魔女と時渡りの書"next to continue" ――【それでも再び世界は廻ってる】――

雨乃ジャク

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1章

25話:騎士と漆黒の剣士

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 闇夜に溶けてゆきそうな黒い大剣を突き付け、ヴォルトは無表情に獲物を見下ろす。
 漆黒の男から発せられる威圧感にハルトは身を縮め、体の芯から震えが走った。震えと共に理不尽な現実に歯噛みする。
 
 策を張り巡らせたと言うのに、とうとう逃げ切れなかった。
 一体何が足りなかったと言うのだろうか? 何か一つのミスを犯してしまったのだろうか?
 あれだけの努力をして、それがこの結末ならあんまりじゃないか? 
 もう自分たちを苦しめるのは十分じゃないか? 
 ネコミミの殺人者に襲われ、死の運命も乗り越えたというのに、運命の神は一体自分達にどれだけの試練を与えようと言うのだろうか?
 
 ハルトが悔しさと恐怖に唇を噛むと、ハルトの顔をふわりと金色の髪が撫でた。
 金色の騎士リーゼロッテは、二人の少年と少女を守る様に男の前に決意を込めた両足で立ちふさがると静かに口を開いた。

「これだけの策を講じても逃げ切れなかったか………。
 よほど私達が運命の神に見放されているか、そちらが優秀なだけかどちらだろうな?」

「さぁな。俺は優等生とは程遠いと自分で自覚しているが………まぁ、正直、お前ら魔女の策には手を焼いたよ」

 ヴォルトは黒い大剣の腹で自分の肩をトントンと叩くと、深く溜め息を付いて言葉を続ける。

「――まったく、サーニャのヤロウが最初の襲撃でドジを踏まなければ俺が土を食べることも、俺が姿を現す必要もなかったってのによ」

「………あのサーニャと言う獣人の女性は一緒ではないのか?」

「さぁな? 意外と近くに居るかもしれないぜ………と見栄を張っても良いが。
 あぁ、そうだよ。アイツは他の本命じゃない馬車を追ってるよ。だから、俺が姿を見せないといけないことになってる。まったく、苦労させてくれる………」

 二度目の溜め息を付くと、漆黒の男は疲れたような顔で白い少女を見つめる。
 男の視線を浴びて、モニカの肩がびくっと跳ね上がった。

「――なんで、俺達が狙っていると分かった?
 街に辿り着いた日にすぐ立ち去ろうなんて普通じゃありえないだろう?
 祝福の鐘のことも何で分かった? 騎士は俺の加護の力も知っているようだったぞ? それもこれも魔女の力か? おいっ」

 怒気を纏わせて男は疑問の言葉を突き付ける。
 威圧感のある声にモニカは身体を震わせるが、少女を庇うように金色の騎士が割って入った。

「お前の相棒のサーニャならこう言うだろう。
 『疑問に簡単に答える馬鹿は居ない』とな。私も同じように思うぞ」

 金色の目を細めて、リーゼロッテは目の前に立つ男を睨みつける。
 ヴォルトはリーゼロッテの言葉に軽く噴き出すと、

「――違いねぇな。その言葉には俺も珍しく賛成だ」

 肯定の言葉を吐き、男は首を左右に曲げ音を鳴らすと静かに闘気を滾らせた。
 三白眼の目を細めて、黒い瞳で『獲物』を睨むと大剣を持つ右手に力を籠め、ヴォルトは静かに言葉を告げる。

「――しょうがない、殺し合いを始めるか。行くぞ女」

「――あぁ、私達は語っても平行線のままだろう。
 では、始めるか………………ふむ、戦いを宣言してくれるとは、意外と親切なのだな?」

 リーゼロッテは静かに"何も持っていない"はずの右手で力強く何かを手繰り寄せる仕草をする。

 ――瞬間、ヴォルトの身体は『見えない鎖』にきつく巻き取られているような錯覚、いや、錯覚は現実となって銀色の鎖が"最初からそこに合ったかのように"現れる。
 筋肉が締め付けられ身動きが取れない、自分の身体に三白眼の目を見開くと、ヴォルトは驚きの声を上げた。

「――――んなっ!」

「――私はお前が目に見えた瞬間から戦いが始まったと思っていたのだが違ったか?
 違っていたなら許してほしい、レディファーストと言うだろう?」

 金色の騎士は右手で銀色の鎖を手繰り寄せ、男の身動きを封じると、ゆっくりと左手を上げ目の前の敵に向ける。
 金色の瞳に静かな闘志を燃やすと、桃色の唇から戦いを告げる合図が紡がれた。

「――それでは、戦いを始めるとするか。
 ヴァム・ウィンドッ《吹き弾け飛べ》!」

「――――――――――――――――っッ!」

 収束された緑色の魔力がリーゼロッテの左手から解放されると、解放された風の塊は触れた物を荒々しく吹き飛ばす風の暴力となって男に放たれた。
 魔法の直撃を受けたヴォルトの身体から銀色の鎖が弾け飛び、凄まじい衝撃を受けた大柄な男の身体がまるで玩具の人形の様に軽々と宙に舞うと、
空高く飛んだ身体は、重力の影響を受けて地面に叩き付けられ、二度三度と勢いよく地面を転がった。

 土ぼこりが舞う遠方を見つめながら、何事もなかったかのように騎士は埃を叩くような動作で両手を叩くと、金色の髪をたなびかせ踵を返して後ろで呆然と立ちすくむ二人に微笑みながら口を開いた。

「それじゃ、行って来るよモニカ。
 ――ハルト、モニカをよろしくな」

「う、うん、気を付けてねロッテ………………」

「何を心配しているんだモニカ? 私はモニカの騎士だぞ。必ず勝つよ。安心して待っててくれ」

「いや、モニカはリーゼロッテの容赦のない戦いぶりに困惑しているだけでは………?
 いやいや、それは良いとして! だからさらっと死亡フラグ立てるの止めてくれる!?」

 今の所、死亡フラグ率トップの言葉にハルトは大げさな身振りで慌てて両手でバッテンを描く。
 リーゼロッテはハルトの不可思議な言動に首をかしげると、ゆっくりと背中を向けて戦いの場へ駆け出した。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 ――地面に大柄な男が倒れ込んでいた。
 黒の外套は所々が破れて、黒の中に肌色を映し出している。全身が軋むように痛む身体に男は低い声で唸りながら、地面に手を付き巨大な大剣を杖代わりに地面に突き刺すと身を起こした。
 三白眼の黒い瞳をゆっくりと近づいてくる前方の金色の騎士に向けると、怒りを言葉に乗せて叫んだ。

「――きたねぇぞ! ヤロウッ!!!
 ――――つッ! くそっ、全身が痛みやがる」

 肋骨の一、二本が折れたかもしれない、胸元を苦しげに抑える男をリーゼロッテは静かに金色の瞳で見つめると、口を開いた。

「――あれで終わってくれれば良かったが、流石にそんなに甘くはないか………」

「生憎、頑丈に出来ているからなぁ。くそっ、いてぇ」

 大剣を地面から引き抜き、目の前の敵にヴォルトは構え直す。
 二メートルを超える大剣を持つ怪力に呆れる様にため息を付くとリーゼロッテも"何も持っていない"腕を構える。

「――まぁ、いいさ。壁を通り抜ける加護が『好きなものを通り抜ける』加護ではないと分かっただけ上出来だろう。
 どうやら、魔法は防げないみたいだな?」

「………こっちの手の内がバレてるのは嫌になるぜまったく。ちょっくらアンフェアじゃないか?」

 眉をしかめて不満を表明するヴォルトにリーゼロッテが言葉を返した。

「――不利、だと感じるなら。尻尾を巻いて逃げ出すのも良い選択肢だと思うが?
 後ろから追いうちするような非道なことはしないと約束するぞ?」

「いきなり見えない鎖で縛って奇襲をかける騎士道も何もないヤロウの言葉なんか誰が聞けるかよっ!
 ――――それにっ、加護がばれても俺は不利だとは感じちゃいねぇよ!」

 漆黒の大剣を真横に構えると、ヴォルトは闘気を漲らせ言葉と共に地を駆けた。

 リーゼロッテは男の動きに合わせて、力強く鞭を叩きつけるように腕をしならせ振るう。
 腕の勢いを乗せて、構築された見えない鉄球が唸りを上げて男の顔面をとらえる。
 だが、男は攻撃を予測していたかのように、大剣の腹で鉄球を弾くと――――稲妻の如く、金色の騎士の懐へ飛び込んだ。

 それは、瞬きをする間もない一瞬の出来事だった。
 余りの踏み込みの速さに、この戦いで初めて金色の目が驚きに見開かれる。
 ヴォルトは筋骨隆々の腕の力を巨大な凶器に乗せて、真横に振り払い一撃で騎士の命を刈り取ろうとする。
 慌てて、銀色のレイピアを手元に構築して大剣を受け流そうとする防御行動をあざ笑うかのように強靭な硬度を持つはずのレイピアが『折れた』

「――――っぁッ!」

 リーゼロッテの口から苦悶の声が飛び出す。
 折れたレイピアだけでは物足りないとばかりに、大剣の勢いは止まらず、銀色の肩当てを切り裂き、砕き、肩の肉を切断する。
 そのまま凶器が最後まで振るわれれば腕一本と上半身を失っていただろう。
 即座にリーゼロッテは二本目のレイピアを構築すると左手で、大剣の動きを逸らし、受け流す。
 そこまでしてようやく、男からの最初の一撃を防御することに成功する。
 
 痛みに顔を顰めながら、リーゼロッテの歴戦の感が男の間合いで戦ってはいけないと警告を鳴らす。 
 直感を信じて、両足に緑の魔力を集め、魔力が溢れるのを感じ取り言葉を紡ぐ。

「――ウィンドアクセル《加速しろ》ッ!!」

「――ウィンドアクセル《加速しろ》ッ!!」

 爆発的な加速を得る魔法が、"リーゼロッテ"と"ヴォルト"の口から同時に唱えられると、一人は後方へ大きく遠ざかり、一人は前方へ大きく進んだ。

「――――んなっッ!」

「――どぉらぁ!!!」

 再び、驚きに見開かれるリーゼロッテの目を真上から叩き割ろうと、巨大な漆黒の暴力が振り下ろされる。
 加速の魔法の影響を受けた一撃は、今まで以上に激しく厳しい一撃を金色の騎士の頭上から降り注ぐ。
 黒い大剣に右手で持ったレイピアで防御して――白銀のレイピアは砕け散る。二本目のレイピアを左手に持ち、攻撃を受け流そうと奔走する。

 しかし、漆黒の男の体格差と、さらに魔法の効果も相乗した真上からの一撃は熟練の技術をもってしても容易には防げない。
 お互いの武器が重なり合い、銀色の火花を上げて滑るように進むと、レイピアの鍔を砕き、籠手で守られている金色の騎士の左人差し指を斬り飛ばした。

「――――――っッ!」

 苦痛に顔が歪む。
 唇を噛み締め痛みを耐える金色の『眼』と、大剣を振り下ろし地面を砕く漆黒の男の黒い『眼』の視線が合わさった。
 騎士は右手を、男は左手を眼前の敵に向けて叫ぶ、

「ヴァム・ウィンドッ《吹き弾け飛べ》!」

「ヴァム・ウィンドッ《吹き弾け飛べ》!」

 緑の魔力が解き放たれ、二つの風の暴力が相手に向かってぶつかり合った。
 凄まじい勢いの風の暴力が重なりあった結果、不規則な乱気流が生まれ、周りの大地を抉り、小石が砕かれ、土煙が舞う。
 お互いが風の魔法の影響を受け、身体に負荷がかかる。外敵から身を守る様に身体から湧き出る魔力が溢れて自分の身を守るのが分かる。
 身を護っている間、身体は鉛の様に重くなり、次の行動を考える余白が生まれる。

 その余白の時間を、鍛えられた体で強引に抜け出す様に、漆黒の男は大剣から右手を離すと、騎士に掌を向けて叫んだ。

「ヴァム・ウィンドッ《吹き弾け飛べ》!」

 一つの魔法が直撃し、リーゼロッテの身体が空に舞った。
 身体の中心に巨大な空気の塊を押し付けられたかのような圧迫感が生まれ呼吸が出来ない。
 奇妙な息苦しさを感じるのは一瞬だった。次の瞬間には凄まじい衝撃を受ける。
 地面に叩き付けられ、左腕が捻じ曲がり、骨が軋む。それでも、金色の瞳は痛みに耐え目の前の敵を睨み続けた。

「どうだっ! ちょっとは俺の気持ちが分かったか魔女の騎士とやら!」

 目の前の漆黒の男の声が、耳鳴りがする左耳では聞こえず、正常な右耳から聞こえた。
 ゆっくりとこちらに歩いてくる敵に向かって、金色の騎士は笑う。笑いながら言葉を口にする。

「――ま、さか、こんなに苦戦するとは………
 ふ、ふふ、かっこつけて飛び出した自分が恥ずかしいな………」

 リーゼロッテは安心しろと言って飛び出した過去の自分を笑った。
 左腕は肩が切られ、捻じれ、指を失い、動かない。こんな姿で白い少女とどんな顔で合えばいいのだろうか?

「――そ、ういえば、しぼうフラグとか言ってたな…………。
 その、影響、だろうか………」

 茶髪の少年は腕を交差させ慌てた様に言っていた。
 リーゼロッテには意味が分からなかったが、何か不味いことを言っただろうか?

 砂金の様に輝く金色の髪はぱらぱらと顔に掛かっている。
 戦闘中に視界を覆う髪を見るたびに、リーゼロッテは短く切りたいと思うのだが、それを告げると白い少女が不機嫌に頬を膨らませるのだ。

 深く息を吐いて痛む体に顔をしかめると、力をかき集めて、金色の髪を後ろになびかせて騎士は上半身を起こした。
 片膝を付き、目の前の敵を見つめながら、自分が守らないといけない少女の名前を口にする。

「――安心しろモニカ。私は強い。私は負けない。負けないとも………」

 少女に語り掛ける様に、自分にも語り掛ける様に誓いのような、呪いの様な言葉を口にすると、
リーゼロッテは金色の目を閉じて、静かに今か今かと震えて待っている自分の力に語りかける。

「私は負けないよモニカ。
 ――――例え、私の身が滅びようとも負けないからな………」

 自分の中で戒めの楔が一本、一本と抜け落ちるのが分かる。
 ゆっくりとリーゼロッテは目蓋を開ける。金色の瞳は闇夜に浮かぶように発光し美しく光り輝いていた。
 溢れ出る魔力の渦を身体の内側に感じながら、リーゼロッテは最後の決意を込めて言葉を解き放った。

「私は解放する。
 フロストフランベルジュ《我が意に従い世界を凍り尽くせ》」
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