魔女と時渡りの書"next to continue" ――【それでも再び世界は廻ってる】――

雨乃ジャク

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1章

4話:初めての「――」

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 ハルトとモニカは屋台の買い食いを終えて、宿屋に向かって路地を歩く。
 太陽はすでに沈み、気が付けば辺りは闇の帳が落ちようとしていた。

 このままでは、真っ暗闇に包まれるのではないかとハルトは心配したが、街の所々で目にした魔石の様なものが発光し辺りを照らしだしていた。
 配置されてある、魔石の量はそんなに多くないものの、完全に暗闇に閉ざされる心配はなさそうだ。
 
 お腹が満たされた充実感を噛み締めながら、ハルトは疑問を口にする。
 
「………というか、改めて振り返ると何で買い食いしていたのだろうか?」

 異世界の料理を食べれて、ハルトは大満足だが、そういえば目的がずれていたことに気付く。
 図書館――で調べたい疑問はモニカが答えてくれたのでそれは良い。

 だが、モニカと一緒に買い食いに至るまでの目的を思い出し言葉にする。

「モニカはロッテさんを探さなくて良かったのか?」

 すっかり忘却されていた金髪の騎士のことを聞く。
 気が付けばモニカのマイペースな性格に振り回されていたが、最初は彼女のことを探すのが目的であったはずだ。
 
 そのことを聞くと、モニカは露骨に目を逸らし、

「――えーと、実はそんなに急ぐ用事でもなかったり………」

 と、ごにょごにょと言葉を濁しながらモニカは呟く。

 怪しい態度にハルトがじっとモニカの目を見つめると、「むむむ」と唸りながら、モニカはあきらめた様に答えた。

「………最初はロッテを探してたの。
 一緒に美味しいものを食べに行きたいなーって思ってたのだけど
 ハルトに合ってからロッテを探さなくても良いかなって思い始めて――」

 ハルトは眉をしかめて続きを促す………。

「――ロッテに部屋でちゃんと待っている様に言われてたことを思い出して、怒られるかも、と思ったら探さなくてもいいかなー。
 なんて思ったりして………。
 あっ、でも、宿屋に帰ればちゃんとハルトはロッテと話せると思うよ!
 私は、宿屋に帰ったらすごく怒られると思うけど………」

 唇を震わせ、不安げにモニカは語り終える。
 うやむやになった目的の理由がなんとも可愛いものでハルトは笑いながら、

「ロッテには俺も一緒に謝るよ。
 二人で謝ればそんなに酷い事にはならないだろう」

「ハルトも一緒に謝ってくれる!?
 そっか、それなら………。
 ううん、ハルトは悪くないから謝らなくていいよ」

 しゅんと肩を落とし、再び悲しい顔をするモニカに「大丈夫だ」と大げさにガッツポーズを取ると、

「楽しく屋台で食べ歩きしてたのは事実だし、俺も一緒に謝るよ」

「ううん、ハルトは悪くないよ。私が誘ったのだもん」

 モニカの中では譲れない一線があるらしい。
 唇をきゅっと結び、頑なに考えを変えそうにない彼女を見て、ため息を付くと。

 ――それなら、とハルトは自身の胸を叩いて宣言する。

「――それなら、俺はモニカの傍に居るよ。
 怒られて、泣きそうなときは頼ってくれればいい
 泣きそうじゃない時も頼ってくれればいい、出来る限りなら力になる」

 力強くハルトが言い切ると、途端にモニカは顔を輝かせる。

「本当に、本当?」

「あぁ、本当だ」

「嘘じゃない?」

「嘘じゃないさ、そうだ、こうしよう。モニカ小指を出して」

 ハルトが握った右手の小指をモニカに向けると、きょとんとした顔でモニカもハルトの手を真似て同じように小指を立てる。

「あ――、モニカは左手の小指を立ててくれる?
 うん、それで良い」

「俺の故郷で約束するときはこうするんだ
 お互いの小指を引っ掻けて、まじないをかける。
 そうすると約束が破れないようになる。絶対にだ」

「ほ、本当?」

「本当さ、ほら、こうして――」

 自分の指にモニカの白い指を重ねる、そして歌のリズムに合わせながら軽く上下に動かす。

「指切げんまん、嘘ついたら、針千本呑ます」

「指切った!」

 パチンッと音を立てて、小指を離す。これで終わりだ。
 モニカはまだ小指を突き出したまま、交互に自分の指とハルトの指を見ると、

「さっきのは魔法?」

 と心底不思議そうに言った。
 ハルトは困った様に頭を掻くと、説明する。

「いや、魔法じゃなくて、まじない………って言っても分からないのか。
 んー………そうだな、魔法ではないけど魔法の一歩手前の魔法ってわけで………。
 自分でも言ってて良く分からなくなってきたな」

 とにかく! と慌ててハルトは再度自身満々に胸を叩くと

「これで、さっきの約束は嘘を付けなくなった!
 だから、安心してモニカはロッテさんに怒られても大丈夫だ!」

「それって、根本的解決? にはなってないような………」

 モニカは自分の小指をじっと見つめながら、「変な魔法」っと小さく言うと唇をほころばせた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 モニカと約束した後も、ハルトは彼女を元気づけさせようと他愛のない話をしていた。

「――それで、俺が何度も木箱を持ち上げては小指に落として叫び声をあげている所を見た6歳くらいの女の子が言うわけだ。
 「ハルトさん私が持ちましょうか」って
 「お嬢ちゃんの細腕で持ち上げれるわけないだろう? 強がるのはよしておきな」って返すと
 女の子は鼻を鳴らして木箱どころか、俺まで持ち上げて馬車に運びこんだのさ
 あれには参った。なにしろ驚いて腰を抜かす俺も食料だと思った馬車がそのまま走って肉屋まで連れて行かれたからね
 危うく、皮を剥ぎ取られて店に並べられる所だった」

「そのまま、お店に並べられたらどうなったかな?」

「そりゃあ、俺の肉は上質だから瞬く間に売り切れたと思うよ
 肉を買いに来た主婦が涎を垂らして殺到すること間違いなしだ
 本当に危ない所だった………」

 ハルトの話を聞き終わると、こらえきれずにモニカは吹き出しお腹を抱えて笑った。
 自分の話がウケたことを見てハルトは内心ガッツポーズする。

 話には多少の虚飾が混じってはいたが、元の世界の話がどれだけ通じるか分からず、話題の数が絶対的に少ないハルトには必要なことだと許してほしい。
 それに、多少の嘘も少女の笑顔の価値に比べれば微々たるものだ。

 気が済むまで笑ったモニカは苦しそうにお腹を押さえながら口を開く。

「ハルトは面白いね。
 ねぇねぇ、もっと話を聞かせて?」

「俺はモニカの話も聞きたいけどな」

「うーん………。
 私の話は聞いても面白くないと思うよ?
 そんなにお話も知らないし………」

「それは俺もだって………。
 そうだな、ロッテさんのことはどうだ?」

 ふと、思いついた金髪の騎士のことを話題に出す。
 当たり前だがハルトはロッテと呼ばれる騎士のことをまったく知らないのだ。

 ロッテのことを話題に出されたモニカは軽く微笑むと語り出す。

「ロッテはね。優しいよ!
 強くて、綺麗で、勉強が出来て、魔法も使えて私がちゃんと勉強が出来た時はほめてくれる!」

「そうか。ロッテさんは凄い人なんだな………」

 話だけ聞くと完璧超人のように感じる。
 あの跳躍を見せられた今となっては比喩ではなく、実際に超人なのかもしれない。

 ハルトの言葉に嬉しそうに頷きながら肯定すると、ふと、思い出したように険しい顔をしてモニカは口を開く。

「………でも、怒るとワイバーンが逃げ出すほど怖い」

「――それは完全に同意できる」

 実感が籠っている言葉を吐き出して、二人は難しい顔をして頷いた。

 ロッテと言う騎士が怒ると怖いというのは、店を吹き飛ばした衝撃のシーンを見てしまったハルトも容易に想像できる。
 実際怖いのだろう、ぶるりっと軽く身体を震わせるモニカの恐れが伝わった様にハルトの心にも焦りと不安が混じった。

(――考えてみれば、ロッテさんと合うことになっているけど
 何の目的もないまま話すのは不味いのではないか?)

 今のうちに言い分を考えておかないと、怪しい奴め! と問答無用で吹き飛ばされるのではないだろうか?
 ありえなくもない話にひやりとハルトの頬を汗が流れ落ちる。
 
 ロッテさんに合う理由………合う理由………。と頭を高速で回転させて考えるが、良い考えは出てこない。
 なにしろ、ハルト自身の理由が『ちょっと気になったから付いて行った』なのである。
 接点などないし、興味のありそうな話題など分かるはずもない。
 
 身分を偽ろうとしても、異世界の常識が分からないので何を名乗れば正解なのか分からない。

(――あれ? これ、詰んでない?)

 実は進んでいた道が八方ふさがりの孤立した状態であることを理解して、頬どころか、全身から冷や汗が噴出してくる。
 とにかく、怪しまれないような言い訳を考えなければならない。

「お荷物を届けに来たのですが、えっとロッテリアさん?
 あっ、違う? すみませーん。間違えました。失礼しまーす!
 こ、この作戦でいけば、なんとか………」

「あっ、宿屋に着いたね。私達が泊まっている所はあそこだよ!」

 無情にも言い訳を考える時間はタイムアップを告げる。

 目の前にはモニカに指差される立派な旅館が合った。
 魔石の光で照らされた旅館は細かな装飾や、飾られた花壇から、パッと見ても高そうな宿だと分かる。

「これ、実はお姫様だったルートの線が濃厚になってきたな。
 さっ、と帰る作戦も怪しい奴だと捕まるオチでは………?」

「――何を言っているのハルト?
 さぁ、私の部屋は二階だよー。上がった上がった」

 ドタバタと二人は宿屋に入る。
 ハルトは玄関でキャロキャロと靴を脱ぐ場所を探すが、モニカが平然と靴を履いたままで上がるのを見て
なるほど、靴は脱がないスタイルかと納得し、おっかなびっくりモニカに付いて行く。

 何か、会員証的なものを見せないと通れないかと思ったが、そんなこともなく、無事玄関口を通り抜けることに成功し、
 二階の階段を上る事にも成功する。

 受付口で佇む、宿屋の使用人と思われる男の目が、銀色のベルを手に持ちながら自分の背をうさんくさげにいつまでも見ている気がして、
 
 ハルトは逃げるようにその場を後にした。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 足音を響かせ、魔石で照らし出されている二階の通路を歩く。

 ジャパニーズスタイルが身に沁み込んでいるハルトとしては靴を履いたまま、通路に敷かれた立派なカーペットを歩くというのはどうも落ち着かない。
 外では気にならなかったが、歩くたびにコツコツと音を立てる皮のブーツの音が酷く耳に残る気がする。

 ハルトが慣れない違和感に四苦八苦しているのには気付かず、モニカは部屋を探す。

「――えーと、右から七つ目………七つ目。
 一、二、三………六、七。ここかな?
 もう一回、数えよう。右から七番目………」

 モニカは慎重に何度も自分の部屋を確認する。

 それと言うのも、最初に自信満々に開けた部屋が別の誰かの部屋で、
驚いた若い男女のペアに「し、失礼しました」と謝りながらドアを閉めたのが原因だ。

 気まずいこと、この上ない状況だった………。

 何度も何度も慎重にモニカは確認すると、納得した様子で胸を張って頷く。

「うん! 今度こそ間違いじゃないよ!
 どうぞ、お入りください!」

「いや、俺は後で良いよ。モニカが先に入りなよ」

「ううん! 私は後でいいの!
 ハルトこそお先にどうぞ!」

「いやいや、モニカがお先にお入り下さいませ」

「いえいえ、ハルトこそおさきにどーぞ!」

 二人して、どうぞお先に、どうぞお先にと譲り合いの応酬を始める。
 
 ハルトとしては、先に入ってワイバーンより怖いと言われるロッテさんと合わせる顔がない。
 モニカはロッテに怒られるのが嫌で少しでも先延ばしにしようとしている。

 ――不毛な譲り合いの応酬はいつまでも続くかと思われたが………。

 先に根負けしたのは以外にもモニカの方だった。
 はぁ、とため息を付くと唇を尖らせてハルトに言う。

「しょうがないなぁ………。私が先に入るね。
 絶対怒られると思うけど、怒られるのを先延ばしにしても変わらないもんね」

「そうだよ! 良く言ったモニカ!
 先に入る勇気を持ったのはとてもえらいことだと思う!」

「ハルトは先に入る勇気がなかったくせにー!」

 腰に手を当て、前のめりになりながら「べー」と舌を出してモニカはハルトに不服をぶつけると、すぐに態勢を戻し、頬を膨らませながらハルトに告げる。

「私が怒られている間は、隣に立ってもらうからね!
 そう、あの魔法のようなもの? に従ってよね」

「あぁ、あの魔法のようなものは絶対だ
 破るなら、とがった針を千本飲まなくちゃいけなくなる」

「――えっと、そこまではしなくていいかな?
 きっと、そんなことしたら痛いよ?」

「痛い所じゃ済まないだろうな………。
 俺もそんなことはしたくない、だからこそ約束は絶対だ」

 自身の胸を叩き、ハルトは満面の笑みを見せると。
 ふくれっ面だったモニカは徐々に氷塊が溶けるように口元をほころばせると、深く息を吐いて部屋のドアを握る。

 それから、チラッとハルトを見て言葉を告げる。

「それじゃ開けるよ。
 私はロッテに事情を話して、たぶん怒られる。
 ハルトは隣に居ること! いいね?」

「あぁ、絶対だ。安心してくれていい」

 大切な約束だ。
 
 きちんとモニカの顔を真っ直ぐに見て頷く。
 モニカもキラキラと輝く青い瞳でハルトの目を見つめる。

 キリッとした顔でハルトも負けじと見つめ続け「まばたき」しないと涙が出そうだ………。
 とハルトが内心、必死に耐えていた頃になってようやくモニカは目を逸らした。

 モニカは唇をほころばせながら、ドアノブを回す。

 すぐにハルトはまばたきを開始し、うっすらと涙が出ていた目蓋を拭う。
 目を閉じても、宝石の様な青い瞳は目に焼き付いていた。

――ガチャリ とドアが開いた。

 同時にハルトの視界は闇の帳を落としたように、真っ暗になる。

「――ッ! なんだっ!」

 慌てて、何度もまばたきを繰り返すが視界は晴れないどころか、世界が真っ暗だ。
 何か重たい物が落ちる音が聞こえた。

 ハルトはすぐに、魔石の照明が消えたということに気付く。

 だが、それにしては暗すぎる。

 帰ってくる道のりまで光には困らず旅館まで帰ってこれたことを思い出す。
 と、なると、ここまで視界が暗闇に覆われるということは、道に配置されてある魔石の光も消えたということだろう。

「――停電か?
 魔石のことはさっぱり分からないけど、
 電線みたいに何か魔力的なものが張り巡らされていて同時に落ちたとか?」

「それとも、就寝時間になったから一斉に光を消しますとか?
 ははは、ありえなく………もないのかな?」

 冗談みたいな言葉を言うと、混乱していた頭がようやく落ち着きを取り戻したことに気付く。
 そして、この状況で何も言葉を返さない少女のことを思う。

「――モニカッ! どこにいるっ! 返事をしてくれ!」

 ハルトの言葉に答える声はない。

 自分の胸の中で不安と言う感情が喉首を上げたことを自覚しつつ、おそるおそると言った様子で両手を前に突き出して進む。

「モニカ! 俺はここに居るぞ!
 今、手を前にして進んでる! ぶつからない様に声を上げてくれ!」

 声をあげながら、少しずつ慎重にすり足で進む。
 一向に暗闇に慣れる気配がない自分の目を見開きながら、少しずつ、少しずつ進む――と。

 なにかが、コツリと足に当たった。

――同時に、ハルトの右腕が宙に舞った。

「――あっ?」

 その瞬間に出たのは、自分の腑抜けたような声だけ、

「――ぅ………あぁ?」

 そして、一気に激流が駆け抜けるが如く、自分の右腕から全身に向かって警報が大音量で鳴らされる。

「――っあ、ぐ、あぁあぁぁああぁあぁぁああぁぁ!!!」

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛いッ!!!

 灼熱の様な痛みが全身を駆け巡り、身体を捩り通路の壁に倒れかかる。
 左腕で右腕の付け根を掴み、溢れ出る血を止めようとする。

 視界が霞み、身体は震え、心臓は破裂するのではないかと思うほど暴れ回る。

 世界は闇に染まっているはずなのにチカッチカッと真っ赤な赤色が自分の頭になだれ込んでくる。

(死ぬのか? 死んでしまう? 死んでしまうのか?
 ――――誰が)

「モニカあぁぁぁあぁぁぁあぁぁ!!!
 逃げろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 頭の片隅に浮かんだ少女の名前を叫び、ハルトは地に頭を擦りつけながら前に進む。
 上質なカーペットに赤色をぶちまけ台無しにしながら這うように進む。

 ヤガミハルトは決して勇敢ではない。
 集団の中では、常に目立たない様に後ろのポジションをキープし、部活動にも入らず、授業が終わればさっさと帰って夕ご飯を作る。
 争い事が苦手で関係が拗れるのが嫌で友達も少なかった。

 そんな彼は言ってしまえば気は弱いが優しい性格であり。
 言ってしまえば、自分本位の勝手な性格である。

 事実、彼は異世界に来ても、とにかく生き残ることを大前提に考えていた。
 少し前までも、どうにか言葉巧みに宿と食事をどうにかできないか考えていた。

「――――、――――――っぁあぁぁッ!!」

 のろのろとズルズルと鮮血をまき散らしながら地面を這う。

 臆病で自分本位で自分の命だけが大切なロクでもない自分を突き動かしている。良く分からない感情に戸惑いながら前へ進む。
 
 ――喜び? ――違う。

 ――恐怖? ――違う。

 ――正義感? ――違う。 

 なんなのだろう、この感情は?
 ハルトの辞書をめくっても該当するものは見つからない。

 闇の帳は相変わらず、すべてを覆い隠しているが、
きっと、前方に居るはずのふわふわした綿毛みたいな少女を探す。

 ――そうだ。モニカ。モニカだ。

 あの、マイペースで自由奔放な少女のことを考えると力が湧く。

 モニカは勝手だ。
 その小さな背が動き回るのを見ると見失ってしまわないか心配になる。
 ふわふわ、ふわふわした彼女に何度も振り回され、話すたびにマイペースな彼女の言葉の意味を考え、頭を悩ませた。

 何度も、何度も頭を悩ませ、言葉を重ねた。

 何度も、何度もその小さな背をハラハラと見守った。

 あぁ、思えば苦労を掛けられている。
 一人の人間にこんなに苦労を掛けられることは初めてかもしれない。
 元の世界で同じような性格の人に出会ったなら、間違いなく仲良くはなれなかっただろう。
 なぜ、自分は彼女に付いて行ったのだろう?

 あの、自由奔放な彼女に何で付いて行ったのだろう?
 花が咲いたように笑う彼女に何で――


 ――あぁ、思い出した。


 彼女に話しかけられたとき、ハルトは救われたのだ。

 頼れる知り合いもおらず、今日食べる物も困るような異世界でハルトの不安と混乱は尋常ではなかった。
 何度、元の世界に帰らせてくれと心の中で叫んだことか。
 自分がこの世界で生きていけないと感じた時、どんなに絶望したことか。

 彼女に話しかけられ、屋台に連れ回され、言葉を一つ一つ重ね
 一人じゃないと思えた瞬間のどんなに嬉しかったことか。

 ふと、気が付けば、ハルトは大粒の涙を流していた。
 いや、もっと以前に流していたのかもしれない。
 
 頬に流れる熱さは、それが痛みのせいで流れているものとは別のものだと分かった。
 そして、自分の中で渦巻く正体不明の感情も理解する。

 その感情を理解したとき、余りに滑稽で、分かってしまえば何でこんな簡単なことが分からなかったのだろうかと自分の馬鹿さ加減に呆れるほどだった。

 ハルトは全身の力を振り絞り、前方へ向けて必死に左手を伸ばすと
 もはや、返事を返さないそれに向かって、気づいたばかりの正直で純粋な自分の気持ちを告げる。

「――モニカ、君のことが好きだ」

 涙は絶え間なく流れ、鼻水と涎まで出ている。
 見るにも耐えない姿でヤガミハルトは一世一代の告白をした。

 次の瞬間、ハルトの頭蓋が割られ、ハルトの命は地面に染み込み。消えた。

 力なく、ぽとりと落ちた左手をふわふわの髪が優しく受け止めた――そんな気がした。

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