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カタクリ

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『・・・え・・が・・・ても・・・だす・・!!』
ああ・・・・また始まるんだ・・・・
優しい優しい真っ暗な安穏な世界で眠り続けたボクは静かに目を開く。
前に見た時には緑豊かだった土地は、気づけば高い鉄の建物に囲まれてて、青い空がわずかに覗いていた。
(遠い・・・・遠いなぁ・・・・)
手を伸ばすと短い腕が見え、手のひらを見ると子供の物だった。
近くにある石ころを持ち上げて、今回の身体は物質があると言うことを理解する。
「・・・とはいえ、子供の身体とは・・・はぁー」
浮遊感のあった今まで違い、とても重たい身体を動かすのは手間で、ボクは目を閉じて吐息を漏らす。
鉄の臭いと草木の匂いが混じり合って、肉体を得た事への哀しみに包まれる。
(生まれ堕ちるっていうのは、こういう事を言うのかな・・・?)
いつまでも寝ている訳にもいかないだろうと身体を起こして周囲を見渡す
透明な袋に使い道の無さそうな不要物がいっぱい入ってるのが見えた。
「うーん。ゴミ捨て場・・・かな・・・?」
「お前、なにやってんだ?」
「?」
振り返ると青年が此処にあるのと同じ袋を持って立っていた。
「ホームレスっていうには若すぎるよな・・・好奇心で入り込んだのか?」
「・・・・・うん。道に迷っちゃったみたいなんだ」
「ったく、しょうがねぇな。こんな所にいたら危ないから付いてこい」
「はい」
青年は袋を踏み上がっている場所に投げ捨てると、そのままボクの手を握りしめる。
大きくて温かい手に包まれた感触は何処か心地よくて、同時に懐かしさも感じられた気がした。
『ギィヤアアアッ!!!!!』
「ちっ、もう嗅ぎつけて来やがったか」
「うわっ!! どうしたの?」
「何言ってんだ。ダストに見つかったんだよ!?」
「ダスト・・・? 横文字わかんない」
「化け物だ!!」
「ああ、それなら分かる」
ボクが生きていた頃から進んだ未来に来たのかと思ったけれど、どうやら前に生きていた世界とは全く別の物らしい。
抱きかかえられたまま青年の後ろを見ると、大きなピンク色の球体は青年を飲み込めるぐらいの口を開き、三本生えている大きな足で追いかけてきていた。
(高さは約120す・・・・・3.5mくらいだろうか・・・?)
ようやく、この世界の知識が少しずつ組み込まれていく事に安堵しながら、あと少しで追いつかれそうな距離まで近づいてくる。
「捕まったらどうなるの?」
「決まってるだろ。あの口に食われるんだよ!!」
「排泄物する穴はなさそうだけど、一応食べられるんだ」
「おま・・・えっ・・・んで・・・んなに冷静なんだよ!!」
「怖すぎて逆に冷静みたいなんだ。それより」
「んだよっ!!」
「いや、何でも無い」
ボクの身長を考えると、体重は38kgぐらいだろう。そんな物を抱えたままで、逃げ切れないだろうにボクを捨てる気配は一向に無い。
捨てろって言おうと思ったけれど、言ったら殴られるって気がしたから言う気が失せた。
「でやああぁあぁ!!!!」
「うわっ!?」
狭い通路を見つけたのか、そこに飛び込んだ青年に抱きかかえられたボクも当然巻き込まれ、視界が何度も暗転する。
ドッゴオンンッ!!!ドゴンッ!!ドゴォンッ!!ドコドコッ!!!
『ギイオオォオッ!!ウゴガアアアアッ!!!!!』
狭い通路の中に巨躯を無理矢理入れようと、何度も体当たりする度に周囲のビルが揺れる。
「はぁ・・はぁ・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・なんとか・・・喰われるのは回避できたな・・・」
「そうだね。でも、どうするの? 行き止まりみたいだよ?」
ダストの反対側を見たが、ソコには壁があり、登ろうにも凹凸のない壁では掴む場所もなくて難しそうだ。
「時間さえ稼げれば、どうにでもなる」
そう言うと、青年はダストに手を翳し、手のひらからは青い炎が現われた。
「・・・・・なにそれ?」
「何って・・・ああ、選定式を受けてねぇのか。これはそうだな・・・・」
「っ・・・・」
『これは・・・俺とお前だけの「魔法だよ」』
頭痛がしたと思ったら、ボクの意識は再び安寧の闇へと戻っていった。


目を開くと、そこはお世辞にも綺麗とは言えない部屋の中だった。
身体を起こすと、掛け布団なのか、薄くてボロいと布きれが掛けられていた。
「おっ、やっと起きたか」
「・・・・・ここは?」
「俺の家。まあ、見ての通り・・・」
「ボロいね」
「その通りだよ。ちくしょう」
素直なボクの感想に彼は口を尖らせながら、皿に載せて肉を組んだ膝の上に乗せて食べ始める。
こんがりと焼けているが、噛み千切るのに大変そうで、普通なら焼けば良い香りのするだろう肉からは悪臭すら感じられる。
「・・・それ、なんの肉?」
「何って、俺たちを追いかけ回してた奴に決まってんだろ」
「マズそうだね」
「これぐらいしか食う物がねぇんだよ。見ての通りに貧乏なんでな」
「だろうね。まだ、ダストの肉は残ってる?」
「あるけど、腹減ったのか?」
仮に減っていたしても、焼いても悪臭を漂わせる肉なんて食べる気は無い。
「生のまま持ってきて」
「マジか?」
そういったボクに青年は信じられない物でも見るような顔をされてしまった。
失礼なことを考えているのが手に取るように分かって不愉快だ。
「本当に、本当にこのままで良いのか。なんなら、すぐに焼くぞ」
「いいから渡して」
「いや・・でも・・・俺だって初めての時は焼いても腹壊したし・・・やっぱり焼くか?」
「はぁー、焼いたら困るよ」
怪訝そうな顔をしながら、ボクが食べようとしたら、すぐに止めようという顔をする青年に苦笑が漏れる。
手のひらに載った、ぶよぶよした固まりの感触に本当によく食べる気になった物だと呆れてしまう。
(いや、世界には魚を生で食べるのがおかしいと思われていたこともあったぐらいだ。なら、これぐらいなら問題ない・・・・のかな・・・?)
考えを改めようとしたが、追いかけ回していた生物の姿を思い出すと、その固まりであるソレを食べる気はやっぱり起きない。
ギョロッ!!
「・・・・目が生えた」
「焼かずに放っておくと口と足も生えるぞ」
「凄いね。色んな意味で」
「だから言っただろ。化け物なんだよ」
納得しながら僕は静かに化け物に手のひらを載せる。
『コード403』
パスに肉塊は徐々に形を変えていき、金色に輝く金貨数枚へと変貌を遂げる。
「・・・・・は?」
「はい」
固まっている彼に渡すと、しげしげと金貨とボクを何度も交互に見つめ・・・・
「はああああぁぁあ!?!!??」
盛大に悲鳴なのか、叫びなのか分からない物を上げながら、急に走り出したと思ったら残りの肉塊を山ほど持ってくる。
『コード403』
それにボクは手を当てながら、十数枚になった金貨が床に散らばっていく。
「おまっ、お前。誰だよ!!それがお前の選定スキルか?」
「とりあえず驚くか、聞くか、拾うかのどれかにしてほしいな」
地面に這いつくばって金貨を拾いながら、後頭部だけを見せて聞いてくる青年に頭痛を覚える。
ダストからの逃走中に入ってきた知識にはスキルという物があった。
本来は15を超えた少年・少女が選定という名の元で、自身のスキルの事を教えられる。
攻撃・回復・補助のどれかのスキルは男なら歳を重ねるごとにスキルは強化され、女なら他のスキルも覚えられるが妊娠するとスキルは消失する
これは主に次に産まれてくる子にスキルをエネルギーとして還元される為で、スキルを失う代わりに胎児は必ず無事に産まれることが出来る。
それ故に襲われた時にスキルを使えずに、食い殺されてしまうという悲劇もよくある話らしいが・・・・
「うしっ、全部拾った。それで、それがお前のスキルなのか?」
「全部拾ったって思うなら、そろそろ顔を上げなよ。スキルと言うよりもアーツかな?」
「なにが違うんだ?」
「いや、スキルだと思ってくれて差し支えないよ。助けてくれたお礼はそれで足りるかな?」
「お、おう!! お前って凄いスキル持ちなんだな」
「君のスキルほどじゃないよ」
「俺の? 俺のなんて手から炎が出せるだけのスキルだぞ?」
悔しそうに言う青年にボクは苦笑してしまう。自分自身のスキルの価値に青年は全く気づいていないらしい。
「さてと、ええと・・・君の名前をそろそろ教えてもらって良いかな?」
「そういえば自己紹介してなかったな。俺はアトラだ」
「ボクは遊。それで君に提案があるんだけど、ボクを雇ってくれないかな?」
「?」
「ボクには戦う力が無い代わりに、ご覧の通りの力がある。君には戦う力(スキル)がある。利害関係は一致すると思うんだけど?」
「俺は願ったり叶ったりだけど、お前は良いのか? 要はお前が作った金が給料って事だぞ?」
「構わないよ。それもダストを倒さないと手に入れられないからね」
ボクの提案にアトラはしばらく逡巡したようだったが、すぐに笑顔になってボクに手を差し出してくる。
「こちらこそ、お願いしたいぐらいだ。これからよろしくな。ユウ!!」
「交渉成立だね。あと、これはお願いだから断ってくれても良いんだけど」
「なんだよ?」
未だに四つん這いで、金貨の残りが落ちてないか確認するアトラの頭を抱きしめ、そっと頭にキスをする。
久しぶりに触れ合えた魂は驚くほどに震え、怯え、歓喜に満ちて、瞳からは一滴だけ頬を伝っていく。
「なにしてんだ?」
「『俺』のこと、いつかでいいから。利害抜きで好きなって欲しい」
「?」
何度も何度も繰り返した。何度も何度も殺し合った。何度も何度も叶わぬ愛を囁きあった。何度も何度も身体を重ねた魂はボクには気づかない。
それでいい。そう願ったのはボク・・・俺自身だ。
「よく分かんねぇけどさ」
「ん? うわっ!!」
急に浮遊感を感じたと思ったら、せっかく拾った金貨を床に散りばめられ、蒼穹の瞳がボクを真っ直ぐ見つめる
「泣くなよ。俺は関わった奴には笑って欲しい」
「・・・・・・・・」
「あっれぇ? なんで。そこでジト目なんですかユウさん!?」
「いやー、本当に・・・・はぁ。なんでもない」
どれだけ繰り返しても、本質は変わらない魂にボクは深々とため息を漏らしてから笑ってやる。
「んむっ・・・うおっ!?なにしやがる。ませガキ!!」
「油断した方が悪い」
「俺、ファーストキスだったんだぞ!!」
「油断は良くないって勉強代になったね。やったじゃん」
「良くねえぇぇ!!」
ボクを抱っこしたまま、地団駄を踏むアトラに今度は苦笑が漏れる。

(まだ遠い・・・焦がれた空を見た時よりもずっと遠い。そんな君に俺はまた出会えた)

「よろしくね。相棒」

(それだけで、俺は充分に満足なんだ。でも)

「むぅ・・・・おう、よろしくな。うしっ、もう一回拾うぞ!!ユウも手伝え!!」

(お前はそれだけじゃ足りないって、また言うんだろな。だから)

「えぇ~、嫌だよ。今は金貨でも、元はダストの肉塊だよ?」

(もう少しだけ、このファンタジーな世界で。お前と笑い合うよ。アトラ)

「今は金だ!!俺たちの明日(みらい)の食費と生活費だ!!」

(大好きで、大切なお前が、また俺を殺してくれるまで)

『お前が何度産まかわっても、必ず見つけ出す!!絶対に、絶対に殺してやる!!ユウ!!』

この魂に刻み込まれたお前の呪(あい)が、枯れることの無いように・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・

今日も俺とユウは一緒にダスト探しをしては、それを金貨に変換する日常を送っている。
ダストって言うのは切り刻んでも、口や目が出来て、そこから手足が生えて、生き物を食っては大きくなっていく。
燃やすと食えなくは無いけど、有毒であり、貧民層の奴らしか食べることも無いゲテモノだ。
どこから産まれたのか、どうやって産まれたのかも、誰も知らない存在で、気づけば俺たちの脅威としてそこに有った。
そんなゲテモノを食ったり、襲われる危険を感じながらゴミ捨て場から使えるゴミを漁ってリサイクルしていた日々とも、今はもうおさらばだ。
「ユウのおかげで本当に助かってるぜ」
「凄い不思議なんだけどさ」
「ん?」
「金貨って、この世界だと価値が結構あるよね?」
「おう、一枚で贅沢しなけりゃ、一年は余裕で暮らせると思うぜ」
「だよね。なら、なんで君はいまだにボロ家で暮らしてるのかな?」
(やべぇ、君って言ったぞ・・・・)
ユウが、俺を君って呼ぶ時は機嫌が悪い時だ。
「あっはは・・・なんでだろうな?」
「はぁ、どうせ・・・か・・・に・・・・してるんだろ?」
「い、いや、断じてギャンブルとかで溶かしてるわけじゃ無いぞ!?」
これだけは誤解があってはいけないと断言すると、呆れた顔で睨まれてしまった。
「別に給料以外は君のお金なんだから文句を言う気は無いけど、せめて食事はまともなの食べてくれないかな?」
怒った顔で目玉焼きとウィンナー、そして白いパンにサラダにシチューまで机の上に置かれ、俺は目を輝かせる。
「うおおおぉ!!一週間ぶりのまともな飯だ!!」
「へええぇ・・・・イッシュウカンぶりなんだ?」
「あ゛」
怒った笑顔が怖いのはガキの頃にシスターで見られていたが、ガキとは言え、男の笑った笑顔は普通に怖い。
いや、シスターの笑った笑顔もマジで怖かったけど、こっちは普通に命の危機を感じる。戦えないはずのユウさんは、殺気は飛ばせるのかな・・・?
「今日から食費はボクが全部預かるから。いいね?」
「は、ハイ」
有無も言わせない笑顔に俺は頷くしか無かったが、久しぶりに食べたご馳走は滅茶苦茶美味かったです。
「はぐはぐ・・・しかし、いくら金貨があるとは言え、どうやったらこんな種類の食材を集められるんだ?」
確かに金貨で食材はある程度は帰るが、そもそも農村というもの自体が非常に少ないのだ。
育てている食材はダストにとっても格好の餌で、そこで農業している奴らもダストに襲われる危険からやりたがる奴はほとんどいない。
出来るのは歴戦のハンターを雇った上でシェルターで育てるか、それこそダストも滅多に現われない辺境な田舎ぐらいだろう。
代わりに野菜や小麦粉なんかの元になる麦は高額な割に供給が少なくて、野菜のこんなに入っているシチューなんて料理は超上流社会の人間ぐらいしか食べられない。
「ま、まさか。この野菜って盗んだとかじゃ」
「はぁ・・・・はい、注目」
ユウはポケットから金貨を取り出すと、それを握りしめた途端に金貨は形を変えていく。
ボトボトボトボト・・・・・!!!
「お、おおおっ、タマネギになった!?っていうか、多過ぎねぇ!?」
「そりゃ金貨一枚分のタマネギだからね」
「お前のスキルって金貨を作るだけのスキルじゃ無いのか?」
「分かりやすく、今の世界で決められている価値の物と同じ価値の物を変換するスキルって事にしとこうかな?」
「お前のスキルって汎用性も滅茶苦茶高くね?」
農家泣かせのスキルに俺はユウを凝視してしまう。こんなに凄い奴がなんでゴミ捨て場にいたのかが謎すぎる。
「な、なあ、お前から野菜や麦を買い取るって事はしても良いか?」
「君はボクを雇っているんだから、命令すれば良いじゃないか。これを転売するとかでもボクは怒らないよ?」
「命令とかそういうのは好きじゃねぇし、転売するなんて気もねぇよ」
いくら雇用関係にあるとは言え、ユウとは仲良くしたい。それに・・・
『利害関係なしに俺を好きになって・・・』
本人は気づいてないかもしれないが、震える泣いた声であんな風に言われた時、胸が締め付けられそうに苦しかった。
このスキルを誰かに悪用され続けて人間不信になってしまったのか、それとも何が違う理由があるのか、あの嘆きは・・・・
「じゃあ交換条件。君が何に金貨を使ったのか教えるか。ボクとキスするか」
「お、おう、それでいいのか!?」
「ちょっ・・えっ・・んむっ・・んんっ!!」
ユウに近づいて唇を重ねると、背中を思いっきり何度も叩かれた。戦えないって言うだけあってマジで力が弱くて撫でられてるのかと思った。
「はぁ・・はぁ・・・急にしないでよ。っていうか、ボクとのキスは嫌じゃなかったの?」
「お前が言った条件じゃんか」
「む・・・・」
それに最初にされた時は悲鳴を上げたが、あれは嫌だからじゃ無くて照れちまっただけで全く嫌じゃなかった。
逆にもっとしたかったぐらいだけど、ユウって見た目が黒髪の幼い美少年なわけで・・・背徳感や罪悪感が・・・
「それで俺が金貨を使ったのは」
「待って、どっちかだから、別に金貨の使い道は別に」
「別に良いって、知られて困ることじゃねぇから」
むしろ知ってもらった方が、俺がギャンブルとかに嵌まっていないと納得してもらえる。
「早速行こうぜ」
「待った。着替えてから行くから」
「いや、別にそんなたいした所じゃ・・・」
「アトラが行く場所の見当が大体付いてるからね」
よく分からないが、見当が付いてるなら尚更にめかし込む理由が分からず、不思議に思いながら俺はユウに変えてもらった野菜を魔法袋に詰めていった。
「ここは孤児院?」
「ああ、俺が育った場所だぜ」
「ふーん。アトラの家よりも豪華だね」
「うるせぇ。俺の仕送りでちょっとずつ改築してもらってんだよ」
「はぁ・・・・やっぱりか・・・」
「?」
「何でもない」
俺を見上げながら笑ったユウの顔は呆れたような、寂しそうな、子供が手に入らない物を見つめているような諦観があった。
いつもと違うユウの豪華な服装のせいもあってなのか、とても・・・俺とユウの間にとても大きな壁があるような気がした。
「ゆ・・・」
「アトラ兄ちゃんだ!!今日はどうしたの!?」
「あっ、今日も来たんだ。仕事クビになったの!? じゃあ、俺たちと遊んで遊んで!!」
「うおっ!?」
声を掛けるよりも先に孤児院のガキ共が俺に飛びかかってくる。
「危ねぇだろ!!急に飛びかかってくるんじゃねぇよ!!」
「あははは~!! もっと振り回してよ~!!」
腰に飛びかかってきたガキの首根っこを掴んで振り回してやるが、反省する所がはしゃぎまくる。
「あら、アトラ。今日はどうしたの? お仕事クビになったのかしら?」
「シスターまで・・・俺だってたまには連休とる事ぐらいあるっての」
おっとりとした雰囲気でやってきたシスターに俺は後頭部を掻きながら答える。
「あら? そちらの子は皆の新しいお友達?」
「いや、コイツは・・・」
「アトラさんの助手で、遊と申します。主に生活面のサポートをさせてもらってます」
急に丁寧な口調になったユウに驚いて固まってしまう。シスターも同じ様で、驚いた顔で俺を見てくる。
「何処で攫ってきたのかしら?」
「違うっての!!拾ったの!!」
「はい、行き倒れている所をアトラさんに拾って頂きまして、敬語に関しては本で勉強して覚えました」
「そ、そうなの。あのアトラにこんな優秀そうな助手さんが出来るなんて・・・うぅ・・」
口元を抑えながら涙ぐむシスターに俺としても結構居心地が悪い。
シスターには昔から結構やんちゃで迷惑を掛けたから、気恥ずかしさもあるのかもしれない。
「へぇ~、お前ってユウって言うのか!!俺たちが友達になってやっても良いぜ」
「それは嬉しいですね。是非なってください」
「えっ・・お、おう・・・」
金持ちや偉そうな奴は気にくわないガキも、ユウに笑顔を向けられて頬を真っ赤にする。
「言っとくけど、ユウは男だからな? 惚れるなよ」
「わわわっ、わかってらい。そんなこと!! ユウ、俺たちが良い所に連れて行ってやる!!」
「楽しみですね。じゃあ、アトラ、後で」
「お、おう」
ユウはガキたちに引っ張られて行ってしまい、取り残された俺はシスターと一緒に納屋の中に入っていった。
「それで今日はどうしたの? 何か困りごと? お茶くらい入れるのに、どうして納屋なんかに・・・?」
「今日は差し入れだ」
魔法袋にあったニンジン、じゃがいも、タマネギ、あと小麦粉を十数キロを取り出す
「えっ・・ええぇっ!?」
「へへっ、どうよ・・・こべぇば!?」
昨日の金貨の仕送り以上の驚いた反応に俺は満足げに笑おうとして、シスターの全力ビンタで吹き飛ばされる。
「なんて恐ろしいことを、教会を辞めたとは言え、私は神に仕える身です!!こんな盗んできた物で生活しようなどとは思いません!!」
「ちがっ・・違うって!!頼むから棍棒を取り出すな。俺は無罪だ!!」
シスター直伝の棍棒尻叩きを炸裂されそうになり、慌てて俺は待ったを掛ける。
「何が違うのですか!!金貨は貴族から雇われてと言うので納得しますが、こんな大量の野菜や小麦粉は・・・・」
「ユウ!! ユウが大商人と伝手を持ってて、それで買わせてもらってんの!!」
「あの子が・・・?」
「ほら、ユウは生活面のサポートをしてくれるって言ってただろ? そういう取引先の事なんかを担当してくれてんだよ」
とっさに出てしまった言い訳に、流石に苦しいかと思ったがシスターは納得してくれた
「えっ、納得してくれたのか?」
「ええ、だから、あんなに高級そうな服を着ていたのね。確かに貴族様や商人を相手にするなら、あれぐらいの服装は必要よね」
「お・・・おう・・・そうなんだ」
ここまで読んでいたのか、ユウの頭の回転に感動してしまう。
「なら、今日は腕によりを掛けて作らないとね!! ほら、あんたも手伝いなさい」
「お、おう!!」
シスターに引っ張られて、俺は久しぶりに料理の手伝いをする羽目になった。
それから二時間ぐらいでガキたちは帰ってきたが、ユウの姿が見当たらなかった。
「ただいま~!!」
「おい、ユウはどうしたんだ?」
「ユウなら、なんか孤児院の正門の所で石遊びしてるぜ」
「あれだけ一緒に遊んだのに、まだ遊び足りないって、ユウはお子様だよな~。そこが可愛いんだけどさ」
「ははっ、確かにませガキではあるけど・・・ちょっと迎えに行ってくるわ。お前らは手を洗ってシスターの手伝いしてこい」
『はーい!!』
ガキどもの元気な返事を聞き、俺はユウがいると聞いた正門に向かうと本当にユウは正門の近くで石を転がして遊んでいた。
「おい、なに一人で遊んでんだ?」
「今終わったよ。それよりどうしたの?」
「そろそろメシだから迎えに来たんだよ」
「へぇ~、優しい所もあるんだね」
「うるせぇ。で、本当に何してたんだ?」
「ただの保険だよ・・それより疲れたから抱っこして」
「・・・・・」
「うわっ!?えっ・・・ちょっ・・・本当にしないでよ。皆に見られたら恥ずかしいって!!」
顔を真っ赤にして暴れるユウを無視して、俺はそのまま孤児院に戻る。
そして、何故か、ユウに触るなってガキ共たちから総攻撃を食らう羽目になってしまった。
たった二時間でガキ共を手懐けるユウの手腕にマジで驚いたが、それ以上にメシの争奪戦の激しさに驚いた。
やはりご馳走を前にすると、腹を空かしたガキはダスト以上に恐ろしい存在かもしれない。



孤児院の件から一ヶ月が経ち、ボロ孤児院、もとい孤児院の一部はボクの助言で工事中だ。
室内に遊具を取り入れるために改築中で、一旦遊び場や勉強の為に使っている教室を壊している。全てが予定通りに・・・
『ダストが、ダストが大量発生したぞ!!』
「スタンピートかよ!?」
町の人の叫び声に、アトラは大慌てで駆けだしていき、その後にボクも続く。
襲ってくるダストをアトラは素手に炎を宿して、普段なら手こずるレベルのダストを殴り付けて一撃で倒していく。
(予想以上に成長してる。やっぱり感情は能力上昇のトリガーか)
街の方では衛兵だけで足りずに高レベルのダスタ狩りのハンターも駆り出されており、あちらの方もほとんどの被害はなく終わりそうだ。
問題は貧民街の方であり、ある程度の準備は子供たちと遊びながらしていたが、それでも被害は免れないだろう。
(ごめんね。俺はアトラとは違うんだ。幾ばくの犠牲を作る罪悪感は・・・・・・ない)
やろうと思えば、貧民街での全ての被害を未然に防ぐ方法もあった。
だが、それをやれば貴族たちは疑問に思って貧民街の調査をする可能性が高い。
だからこそ、ボクは全てを救う術を持っていたとしても、それを行使することは決して無い。
「た、たすけ・・・ひぎぐぁがっ!!」
「くそったれ!!」
必死に逃げていた女性がダストに喰われているのを見て、シスターと重なったのか、アトラは更に力を向上させてダストを焼き殺して走る足を止めない。
そんなアトラの背中を追いかけ、孤児院に着いたボクの前には予想通り、アトラには予想外の光景が広がっていた。
「えっ・・・ど、どうなってんだ?」
『ギガアアアァァッ!!!』
『ガグガアアァァッ!!!!!!』
ダストたちは正門や正門の囲いに噛みついて壊してはいたが、それ以上中には入り込めずに見えない壁に何度も体当たりをしている。
周囲には避難した事もあってか、目撃者も誰も居ないか、既に喰われている。
「アトラ、惚けてる場合じゃないよ!!」
「あ、ああ!!うおおおぉぉっ!!!」
アトラはすぐに正気に戻って、近くに居たダストたちを倒していき、倒し終わった頃には他のハンターたちの手で他の場所も片付いていた。
「はぁ・・・はぁ・・・孤児院の皆は・・・」
「アトラ兄ちゃん!!うわあぁんっ!!」
「兄ちゃん、怖かったよおぉ!!」
「アトラ、ユウ、大丈夫だった!!」
孤児院の中に入ると、子供たちとシスターは安心したように涙ぐみながらアトラに抱き付いていた。
それを見届け、ボクは壊された正門に戻ると地面に埋めておいた壊れた結界石を回収していく。
(やっぱり今まで溜めた金貨の変換じゃ。ダストの大量発生の時間稼ぎが関の山か・・・・)
工事で壊して、壊されたように見える孤児院。壊された正門、奇跡的に間に合った英雄様のおかげで孤児院での死人はゼロ
むしろ他の場所の方が被害が少なくするように準備したから仮に怪しまれたとしても、あちらから先に怪しんで調査をするだろう
そこだけに注意しておけば、調査への一時しのぎと同時に警報としての役にも立つ。
まあ、今の貴族たちは疑問には思わないだろうが・・・・いつの世も権力者って言うのは、下の目に見える被害がある程度あれば満足するんだから
「ユウ、ユウ!!」
「ん? どうかしたの?」
「何処行ってたんだよ。マジで探したんだぞ!!心配させんなよ」
「ぐえっ・・・く、苦しいって」
いきなり抱き上げられたかと思ったら、内臓が飛び出そうなほどの勢いで抱き潰されてしまう。
大好きなアトラに抱きしめられるのは嬉しいけど、苦しいのは勘弁して欲しい。
「大丈夫だって、君の大事な金のなる木はいなくなったりしないからさ」
「バカ野郎!! お前のスキルはすっげぇけど・・・そんなもんどうでもいい!!本当に怪我はねぇよな・・・痛い所は?」
「・・・・抱き潰された内蔵かな?」
「うわわわっ、わりぃ、大丈夫だったか!?」
本当に君はボクを喜ばせて、悲しませるのが上手いから困って、少しだけ誤魔化すように笑う。
「ユウ・・・俺、お前のこと好き・・・かも・・・?」
「そうなんだ。ボクはずっと前からアトラのこと好きだけど?」
「うっ、そ、それは・・・し、知ってる・・かも?」
「なんで疑問形なのさ。ふふっ」
「うるせぇ」
何の嘘もなく、ただただボクを心配して、今も壊れ物でも扱うかのように大事に抱きしめてくれている。
(ああ・・・・忌々しい神様、今だけは俺が幸せを感じても許してください・・・・)
いまだにボクを抱きしめて離さないアトラに、ボクは顔を近づけ、そっと額にキスをする。
「おい、するなら、こっちにしろよ」
「んむっ・・・はぁ・・・我慢してるんだよ」
「俺はしねぇ」
「バカ・・んむっ・・はむっ・・んんぅ・・」
それにアトラは一瞬だけ驚き、今度はアトラの方からボクの唇に唇を重ねてきて、大事そうに優しく頭を撫でてくれる。チクリと痛む胸に感じた物を無視して、子供たちがくるまでの短い間だけ、ボクはこの甘美な感触(しあわせ)を貪った。
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