つっこめ! ルネサンス ~脳筋ばかりの騎士物語! 結婚するまで帰れません!?~

LED

文字の大きさ
86 / 197
第6章 アストルフォ月へ行く

1 ブラダマンテ、エチオピアへ

しおりを挟む
 夕暮れ時。女騎士ブラダマンテが再びマルセイユに帰還する直前。
 道端に見知った女性の姿があった。尼僧メリッサである。

「メリッサ! 久しぶりじゃない。どこ行ってたのよ!」

 パッと顔を輝かせるブラダマンテに対し、メリッサは薄く微笑んだ。

「ブラダマンテこそ――ご無事で何よりですわ」
「? どうしたのメリッサ。なんかこう……テンション低いわね。
 何か嫌な事でもあった? それとも体調悪いとか」

 ブラダマンテが気遣わしげにしているのも無理はない。
 いつものメリッサであれば、女騎士の姿を認めるなり、清楚な美人の顔をだらしなく弛緩させ、満面の笑みを浮かべて発情した犬の如くすり寄ってくるのが普通であったが。
 今日に限って妙に大人しい。口調も笑顔もどことなくぎこちない。

「大丈夫です。心配ありませんわ」
「いやホント、全然そうに思えないぐらい冷静すぎるんだけど」

「じゃあ、再会を祝したハグでも致しましょうか」
「…………うん」

 普段であれば提案された瞬間、一も二もなく全力で拒否するのがブラダマンテの常であったが。
 今に限っては酷く心配になった。もし拒絶したら、彼女は二度と自分の前に姿を現さないかもしれない――そう思えるぐらい、夕陽を浴びた彼女の顔は儚く見えたのだ。

 メリッサはそっと近づき、ブラダマンテの腰に手を回す。
 当然ながら女騎士は武装している。冷たい鎖帷子チェインメイル越しの抱擁など、体温が伝わるかどうかも怪しいものなのだが。
 優しくも切ない抱擁は、さながら恋人同士の熱愛の証のようにも――あるいは、家族のような慈しみの顕れにも見えた。

「……いつもみたいに、匂いめっちゃ嗅いだり、お尻まさぐろうとしないのね」
「…………」

「……もしかして偽者?」
「……失礼な。私はメリッサですよ、ブラダマンテ。
 ただ、普段みたいに嫌がったり、抵抗したりしないのを……触ってもね?」

「……あ、そうなの……」

 からかうように言って微笑むメリッサ。特に妙な事態にもならず抱擁は終わり。

「ブラダマンテ。ロジェロ様の居場所が分かりました。
 北アフリカはエチオピアという国に向かっています。アストルフォ様と一緒に」
「……そうなんだ。ねえメリッサ。
 また天馬ペガサスに変身して、ロジェロの下に向かってもいい?」

 ブラダマンテの提案に、メリッサは「もとよりそのつもりです」と答えた。
 メリッサは変身の魔法に長けている。物陰に隠れて服を脱ぎ、呪文を唱えれば――たちまち美しい毛並みの、翼の生えた白馬の姿になった。

 もう何度目だろうか。こうしてペガサスに乗って空を駆けるのは。

「メリッサ。最初に会った時からずっと不思議に思っていたのだけど。
 どうしてわたしに対して、ここまで尽くしてくれるの? 予言だから?
 確かメリッサって、魔術師マーリンがご先祖様よね? で、わたしがエステ家の祖先になるって運命づけられているのだっけ」

 ブラダマンテが言った通りの理由で、メリッサは彼女の従者を続けている事になっている。
 実際は違う。メリッサは本当はマーリンの血など引いていないし、そもそもどこの誰を先祖としているのかも定かではない。
 最初に出会った時に見せた「マーリンの亡霊」も、メリッサの主である魔法使いマラジジが事前に仕込んだ幻影だ。メリッサは命令に従ったに過ぎない。

「ええ、勿論それもありますけれど――」

 本当の事は言えない。「メリッサ」がただの役割に過ぎず、彼女自身には名乗る名すらないという事を。
 彼女は過去に忘れ去られた異民族の隠密集団「アシュタルト」であり、マラジジの命令が絶対であるという事を。
 しかし――メリッサは女騎士ブラダマンテと接している時、自分が道具ではなく「人間」になれたような、そんな気がしたのだ。

「――ブラダマンテが、ブラダマンテだからですわ」
「何よそれ。答えになってないじゃない」

「――そう、でしょうか――」
「そうよ!」

 ちゃんと教えなさい、と食い下がる女騎士に「じゃあ、秘密です」とつっぱねるメリッサ。
 たちまち彼女は頬を膨らませるが――それ以上は追及してこなかった。
 
 こんな何気ない、他愛無い会話でも。メリッサの今までの人生に比べれば、それはとても幸福で。
 たとえ仕組まれたもので、自分が選ばれたのも単なる気紛れだったとしても。
 神に感謝せずにはいられない。メリッサはそう――胸の内で思うのだった。

**********

 フランス中央部、オルレアン近くの農村。
 意識を失ったオルランドが放り投げた、聖剣デュランダルの下に――身の丈7フィート(約2.1メートル)近い筋骨隆々の髭面の巨人が近づこうとしていた。
 彼の名はモルガンテ。オルランドに仕える忠実なる従者である。

 アンジェリカの誘惑の術テンプテーションが解けた後、主を求めてあてどなく彷徨っていたが――ようやく辿り着いたのだ。
 主人が目覚めるまでデュランダルを守護すべく、剣を拾おうと近づいたその時。

 素早く馬が駆け寄って来て、颯爽と飛び降りる東洋風の武者の姿があった。
 彼は目にも留まらぬ身のこなしで、モルガンテが拾い上げようとした聖剣をかっさらう!

「くはははは! これぞまさしく聖剣デュランダル!
 何故こんな所に落ちている? 実に不用心な事だなァ」

 闖入者ちんにゅうしゃの正体は――タタール王マンドリカルド。
 トロイの英雄ヘクトルの武具に執心し、同じくヘクトルの武器と伝わるデュランダルと、その持ち主オルランドをつけ狙っていた男だ。

 主の剣を横取りされ、モルガンテは怒りの咆哮を上げた。
 盗人を誅すべく、大木のような腕を伸ばし、不埒なタタール武者を捻り潰そうとする。

 しかし次の瞬間、巨人の両腕から凄まじい鮮血がほとばしった!
 彼の巨腕は二本とも、肘から先をデュランダルで斬り裂かれてしまったのだ。

(なるほど、噂に違わぬ素晴らしき切れ味よ!
 両刃剣ロングソードに慣れぬ俺様ですら、これほど容易く扱えるとはな。
 オルランドはどこへ行った? 臆病者め。このような名剣を手放して、一体何処に雲隠れしたのだ!)

 凄まじい絶叫を上げるモルガンテ。鬱陶しげにマンドリカルドは聖剣を振るい、瞬く間に巨人の首を刎ね飛ばした。
 主の武器を守ろうとした従者の呆気ない最期だった。

 こうしてデュランダルは、タタール王の手に渡った。
 オルランドが再び目覚め、手のつけられない野獣の如く暴れ回るのは、この二日後の事である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?

あとりえむ
ファンタジー
【5話ごとのサクッと読める構成です!】全60話 完結しました。読者の皆様ありがとうございます! 世界を救ったのは、聖剣ではなく「洗剤」でした。 「君のやり方は古いんだよ」 不当な理由でS級クランを追放された、ベテラン清掃員・灰坂ソウジ(38歳)。 職を失った彼だったが、実は彼にはとんでもない秘密があった。 呪いのゴーグルのせいで、あらゆる怪物が「汚れ」にしか見えないのだ。 ・神話級ドラゴン  ⇒ 換気扇の頑固な油汚れ(洗剤で瞬殺) ・深淵の邪神  ⇒ トイレの配管詰まり(スッポンで解決) ・次元の裂け目  ⇒ 天井の雨漏りシミ(洗濯機で丸洗い) 「あー、ここ汚れてるな。チャチャッと落としておくか」 本人はただ業務として掃除をしているだけなのに、その姿は世界中で配信され、人類最強の英雄として崇められていく! 可愛い元ダンジョン・コアや、潔癖症の聖女も入社し、会社は今日も大忙し。 一方、彼を追放した元クランは、汚れ(モンスター)に埋もれて破滅寸前で……? 「地球が汚れてる? じゃあ、一回丸洗いしますか」 最強の清掃員が、モップ片手に世界をピカピカにする、痛快・勘違い無双ファンタジー! 【免責事項】 この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

処理中です...