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【副社長の温情】
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「大げさだな、おい。初めて聞いたわそんなん。酔ってんな? 久々にガッツリ太陽浴びたからか?」
「ほんとにね。太陽があんな体力削るもんだっての、すっかり忘れてた」
それでも、やっぱり、確かに楽しかった。
「相良、今度一緒に行こう」
「だーめ。友部に連れてってもらいなさい。お付き合いOKしたんでしょ? 俺は後輩の彼女エスコートして恨まれたくないもん。それにね、紗月さんが怒るんだよね、お前といると。ヤキモチ妬きさんだーかーらー。実はチョコチョコここ通ってんのも秘密だし」
「は? いろいろ知ってるのに?」
そもそも奏の過去を知って温情をかけ、今の仕事をくれたのはその紗月だ。
大輪の花のようなオーラを持つキャリアウーマンで、社長の娘だから副社長の椅子にいるというよりは、学生の頃から経営に関わり、単なるシューズメーカーだった会社を若い感性と柔軟な発想と行動力で、自社工場を持つ大手のスポーツショップにした立役者。
「それでもあやうく嫉妬するほど、お前にオンナの脅威を感じてるんだってさ。良かったな。だから友部と付き合うって聞いたらきっと喜ぶ」
「言うなよ。どうせすぐ別れる」
「わーかんねーぞー。あ、スマホ鳴ったぞ」
見ればそれは朗太からのラインだった。
『楽しかったです。次の休みも空けといてください』という、意外にもスタンプなしの本文のみ。
奏は片頬で笑うと、そのままスマートフォンを伏せた。
「友部からじゃないのか? 返してやれよ。つか今のその不敵な笑みはなんだよ。ちょっとでもイイと思ったから付き合うことにしたんじゃねえの?」
奏は一気にビールをあおると手の中の缶をバキバキと潰した。
「おまえなぁ。サッカーだの釣りだの我慢する前に、その男らしい所作を気にしろ。そんでスカートで胡座をかくな」
「自分家でいるときくらいー、気ぃ抜かせろぉ。男のキャリアの方が長いんだからしゃあないだろー」
「あーあー、言葉まですっかり雑になってまあ。ほら、目のやり場に困るでしょ。生足を隠しなさい」
缶を持ったまま片目を押さえ、もう片方の手を犬でも追い払うようにして振る。
「お。なんだ? いよいよ欲情したか? ん? 一回ヤっとくか?」
心にもないことを口にしテーブルを回ってにじり寄る奏の頭を押しのけると、相良は盛大に溜息をついた。
「しょーもないことを言ってないの。何だよ、お前、自分が傷つくくらいなら友部のこといじめようとすんなよ。……あ、あいつ! そうだよ、ムカつく奴だったわ!」
何かを思い出したように大きな音を立ててビール缶をテーブルに乗せ、奏を見た。
「あいつ、お前のこと知ってたくせに、不動の10番と呼ばれたこの俺を知らんかったんだ」
いきなり中学時代の相良の背番号が出てきて慄く。
「何……?」
「昔のお前を知ってたって話。あいつ、播真二中でサッカーやってたんだと。んで、県総体のとき、山賀中の1番見てスッゲー憧れて、追っかけて青北高校入ったらしい。そ。その一番おまえね。1回、一対一の場面になって、お前と目が合って、それで惚れたんだって。ああ、もちろん色っぽい話じゃなくて、な。で、せっかく高校まで追いかけたのに、おまえもう学校辞めててさ、ショックだったって言ってた」
どんどんと奏の顔から色が失われていく。
「それ……って、男だったこと、知ってるってこと?」
告げられた言葉に動揺し、言葉通りの意味であれば友部の行動をどう解釈していいか分からず、酔いとは別のところで思考が働かなくなる。
男だったこと。
男と信じて生きていたこと。
それが、覆された日の衝撃。
あったようでなかった選択肢。
女として生きることを受け入れるまでの苦悩を。その後の悲しみを。乗り越えようと足掻く中で向けられた好奇の目と嘲笑を。
「ほんとにね。太陽があんな体力削るもんだっての、すっかり忘れてた」
それでも、やっぱり、確かに楽しかった。
「相良、今度一緒に行こう」
「だーめ。友部に連れてってもらいなさい。お付き合いOKしたんでしょ? 俺は後輩の彼女エスコートして恨まれたくないもん。それにね、紗月さんが怒るんだよね、お前といると。ヤキモチ妬きさんだーかーらー。実はチョコチョコここ通ってんのも秘密だし」
「は? いろいろ知ってるのに?」
そもそも奏の過去を知って温情をかけ、今の仕事をくれたのはその紗月だ。
大輪の花のようなオーラを持つキャリアウーマンで、社長の娘だから副社長の椅子にいるというよりは、学生の頃から経営に関わり、単なるシューズメーカーだった会社を若い感性と柔軟な発想と行動力で、自社工場を持つ大手のスポーツショップにした立役者。
「それでもあやうく嫉妬するほど、お前にオンナの脅威を感じてるんだってさ。良かったな。だから友部と付き合うって聞いたらきっと喜ぶ」
「言うなよ。どうせすぐ別れる」
「わーかんねーぞー。あ、スマホ鳴ったぞ」
見ればそれは朗太からのラインだった。
『楽しかったです。次の休みも空けといてください』という、意外にもスタンプなしの本文のみ。
奏は片頬で笑うと、そのままスマートフォンを伏せた。
「友部からじゃないのか? 返してやれよ。つか今のその不敵な笑みはなんだよ。ちょっとでもイイと思ったから付き合うことにしたんじゃねえの?」
奏は一気にビールをあおると手の中の缶をバキバキと潰した。
「おまえなぁ。サッカーだの釣りだの我慢する前に、その男らしい所作を気にしろ。そんでスカートで胡座をかくな」
「自分家でいるときくらいー、気ぃ抜かせろぉ。男のキャリアの方が長いんだからしゃあないだろー」
「あーあー、言葉まですっかり雑になってまあ。ほら、目のやり場に困るでしょ。生足を隠しなさい」
缶を持ったまま片目を押さえ、もう片方の手を犬でも追い払うようにして振る。
「お。なんだ? いよいよ欲情したか? ん? 一回ヤっとくか?」
心にもないことを口にしテーブルを回ってにじり寄る奏の頭を押しのけると、相良は盛大に溜息をついた。
「しょーもないことを言ってないの。何だよ、お前、自分が傷つくくらいなら友部のこといじめようとすんなよ。……あ、あいつ! そうだよ、ムカつく奴だったわ!」
何かを思い出したように大きな音を立ててビール缶をテーブルに乗せ、奏を見た。
「あいつ、お前のこと知ってたくせに、不動の10番と呼ばれたこの俺を知らんかったんだ」
いきなり中学時代の相良の背番号が出てきて慄く。
「何……?」
「昔のお前を知ってたって話。あいつ、播真二中でサッカーやってたんだと。んで、県総体のとき、山賀中の1番見てスッゲー憧れて、追っかけて青北高校入ったらしい。そ。その一番おまえね。1回、一対一の場面になって、お前と目が合って、それで惚れたんだって。ああ、もちろん色っぽい話じゃなくて、な。で、せっかく高校まで追いかけたのに、おまえもう学校辞めててさ、ショックだったって言ってた」
どんどんと奏の顔から色が失われていく。
「それ……って、男だったこと、知ってるってこと?」
告げられた言葉に動揺し、言葉通りの意味であれば友部の行動をどう解釈していいか分からず、酔いとは別のところで思考が働かなくなる。
男だったこと。
男と信じて生きていたこと。
それが、覆された日の衝撃。
あったようでなかった選択肢。
女として生きることを受け入れるまでの苦悩を。その後の悲しみを。乗り越えようと足掻く中で向けられた好奇の目と嘲笑を。
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