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Act.4-1 輝くネコ
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「ダメだってば!」
「にゃぁぁん!」
初夏――春が終わって日差しも強くなってきた、ある晴れた日の昼下がり。2人――1匹と1人――は図書館の前で言い合いをしていた。
と、いうのも……
ルーチェは国家試験の勉強のために必要な資料を借りに来たのだ。
普段は家に揃っている図鑑や辞典で事足りるのだが、昨日の夜にやっていた問題集に王家専属クラドールの試験問題がついていて、調べたいことができた。
実は、ルーチェは筆記試験ではトップクラスの成績なのだ。実技がボロボロだったので、あまり注目されないのが悲しいが……昔から本が好きで、家にある本を片っ端から読んでいたというのも成績優秀な理由。
卒業試験も引っかかっていたのは実技だけで、薬の調合もよくできていると先生に褒められたくらいだ。とにかく、筆記試験だけならば今すぐにでも国家試験を通れるくらいの知識は詰め込んである。
それで、王家専属クラドール用の試験問題に手を出してみたわけだ。しかし、そこはやはりレベルが格段に違う。実際の症例を出しての治療法案や過去に流行った病など、時事問題も多くて所謂即戦力を求められているのだと感じた。
そういうわけで、図書館に過去の記録を見に来たのだけれど、もちろんネコは図書館に入れない。
「もう、なんでついてきちゃうのよ!」
「にゃぁ!」
家を出る時、ついてこようとするオロをわざわざ部屋に閉じ込めてきたはずなのに。
一体どうやって出てきたのだ?
「また魔法を使ったんでしょ!?」
ルーチェは腰に手を当てて、オロを見下ろした。
オロはとぼけ続けているが、どうも何かにつけて魔法を使っているようだとルーチェは疑っている。
ルーチェ以外の前では可愛いネコを演じていて、今やバラルディ家のアイドルという地位を築いているオロ。ルーチェには厳しいくせに……!
「にゃっ、にゃっ」
「あぁっ! ダメだって!」
オロが図書館に入っていく男性に続いて入り口を突破しようと歩き出し、ルーチェは慌ててオロを抱き上げた。
「にゃぁぁぁ!」
「い、イタッ! 痛い! ちょっと!」
オロがルーチェの腕をバシバシと叩く。爪は切ってあるし、オロも傷つける気はないようだけれど、結構痛い。
図書館を出入りする人々がチラチラと2人――1人と1匹――を見ている。
「もう、動物は入れないんだよ? 仕方ないでしょ」
「にゃあ」
ルーチェはオロを少し高く持ち上げて視線を合わせた。なんとか諭そうとするけれど、オロは納得できないといわんばかりの顔をする。
「一体何がしたいっていうの?」
ネコが図書館で本を読むというのか。
「にゃぁ、にゃっ」
「入りたいのはわかったわよ。でも、ダメなの。大人しくココで待っててよ」
そんな言い合いを続けていると――
「ん、あれ? 君……」
ルーチェに声をかけているらしい若い男性の声に、彼女はオロを抱いたままそちらへ身体を向けた。
「え……」
思わず声を出してしまった。
そこに立っていたのは、ちょっと長めの茶髪を持つ背の高い男性だった。くせっ毛なのか、毛先がくるっとしている。少し異国風の顔立ちをしているので、ハーフか、移民か……なのだろうか。
中でも1番ルーチェの目をひいたのは、琥珀色の大きな瞳だった。オロにとてもよく似た色だったから驚いた。
オロが人間だったら、こんな感じなのかもしれないと思って……
「そのネコ、君が飼ってるの?」
「え、あ……はい」
じっと見つめてしまって、失礼だったかもしれない。パッと目を逸らしてオロを見ると、オロもその男性を真剣に見つめていた。
「オロ?」
先ほどまであんなに騒いでいたのに、どうしたのだろうか。
「なるほどね。ねぇ、僕がその子を見ててあげよっか?」
「え、でも……」
急に大人しくなったオロと、突然見ず知らずのネコを見ていてくれるという男性。
ルーチェが戸惑っていると、オロは身体を捩ってルーチェの腕から抜け出した。地面に飛び降りて男性の足元に擦り寄っていく。
その様子に、ルーチェは首を傾げた。しかし、とりあえずオロは大人しく外で待つことに納得したようで……気が変わらないうちに用事を済ませてしまおうと思い直す。
「あの、じゃあ……よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げて、ルーチェは図書館へと入った。
「えっと、10年前だから……」
目的の本棚で、背表紙を追っていく。
「これだ」
本を手にとってパラパラと捲ってみると、ルーチェの探していた情報が細かく書かれている章があった。ルーチェはそれを抱えて受付に足を向けた――が、途中で異国文化についての本棚に目が留まった。
「ルミエール……」
少し、ルミエール王国についても調べてみようか。
鍛錬にばかり気を取られてしまって、オロのことは気になりつつも後回しになっていたところがある。
コツは掴んだものの、まだボールがないと自分のチャクラの状態がうまく把握しきれないこともあり、研修は困難を極めているのだ。だが、図書館に来たのはいい機会かもしれない。
「うーん……何の本を借りたらいいかなぁ」
歴史、地理、政治経済、文化に教育……ネコについて、はないのだろうか。
1冊ずつ本を手にとって目次を確認してみたが、オロの秘密に迫れそうな項目はなくてルーチェはため息をついて最後の本を棚に戻した。
「新聞、とか……?」
そういえば、最近ルミエール王国の政権交代についてのニュースがあった気がする。外国についてはほとんど何も知らないルーチェは、最近の出来事から把握してみようと思って新聞のまとめコーナーに向かった――
***
ルーチェが本の貸し出し手続きを終えて図書館を出ると、先ほどの男性とオロは入り口近くのベンチに座っていた。
「にゃぁん」
オロはすぐにルーチェに気づいて、ルーチェのもとへ駆け寄ってきた。
「オロ、いい子にしてた?」
「にゃー」
しゃがんで、頭を撫でるとオロはゴロゴロと喉を鳴らす。
「金色だからオロなの?」
「はい。オロはあんまり気に入ってないみたいだけど」
ルーチェはそう言って立ち上がった。
「あの、ありがとうございました」
「どういたしまして。君、クラドールなの? それに、新聞も読むんだね」
男性はルーチェの持っていた分厚い本と過去の新聞がまとまったファイルを指差して言う。
「あ、いえ、まだです。今は研修中で……えっと、新聞はちょっと調べ物のために」
「あぁ、そうなんだ。それで……オロ、君も大変だね?」
「にゃう」
男性はクスクスと笑う。なんだか含みのある言い方にルーチェは首を傾げた。それに、この人はオロと会話ができている……ように感じる。
ルーチェは男性を上から下まで観察するように見た。オロと同じで不思議な感じの人だ。
「あれ、お子さんが生まれるんですか?」
そうやって男性を観察していたら、彼の持っている本が出産関係のものだということに気づいた。
「ああ、うん。生まれるのはまだ先だけどね。ついこの間、わかってさ」
「そうなんですか。おめでとうございます」
ルーチェがそう言うと、男性は「ありがとう」と言って笑った。
「にゃー?」
「そうだよ。大丈夫、僕の可愛い奥さんもちょっと悪阻がつらそうだけど、元気だから」
やはりオロと会話をしているらしい男性。ルーチェにはサッパリ内容がわからない。なぜ、奥さんの話をオロとしているのだろう?
「あの、オロの言葉がわかるんですか?」
「ん? まぁ……少しね」
曖昧に答える男性はクスッと笑って、ルーチェを琥珀色の瞳に映した。
「君と少し雰囲気が似てるかな。だから、オロが懐いたのかもね?」
「はぁ……」
ルーチェは更に首を傾げる。今日はそればっかりで、首が曲がってしまいそうだ。まったく話が読めない。
「じゃあ、僕は帰るよ。可愛い奥さんと女の子……あ、男の子も待ってるから」
「あ、あの、一体貴方は……あの、えっと」
何者なんですか、とは言いにくくて少し言葉を濁す。すると、男性はまたクスクス笑って――
「僕? そうだねぇ……“お兄さん”って呼んでくれたらいいんじゃない?」
そう言って、男性は足早に帰ってしまった。首を傾げるルーチェと「にゃー」と鳴くオロを残して。
「にゃぁぁん!」
初夏――春が終わって日差しも強くなってきた、ある晴れた日の昼下がり。2人――1匹と1人――は図書館の前で言い合いをしていた。
と、いうのも……
ルーチェは国家試験の勉強のために必要な資料を借りに来たのだ。
普段は家に揃っている図鑑や辞典で事足りるのだが、昨日の夜にやっていた問題集に王家専属クラドールの試験問題がついていて、調べたいことができた。
実は、ルーチェは筆記試験ではトップクラスの成績なのだ。実技がボロボロだったので、あまり注目されないのが悲しいが……昔から本が好きで、家にある本を片っ端から読んでいたというのも成績優秀な理由。
卒業試験も引っかかっていたのは実技だけで、薬の調合もよくできていると先生に褒められたくらいだ。とにかく、筆記試験だけならば今すぐにでも国家試験を通れるくらいの知識は詰め込んである。
それで、王家専属クラドール用の試験問題に手を出してみたわけだ。しかし、そこはやはりレベルが格段に違う。実際の症例を出しての治療法案や過去に流行った病など、時事問題も多くて所謂即戦力を求められているのだと感じた。
そういうわけで、図書館に過去の記録を見に来たのだけれど、もちろんネコは図書館に入れない。
「もう、なんでついてきちゃうのよ!」
「にゃぁ!」
家を出る時、ついてこようとするオロをわざわざ部屋に閉じ込めてきたはずなのに。
一体どうやって出てきたのだ?
「また魔法を使ったんでしょ!?」
ルーチェは腰に手を当てて、オロを見下ろした。
オロはとぼけ続けているが、どうも何かにつけて魔法を使っているようだとルーチェは疑っている。
ルーチェ以外の前では可愛いネコを演じていて、今やバラルディ家のアイドルという地位を築いているオロ。ルーチェには厳しいくせに……!
「にゃっ、にゃっ」
「あぁっ! ダメだって!」
オロが図書館に入っていく男性に続いて入り口を突破しようと歩き出し、ルーチェは慌ててオロを抱き上げた。
「にゃぁぁぁ!」
「い、イタッ! 痛い! ちょっと!」
オロがルーチェの腕をバシバシと叩く。爪は切ってあるし、オロも傷つける気はないようだけれど、結構痛い。
図書館を出入りする人々がチラチラと2人――1人と1匹――を見ている。
「もう、動物は入れないんだよ? 仕方ないでしょ」
「にゃあ」
ルーチェはオロを少し高く持ち上げて視線を合わせた。なんとか諭そうとするけれど、オロは納得できないといわんばかりの顔をする。
「一体何がしたいっていうの?」
ネコが図書館で本を読むというのか。
「にゃぁ、にゃっ」
「入りたいのはわかったわよ。でも、ダメなの。大人しくココで待っててよ」
そんな言い合いを続けていると――
「ん、あれ? 君……」
ルーチェに声をかけているらしい若い男性の声に、彼女はオロを抱いたままそちらへ身体を向けた。
「え……」
思わず声を出してしまった。
そこに立っていたのは、ちょっと長めの茶髪を持つ背の高い男性だった。くせっ毛なのか、毛先がくるっとしている。少し異国風の顔立ちをしているので、ハーフか、移民か……なのだろうか。
中でも1番ルーチェの目をひいたのは、琥珀色の大きな瞳だった。オロにとてもよく似た色だったから驚いた。
オロが人間だったら、こんな感じなのかもしれないと思って……
「そのネコ、君が飼ってるの?」
「え、あ……はい」
じっと見つめてしまって、失礼だったかもしれない。パッと目を逸らしてオロを見ると、オロもその男性を真剣に見つめていた。
「オロ?」
先ほどまであんなに騒いでいたのに、どうしたのだろうか。
「なるほどね。ねぇ、僕がその子を見ててあげよっか?」
「え、でも……」
急に大人しくなったオロと、突然見ず知らずのネコを見ていてくれるという男性。
ルーチェが戸惑っていると、オロは身体を捩ってルーチェの腕から抜け出した。地面に飛び降りて男性の足元に擦り寄っていく。
その様子に、ルーチェは首を傾げた。しかし、とりあえずオロは大人しく外で待つことに納得したようで……気が変わらないうちに用事を済ませてしまおうと思い直す。
「あの、じゃあ……よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げて、ルーチェは図書館へと入った。
「えっと、10年前だから……」
目的の本棚で、背表紙を追っていく。
「これだ」
本を手にとってパラパラと捲ってみると、ルーチェの探していた情報が細かく書かれている章があった。ルーチェはそれを抱えて受付に足を向けた――が、途中で異国文化についての本棚に目が留まった。
「ルミエール……」
少し、ルミエール王国についても調べてみようか。
鍛錬にばかり気を取られてしまって、オロのことは気になりつつも後回しになっていたところがある。
コツは掴んだものの、まだボールがないと自分のチャクラの状態がうまく把握しきれないこともあり、研修は困難を極めているのだ。だが、図書館に来たのはいい機会かもしれない。
「うーん……何の本を借りたらいいかなぁ」
歴史、地理、政治経済、文化に教育……ネコについて、はないのだろうか。
1冊ずつ本を手にとって目次を確認してみたが、オロの秘密に迫れそうな項目はなくてルーチェはため息をついて最後の本を棚に戻した。
「新聞、とか……?」
そういえば、最近ルミエール王国の政権交代についてのニュースがあった気がする。外国についてはほとんど何も知らないルーチェは、最近の出来事から把握してみようと思って新聞のまとめコーナーに向かった――
***
ルーチェが本の貸し出し手続きを終えて図書館を出ると、先ほどの男性とオロは入り口近くのベンチに座っていた。
「にゃぁん」
オロはすぐにルーチェに気づいて、ルーチェのもとへ駆け寄ってきた。
「オロ、いい子にしてた?」
「にゃー」
しゃがんで、頭を撫でるとオロはゴロゴロと喉を鳴らす。
「金色だからオロなの?」
「はい。オロはあんまり気に入ってないみたいだけど」
ルーチェはそう言って立ち上がった。
「あの、ありがとうございました」
「どういたしまして。君、クラドールなの? それに、新聞も読むんだね」
男性はルーチェの持っていた分厚い本と過去の新聞がまとまったファイルを指差して言う。
「あ、いえ、まだです。今は研修中で……えっと、新聞はちょっと調べ物のために」
「あぁ、そうなんだ。それで……オロ、君も大変だね?」
「にゃう」
男性はクスクスと笑う。なんだか含みのある言い方にルーチェは首を傾げた。それに、この人はオロと会話ができている……ように感じる。
ルーチェは男性を上から下まで観察するように見た。オロと同じで不思議な感じの人だ。
「あれ、お子さんが生まれるんですか?」
そうやって男性を観察していたら、彼の持っている本が出産関係のものだということに気づいた。
「ああ、うん。生まれるのはまだ先だけどね。ついこの間、わかってさ」
「そうなんですか。おめでとうございます」
ルーチェがそう言うと、男性は「ありがとう」と言って笑った。
「にゃー?」
「そうだよ。大丈夫、僕の可愛い奥さんもちょっと悪阻がつらそうだけど、元気だから」
やはりオロと会話をしているらしい男性。ルーチェにはサッパリ内容がわからない。なぜ、奥さんの話をオロとしているのだろう?
「あの、オロの言葉がわかるんですか?」
「ん? まぁ……少しね」
曖昧に答える男性はクスッと笑って、ルーチェを琥珀色の瞳に映した。
「君と少し雰囲気が似てるかな。だから、オロが懐いたのかもね?」
「はぁ……」
ルーチェは更に首を傾げる。今日はそればっかりで、首が曲がってしまいそうだ。まったく話が読めない。
「じゃあ、僕は帰るよ。可愛い奥さんと女の子……あ、男の子も待ってるから」
「あ、あの、一体貴方は……あの、えっと」
何者なんですか、とは言いにくくて少し言葉を濁す。すると、男性はまたクスクス笑って――
「僕? そうだねぇ……“お兄さん”って呼んでくれたらいいんじゃない?」
そう言って、男性は足早に帰ってしまった。首を傾げるルーチェと「にゃー」と鳴くオロを残して。
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