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2クガイ・ヴィンスターという男
しおりを挟むシグラはその日、たっぷりと寝た。
転生一日目。混乱することばかりだったが、だからこそ無駄に疲労を感じたし、まずは回復することが一番である。それに寝たら頭がスッキリする。転生前のシグラもいつも「もう考えるの嫌だー!」と放棄して寝るのが癖だったし、そうすることである程度のことはどうでもいっかと思うことができていた。
だからシグラはたっぷり寝た。
執事が起こしに来ても知らんぷりをして、寝続けていた。
「っていつまで寝てんですかこのボンクラ」
バサー! とシーツが剥がされると、シグラは驚きのままに飛び起きた。
「わー! 何々、危険信号《エマージ・コール》!?」
「なんのコールすか。てかもう昼ですよ起きてくださいよ。死んでんじゃないかってほかの使用人たちが騒ぎはじめて鬱陶しいんですよね」
「そっか、心配で起こしてくれたのか」
「いえ、俺は別に気にしてないんで」
「なんだよもう!」
そんな会話をしていると、眠気もどこかに行ってしまった。シグラは諦めてベッドから降りると、室内にあるシャワー室に向かう。
「あれ、シグラ様どちらに?」
「風呂だよ風呂。僕は朝風呂に入らないと一日気合が入らないから」
「では一緒に」
「な! ななななん、」
「あんた一人で入れないでしょ」
呆れた様子なのが妙に癪に障る。執事は引くつもりもないのか、強引にシグラの服を脱がせた。
「な! なんて手際だ! というか僕、なんでこれに抵抗できない……? なんかこうされることが当たり前というか、体が動かないんだけど……」
「そりゃあいつもやってますからね、別の執事が」
「……そういえば執事の名前は何だったっけ?」
「そうだそうだ、記憶喪失ね」
コックを捻ると、お湯が降る。
シグラがそれを頭から浴びていれば、執事に前髪を後ろに撫で付けられた。
やはり執事も顔がいい。シグラよりも身長は高いし、服を着ていてもスタイルが良いことは明らかだ。濡れることも気にしていないのか、服を着たままではあるが、気にせず作業を続けていた。
跳ねるお湯で、執事のダークレッドの髪が湿っている。同じ色の瞳は真剣に手元を見つめ、今はスポンジにソープを浸透させていた。
「俺はクガイ・ヴィンスターって言います。あんたは?」
「……ん?」
「だから、あんたの名前は?」
クガイがスポンジを数回握ると、そこはすぐに泡立った。そうしてシグラの腕をとり、優しくスポンジを這わせる。
「僕はシグラ・ローシュタインでしょ」
「……俺、気付いちゃったんすよね。前のシグラ様はね、瞳がグレーだったんですけど、今はなかなか見ない『黒』になってます。それに、シグラ様はとにかく俺のことが嫌いだったから、側に行くと逃げられてました。風呂になんか絶対に一緒に入るわけがない」
「……へ、へえー……」
しかし転生がバレたところでシグラに困ることはない。
体を洗われながら思うのは、言いふらされた場合の対処だった。
腕を洗うと、スポンジは今度首筋に伝う。シグラは抵抗することなく顎を少し持ち上げた。
「まあ俺はなんでもいいんですよ。別にシグラ様に心の底から仕えていたわけでもないし。シグラ様も、この家は生きづらかったんでしょうしね」
「生きづらい?」
「そりゃあまあ……アルファであるお兄さんとベータであるシグラ様はいつも比べられてたみたいっすよ。オメガであればまだ利用価値もあったんでしょうけど、秀でたところもないベータだったから旦那様も奥様も無関心というか。だからせめていいとこの家と結婚しようって踏み出したけど結果は惨敗で、社交界じゃ笑われ者です。もう25にもなってみっともないって言われて、泣いていたこともありましたし」
「……ふーん? でも今回は結婚した相手にローシュタイン家が寄り添うって言ってたらしいよ。それって両親からの計らいなんじゃないの? 息子の縁談がうまくいくようにって」
「さあ、どうですかね。今日集められてた家、隣国と関わりがあったり宰相の息子だったり王族の一人だったりで、こっちにもだいぶ利益がありますけど」
「げぇ、なにそれ。全然純粋じゃない」
ちょっとだけでも信じた自分が馬鹿だった。
シグラはうんざりとため息を吐き出すと、クガイに促されるままに背を向ける。胸やら腹やらは洗ったから、次は背中を洗うようだ。
「あんたは結婚とか興味なさそうですね」
「あー、そうだね。僕は恋愛とかよく分かんないや」
「まあそのくらいがっついてないほうがいいっすよ」
首の後ろから、肩甲骨へ。そうして背中を数度往復してそこを綺麗にすると、やがて腰元にスポンジが降りてくる。
クガイが膝をついた。そうして尻にスポンジを滑らせるが、シグラはまったく反応しない。
「そうだ、シグラ様。どうやったってシグラ様は結局あの三人の誰かと結婚すると思うんですけど」
「いやいやいや、僕は昨日断ったし、これからお断りの手紙書もくつもりだし」
「無駄っすよ。相手の家柄考えてください、今回は見かねた旦那様が本気で選んだ相手なんすから、断ることはできません」
「そこをなんとか……!」
「もういっそ諦めて、男同士のやり方知っておいたほうがいいと思いません?」
突然何を言い出したのか。シグラの尻の間に、ぬるりと指が滑り込んだ。
「わっ! ま、待って、何、なんで……」
「男同士はここを使ってセックスします」
「知ってるけど!」
「へえ、知識はあるんですね」
クガイの指が、蕾を緩やかに撫でる。
「く、クガイ? いきなりどうしたの、もしかして溜まってるとか?」
「……なんだと思います? たとえば俺が、シグラ様に懸想してたとかどうですか」
絶えず出続けているお湯が、尻についた泡を流していく。
クガイが両側から尻を開くと、使われたことのない綺麗な蕾が顔を出した。
「け、懸想って……僕がシグラになったから怒ってるのか?」
「はは、間に受けないでくださいよ。俺は本当にシグラ様には同情しかしてませんでしたよ」
「? 同情したから抱くってこと?」
「……そうかもしれませんね。シグラ様は、俺と似てたから」
開いたまま、クガイはそこに顔を埋める。舌先が蕾をつつくと、そのたびにシグラの腰が揺れた。
「っ、ま、待って、あの、本当、いや、そんなところ、」
「んー? 俺舐めるの好きなんすよねー。特に処女を舐め尽くしたい」
「変態!」
「あれ、萎えてる」
「驚きが勝つんだよまだ」
クガイは蕾を舐めながら、シグラの中心に触れた。しょんぼりとしていて勃起する様子もない。数度扱いても同じことで、クガイはひとまず舌を挿れる。
「ふ、ううー……!」
「色気ないっすね」
「……知るか、ぁ……」
シグラは異物間に耐えながら、もっと奥に入るようにと腰を突き出した。
――シグラは別に、男同士のセックスを知らないわけではない。
転生前にも関係を持っていた男は複数いた。気持ちが良かったし、嫌いな行為ではなかった。
ほんの少しの抵抗があるのは、この体がシグラのものだからである。
この体はきっと男同士のセックスの経験なんてないのだろう。そんな体を勝手に使っていいのかと多少の罪悪感はあるし、きっと以前の彼とは感じるポイントも違う。もしかしたら未開拓すぎて気持ち良くないかもしれない。
奥の快楽を知っているからこそ最後までしたいけれど、痛かったり苦しかったりは絶対に嫌だから、大きく踏み出すことができないのだ。
「うーん……気持ちよくは、ない……」
「そりゃあ初めてっすからね」
いやらしい音を立てて舐められても、何かを感じるということもない。中心は萎えたままだし、ゾクゾクとくるものもなかった。
いくらか舐めた頃、クガイの指がナカに入る。その強烈な感覚に、シグラの体が一気に強張った。
「こら、力抜いてくださいよ」
「うー……だって……」
「はぁ……仕方ないっすねえ」
ずるりと後ろから指を抜くと、クガイはすぐにシグラの体を反転させた。
膝をついたクガイの前、そこにシグラの中心がある。クガイは躊躇いもなく萎えたそれを口に含むと、唾液をたっぷりと塗りつけるように口腔のすべてで扱き上げた。
「ひっ、あ、嘘、だろ……!」
じゅぷじゅぷと粘ついた音が浴室に響いていた。
直接的な快楽に、勃起しないわけがない。先ほどまではピクリともしなかったそこが、クガイの口の中で大きくなっていく。
「あ、やば……く、クガイ、気持ち、ぃ」
男だからこそ、そこを直接触れられれば、どうあっても感じてしまう。
クガイの手が尻に回りふたたび蕾に触れても、シグラは前からの快楽で手一杯だった。
「あ、あー、クガイぃ、出そう。出る、あ、あぅ」
無意識に快楽を求めているのか、シグラの腰はゆらゆらと微かに揺れている。クガイはひたすらそこにしゃぶりついて、音を聞かせながら後ろを解していた。
「あっ、や、イく、イくイく、イ、くぅ……!」
あられもなく大きく腰を揺らして、シグラは盛大にクガイの口に吐き出した。
射精の快楽なんていつぶりだろう。シグラはセックスの経験はあったが、頻繁にしていたわけではない。そのため久しぶりに射精して、快楽で一気に貫かれた感覚だった。
シグラはすべてを出し切ると、体をへたりと壁にもたれかける。
そうして蕾から指を抜かれて初めて、そこを解されていたことに気がついた。
「……ふ、え? クガイ?」
「うーん……平々凡々なのに、この表情は悪くないですね」
立ち上がったクガイは、支えるようにシグラを腰から抱き寄せた。そうして頭に数度キスをして、何事もなかったかのようにスポンジを持つ。
すっかりスイッチの入った体は、意味深に撫でられるとそれだけでびくりと震えた。
腰から腿へ。腿から膝へ。さらに指の間までをじっくりと洗われているうちに、シグラの中心がふたたびゆるりと首をもたげる。
「おや、シグラ様。また勃起してますよ」
「うう、おまえのせいだ……」
「まあそうですね。ほら、また出しちゃいましょうか」
クガイが見せ付けるように顔を近づける。
こんなにも綺麗な男が、自分の汚いところを口に含む。舐めて、扱いて、舌先でもてあそぶ。そんな現実にゴクリと喉を鳴らすと、シグラは期待するような瞳で、それを静かに見下ろしていた。
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