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216話 幕間 貧乏くじ

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「ようこそラスカリアへ」

 身分証確認をした街門の衛兵に見送られ街へ入る。
 着ている制服の襟を開け着崩し、気安い印象にしてから街角の屋台のオヤジと話し、チップをやって目的地を聞き出す。

 遠目から目的地の周囲を見て回り、近場の宿を取る。
 部屋に入り着ていた近衛騎士団の制服をアイテムボックスにしまい、代わりに使い慣れた装備を出していく。

「さて、まずは打ち合わせか…」



ーーーーーーーーーー

 冒険者ギルドの酒場で打ち合わせを済ませ、よくいる冒険者の格好で部屋に戻って来た。

 対象者はEランク冒険者らしい。
 なんでわざわざ俺が指名されたのか分かんねぇが、それだけ成功させたい、って事なんだろう。
 一々依頼の事情なんて気にしてたらこんな仕事してられねぇ。



 念の為準備は整えて対象の動向を探りに出かける。
 Eランクのガキ一人生け捕りにするなんて朝飯前だが、気は抜かないのが俺の信条だ。


 夕闇が迫る時間帯。
 目的地を見ると、なんと対象が一人で庭で木刀を振っている。 好都合過ぎて怖いくらいだ。
 母屋には人の気配があるが、静かに気づかれないだろう位置。


「……やるか」


 対象は一心不乱に剣を振っていて、俺の接近に全く気づいていない。
 ひと息ついて動きの止まった瞬間、俺は背後から組み付き、首筋にナイフを当てる。

「動くな、声を上げるな。 自分の状況が分かるな?」
「…はい」

「お前の名前は?」

「リルトです」

 …藍色の髪と瞳、少し尖ったハーフエルフの耳、間違いないな。

「痛い目見たくなければ大人しくついて来い。大声を上げたりしたら、その瞬間首をかき切るぞ」

「…分かりました」

 …ずいぶんキモの座ったガキだ。浮かない表情だが震えてもいない。

 …なんとなく嫌な予感がよぎる。



ーーーーーーーーーー

 大きな街には付き物のスラム。 その外れにあるあばら家で俺はガキを見る。


 椅子に座らせ後ろ手に縄で縛ってある。
 武器の類は持っていない、魔法など唱えようものなら瞬時に首を切ると本人にも言ってある。
 ガキは暗い表情で大人しくしている…


 …どう考えても何も出来ないハズなのに、連れて来る時から嫌な予感が収まらない。

 俺は自分のカンを信じてこれまでやってきた。
 …この仕事、受けたのは失敗だったかも知れねぇ…


 と、外から馬車の音が聞こえ、すぐさま打ち合わせをした男が扉を開けて入って来た。


「ノルグ様、こちらです」
「うむ」

 後から入って来たのは太ったチョビ髭の男。
 コイツが依頼者の言っていた"現地で始末をつける者"とやらか…


 従者の男が扉を閉めている間にノルグ様とやらはガキの前に。

「久しぶりだな。 いいザマじゃないか?」
 ノルグはアリルメリカの衛兵が持つ鉄芯の入った"警棒"というヤツを握りニヤニヤしている。

 これから何をする気なのかは容易に想像出来るな。

「お久しぶりですね、ブタ…じゃなかったノルグ卿、お元気でしたか?」
 ガキは先ほどまでの暗い表情をすっかり捨て、薄っすらと笑みを浮かべている。


…バキッ!


 ?? ガキの生意気な態度に、間髪入れずノルグの警棒が横っツラを張り倒したが…何だ?今の音?


 …やっぱり嫌な予感が止まらねぇ。


「おい、お膳立ては終わった。 早く後金を渡せ」
 俺は従者の男に手を向ける。

「? 始末をつけてからって契約だったはずだ。
 ちゃんと最後まで付き合え」

(チッ!覚えてやがったか…)


 ノルグってヤツは違和感に気づいてないらしい。

「ずいぶん威勢がいいじゃないか? この状況の意味が分からんとは所詮学の無い庶民か…」

「デブ…じゃなかったノルグ卿の状況はどうですか?
 大使をクビになって、実家の方々にはお祝いしてもらったんですか?」


…バキッ!

 やっぱり音がおかしい…ガキも打たれて横を向いているが平然としてるし、薄暗いランプの中ではよく分からねえが頬に傷も付いて無いように見える。


「うるさい!貴様のせいでワシは…ヒグチ家は…」

「だから闇ギルドまで使って報復ですか?」
 ガキの目が俺を捉える。

「お、俺を雇ったのはコイツじゃねぇ。 ヒグチ家の家宰って男だ」

 …なんで俺はわざわざこんな事喋ったんだ?


「…なるほど。 実家の使いっ走りってヤツですか」

「うるさい!うるさい! 存分にいたぶってからと思ったがもういい、このガキが!ぶっ殺してやる!」


…ブワッ!


 ノルグが腰の剣を抜いた瞬間、ガキの横に炎の柱が上がり、突風が巻き起こる。
 巻き上げられたホコリに一瞬目をつぶり、開けた時には既にがいた。

 ガキの横に立つ身体全てが炎で出来ている人の型をしたなにか。
 女性のシルエットをしたそれは周囲を燃やす事も無く、光る目はこちらを見ている。

 もう片側には黄緑色の魔力が渦を巻いて、こちらも女性のシルエットをしている。
 ゴウゴウと風の音を立てているが、周りの空気は微動だにしていない。


 …アレは不味い。 早く逃げねぇと…


「な、な、なんだ?それは?」

 ノルグと従者の男は尻もちを突いて後ずさっている。

「はぁ…大人しく自分の過ちを認めて、静かに暮らしていればこんな事にはならなかったのに、バカだね」

 いつの間にか手枷を解かれたガキは、腕を組んでノルグ達を見下ろしている。


 …逃げるなら今しか…


…スッ


 背後から黒くいぶされ光を反射しないナイフが俺の首に回される。
 黒い総レースで出来た貴婦人のような手袋をつけた手が見える…


「大人しくしていてね?」

 妖艶でねっとりとした声だが若い女の声…


「そう簡単にやられて!…」

 身体強化を発動して剣を抜きながらナイフを打ち払い振り向く……誰もいない?


…ザシュ!
「ぐあぁ!」


 足首に激痛が走り地面に転げる。
 かかとの上の重要な腱をバッサリといかれている。


 …これは詰んだ。


…ガッ!


 気づくと頭を踏みつけられていた。

 動かせない目線から見えるのは黒いハイヒールを履き、複雑な模様の網タイツを履いた脚、長いスカートは大きくスリットが入っていて、その間から男の劣情を掻き立てるようないい肉付きの太ももが覗いている。

「次は腱じゃ済まないわよ?」

 …もう抵抗する意思はとっくに失せている。


「さて、片付けて帰ろうか?」
 ガキが何も無かったかのように一言発すると、俺の頭上から嬉しそうな弾んだ声が聞こえてくる。


「は~い。お父様♪」




「…は?」



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