11 / 21
11
しおりを挟む「はい。すぐに迎えを寄越してください。……何度も疑わないでくださいよ。アルバラ王子は側におりますから」
うんざりしたような男の声に、アルバラは苦笑も漏れなかった。
アルバラが男——アシュレイの元を訪れたのは、一刻前のことである。
黒服に「彼と少し話がしたい」と言えば、アルバラとルークの仲を親密なものと思っているからこそなのか、すんなりと受け入れてもらえた。
突然現れたアルバラに、アシュレイは驚いた様子を見せなかった。もしかしたらアルバラが訪れると分かっていたのかもしれない。
「覚悟を決めたんだな」
それだけ言うと、アシュレイは独房の鍵をあっけなく開けて、見張っていた黒服をのしてしまった。
二人で逃亡するのは簡単だった。アシュレイも一応プロである。建物内を歩かされているうちに、その内装をうっすらと記憶していたらしい。
黒服に会わないようにと隠れながら外に出て、ようやく今、ユーリウスと連絡を取れたようだった。
「はぁー……冷や冷やする。せめて傷口が塞がってから逃げたかったぜ」
「すみません……」
「ま、そんなに待ってたらユーリウス殿下が発狂しちまうかもしれねぇし、いいんだけどな」
アシュレイはおどけたように笑ってみせた。
彼の素顔はこちらなのだろう。ピリピリとした状況でなければきっと、彼とも友人になれていたのかもしれない。
「……あの、内乱はどうなっているんですか?」
「ああ、もう大変大変。国王軍と反乱軍がやりあってるからしょうがねぇんだろうけど……やっぱ国王軍が押されてるな。王妃は意地でも天啓を受けないって感じらしいし」
「お母様は……」
「今のところは生きてんだろうけど……あの国王のことだから、もしかしたら道連れにする可能性もある」
「そんな……!」
「ユーリウス殿下が手を打ってるから安心しろって。ほんっとあの人、あんたのことに関してはちゃんとしてっからさ」
苦笑気味な言葉に、アルバラも同じような表情しか返せなかった。
それにしても、現在地が分からなくてアシュレイもお手上げのようだった。ユーリウスからも「とにかく発信器が反応するところまで歩いてくれ」と言われているようで、今はひたすら歩いているところである。
「……実際のところ、王子はルーク・グレイルとはどういう関係なわけ?」
「……か、関係……?」
その質問に、アシュレイがニヤリと笑う。
「そりゃあ気になるだろ。あの他人嫌いで性欲も皆無、笑顔すら見せないルーク・グレイルがあんなにべったり側に置いてさ。イロなんじゃねえかって疑うのも仕方がないっつーか……」
「……イロ?」
「セックスとかする仲なんじゃないかってこと」
「セッ……?」
ああそうだった。アルバラは純粋培養だ。ユーリウスや母親が、教育の過程でアルバラにそんなことを教えるわけもない。どうせ精通も夢精だったのだろうし、それも母親が気付かないふりをしてアルバラに教えることもなかったのだろう。
なんだかいっそ不憫に思えてきた。アシュレイは遠い目でひととおりアルバラに同情を示すと、すぐに「なんでもない」と話を変える。
「でも良かったのか? 何も言わずに出てきちまって……」
「……僕、ルークさんの妹さんが殺されるきっかけを作っちゃってて……」
「げ、まじ?」
「それでルークさんには嫌われて、恨まれてます。アシュレイさんのところに行く前にも首を絞められました」
「嘘だろ、こえー……」
ちらりとアルバラの首元を見れば、たしかにそこには指の跡が残っていた。強い力で絞められたのだろう。白くほっそりとした首にはそれはあまりにも痛々しく、アシュレイは思わず目を逸らす。
「あー、それで逃げてきたって感じ?」
「……そうではないんですけど」
二人がひたすら歩いていると、アシュレイが持っていた発信器が電波を受信して音を鳴らした。
アシュレイはすぐに足を止めて、キョロキョロとあたりを見渡す。どうやら隠れるところを探していたようで、すぐに近くの物陰に潜むと、同じように隣に隠れているアルバラに「小さい声でな」と伝えた。
「どうして殿下のところに向かわないんですか」
「ばか、ルーク・グレイルが王子を探してた場合、歩いてた方がすぐに見つかるだろ。ここは隠れて、ユーリウス殿下の迎えを待つ方が賢明だ」
「探すわけ……」
だって、アルバラは憎まれているのに。
けれど自分で言うにはあまりにも惨めで、アルバラは結局言葉を続けなかった。
「それで? 逃げてるって感じなの?」
「あ、えっと……ルークさんが、僕を交渉材料にユーリウス殿下に話を持ちかけるって言っていたんです。僕が出てくる前にもユーリウス殿下と話していたみたいですし……なぜかは分からないんですけど、僕、ルークさんからユーリウス殿下のところに行けって言葉を聞きたくなくて……それなら自分から戻った方がまだマシだって思えたんです」
「最後の挨拶は?」
「…………すごく勝手なんですけど……もう、あんな目で見られたくなくて、逃げちゃいました」
アルバラのことなんて、微塵も大切に思っていない目だった。
それまでの温もりもない。それまでの優しさもない。憎悪ばかりが溢れる瞳で首を絞められて、アルバラは苦しさよりも悲しさで泣いてしまいそうだった。
またあんな瞳を向けられて、はたして泣かずにいられるだろうか。
そんなことは無理だ。きっと大泣きして、ルークにみっともなく謝ってすがって、容赦無く殺されて終わる。そんな情けない最後は嫌だった。
「……あんたは本当に、ルーク・グレイルが好きなんだな」
アシュレイの小さなつぶやきに、アルバラは思わず「え?」と不思議そうな声を漏らす。
「だってそうだろ。……好きな人に嫌われるって辛いよ。憎まれるって苦しいよ。だから逃げたいんだろ。最後の挨拶なんかそりゃ出来ないよな。……あんまり言わない方が良いんだろうけど……ルーク・グレイルと一緒にいた王子はなんか、すっごい幸せそうだったよ」
アルバラは、幸せだった。
ルークと出会って、目まぐるしく過ぎる目新しい時間を過ごせた。慣れないことに怯えたりもあったけれど、それでもルークがずっとアルバラを守ってくれていたから心底怖いこともない。
アルバラはずっと楽しくて、本当に幸せだったのだ。
「……そっか。僕、ルークさんが好きなんですね……」
この気持ちはきっと、騎士がお姫様を思うような、お姫様が騎士を思うようなそれと同じだ。
アルバラはルークに恋をした。夢にまで見た恋だった。それなのに、胸がひどく切ないのはどうしてだろう。
「……でも僕……」
「可哀想になぁ。……現実はさ、うまくいくことの方が少ないよな」
アシュレイが慰めるように、アルバラの背を優しくなでる。その優しさがあまりにも温かくて、アルバラはまたしても泣いてしまいそうだった。
二人の上空に音もなくジェット機がやってきたのは、それから少し後だった。ギリギリまで下降すると、縄梯子が下ろされる。アシュレイにうながされてなんとかそれを這い上がると、機内にはユーリウスが待っていた。
「アルバラ! ようやく会えた!」
アルバラを見てすぐ、ユーリウスはアルバラを強く抱きしめる。
「アルバラ、ああ顔をよく見せてくれ。……どこにも傷はないね。これは? 首のこれはなんだい?」
少し前に絞められたそこを撫でる動きに、アルバラの体がぎくりと強張った。
アシュレイも何も言わない。ユーリウスはやっぱり怖い顔をしていた。
「ルーク・グレイルだな? あいつに乱暴をされたんだな?」
「ち、違います! ルークさんは優しくて、」
「嘘をつくな! それならこれはなんだ! 妹を殺したのはアルバラだと詰め寄って、おまえを殺そうとしたんだろう!」
「違う!」
ユーリウスは取り乱して、アルバラを抱きしめて離さない。首にある指の跡をなぞるように、何度も何度もそこに唇を這わせていた。
「許せない、ルーク・グレイル。指一本触れるなと言っておいたというのに……」
「触れられてなんか……」
「これもダメだ。あいつに跡をつけられるなんて」
「ユーリウス殿下。機内ですよ」
アルバラの気持ちを知っているからか、執拗にアルバラに触れるユーリウスを咎めたのはアシュレイだった。彼はどうにも身分をあまり気にしない性分らしい。しかしユーリウスも気にしなかったのか、アシュレイに言われて「そうだったな」と正気を取り戻したようだ。
「時間はいくらでもあるんだ、焦る必要はない。……すぐに内乱を終わらせよう。もちろんイレーネ王妃も取り戻してみせる。そうしたらアルバラ、私と式をあげよう。すべて任せてくれたらいい、最高の挙式にしてみせる」
ユーリウスは爽やかに微笑むと、アルバラを見つめてうっとりと目を細めた。
——アルバラは昔からこの目が苦手だった。逃げ出したくてたまらなくなる。この目をしているユーリウスは、必ずと言っていいほどアルバラにいやらしく触れるのだ。
(……でも、これで良いんだ……)
ルークもそれを望んでいた。ユーリウスがアルバラに執心していると知っていたからこそ、アルバラを交渉の材料にしたのだろう。
もしもここでアルバラが逃走でもしたら、アルバラをネタにした交渉が済んでいた場合、ルークに「話が違う」と火の粉が降りかかるかもしれない。そうすればどうなる。またしても「あいつが余計なことをした」と、ルークに嫌われるだけである。
ルークのためと思えばどうということはない。アルバラはルークを思い出すだけで幸福な気持ちになれた。
「アルバラ、帰ったら私の部屋でのんびりと過ごしてくれ。内乱が終わるまでは一緒に居られる時間は少ないんだ。寂しい思いをさせるけれど……必ずアルバラの元に戻ってくるから」
「……はい」
アルバラの笑みはどこか悲しそうだった。それに気付いたのはアシュレイだけで、彼もまたどこか申し訳なさそうに肩を落としていた。
12
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
薄紅の檻、月下の契り
雪兎
BL
あらすじ
大正十年、華やかな文明開化の影で、いまだ旧き因習が色濃く残る帝都。
没落しかけた名家に生まれた“Ω(オメガ)”の青年・白鷺伊織は、家を救うため政略的な「番(つがい)」として差し出される運命にあった。
しかし縁談の相手は、冷酷無慈悲と噂される若き実業家であり“α(アルファ)”の当主・九条鷹司。
鉄道・銀行事業で財を成した九条家は、華族でもありながら成り上がりと蔑まれる存在。
一方の伊織は、旧華族の矜持を胸に秘めながらも、Ωであるがゆえに家族から疎まれてきた。
冷ややかな契約婚として始まった同居生活。
だが、伊織は次第に知ることになる。
鷹司がΩを所有物としてではなく、一人の人間として尊重しようとしていることを。
発情期を巡る制度、番契約を強制する家制度、そして帝都に広がる新思想。
伝統と自由のはざまで揺れながら、二人は「選ばされた番」から「自ら選ぶ伴侶」へと変わっていく——。
月明かりの下、交わされるのは支配ではなく、誓い。
大正浪漫薫る帝都で紡がれる、運命を超える愛の物語。
ルピナスの花束
キザキ ケイ
BL
王宮の片隅に立つ図書塔。そこに勤める司書のハロルドは、変わった能力を持っていることを隠して生活していた。
ある日、片想いをしていた騎士ルーファスから呼び出され、告白を受ける。本来なら嬉しいはずの出来事だが、ハロルドは能力によって「ルーファスが罰ゲームで自分に告白してきた」ということを知ってしまう。
想う相手に嘘の告白をされたことへの意趣返しとして、了承の返事をしたハロルドは、なぜかルーファスと本物の恋人同士になってしまい───。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。
これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
Candy pop〜Bitter&Sweet
義井 映日
BL
「完璧な先輩」が壊れるまで、カウントはもう、とっくに『0』を過ぎていた。
「185cmの看板男」が、たった一人の恋人の前で理性を失う。
三ヶ月の禁欲を経て、その愛は甘く、激しく、暴走する――。
「あらすじ」
大学の「看板男」こと安達大介は、後輩の一之瀬功(こう)を溺愛している。
ついに迎えた初めての夜。しかし、安達の圧倒的な「雄」の迫力に、功は本能的な恐怖で逃げ出してしまう。
「――お前は俺を狂わせる毒だと思ってた」
絶望した安達と、愛しているのに身体が竦む功。
三ヶ月の「じれったい禁欲生活」を経て、看板男の仮面が剥がれるとき、世界で一番甘い夜が始まる。
★本編全6話に加え、季節を巡る濃密な番外編1本も公開中!近日最新エピソードも追加予定!
(2月の看病編/3月のホワイトデー編公開予定です)
お話が気に入った、面白かった、と思ってくださったら、お気に入り登録、いいね、をお願い致します!
作者の励みになります!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる