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第三十九話 拒絶は許されない
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※イェルク視点
グランツォレ帝国に着いてもイライアスの調子は相変わらずだった。人形のようにただ虚空を眺めるだけ。
イライアスがこんな状態だから正式に皇妃として迎えても式は執り行わなかった。
そして元々婚姻に反発していた臣下たちは快くイライアスを受け入れるはずがなかった。
執務室に臣下の中でも彼らのまとめ役であるディートリヒが押しかける。
「陛下、この際私たちの意見に全く聞く耳を持たず、イライアス陛下との婚姻を強引に推し進めたことに関してはもう何も言いはしません。しかし、であれば側室のことをどうかお考えください。イライアス陛下はお身体も弱く、気も病んでおられるご様子。どう考えてもお子は望めません」
「だから側室を迎えろと? 俺は単婚派だ。他の妻を迎える気はない」
「陛下、イライアス陛下のことも考えてください。同性同士の婚姻は世に認められたものでありますが、子が望めなければ話は別です。その法もイェルク陛下のご祖父様であられる先々代皇帝陛下が意中のお相手を妃として迎えるため男性でも子を望める魔法を生み出し、無理矢理法を変えたのが始まり。子を残せるから当時は渋々議会も承諾したのです。側室を迎えなければイライアス陛下の風当たりがどんなに酷いものになるか陛下ご自身想像は容易いでしょう?」
その通り、周囲はきっとイライアスを口撃、冷遇するだろう。それを防ぐには側室を迎えるのが一番だということもよく分かっている。
「だからって好きでもない奴を妃に出来るかよ。今は自由恋愛が基本だぜ?」
「皇族に関してはそう簡単におっしゃることは出来ないのは陛下もよくご存知でしょう!?」
そうテーブルを隔てて目の前に立つディートリヒは相当お怒りのようだった。けれどこんなことは日常茶飯事。どう潜り抜けるかも知っている。悠然と座っていたところを路線変更し、疲れ切ったように頭を手で支える。
「そう声を荒げるな。まだグランツォレに帰ってきて日も浅く疲れが溜まっているんだ。お前の言うことはよぉ~く分かったから今は君主を思いやり、そこの扉を出てくれないだろうか?」
ディートリヒはそれでも顔をしかめさせたままだったが、もう取り合う気のない俺に今日は一旦引くことにしたようだ。
「陛下、この件は後回しには出来ませんよ」
それだけを言い残し彼が部屋を去る。
血によって代々帝国は継がれてきたのだから子どもがどんなに重要な問題なのか、ディートリヒの言っていることはよく理解している。けれど今はそんなことよりイライアスが心配だった。
またイライアスは体調を崩してしまい、熱を出してここ二日は目を覚ましていない。
グエルが言うには兄の死による心の負荷が魔力量や流れを乱れさせ、体に悪さをしているらしい。
まずは体の不調に対処し、イライアスの心の傷を癒すことが先決だとのことだった。
しかしイライアスの心の傷はそう容易く癒せるものではないだろう。時間さえ彼を癒せるかも怪しい。
どうしたものかと悩むが、こんなとこで悶々としているより今はイライアスのそばにいた方が断然良いだろうと眠る彼の元に向かう。
熱で顔が赤く火照り、息をするのもやっとな様子で胸を大きく上下させている。滲む汗を布で拭く。服も汗でしっとりしているからどうせならこのまま俺が清めようかと思ったが、清拭は医者の知識が必要だとかなんとかグエルに言われて止められたことを思い出す。それくらい素人の俺でも出来るんじゃないのか。けれどどうやらそういった処置はグエルが全てやっているらしい。なら俺は余計なことはしない方がいいのかもしれない。
アランにイライアスを頼まれた。しかし俺にイライアスの傷を癒せるかと言われれば自信がなかった。
「俺はどうやったらお前を救えるんだ?」
そうイライアスに訊ねてみるも当然眠った彼からは返事がない。
はぁ……とずっと我慢していた長いため息を吐き、じっとイライアスの顔を見つめているとピクリと瞼が動いた気がした。
ゆっくりと開かれる血のように真っ赤な瞳。
「っイライアス……!」
喜びに名を呼ぶと起きたばかりで未だはっきりしない意識でイライアスが俺を見る。
「イライアス、大丈夫か? お前熱を出してここ二日眠ったままだったんだよ」
そう声を掛けるとイライアスは体をもぞもぞとさせ、何か諦めたようにクタリと臥せてしまった。
二日間眠ったままで体力がなくなってしまったからだろう。
イライアスが自ら何か行動を起こそうとしたことが嬉しく、同時に助けにならなければと強く思った。
何を求めるのか訊こうとするとイライアスがじっと俺を見ていた。
ふとイライアスが腕を出す。
ない体力を使って体をプルプルと震わせながら俺の腕を取る。何をするつもりだろうと大人しくイライアスの手に導かれるままにしておくと首元を覆うように掌を置かれる。
「っ………………」
声にならない声でパクパクと口が動く。何かイライアスが伝えようとしているのだと俺は必死に唇の動きから何を言おうとしているのか読み取ろうとした。だから分かってしまった。
俺を殺してくれ。
時間が止まったかのように体が動かなかった。
殺してくれ? ……それって、それは……イライアスが死を望んでいるってことか????
イライアスが手を重ね、絞めるようにない力を加える。
手を伝ってドクドクとした生の脈動が伝わる。頭の思考回路が止まっていたが、瞬間俺は勢いよくイライアスの首から手を離した。
「俺はそんなことはしない!! 絶対にするもんか!!」
部屋の外にも聞こえるんじゃないかというくらい大きな声。けれどそんなこと気にしていられないくらいに心中は怒り一色だった。
「お前、何言ってんのか分かってんのか!! アランは、お前の兄貴はっ、お前を救おうとどんな犠牲を払ったか分かって言ってんのか!!」
あまりの感情の高まりに椅子から立ち上がり、そう怒鳴るとイライアスの顔が一気に歪んだ。
「っ……いやだ……ききたくない」
聞き取るのもやっとな小さな声で、イライアスは眉根を寄せて目を閉じ、顔を背けて拒絶する。
だがこればっかりは言ってやらないと分からないことだろう。
じゃなきゃアイツは何のために……!!
「いいや、お前は聞かなきゃいけないんだ!」
逃げられないようにイライアスの顔の横に手を置いて、間近に迫る。
「アイツはな、お前を助けるために体を暴れ回る魔力からお前を守ってたんだよ! アイツがお前の苦痛を肩代わりしていたんだ!」
「……っいやだ、いうな…………!」
「分かるか!? アイツはな、お前を救うために自分の命を犠牲にしたんだよ!!!!」
イライアスは俺の影の下でボロボロと涙を流していた。くしゃりと顔を歪ませ、嵐が去った川のように止めどなく涙が頬を伝う。
グランツォレ帝国に着いてもイライアスの調子は相変わらずだった。人形のようにただ虚空を眺めるだけ。
イライアスがこんな状態だから正式に皇妃として迎えても式は執り行わなかった。
そして元々婚姻に反発していた臣下たちは快くイライアスを受け入れるはずがなかった。
執務室に臣下の中でも彼らのまとめ役であるディートリヒが押しかける。
「陛下、この際私たちの意見に全く聞く耳を持たず、イライアス陛下との婚姻を強引に推し進めたことに関してはもう何も言いはしません。しかし、であれば側室のことをどうかお考えください。イライアス陛下はお身体も弱く、気も病んでおられるご様子。どう考えてもお子は望めません」
「だから側室を迎えろと? 俺は単婚派だ。他の妻を迎える気はない」
「陛下、イライアス陛下のことも考えてください。同性同士の婚姻は世に認められたものでありますが、子が望めなければ話は別です。その法もイェルク陛下のご祖父様であられる先々代皇帝陛下が意中のお相手を妃として迎えるため男性でも子を望める魔法を生み出し、無理矢理法を変えたのが始まり。子を残せるから当時は渋々議会も承諾したのです。側室を迎えなければイライアス陛下の風当たりがどんなに酷いものになるか陛下ご自身想像は容易いでしょう?」
その通り、周囲はきっとイライアスを口撃、冷遇するだろう。それを防ぐには側室を迎えるのが一番だということもよく分かっている。
「だからって好きでもない奴を妃に出来るかよ。今は自由恋愛が基本だぜ?」
「皇族に関してはそう簡単におっしゃることは出来ないのは陛下もよくご存知でしょう!?」
そうテーブルを隔てて目の前に立つディートリヒは相当お怒りのようだった。けれどこんなことは日常茶飯事。どう潜り抜けるかも知っている。悠然と座っていたところを路線変更し、疲れ切ったように頭を手で支える。
「そう声を荒げるな。まだグランツォレに帰ってきて日も浅く疲れが溜まっているんだ。お前の言うことはよぉ~く分かったから今は君主を思いやり、そこの扉を出てくれないだろうか?」
ディートリヒはそれでも顔をしかめさせたままだったが、もう取り合う気のない俺に今日は一旦引くことにしたようだ。
「陛下、この件は後回しには出来ませんよ」
それだけを言い残し彼が部屋を去る。
血によって代々帝国は継がれてきたのだから子どもがどんなに重要な問題なのか、ディートリヒの言っていることはよく理解している。けれど今はそんなことよりイライアスが心配だった。
またイライアスは体調を崩してしまい、熱を出してここ二日は目を覚ましていない。
グエルが言うには兄の死による心の負荷が魔力量や流れを乱れさせ、体に悪さをしているらしい。
まずは体の不調に対処し、イライアスの心の傷を癒すことが先決だとのことだった。
しかしイライアスの心の傷はそう容易く癒せるものではないだろう。時間さえ彼を癒せるかも怪しい。
どうしたものかと悩むが、こんなとこで悶々としているより今はイライアスのそばにいた方が断然良いだろうと眠る彼の元に向かう。
熱で顔が赤く火照り、息をするのもやっとな様子で胸を大きく上下させている。滲む汗を布で拭く。服も汗でしっとりしているからどうせならこのまま俺が清めようかと思ったが、清拭は医者の知識が必要だとかなんとかグエルに言われて止められたことを思い出す。それくらい素人の俺でも出来るんじゃないのか。けれどどうやらそういった処置はグエルが全てやっているらしい。なら俺は余計なことはしない方がいいのかもしれない。
アランにイライアスを頼まれた。しかし俺にイライアスの傷を癒せるかと言われれば自信がなかった。
「俺はどうやったらお前を救えるんだ?」
そうイライアスに訊ねてみるも当然眠った彼からは返事がない。
はぁ……とずっと我慢していた長いため息を吐き、じっとイライアスの顔を見つめているとピクリと瞼が動いた気がした。
ゆっくりと開かれる血のように真っ赤な瞳。
「っイライアス……!」
喜びに名を呼ぶと起きたばかりで未だはっきりしない意識でイライアスが俺を見る。
「イライアス、大丈夫か? お前熱を出してここ二日眠ったままだったんだよ」
そう声を掛けるとイライアスは体をもぞもぞとさせ、何か諦めたようにクタリと臥せてしまった。
二日間眠ったままで体力がなくなってしまったからだろう。
イライアスが自ら何か行動を起こそうとしたことが嬉しく、同時に助けにならなければと強く思った。
何を求めるのか訊こうとするとイライアスがじっと俺を見ていた。
ふとイライアスが腕を出す。
ない体力を使って体をプルプルと震わせながら俺の腕を取る。何をするつもりだろうと大人しくイライアスの手に導かれるままにしておくと首元を覆うように掌を置かれる。
「っ………………」
声にならない声でパクパクと口が動く。何かイライアスが伝えようとしているのだと俺は必死に唇の動きから何を言おうとしているのか読み取ろうとした。だから分かってしまった。
俺を殺してくれ。
時間が止まったかのように体が動かなかった。
殺してくれ? ……それって、それは……イライアスが死を望んでいるってことか????
イライアスが手を重ね、絞めるようにない力を加える。
手を伝ってドクドクとした生の脈動が伝わる。頭の思考回路が止まっていたが、瞬間俺は勢いよくイライアスの首から手を離した。
「俺はそんなことはしない!! 絶対にするもんか!!」
部屋の外にも聞こえるんじゃないかというくらい大きな声。けれどそんなこと気にしていられないくらいに心中は怒り一色だった。
「お前、何言ってんのか分かってんのか!! アランは、お前の兄貴はっ、お前を救おうとどんな犠牲を払ったか分かって言ってんのか!!」
あまりの感情の高まりに椅子から立ち上がり、そう怒鳴るとイライアスの顔が一気に歪んだ。
「っ……いやだ……ききたくない」
聞き取るのもやっとな小さな声で、イライアスは眉根を寄せて目を閉じ、顔を背けて拒絶する。
だがこればっかりは言ってやらないと分からないことだろう。
じゃなきゃアイツは何のために……!!
「いいや、お前は聞かなきゃいけないんだ!」
逃げられないようにイライアスの顔の横に手を置いて、間近に迫る。
「アイツはな、お前を助けるために体を暴れ回る魔力からお前を守ってたんだよ! アイツがお前の苦痛を肩代わりしていたんだ!」
「……っいやだ、いうな…………!」
「分かるか!? アイツはな、お前を救うために自分の命を犠牲にしたんだよ!!!!」
イライアスは俺の影の下でボロボロと涙を流していた。くしゃりと顔を歪ませ、嵐が去った川のように止めどなく涙が頬を伝う。
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