない。だからこうしてお前の中から魂に直接語りかけているのだ』
邪神の言うことだ。俄には信じられない。
『神は嘘など吐かん。嘘を吐くのは人間の専売特許だろう?』
こいつ心を読み取れるのか。
『貴様の心は手に取るように分かるぞ。なにせ神だからな』
格上だと見せつけられているようで苛つく。だけど実際どうなのだろう。今の俺は中に邪神がいるというのに、代償の苦痛も何もなしに現実世界で生きている。これは封印が成功したと言えるのか。あの真っ暗で苦しみしかない世界にいることではっきり成功したと言えるのではないか。
「俺は封印を果たせなかったのか……?」
『それは違う。お前は封印を果たした。だからこうして証があるのであろう』
「だけど痛みも苦しみも何もないぞ。成功したならあるはずだろ?」
『あれは封印の代償だ。今は我が代償を肩代わりしてやっている』
「そんなことが出来るのか?」
『貴様と我は魂の繋がった一心同体。それなら肩代わりは可能だ』
「にしては平気そうだが」
『人間にはさぞ代償が堪えるだろうが、我にとってそれしきの痛苦気にもならん』
「なぜそんなことをする? 俺はお前を閉じ込めたんだぞ。憎いんじゃないのか?」
『気に入ったのだ』
「……気に入った?」
『お前の苦しむ様はなんとも興奮する。その貧弱な身体のつくりの癖に兄に振り向いてもらいたいがために強くあろうとする哀れな心。ハハハッなんと愚かな人間か。ああ自ら死を望むその寸前まで追いつめて魂諸共めちゃくちゃにしたい……』
「っ……」
姿が見えるなら邪神は今恍惚とした表情を浮かべていることだろう。こいつ生粋のサディストだ。確か俺を過去に送る時も俺に欲情するやらなんやら言っていた。
あまりの気持ち悪さに鳥肌が立ち、顔が引きつる。俺は隠れるように白く湯気立つお湯の中へ深く浸かった。
『ああ゛ぁ゛ぁ゛、その顔も良いな』
裏返る声。それがまた生々しくてすぐここから逃げ出したくなる。だけど気にしたらますます相手の思う壺だし、邪神は俺の中にいるのだから逃げても意味がない。なるべく気丈な面持ちで話す。
「つまりお前はまた苦しめと俺を過去に送ったということか?」
『そうだ』
「それで? 過去に戻した代償とかはないんだろうな?」
『我は時間を司る神。時間遡行は権能。魔法のような代償を求めるちんけなものではない。それよりこれからどうするつもりだ。また同じことを繰り返すつもりはあるまい?』
「お前に言う道理はない」
『道理はあろう。我がお前をここに戻したのだから』
確かにと思ったのが悔しい。それに神だから心を読み取れるはずなのにわざわざ訊くあたりがいやらしい。無視しようとも思ったが俺は大人だ。大人の対応をしよう。
ここ数日俺は考えた。兄上が幸せになれるような最上の未来を築くにはどうしたらよいのかと。一つの考えが頭に思い浮かぶが出来る自信がなかった。だけど兄上とノエルの愛に満ちた光景に決心が着いた。
その時、気配がした。
思考は一旦止まり、警戒に辺りを見回す。
瞬間、白い湯煙の中から黒いマントに鉄の仮面を着けた集団が俺の前に現れる。何本もの鋭い短剣が俺を突き刺そうとするも、サッと避けて黒い輩の頭を引っ掴み湯船に突っ込む。その後も短剣が向けられるが服が水を吸い込んで動きが鈍い。一旦組手で集団全員湯船に突っ込ませる。
これくらいの敵の力量ならば脅威とは呼ばない。俺の口には余裕があった。ついでに邪神に対し応えてやる。
「俺が今望むのは兄上の幸せだけだ。だけど兄上を愛してしまったせいで俺は兄上の大切な人を殺した、幸せを壊した」
ザバザバと湯船から黒い集団が息を荒げながらあがってくる。その姿は濡れた黒猫のようだったが瞳は俺の息の根を止めようとばかりに目を光らせていた。
数は六人。剣を使うほどでもないな。
白い湯煙で視界は悪いがここは勘を信じて拳を前に構える。
「だから俺はもう兄上を愛さない。誰も愛さない。俺は平和のために帝国に全てを捧げるだけだ」
禁じられた愛は不幸をもたらす。兄上さえ愛さなきゃ不幸はきっとなくなるし、帝国が平和になれば少なくとも兄上が危険な目に遭うことはなくなる。
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