幸せの感じ方

じんじゅ

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木村と大前

嫌いな女がいる【木村】

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 「木村君、仙台に行ってくれるか。栄転だぞ。」行ってくれるか?の疑問系ではない。行ってこい!の命令形でもない。敢えてどっちつかずの言い方をされることで、有無を言わさぬ意図を感じた。

突然の転勤であった。

大学進学と供に、田舎から大阪に出て足掛け10年。
関西弁や「笑い」という文化に慣れてきた頃の話である。

ご承知のことかと思うが、敢えて説明する。仙台とは、宮城県にある県庁所在地であり、東北随一の街である。
しかし、関西に住む人間にとっては、東北とは、非常に遠くに感じる場所なのである。
これだけ交通機関が発達した現代においても、である。発達したが故に、北に行くなら東北を超えて、北海道にまで行ってしまうからではないだろうかと、私は考えている。

同期達との送別会では、口を揃えて皆が言う。「仙台か~。牛タンや日本酒が美味しいんだろー。美味しいものが沢山食べれて羨ましいやん。」

何が良いものか!縁もゆかりもない地に、一人で行くのだぞ。おまけに、期限の定めもないときた。
ムッとした気持ちが表に出そうになる。

「冬は結構寒いから、大変だろうね。人はどうか分からないけど、優しい人ばかりじゃないだろうし、こっちみたいにミスしても許されないかもだね。頑張ってね~」

寒いなんて知ってるわい。
この大前という同期は、歳は一つ下だが、大阪支店では何かと俺に突っかかってきた女である。

「歳上のくせに」「私はもう終わってるけど?」「こんな大きな仕事を任されて、本当大変」「これくらいできるよね?」と、まあこういった事を言ったりするわけである。
今回の事も「あの人の担当先なら、簡単だから別にいなくてもいいですよ」と言っていたのを、人伝に聞いた。

ふー。こいつと離れられるのが、今回の転勤での良い事だ。

「ありがとう!向こうで、どれだけできるか分からないけど、頑張ってみるよ。皆遊びに来て!」

こんな社会人らしい、相手を慮った会話を返しながら、その日の送別会は終わった。

新しい担当者への引継ぎや、引越しの準備など慌ただしく過ごし、気づいたら仙台空港に着いていた。
ここから、私の住む勾当台公園駅まで電車で向かう。空港発なだけあって、大きなスーツケースを持った旅行客が多い。皆、今から観光だ!と楽しい気持ちでいっぱいなのだろう。

そんな人たちをよそ目に、外の景色を眺める。
堺にはない。天王寺にもない。ましてや、梅田になんて絶対にない、緑が広がる景色である。高い建物もないだけに、余計に緑が映える。
「田舎を思い出すな。でも、ここには俺一人。友達どころか知り合いすらいない地で、今日から過ごすのか。。」
合わせたように陽が落ちて、夕焼けとなる。こんなノスタルジックな気持ちになるのは、いつぶりだろうか。。
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