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第6章 アストルフォ月へ行く
3 心の憂いを知る方法
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エチオピア王セナプス。盲目の老王は、眼前の食事を前にしても恐れて食べようとしない。
「ハルピュイアが……ハルピュイアが儂の食事を荒らすんじゃ……」
鳥の怪物ハルピュイアが見えているのは王だけである。臣下たちも手の施しようがないといった所だろう。
「参ったな。単純に怪物退治なのかと思ってたのによ……」
ロジェロ――黒崎八式が頭を抱えてうめく傍ら、イングランド王子アストルフォは自信満々に前に進み出た。
「――ところで、この美味しそうな食事。ボクが食べてもいいですか?」
「はい、お客人の歓待も兼ねておりますゆえ」
セナプス王の臣下に許可を得てから、アストルフォはテーブルに並べられた料理から、大振りの果物をガブリと頬張った。
「おい、何をしておる! そのように汚らわしい食べ物を……!」
年老いたエチオピアの王は悲痛な声を上げた。
アストルフォは構わず食べ「美味しいじゃないか。エチオピアはいい所だなあ」などと、料理が問題なく食べられる事をアピール。
(なるほど――単純だが、意外と効果があるかもしれねえな)
などとロジェロは思った。ところが――
「空を飛んで来られた騎士殿。無理をなさらずともよい」
「え? いや、無理なんてしてませんが――?」
「もしかして、そういう趣味がおありなのかな? 剛毅であるな」
「……ちょ、違うから! この料理いたって正常だから!」
「スカトロ騎士殿。そちの理解者は少なかろうが、強く生きられよ」
「やめて!? 憐れんだ言い方ヤメテ!!
そんな仇名広まったら、いくらボクでも立ち直れない――!」
セナプスの幻覚症状は改善されず、美貌の王子アストルフォに不名誉な二つ名が誕生しただけに終わった。
**********
ロジェロとアストルフォは一旦、食事の席を退出し作戦を練り直す事にした。
「思ったより厄介な話だな、アストルフォ。
怪物じゃなくて幻覚症状だというなら、オレたちにどうこうできる問題じゃないかもしれん」
深く落ち込んでいるであろうイングランド王子に対し、半ば慰める意味も込めてロジェロは言った。
「――いや、方法はある」アストルフォは意外に早く立ち直っていた。
「恐怖の角笛を吹いて――王の心に巣食っている『ハルピュイア』を追い払う」
彼の提案は驚くべきものだった。確かに原典では、角笛を吹く事でハルピュイアを逃亡させている。
しかしそれはあくまで、ハルピュイアが現実に存在し、物理的に王の食事を妨害している場合に限るのではないのか?
「アフォ殿、確かにあの角笛の威力は凄かったが――できるのか?
巨人やアマゾネスの集団を相手にするのとは訳が違うんだぞ」
「心配は要らない――ロジェロ君。この呪文書を見てくれ」
アストルフォは手に持っていた書物をロジェロに寄越した。
善徳の魔女ロジェスティラより授かった、あらゆる術を打ち破る方法を記した本だ。
「これに載ってるのか? ハルピュイアを追い払えるって」
「いや、そんなんじゃない。ここを――よく見てくれ。読めるかい?」
アストルフォの指さした先には、こう書かれていた。
――エチオピア王セナプスの、心の憂いを知る方法→514ページ
ロジェロはハッとして、索引の示すページを開き――そこに書かれている内容をじっくりと読んだ。
「読めたようだね。よかった――ロジェロ君なら分かってくれると思っていた。
普通の騎士は呪文書に書かれた文字すら読めないし、読めても望んだ項目に辿り着けない」
アストルフォの口調は悲しげだった。
エチオピアに着くまで、大勢の騎士たちと共に旅をしてきたが。ロジェスティラの本を読むことができた者は、ほとんどいなかったのだろう。
該当ページを読み終えたロジェロは、フウと息を吐いて確認を取る事にした。
「いちおう聞いておくが、いいのか?
たとえセナプス王の悩みを解決できたとしても、彼はその見返りにフランク王国を助けたりはしないだろう。
立場ってモンがある。強大なサラセン帝国を敵に回したら――エチオピアなんて小国はひとたまりもないだろうぜ」
「ああ、分かっているさ。そんな報酬目当ての話じゃない。
呪文書の内容は読んだだろう? 王の悩んでいる原因も。
ボクたちの手でどうにかできるなら、まずはやってみるべきじゃあないかい? ボクはそう思うよ」
アストルフォの笑顔は真剣そのものだ。
打算抜きであれこれ首を突っ込んでは、結果的に厄介事を解決してしまう。
後先考えているようには見えないが、騎士としては立派な行いなのだろう。
「――『たち』って事は、オレが協力するってのも含まれてんのかよ」
「してくれないのかい?」
「……いちいち悲しそうに顔を覗き込むなアフォ!?
くっそ、分かったよ。確認取るまでもねーだろ!」
呪文書に示されている方法を実行するには、角笛を吹く役にアストルフォ。王に質問をする役としてロジェロ――どのみち二人分の働きが必要なのだ。
ロジェロ――黒崎にとっても、王のハルピュイア問題を解決する事は、のちの月旅行のために避けては通れぬ道。アストルフォに協力する他はない。
(まあ、その辺のメタな事情抜きにしても。困ってるアストルフォを放っておけねーよな。
こいつ一人にやらせたら、どんな暴走しでかすか気が気じゃねーし……)
毎度毎度、彼がトラブルメーカーである事は否めないが――不思議と黒崎は悪い気はしなかった。
かくして二人は、再びエチオピア王セナプスに謁見する事となった。
「ハルピュイアが……ハルピュイアが儂の食事を荒らすんじゃ……」
鳥の怪物ハルピュイアが見えているのは王だけである。臣下たちも手の施しようがないといった所だろう。
「参ったな。単純に怪物退治なのかと思ってたのによ……」
ロジェロ――黒崎八式が頭を抱えてうめく傍ら、イングランド王子アストルフォは自信満々に前に進み出た。
「――ところで、この美味しそうな食事。ボクが食べてもいいですか?」
「はい、お客人の歓待も兼ねておりますゆえ」
セナプス王の臣下に許可を得てから、アストルフォはテーブルに並べられた料理から、大振りの果物をガブリと頬張った。
「おい、何をしておる! そのように汚らわしい食べ物を……!」
年老いたエチオピアの王は悲痛な声を上げた。
アストルフォは構わず食べ「美味しいじゃないか。エチオピアはいい所だなあ」などと、料理が問題なく食べられる事をアピール。
(なるほど――単純だが、意外と効果があるかもしれねえな)
などとロジェロは思った。ところが――
「空を飛んで来られた騎士殿。無理をなさらずともよい」
「え? いや、無理なんてしてませんが――?」
「もしかして、そういう趣味がおありなのかな? 剛毅であるな」
「……ちょ、違うから! この料理いたって正常だから!」
「スカトロ騎士殿。そちの理解者は少なかろうが、強く生きられよ」
「やめて!? 憐れんだ言い方ヤメテ!!
そんな仇名広まったら、いくらボクでも立ち直れない――!」
セナプスの幻覚症状は改善されず、美貌の王子アストルフォに不名誉な二つ名が誕生しただけに終わった。
**********
ロジェロとアストルフォは一旦、食事の席を退出し作戦を練り直す事にした。
「思ったより厄介な話だな、アストルフォ。
怪物じゃなくて幻覚症状だというなら、オレたちにどうこうできる問題じゃないかもしれん」
深く落ち込んでいるであろうイングランド王子に対し、半ば慰める意味も込めてロジェロは言った。
「――いや、方法はある」アストルフォは意外に早く立ち直っていた。
「恐怖の角笛を吹いて――王の心に巣食っている『ハルピュイア』を追い払う」
彼の提案は驚くべきものだった。確かに原典では、角笛を吹く事でハルピュイアを逃亡させている。
しかしそれはあくまで、ハルピュイアが現実に存在し、物理的に王の食事を妨害している場合に限るのではないのか?
「アフォ殿、確かにあの角笛の威力は凄かったが――できるのか?
巨人やアマゾネスの集団を相手にするのとは訳が違うんだぞ」
「心配は要らない――ロジェロ君。この呪文書を見てくれ」
アストルフォは手に持っていた書物をロジェロに寄越した。
善徳の魔女ロジェスティラより授かった、あらゆる術を打ち破る方法を記した本だ。
「これに載ってるのか? ハルピュイアを追い払えるって」
「いや、そんなんじゃない。ここを――よく見てくれ。読めるかい?」
アストルフォの指さした先には、こう書かれていた。
――エチオピア王セナプスの、心の憂いを知る方法→514ページ
ロジェロはハッとして、索引の示すページを開き――そこに書かれている内容をじっくりと読んだ。
「読めたようだね。よかった――ロジェロ君なら分かってくれると思っていた。
普通の騎士は呪文書に書かれた文字すら読めないし、読めても望んだ項目に辿り着けない」
アストルフォの口調は悲しげだった。
エチオピアに着くまで、大勢の騎士たちと共に旅をしてきたが。ロジェスティラの本を読むことができた者は、ほとんどいなかったのだろう。
該当ページを読み終えたロジェロは、フウと息を吐いて確認を取る事にした。
「いちおう聞いておくが、いいのか?
たとえセナプス王の悩みを解決できたとしても、彼はその見返りにフランク王国を助けたりはしないだろう。
立場ってモンがある。強大なサラセン帝国を敵に回したら――エチオピアなんて小国はひとたまりもないだろうぜ」
「ああ、分かっているさ。そんな報酬目当ての話じゃない。
呪文書の内容は読んだだろう? 王の悩んでいる原因も。
ボクたちの手でどうにかできるなら、まずはやってみるべきじゃあないかい? ボクはそう思うよ」
アストルフォの笑顔は真剣そのものだ。
打算抜きであれこれ首を突っ込んでは、結果的に厄介事を解決してしまう。
後先考えているようには見えないが、騎士としては立派な行いなのだろう。
「――『たち』って事は、オレが協力するってのも含まれてんのかよ」
「してくれないのかい?」
「……いちいち悲しそうに顔を覗き込むなアフォ!?
くっそ、分かったよ。確認取るまでもねーだろ!」
呪文書に示されている方法を実行するには、角笛を吹く役にアストルフォ。王に質問をする役としてロジェロ――どのみち二人分の働きが必要なのだ。
ロジェロ――黒崎にとっても、王のハルピュイア問題を解決する事は、のちの月旅行のために避けては通れぬ道。アストルフォに協力する他はない。
(まあ、その辺のメタな事情抜きにしても。困ってるアストルフォを放っておけねーよな。
こいつ一人にやらせたら、どんな暴走しでかすか気が気じゃねーし……)
毎度毎度、彼がトラブルメーカーである事は否めないが――不思議と黒崎は悪い気はしなかった。
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