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第二十一話 目覚め
胸を貫く終わりなき苦痛。
眠りに逃げることも永遠の安らぎに揺蕩うことも許されない。
痛みに支配され、ここがどこか、日が昇ってるのかさえ分からない。叫び続けたせいで喉は枯れ、もがき苦しむ体力は既になくなってしまっていた。
ただ兄の声が微かに聞こえた。
『イライアス』
そう何度も俺を呼ぶ。
「あ゛に゛ぅえ゛……」
痛みだけの世界で俺はその声に縋るしかなかった。
痛みの波が僅かに引く。その束の間、歪んだ視界に映る兄は耐え難い責め苦に溺れているように苦悶の表情を浮かべていた。
走る痛みも相まって本当に胸が張り裂けそうだった。
俺のせいで兄が苦しんでる。
その事実に自分が許せなかった。
いっそのこと兄が俺のことを忘れてくれればと思った。そうすればこうして兄が苦しむこともない。
また胸を突き破るような痛みが襲いかかり思考が掻き消される。
その強烈な痛みにいつの間にか気を失ったことさえ分からなかった。
パチリと目が覚める。どこまでも続く海に無数に瞬く美しい星が広がる。
どこだ、ここ……。
身体を覆うベッドの柔らかな感触。星空を映し出す崩れた天井。ところどころ瓦礫に埋もれつつも王族でも住んでいるような華美な装飾を施された部屋。
知らない場所。
部屋の奥にあるドアから気配を感じ、警戒してそっと耳を澄ませる。
「ゴホッゴホッ……」
人……咳き込むような……。
ガチャリとドアが開く。
「兄上……」
些か枯れた声でそう呼んだ兄は口元を布で押さえ、具合が悪そうに眉根を寄せていた。その姿にいてもたってもいられなかったが、俺に気づいた途端布をすぐさまポケットにしまい、しっかりとした足取りで俺のもとへ駆け寄る。思わず起きあがろうとする俺に「そのままでいい」と止めに入る。
「イライアス、目が覚めたんだな。身体は大丈夫か?」
その問いかけに俺は驚く。
喉は寝込んでいる間に回復したのだろうが、胸の痛みが綺麗さっぱりなくなっていたのだ。それどころか身体も羽がついたように軽い。
「……はい。もうなんとも」
やや困惑しながらそう答える。その言葉に兄は安堵のため息を吐き、「良かった。本当に良かった……」と声を漏らす。
「水はいるか? 何か欲しいものは?」
矢継ぎ早に訊いてくる兄に首を横に振る。
調子が良すぎて違和感を感じるほどだった。けれどそれよりも兄の身体のことが気にかかる。
「っあの兄上──」
「脚の方は傷が癒えればまた歩けるそうだ。風邪も引いていたようだが見る限り身体を休めたことで治ったようだな。まだ風邪が軽い方だったのは幸運だった」
俺の言うことが分かっているのか明らかに話題を逸らされる。何かを隠している様子に不安が高まる。
けれど、いやだからこそだろうか。俺は無理矢理聞き出すことが出来なかった。怖かった。本当のことを知るのが。
代わりに抱いていた疑問を訊ねる。
「……あの兄上ここは?」
「ここは俺たちが落とした王城の一室だ。すまないな、寝込むお前にこんな野晒し同然の部屋しかあてがってやれなくて。他は全部地下もろとも崩れてしまっていてな。マシなところがここしかなかったのだ」
兄に迷惑をかけたのは俺だ。気遣われていい存在ではない。すぐさま兄に謝る。
「兄上、此度は本当に申し訳ございませんでした。反乱の件を聞き、居ても立っても居られず駆けつけたのですが逆に足を引っ張る事態となってしまいました。危うく敵陣営に人質として利用されるという失態までおかしてしまった……。処罰はいかようにも受ける所存です」
助けになればと向かったのに結局俺は敵に捕まり、兄に助けられる始末。責任を取らなければ俺の気が済まなかった。そんな判決を待つ被告人のような俺に一気に兄の眉間の皺が寄り、「はぁ」とため息を吐く。
「……病人にとやかく言うつもりはなかったんだがな」
「…………」
「謝ったところでお前が危険な状況に陥ったことは変わらん。父上の命令もなしにしかも単独で挑むことがどんなに愚かで危険なことか。見張りをしていた兵がお前を城近くで見つけなければ、お前は今や命を落としていたのかもしれなかったんだぞ」
兄の言うことは尤もだった。なんて俺は愚かな男なんだろうか。
「……全く。まず謝るところが違うだろう。おかした失態など二の次で良いのだ」
「えっ……」
頬に兄の大きな手が添えられる。
「お前が無事で本当に良かった……」
穏やかな微笑み、触れる手の温もりは優しさに満ちていた。
てっきり兄はこんな俺に落胆しきっていると思ってた。けれど兄は俺の失態などどうでも良さげに愛おしげに頭を撫でる。
「お前はもっと自分の体を大切にしろ。皇子として国を守る使命を背負っているのは分かるが、お前は俺の愛おしい弟だ。お前を失うと思うと、俺は生きていられない。父上やノエルだってそうだ。だからどうかもっと自分を大切にしてくれ」
考えてもみなかった。国を守る者として、軍の上に立つ者として仲間を引っ張るため何事も率先して危険な戦場に身を投じてきた。
自分を大切に。
新しい価値観に困惑していると念を押すように兄が言う。
「イライアス、どうかここで誓ってくれ。自分を大切にすると」
頭が悪いせいか俺には兄の言っていることが全く分からなかった。
「お願いだ」
けれど切に願う兄の姿に俺は頷く他なかった。そんな俺を見てひどく安心した表情を浮かべる。
「食事を持ってこさせよう。寝込んでいる間は何も口にしてなかったからお腹も随分空いてるんじゃないか?」
そう言われると空腹だったことを思い出す。そして何よりも大事なことを思い出す。バッと起き上がり、「兄上!」と部屋を出ようとする兄を呼び止める。
眠りに逃げることも永遠の安らぎに揺蕩うことも許されない。
痛みに支配され、ここがどこか、日が昇ってるのかさえ分からない。叫び続けたせいで喉は枯れ、もがき苦しむ体力は既になくなってしまっていた。
ただ兄の声が微かに聞こえた。
『イライアス』
そう何度も俺を呼ぶ。
「あ゛に゛ぅえ゛……」
痛みだけの世界で俺はその声に縋るしかなかった。
痛みの波が僅かに引く。その束の間、歪んだ視界に映る兄は耐え難い責め苦に溺れているように苦悶の表情を浮かべていた。
走る痛みも相まって本当に胸が張り裂けそうだった。
俺のせいで兄が苦しんでる。
その事実に自分が許せなかった。
いっそのこと兄が俺のことを忘れてくれればと思った。そうすればこうして兄が苦しむこともない。
また胸を突き破るような痛みが襲いかかり思考が掻き消される。
その強烈な痛みにいつの間にか気を失ったことさえ分からなかった。
パチリと目が覚める。どこまでも続く海に無数に瞬く美しい星が広がる。
どこだ、ここ……。
身体を覆うベッドの柔らかな感触。星空を映し出す崩れた天井。ところどころ瓦礫に埋もれつつも王族でも住んでいるような華美な装飾を施された部屋。
知らない場所。
部屋の奥にあるドアから気配を感じ、警戒してそっと耳を澄ませる。
「ゴホッゴホッ……」
人……咳き込むような……。
ガチャリとドアが開く。
「兄上……」
些か枯れた声でそう呼んだ兄は口元を布で押さえ、具合が悪そうに眉根を寄せていた。その姿にいてもたってもいられなかったが、俺に気づいた途端布をすぐさまポケットにしまい、しっかりとした足取りで俺のもとへ駆け寄る。思わず起きあがろうとする俺に「そのままでいい」と止めに入る。
「イライアス、目が覚めたんだな。身体は大丈夫か?」
その問いかけに俺は驚く。
喉は寝込んでいる間に回復したのだろうが、胸の痛みが綺麗さっぱりなくなっていたのだ。それどころか身体も羽がついたように軽い。
「……はい。もうなんとも」
やや困惑しながらそう答える。その言葉に兄は安堵のため息を吐き、「良かった。本当に良かった……」と声を漏らす。
「水はいるか? 何か欲しいものは?」
矢継ぎ早に訊いてくる兄に首を横に振る。
調子が良すぎて違和感を感じるほどだった。けれどそれよりも兄の身体のことが気にかかる。
「っあの兄上──」
「脚の方は傷が癒えればまた歩けるそうだ。風邪も引いていたようだが見る限り身体を休めたことで治ったようだな。まだ風邪が軽い方だったのは幸運だった」
俺の言うことが分かっているのか明らかに話題を逸らされる。何かを隠している様子に不安が高まる。
けれど、いやだからこそだろうか。俺は無理矢理聞き出すことが出来なかった。怖かった。本当のことを知るのが。
代わりに抱いていた疑問を訊ねる。
「……あの兄上ここは?」
「ここは俺たちが落とした王城の一室だ。すまないな、寝込むお前にこんな野晒し同然の部屋しかあてがってやれなくて。他は全部地下もろとも崩れてしまっていてな。マシなところがここしかなかったのだ」
兄に迷惑をかけたのは俺だ。気遣われていい存在ではない。すぐさま兄に謝る。
「兄上、此度は本当に申し訳ございませんでした。反乱の件を聞き、居ても立っても居られず駆けつけたのですが逆に足を引っ張る事態となってしまいました。危うく敵陣営に人質として利用されるという失態までおかしてしまった……。処罰はいかようにも受ける所存です」
助けになればと向かったのに結局俺は敵に捕まり、兄に助けられる始末。責任を取らなければ俺の気が済まなかった。そんな判決を待つ被告人のような俺に一気に兄の眉間の皺が寄り、「はぁ」とため息を吐く。
「……病人にとやかく言うつもりはなかったんだがな」
「…………」
「謝ったところでお前が危険な状況に陥ったことは変わらん。父上の命令もなしにしかも単独で挑むことがどんなに愚かで危険なことか。見張りをしていた兵がお前を城近くで見つけなければ、お前は今や命を落としていたのかもしれなかったんだぞ」
兄の言うことは尤もだった。なんて俺は愚かな男なんだろうか。
「……全く。まず謝るところが違うだろう。おかした失態など二の次で良いのだ」
「えっ……」
頬に兄の大きな手が添えられる。
「お前が無事で本当に良かった……」
穏やかな微笑み、触れる手の温もりは優しさに満ちていた。
てっきり兄はこんな俺に落胆しきっていると思ってた。けれど兄は俺の失態などどうでも良さげに愛おしげに頭を撫でる。
「お前はもっと自分の体を大切にしろ。皇子として国を守る使命を背負っているのは分かるが、お前は俺の愛おしい弟だ。お前を失うと思うと、俺は生きていられない。父上やノエルだってそうだ。だからどうかもっと自分を大切にしてくれ」
考えてもみなかった。国を守る者として、軍の上に立つ者として仲間を引っ張るため何事も率先して危険な戦場に身を投じてきた。
自分を大切に。
新しい価値観に困惑していると念を押すように兄が言う。
「イライアス、どうかここで誓ってくれ。自分を大切にすると」
頭が悪いせいか俺には兄の言っていることが全く分からなかった。
「お願いだ」
けれど切に願う兄の姿に俺は頷く他なかった。そんな俺を見てひどく安心した表情を浮かべる。
「食事を持ってこさせよう。寝込んでいる間は何も口にしてなかったからお腹も随分空いてるんじゃないか?」
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