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魔法使いの読書姫
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私にとって、読書は至上の愉悦である。
人間、亜種、獣人、神族、魔族、ありとあらゆる存在たちが生み出した過去の最高の遺物(きろく)
そんな私の唯一無二の楽しみであるのだが・・・・
「うわああぁぁ!!!」
ドッガーン!!!!!!ガッタンバッタン!!!
「・・・・・はぁ」
今日も朝から騒がしい一日が始まることに読んでいた本をぱたんっと閉じる。
騒音の元である部屋へと向かうと、何をどうやったのか、いつもは綺麗なキッチンは爆発四散でもしたかのように無残な有様になっていた。その中心には半年前に弟子入り志願をしてきた見習い少年が小麦粉まみれになって尻餅をついていた。
「やれやれ、君は料理じゃなくて、錬金術で爆薬でも作るつもりだったのかい? それならキッチンでやるのは止めてくれると嬉しいのだがね」
「りょ、料理をしようとしたんだけど上手くいかなくて・・・」
「やれやれ、料理で爆発をさせるのも一種の才能かもしれないな」
指先を軽く回して私は魔法を使い、散らかっていたキッチンを綺麗に戻していく。ソレを見ていた少年は目をキラキラさせながら、元に戻る割れた食器や汚れた床が綺麗になっていく光景を嬉しそうに見つめており、そんな様子は年相応だ。
「すっげぇ、すっげぇ!!やっぱり師匠はすっげぇ!!」
「・・・・・君はこれが見たくてわざと爆発させてるわけじゃないだろうね?」
「そ、そそそっ、そんな訳ないじゃないですか!!最近は二日に一回しか爆発させてません!!」
「はぁ・・・・」
どうやら今日の料理も私が魔法で作る羽目になりそうだ。再び魔法で冷蔵庫の扉を開き、卵やベーコンを浮遊させて油を引いたフライパンで焼いていく。塩こしょうで味付けをしながら、同じように宙に浮かせたパンを火魔法で炙って、割れたばかりの食器を洗剤で綺麗にしてから机に並べ、そのまま食器の上に食事を置いていく。
「師匠ってやっぱりすっげぇな~」
「この程度は基礎魔法だよ。君も読書をして魔法の初歩を学ぶところから初めてはどうかね?」
「俺は実践派ですから!!師匠の魔法を見て覚えます」
「やれやれ、本を読むことは先人たちの技術や知識だけでなく、経験すらも知れるというのに困った弟子だ」
腰に手を当てて、自慢げに胸を張る弟子に頭痛を覚えながら、椅子に座ると正面に向かい合うように弟子である少年も座る。
「師匠、そろそろ僕にも名前を付けてくださいよ」
この世界では名付けという儀式は親子関係、師弟関係である上の物が付けることが習わしになっており、自分自身で決めて名乗ることは許されない。名付けをすることで正式な身内として扱われるのだ。一種の契約であり、魔力の源であるマナも繋がることで魔法や武技などの指導も格段と良くなるのだ。
だからこそ、弟子である彼が名付けを早く欲しがるのは当然のことと言える。
既に弟子と認めている私が、未だに彼に名付けを付けないのには大きな理由がある。
「仕方ないだろう。私が名付けをしようとしても君が悉く嫌がるのだから」
「うっ・・・それはそうですけど・・・・」
名付けとは本来とても簡単な契約なのだが、それは相手が幼かったり、赤ん坊だったりした場合で、自我を持ってからの名付けは意外と難しい。付けられた名前に対して、心から付けられた相手が納得しないと契約は成立せずに弾かれてしまう。無理矢理することも出来るが、それは奴隷契約になってしまうので御法度だ。
「むしろ私も早く魔法を教えて叩きだしたいのだがね。読書に集中できない」
「だ、だって!!」
パンを囓りながら返すと少年は机を叩いて立ち上がり、困ったような怒ったような顔をして見つめてくる。
「だって? なんだね?」
「だ、だって・・・・師匠・・・・」
「ん?」
「すっごいネーミングセンスないじゃないですか!!!」
ありとあらゆる書物を読みあさり、千年以上の時を読書に費やした私の名付けを嫌がる少年の悲痛とすら感じられる慟哭に、こちらの方が困ってしまう。
「何故だ。アレクサンダーポチ丸太郎助の助とか格好良いじゃないか」
「い、いやいやいやいや!!全然格好良くないし、むしろ長い!!考えてみてくださいよ!!誰かを颯爽と助けて名前を聞かれた時に「俺の名前はアレクサンダーポチ丸太郎助の助だ」とか言われたどう思います?」
人助けをするという状況は今市理解できないが、その状況を熟考してから私は少年を見つめ返す。
「とても格好良いじゃないか」
「ぜっんぜん格好良くないです。むしろ僕なら爆笑しますよ!!大体師匠の名前は可愛いのに」
「か、可愛い・・・? 私の名前が可愛いだと・・・」
全く、この少年はおだてるのが非常に巧みで、こんな言葉を言われてしまったら恥ずかしくて、しょうが無くなってしまうじゃないか。耳まで朱に染まってしまっているのが自分でも理解してしまう。
「君は女たらしだな。師匠である私を口説こうとしてどうするんだ」
「いや、口説いてないです。っていうか師匠がチョロすぎるんですって」
「むむむっ、無自覚な君は本当に質が悪い。とりあえず新しい名前は考えておくから今日も修行を始めるとしよう」
「はい!!」
修行という言葉に少年はとても嬉しそうに残っていたパンを一気に口の中に放り込み、牛乳で流し込みながら置いてあった木刀を握りしめて外へと書けだしていく。私もそれに倣って後に続きながら外に出ると少年と向かい合う。
「てやああぁぁぁ!!」
こちらに遠慮の無い一撃を繰り出してくるが、まだまだ拙い一撃は私の周囲を覆っている防御結界に弾かれ、それでも挫けずに何度も何度も激しく振り回してくる。体術・剣術を駆使して、一撃でも私に入れようとする彼を尻目に私は宙を浮かぶように飛びながら、先ほど呼んでいた本の続きを読み続ける。
カキンッ!!ギンッ!!ドスンッ!!!
年の割には激しい攻撃で、魔法と違って剣術の基礎は出来ていることもあってか、中々に激しい攻撃だ。もしも、二千年前の私の防御結界だったらヒビぐらいは生えていたかもしれない。
「ふむっ、やはり先人たちの経験談は面白いな」
「はぁ・・はぁ・・・し、師匠、真面目に戦ってくださいよ」
「防御結界を展開してるじゃないか」
「攻撃もしてくれないと訓練にならないですって」
「やれやれ」
ぶわっ!!!!
「うわああああぁぁぁっ!!!!!」
指先を少年の方に突き出すと、突風を起こされて一気に少年が後方に吹き飛ばされる。
「この程度の風魔法なら微動だにしない程度の体幹と魔法防御は必要だな」
「ううぅ・・・・まだまだ!!」
それからは近づいてきては風魔法で吹き飛ばされる少年が一時間ほど、ようするに私の読書が終わるまでの間、永遠と繰り返され続けた。本を読み終わった頃には初めて会った時のような泥ネズミのようにボロボロになっている少年はジト目で私を睨んでくる。
「不服そうだね。ちゃんと戦ったのに何故だね?」
「いや、戦ってないですよ。ただ僕を吹っ飛ばしてただけじゃないですか!!」
「あの程度で吹っ飛ばされる気味が悪いと思わないか?」
「うぐっ・・・・・」
「とりあえず水浴びをしてきなさい。そんな薄汚れて家に入られては堪らん」
「誰の所為だと・・・もう・・・」
拗ねる少年に私はクスクス笑いながら、空を見上げるとそろそろ昼時な事と冷蔵庫の中身が心許なくなってきたことを思い出す。普段通りに彼に買い物を任せても良いのだが、今読んでいた本が家に残っていた最後の読み終わっていなかった本だったから、今日は私も同行するとしよう。
「師匠、そろそろ買い物に行きますけど欲しい物有りますか?」
「いいや、今日は私も一緒に街に下りるとしよう」
「珍しいですね。傘持って行かないとダメかな?」
「君は私が外に出ると雨が降る雨女と言いたいのかね?」
「そうじゃなくて、師匠って基本的に引きこもりじゃないですか。あっ、読む本が無くなったんですね」
半年も付き合いがあれば流石に理解しているようだが、前半の言葉は余計だと思うのは私の気のせいだろうか。ちょっと心が痛かったぞっと思いながら、街に出る準備をしていく。ローブのフードを深々と被って準備を整えると、手慣れた様子で既に準備している弟子の前に立つ。
「では、行くとしようか」
「いつも思うんですけど、どうして街に出るとフードを被るんですか?」
「周りの視線が集まってきて直視したら怖いじゃないか」
「むしろ、その怪しい格好の所為で視線を集めてる気がするんですけど・・・」
「これは由緒正しき魔法使いの服だから怪しくない」
「いや、街中で顔を隠してコソコソとしてる時点で怪しいですって、まあ、そのおかげで俺を拾って貰えたから文句はないですが」
そんな風に出会ったなっと懐かしい気持ちになりながら、一緒に街へと下りていくと、案の定というか視線が私たちに集まってくる。いつも思うのだが、こんなに視線の多い中で弟子である少年はどうして、そんなに平然としていられるのかが不思議でならない。胆力だけなら既に私を超えているだろう。
「っききいきききいきみみみみぃぃ・・・・」
「師匠、落ち着いて、本当に人混みがダメですね」
「すーはー・・・君は本当に凄いな」
「いや、街に出る度に師匠が取り乱しすぎてるだけです。初めて会った時も新種の魔物かと思いましたよ」
「君は時々心を抉る言葉を言ってくるな」
だが、おかげで平常心に戻れたことに安堵する。先に少年の用事である食材の買い出しを終わらせ、次に私の目的である書物店へと向かう。その間も少年から離れたらマズいのでしがみついていたので、途中で憲兵に痴女と間違われたという一件もあったが、それもご愛敬だろう。
「ふむっ、新しい本が色々と揃っているな・・・さて、どれにするべきか」
流石に本を探す時にフードを被っていると邪魔なので取り払う。
「おおっ、あの人、凄い美人じゃないか?」
「白髪の美女・・・いや、姫様みたいだな」
「本当に師匠って見た目は美人なのになぁ・・・・」
「これにすべきか、いや、こちらの本も買うべきだな。あちらの本棚も興味深い書物があるな」
夢中になって本を集めていると、徐々に積み重なっていく本の重さに私の腕はプルプルと震える。
魔法を使えば良いと思うかもしれないが、街の中では武技や魔法を使うのは非常時以外では許されていないので、こういう腕力が必要な場面になると非常に辛いところだ。
「弟子よ。本を持ってくれ。腕が限界だ」
「5冊で諦めないでくださいよ」
「仕方ないだろう。一冊の本より思いものは基本的に持てないのだ」
呆れたように首を左右に振りながらも、ちゃんと本を持ってくれる弟子は本当に良く出来た弟子だと思う。
今日の夜の魔法訓練は少しぐらい易しくしてやっても良いかもしれない。
「へいへい、彼女~、本なんかよりも俺と楽しいことをしないか?」
夜の日程を考えていたら、頭の軽そうな男が店に入ってきて、私の真横に立ってくる。弟子はそんな私を庇うように荷物を片手で軽々と持ち、腕で私と男の間を遮る。
「なんだ。坊主、邪魔してんじゃねぇよ。関係ねぇ奴は引っ込んでろ」
「関係ある。俺のお師匠様だ」
こういう所に昔読んだ恋愛書物なら胸キュンをする場面なのだが、今の私はそれ所ではない。
「わたたわたたたたああわたたwたたgたわたwたっわあわ」
「うおっ、な、なんだ。この女、頭がいってんのか!?」
私にはいくつか弱点がある。一つは腕力が無いこと、もう一つは初対面の相手とのコミュニケーションが非常に苦手と言うことだ。明らかにドン引きしている男に弟子の方は頭を押えながらため息を漏らす。
「こ、こんな女いらねぇよ」
「あっ・・・・」
逃げるように私から離れていく男に深々とため息を漏らしていると、背中を向けた弟子がプルプルと震えているのが分かる。今日の魔法特訓はスパルタにしてやろうと心に決めた。
一通りの買い物を終え、家に帰ると夕食を終えた後には魔法の訓練が始まる。
魔法訓練はマナが溢れる月が出ている時が最も効率よく行え、その威力や精度も昼間とは段違いに向上する。しかし、その反面、強くなる魔力の制御や急激な威力の向上に昼間の感覚で使うと威力の調整を誤ってしまうという注意点もある。
「紅の精霊よ。我が手に集い、燃えさかれ。ファイヤーボール!!」
ぼふぅんっ!!
目標の人形に魔法を当てようと手を翳した少年だったが、自身の手のひらを丸焼けにしてしまう。
「あっちぃ!!」
「やれやれ、剣術はともかく、相変わらず魔法はてんでダメだね。君は」
「で、でも、初めの頃に比べれば炎が出るだけマシになりましたよ!!」
「自身で出した炎で火傷していては本末転倒だろう」
「うぅ・・・」
手をフーフーしている少年に治癒魔法を軽く掛け、精神集中の方法を伝える。
「いいか、まずは目を閉じて外部に感じるマナを徐々に集めていくんだ」
「はい」
「そして、集めたマナを少しずつ手のひらに集めていき、頭の中で火球が手のひらに乗せているのを思い浮かべなさい」
「・・・・・はい」
少しずつ集中しているようで、マナが少年の手のひらに集まっていくのを感じる。
そして、少年は再び手を人形へと翳して・・・・
「紅の精霊よ。我が手に集い、燃えさかれ、ファイヤーボール!!」
ぼっ・・・ぽこんっ・・・
「「・・・・・・・」」
蝋燭並みの大きさの火球が飛んでいき、人形の一部に当たる光景にお互いに無言になる。
「や、やった・・・やったー!!初めて飛んだ。飛びましたよ、師匠!!」
「う、うむ。そうだな」
詠唱をした上に魔力の満ちる夜にやってこの威力だとなると、先はまだまだ長そうだ。やはり名付け契約を早めに行って、訓練の質を向上する必要性を強く実感させられる。
「さて、今日の訓練はここまでにして、今日こそ名付けをするとしよう」
「はい!!」
今のハイテンションな少年ならば、今日のために温めておいた新しい名前も素直に受け入れられることだろう。そうすれば必然的に修行への向上に繋がって、読書の時間も増えるという物だ。
「汝、エキドナ・リルと盟約を望む者よ。我が手を取り、その名を受け入れよ」
手を翳して詠唱すると少年の足下に魔方陣が浮かび上がり、あとは私が名前を呼び、それを少年が受け入れて私の翳した手を握りしめれば契約は成立だ。
「・・・・・・・」
「我が力は汝の糧、汝の力は我が力、さあ、名を受け入れよ」
「・・・・・・」
「ペニポコフリフリウンポコ坦々太郎丸!!」
バチィンッ!!!!!!!!!
「何故だ!?」
「何故だ!?じゃないですよー!!なんですか、その名前はー!!!!」
今日も魔方陣は脆くも崩れ去り、膝付いて嘆く少年と絶叫する私の一日は終わっていく。
ああ、いつになったら彼は私の名付けを受け入れてくれるのか、そして、私の彼の教育時間=読書の減る時間を考えるだけで頭が痛い。
人間、亜種、獣人、神族、魔族、ありとあらゆる存在たちが生み出した過去の最高の遺物(きろく)
そんな私の唯一無二の楽しみであるのだが・・・・
「うわああぁぁ!!!」
ドッガーン!!!!!!ガッタンバッタン!!!
「・・・・・はぁ」
今日も朝から騒がしい一日が始まることに読んでいた本をぱたんっと閉じる。
騒音の元である部屋へと向かうと、何をどうやったのか、いつもは綺麗なキッチンは爆発四散でもしたかのように無残な有様になっていた。その中心には半年前に弟子入り志願をしてきた見習い少年が小麦粉まみれになって尻餅をついていた。
「やれやれ、君は料理じゃなくて、錬金術で爆薬でも作るつもりだったのかい? それならキッチンでやるのは止めてくれると嬉しいのだがね」
「りょ、料理をしようとしたんだけど上手くいかなくて・・・」
「やれやれ、料理で爆発をさせるのも一種の才能かもしれないな」
指先を軽く回して私は魔法を使い、散らかっていたキッチンを綺麗に戻していく。ソレを見ていた少年は目をキラキラさせながら、元に戻る割れた食器や汚れた床が綺麗になっていく光景を嬉しそうに見つめており、そんな様子は年相応だ。
「すっげぇ、すっげぇ!!やっぱり師匠はすっげぇ!!」
「・・・・・君はこれが見たくてわざと爆発させてるわけじゃないだろうね?」
「そ、そそそっ、そんな訳ないじゃないですか!!最近は二日に一回しか爆発させてません!!」
「はぁ・・・・」
どうやら今日の料理も私が魔法で作る羽目になりそうだ。再び魔法で冷蔵庫の扉を開き、卵やベーコンを浮遊させて油を引いたフライパンで焼いていく。塩こしょうで味付けをしながら、同じように宙に浮かせたパンを火魔法で炙って、割れたばかりの食器を洗剤で綺麗にしてから机に並べ、そのまま食器の上に食事を置いていく。
「師匠ってやっぱりすっげぇな~」
「この程度は基礎魔法だよ。君も読書をして魔法の初歩を学ぶところから初めてはどうかね?」
「俺は実践派ですから!!師匠の魔法を見て覚えます」
「やれやれ、本を読むことは先人たちの技術や知識だけでなく、経験すらも知れるというのに困った弟子だ」
腰に手を当てて、自慢げに胸を張る弟子に頭痛を覚えながら、椅子に座ると正面に向かい合うように弟子である少年も座る。
「師匠、そろそろ僕にも名前を付けてくださいよ」
この世界では名付けという儀式は親子関係、師弟関係である上の物が付けることが習わしになっており、自分自身で決めて名乗ることは許されない。名付けをすることで正式な身内として扱われるのだ。一種の契約であり、魔力の源であるマナも繋がることで魔法や武技などの指導も格段と良くなるのだ。
だからこそ、弟子である彼が名付けを早く欲しがるのは当然のことと言える。
既に弟子と認めている私が、未だに彼に名付けを付けないのには大きな理由がある。
「仕方ないだろう。私が名付けをしようとしても君が悉く嫌がるのだから」
「うっ・・・それはそうですけど・・・・」
名付けとは本来とても簡単な契約なのだが、それは相手が幼かったり、赤ん坊だったりした場合で、自我を持ってからの名付けは意外と難しい。付けられた名前に対して、心から付けられた相手が納得しないと契約は成立せずに弾かれてしまう。無理矢理することも出来るが、それは奴隷契約になってしまうので御法度だ。
「むしろ私も早く魔法を教えて叩きだしたいのだがね。読書に集中できない」
「だ、だって!!」
パンを囓りながら返すと少年は机を叩いて立ち上がり、困ったような怒ったような顔をして見つめてくる。
「だって? なんだね?」
「だ、だって・・・・師匠・・・・」
「ん?」
「すっごいネーミングセンスないじゃないですか!!!」
ありとあらゆる書物を読みあさり、千年以上の時を読書に費やした私の名付けを嫌がる少年の悲痛とすら感じられる慟哭に、こちらの方が困ってしまう。
「何故だ。アレクサンダーポチ丸太郎助の助とか格好良いじゃないか」
「い、いやいやいやいや!!全然格好良くないし、むしろ長い!!考えてみてくださいよ!!誰かを颯爽と助けて名前を聞かれた時に「俺の名前はアレクサンダーポチ丸太郎助の助だ」とか言われたどう思います?」
人助けをするという状況は今市理解できないが、その状況を熟考してから私は少年を見つめ返す。
「とても格好良いじゃないか」
「ぜっんぜん格好良くないです。むしろ僕なら爆笑しますよ!!大体師匠の名前は可愛いのに」
「か、可愛い・・・? 私の名前が可愛いだと・・・」
全く、この少年はおだてるのが非常に巧みで、こんな言葉を言われてしまったら恥ずかしくて、しょうが無くなってしまうじゃないか。耳まで朱に染まってしまっているのが自分でも理解してしまう。
「君は女たらしだな。師匠である私を口説こうとしてどうするんだ」
「いや、口説いてないです。っていうか師匠がチョロすぎるんですって」
「むむむっ、無自覚な君は本当に質が悪い。とりあえず新しい名前は考えておくから今日も修行を始めるとしよう」
「はい!!」
修行という言葉に少年はとても嬉しそうに残っていたパンを一気に口の中に放り込み、牛乳で流し込みながら置いてあった木刀を握りしめて外へと書けだしていく。私もそれに倣って後に続きながら外に出ると少年と向かい合う。
「てやああぁぁぁ!!」
こちらに遠慮の無い一撃を繰り出してくるが、まだまだ拙い一撃は私の周囲を覆っている防御結界に弾かれ、それでも挫けずに何度も何度も激しく振り回してくる。体術・剣術を駆使して、一撃でも私に入れようとする彼を尻目に私は宙を浮かぶように飛びながら、先ほど呼んでいた本の続きを読み続ける。
カキンッ!!ギンッ!!ドスンッ!!!
年の割には激しい攻撃で、魔法と違って剣術の基礎は出来ていることもあってか、中々に激しい攻撃だ。もしも、二千年前の私の防御結界だったらヒビぐらいは生えていたかもしれない。
「ふむっ、やはり先人たちの経験談は面白いな」
「はぁ・・はぁ・・・し、師匠、真面目に戦ってくださいよ」
「防御結界を展開してるじゃないか」
「攻撃もしてくれないと訓練にならないですって」
「やれやれ」
ぶわっ!!!!
「うわああああぁぁぁっ!!!!!」
指先を少年の方に突き出すと、突風を起こされて一気に少年が後方に吹き飛ばされる。
「この程度の風魔法なら微動だにしない程度の体幹と魔法防御は必要だな」
「ううぅ・・・・まだまだ!!」
それからは近づいてきては風魔法で吹き飛ばされる少年が一時間ほど、ようするに私の読書が終わるまでの間、永遠と繰り返され続けた。本を読み終わった頃には初めて会った時のような泥ネズミのようにボロボロになっている少年はジト目で私を睨んでくる。
「不服そうだね。ちゃんと戦ったのに何故だね?」
「いや、戦ってないですよ。ただ僕を吹っ飛ばしてただけじゃないですか!!」
「あの程度で吹っ飛ばされる気味が悪いと思わないか?」
「うぐっ・・・・・」
「とりあえず水浴びをしてきなさい。そんな薄汚れて家に入られては堪らん」
「誰の所為だと・・・もう・・・」
拗ねる少年に私はクスクス笑いながら、空を見上げるとそろそろ昼時な事と冷蔵庫の中身が心許なくなってきたことを思い出す。普段通りに彼に買い物を任せても良いのだが、今読んでいた本が家に残っていた最後の読み終わっていなかった本だったから、今日は私も同行するとしよう。
「師匠、そろそろ買い物に行きますけど欲しい物有りますか?」
「いいや、今日は私も一緒に街に下りるとしよう」
「珍しいですね。傘持って行かないとダメかな?」
「君は私が外に出ると雨が降る雨女と言いたいのかね?」
「そうじゃなくて、師匠って基本的に引きこもりじゃないですか。あっ、読む本が無くなったんですね」
半年も付き合いがあれば流石に理解しているようだが、前半の言葉は余計だと思うのは私の気のせいだろうか。ちょっと心が痛かったぞっと思いながら、街に出る準備をしていく。ローブのフードを深々と被って準備を整えると、手慣れた様子で既に準備している弟子の前に立つ。
「では、行くとしようか」
「いつも思うんですけど、どうして街に出るとフードを被るんですか?」
「周りの視線が集まってきて直視したら怖いじゃないか」
「むしろ、その怪しい格好の所為で視線を集めてる気がするんですけど・・・」
「これは由緒正しき魔法使いの服だから怪しくない」
「いや、街中で顔を隠してコソコソとしてる時点で怪しいですって、まあ、そのおかげで俺を拾って貰えたから文句はないですが」
そんな風に出会ったなっと懐かしい気持ちになりながら、一緒に街へと下りていくと、案の定というか視線が私たちに集まってくる。いつも思うのだが、こんなに視線の多い中で弟子である少年はどうして、そんなに平然としていられるのかが不思議でならない。胆力だけなら既に私を超えているだろう。
「っききいきききいきみみみみぃぃ・・・・」
「師匠、落ち着いて、本当に人混みがダメですね」
「すーはー・・・君は本当に凄いな」
「いや、街に出る度に師匠が取り乱しすぎてるだけです。初めて会った時も新種の魔物かと思いましたよ」
「君は時々心を抉る言葉を言ってくるな」
だが、おかげで平常心に戻れたことに安堵する。先に少年の用事である食材の買い出しを終わらせ、次に私の目的である書物店へと向かう。その間も少年から離れたらマズいのでしがみついていたので、途中で憲兵に痴女と間違われたという一件もあったが、それもご愛敬だろう。
「ふむっ、新しい本が色々と揃っているな・・・さて、どれにするべきか」
流石に本を探す時にフードを被っていると邪魔なので取り払う。
「おおっ、あの人、凄い美人じゃないか?」
「白髪の美女・・・いや、姫様みたいだな」
「本当に師匠って見た目は美人なのになぁ・・・・」
「これにすべきか、いや、こちらの本も買うべきだな。あちらの本棚も興味深い書物があるな」
夢中になって本を集めていると、徐々に積み重なっていく本の重さに私の腕はプルプルと震える。
魔法を使えば良いと思うかもしれないが、街の中では武技や魔法を使うのは非常時以外では許されていないので、こういう腕力が必要な場面になると非常に辛いところだ。
「弟子よ。本を持ってくれ。腕が限界だ」
「5冊で諦めないでくださいよ」
「仕方ないだろう。一冊の本より思いものは基本的に持てないのだ」
呆れたように首を左右に振りながらも、ちゃんと本を持ってくれる弟子は本当に良く出来た弟子だと思う。
今日の夜の魔法訓練は少しぐらい易しくしてやっても良いかもしれない。
「へいへい、彼女~、本なんかよりも俺と楽しいことをしないか?」
夜の日程を考えていたら、頭の軽そうな男が店に入ってきて、私の真横に立ってくる。弟子はそんな私を庇うように荷物を片手で軽々と持ち、腕で私と男の間を遮る。
「なんだ。坊主、邪魔してんじゃねぇよ。関係ねぇ奴は引っ込んでろ」
「関係ある。俺のお師匠様だ」
こういう所に昔読んだ恋愛書物なら胸キュンをする場面なのだが、今の私はそれ所ではない。
「わたたわたたたたああわたたwたたgたわたwたっわあわ」
「うおっ、な、なんだ。この女、頭がいってんのか!?」
私にはいくつか弱点がある。一つは腕力が無いこと、もう一つは初対面の相手とのコミュニケーションが非常に苦手と言うことだ。明らかにドン引きしている男に弟子の方は頭を押えながらため息を漏らす。
「こ、こんな女いらねぇよ」
「あっ・・・・」
逃げるように私から離れていく男に深々とため息を漏らしていると、背中を向けた弟子がプルプルと震えているのが分かる。今日の魔法特訓はスパルタにしてやろうと心に決めた。
一通りの買い物を終え、家に帰ると夕食を終えた後には魔法の訓練が始まる。
魔法訓練はマナが溢れる月が出ている時が最も効率よく行え、その威力や精度も昼間とは段違いに向上する。しかし、その反面、強くなる魔力の制御や急激な威力の向上に昼間の感覚で使うと威力の調整を誤ってしまうという注意点もある。
「紅の精霊よ。我が手に集い、燃えさかれ。ファイヤーボール!!」
ぼふぅんっ!!
目標の人形に魔法を当てようと手を翳した少年だったが、自身の手のひらを丸焼けにしてしまう。
「あっちぃ!!」
「やれやれ、剣術はともかく、相変わらず魔法はてんでダメだね。君は」
「で、でも、初めの頃に比べれば炎が出るだけマシになりましたよ!!」
「自身で出した炎で火傷していては本末転倒だろう」
「うぅ・・・」
手をフーフーしている少年に治癒魔法を軽く掛け、精神集中の方法を伝える。
「いいか、まずは目を閉じて外部に感じるマナを徐々に集めていくんだ」
「はい」
「そして、集めたマナを少しずつ手のひらに集めていき、頭の中で火球が手のひらに乗せているのを思い浮かべなさい」
「・・・・・はい」
少しずつ集中しているようで、マナが少年の手のひらに集まっていくのを感じる。
そして、少年は再び手を人形へと翳して・・・・
「紅の精霊よ。我が手に集い、燃えさかれ、ファイヤーボール!!」
ぼっ・・・ぽこんっ・・・
「「・・・・・・・」」
蝋燭並みの大きさの火球が飛んでいき、人形の一部に当たる光景にお互いに無言になる。
「や、やった・・・やったー!!初めて飛んだ。飛びましたよ、師匠!!」
「う、うむ。そうだな」
詠唱をした上に魔力の満ちる夜にやってこの威力だとなると、先はまだまだ長そうだ。やはり名付け契約を早めに行って、訓練の質を向上する必要性を強く実感させられる。
「さて、今日の訓練はここまでにして、今日こそ名付けをするとしよう」
「はい!!」
今のハイテンションな少年ならば、今日のために温めておいた新しい名前も素直に受け入れられることだろう。そうすれば必然的に修行への向上に繋がって、読書の時間も増えるという物だ。
「汝、エキドナ・リルと盟約を望む者よ。我が手を取り、その名を受け入れよ」
手を翳して詠唱すると少年の足下に魔方陣が浮かび上がり、あとは私が名前を呼び、それを少年が受け入れて私の翳した手を握りしめれば契約は成立だ。
「・・・・・・・」
「我が力は汝の糧、汝の力は我が力、さあ、名を受け入れよ」
「・・・・・・」
「ペニポコフリフリウンポコ坦々太郎丸!!」
バチィンッ!!!!!!!!!
「何故だ!?」
「何故だ!?じゃないですよー!!なんですか、その名前はー!!!!」
今日も魔方陣は脆くも崩れ去り、膝付いて嘆く少年と絶叫する私の一日は終わっていく。
ああ、いつになったら彼は私の名付けを受け入れてくれるのか、そして、私の彼の教育時間=読書の減る時間を考えるだけで頭が痛い。
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