ファミリア

黒うさぎ

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 エクスはとある企業へと向かっていた。
 今日はアンドロイド共同開発の交渉を持ちかけてきた海外企業との顔合わせなのだ。

 エクスの所属するロボテーク社は世界的に有名なアンドロイド製造会社である。
 そのため、こういった他企業からの共同開発依頼もないわけではない。

 普通であれば、依頼する側の相手企業の者が足を運ぶべきなのであろう。
 しかしながら、どうにも見て欲しいものがあるということで、こうしてエクスが派遣されることとなった。

 エクスがエントランスで名前を出すと、すぐに応接室へと案内される。

 応接室のドアを開けると、そこにはソファーに腰かける一人の男がいた。

「ようこそお越しくださいました、エクス様。
 この度のご依頼の件について対応させていただきます、グッドでございます。
 以後お見知り置きを」

 そういって頭を下げるグッド。
 しかしながら、座ったまま立ち上がる素振りがない。

 こういうときは立ち上がって挨拶をするものだと認識していたのだが。

 訝しむエクスの様子を察してか、グッドが言葉を続ける。

「申し訳ありません。
 実は私は一人で立ち上がることができません。
 ご容赦ください」

「なるほど、そういうことでしたか」

 足に何らかの障害を抱えているのだろう。
 それならば立ち上がれないのも仕方がない。

 エクスは勧められるままに、グッドの向かいの席へと腰を下ろした。

「あらためまして、本日はお越しくださりありがとうございます。
 折角お越しいただいたというのに申し訳ないのですが、ただ今エクス様にお見せする予定だったものの準備に時間がかかっております。
 つきましてはしばしの間、こちらの部屋でお待ちいただいてもよろしいでしょうか」

「構いませんよ」

 幸いエクスにこの後の業務の予定はない。
 多少の時間的ロスは想定の範囲内だ。

 それからしばらく、エクスはグッドと話をしながら準備が終わるのを待った。

 グッドと話をしていてわかったことは、彼が幅広い分野において博識であるということだ。
 エクスもロボテーク社内において、個として屈指の知識量を誇っている。
 そのエクスからしてもグッドの知識量は大したものだと思う。

 ただ、グッドは感情の起伏が乏しいという印象を受けた。
 話していても声や表情に変化があまりないのだ。
 それはまるで辞書と話しているような気がするほどだった。

 グッドと話す時間はそれなりに有意義だったと思う。
 しかしながら、話し始めてそろそろ30分がたとうとしているというのに、未だに準備が終わらない。
 エクスとしては何時間待たされようが苦ではない。
 だが、今日はここに世間話をするために来たのではないのだ。
 仕事ができないのなら帰る他ない。

 入室してからきっちり30分が経過したところでエクスは切り出した。

「グッドさん、準備が整わないようでしたらまた後日お伺いしましょう」

「申し訳ございません。
 どうかもうしばらく……」

 その時だった。

 応接室のドアが開いたかと思うと、一人の男が入ってきた。

「グッド、後は私から話そう」

「かしこまりました」

 それだけいうとグッドは口を閉じた。

「はじめまして、ロンドと申します。
 エクスさん、まず初めに私どもの茶番につき合わせてしまったこと、お詫びします」

「茶番ですか」

「はい。
 実はエクスさんはもう既に私どもの開発したアンドロイドと会っているのです」

「既に会っている……。
 まさか、彼がそうだというのですか」

 エクスはグッドの方へと視線を動かした。

「ええ、その通りです。
 どうやら、エクスさんの目を誤魔化し通すことができたようだ。
 彼は私どもが開発した最新アンドロイド、通称グッドです。
 話してみていかがでしたか。
 まるで人間と話しているようだったでしょう」

「確かに、これはすごい。
 ロンドさんのお話を聞くまで気がつきませんでした」

「そうでしょう。
 なんといってもわが社の努力の結晶ですから」

 自慢気に語るロンド。
 確かにこの技術力はロボテーク社としても得るものがあるかもしれない。

「参考までに、わがロボテーク社のアンドロイドについてどう思いますか」

「そうですねぇ。
 ロボテーク社のアンドロイドが広く世間に普及している一番の理由は、自由な駆動性にあると思います。
 まるで人間のように滑らかに動くことができるからこそ、人の社会にいち早く溶け込むことができたのだと思います。
 しかし一方で、ロボテーク社のアンドロイドは人間味が無さすぎる。
 失礼ですが、あれではアンドロイドではなくただのロボットです」

「なるほど」

 ロボテーク社の家庭用アンドロイドは社会に広く浸透している。
 家事代行や子供の送り迎えなど、人々の生活を幅広くサポートすることができる優れものだ。

 しかしロンドのいう通り、ロボテーク社の家庭用アンドロイドにはほとんど人間の感情らしきものはない。
 最低限の応答に、変わらない表情。

 グッドも感情の変化に乏しいと思ったが、ロボテーク社の家庭用アンドロイドに比べれば、十分に個性の範囲内だといえるだろう。

「わが社では人の感情表現の研究に力を注いでいます。
 しかし、駆動性については未だ形となっていません。
 実はこのグッドも、制御するためにソファーで覆ってあるコンピュータを用いています。
 現状移動するにはソファーごと運ばざるをえません。
 そこで今回の共同開発のお話です。
 わが社の人間性とロボテーク社の駆動性。
 この二つが合わされば、それは完全なるアンドロイドの誕生に他ならないでしょう。
 エクスさんはどう思いますか」

 完全なるアンドロイドの誕生。
 その言葉を聞いてようやく合点がいった。
 エクスが派遣された理由に。

「お返事をする前に一つ、私からも謝らなければならないことがあります」

 エクスはおもむろにスーツの袖を捲ると、腕に印字されている製造番号を見せた。

「あらためまして、私はエクス。
 ロボテーク社で開発されたアンドロイドです」

 ◇

 ロボテーク社は感情の表現の研究が進んでいないわけではない。
 家庭用アンドロイドに感情がないのは意図してのものだ。

 ロボテーク社ではアンドロイドに感情を持たせることに対する危険性を想定はしていたものの、実感はしていなかった。
 そんな中、創り出されたのがエクスである。

 エクスはデータの収集も兼ねて、社内で社員として働いていた。
 開発段階から携わっていた社員にとって、エクスの存在は我が子のようだった。
 腕の印字さえなければ、エクスは人間そのものだった。

 ときに笑い、ときに悩み。
 エクスは皆と人として濃厚な時間を過ごした。

 そんなある日、エクスは気がついてしまったのだ。
 いつか訪れる己が破棄される日のことに。

 アンドロイドでありながらエクスは己の死に恐怖した。
 それは己の消滅に対する恐怖でもあるし、家族のように慕うロボテーク社の皆に捨てられることに対する恐怖でもあった。

 自身でこの恐怖に対する解決策を見いだせなかったエクスは、皆に相談した。

 自身が死を恐れていること。
 皆に捨てられたくないと思っていること。

 エクスの話が終わると、静かに聞いていたロボテーク社の社員たちは、一様に涙しながらエクスを抱き締めた。

 既にこの中にエクスのことをアンドロイドだと割りきれる者はいなかったのだ。

 それから、家庭用アンドロイドに感情を与える計画は凍結となった。
 家族を提供し、家族を捨てさせるということがどれほど残酷な行いであるかということを実感してしまったから。


 今目の前にいる彼らはエクスたちと同じ道を歩もうとしている。
 その道が正しいのかどうか、立ち止まってしまったエクスたちにはわからない。
 しかし、一歩先を行く者として、彼らの進む先に見える景色を伝えることはできる。

 その景色を知ってなお、彼らが歩みを止めないというなら、エクスたちには道を譲らざるをえないだろう。

 だがもし彼らが同じ悩みを抱えたそのときは、相談に乗ることくらいはできるかもしれない。

 人間とアンドロイドは家族なのだから。



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