君と僕と先輩と後輩と部長とあの子と宇宙人とメイドとその他大勢の日常

ペケペケ

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私とおじさん

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 当時、小学生の私が学校から帰ると家はもぬけの殻だった。
 今まで使っていたテーブル、冷蔵庫、ソファー、洗濯機、テレビ、食器、ありとあらゆる物が無くなっていた。

 そしてもぬけの殻となったリビングの一階の真ん中にポツンと残されていた紙。
 その紙には一文だけ書かれていた。

 ーー強く生きて下さい。

 意味が分からなかった。
 お母さんとお父さんは? どうして家には何も無いの?

 そんな疑問が頭の中をグルグルと回っていた。

 私は泣きながらお母さんとお父さんを探す。
 寝室、お風呂場、トイレ、キッチン、押入れ、果てには押入れから入れる屋根裏まで家の中を隈なく探した。

 でも、家には誰も居なくて、電気すら付かなくて、私は途方にくれた。

 真っ暗になってしまった部屋の中で、幼き私はぼんやりと理解した事を今でも鮮明に覚えている。

 ーーああ、私は捨てられたんだ。

 何で? どうして? 私は誰も居ない家の中で泣きながら謝った。

 ーーごめんなさい、もう悪い事はしないからお母さん帰って来て、言うことも聞くし、お部屋も片付けるから、ごめんなさい、ごめんなさい。

 それでも、手を差し伸べてくれる人は誰もいなかった。


 それから夜が明けると、ドカドカと誰かが入ってくる音が聞こえた。

 私は両親が帰って来たのだと思い急ぎ玄関に向かう。
 でも、そこに居たのは私のまったく知らない男の人だった。

 私は怯えながら尋ねる。

「お父さんとお母さんは?」

 その人は苦い顔をして大きくため息を吐いて私の質問に答えてくれた。


 でも、私はその人の言うことが信じられなくて、は無我夢中でその場を離れた。

 聞きたくなかった、嘘だと言って欲しかった。

 捨てられた、なんて、はっきりと伝えて欲しく無かった。


 家に戻りたくない私はずっと公園の遊具の中に隠れてた。
 ランドセルは家に置いてきてしまったし、学校には行けないと思ったから、私はずっとその場を動かなかった。

 ずっと考えていた。
 なんで私が置いていかれたのか?
 なんで私が捨てられたのか? 優しかったお母さんとお父さんは、私が見ていた両親は、全部嘘だったのか?

 難しい事なんかはよく分かっていなかったけど、私が辿り着いた結論は結局、私が悪い子だったからだった。

 前の日にオネショをしてしまったせいかな? とか。
 ピーマンが食べられなかったからかな? とか。
 宿題をやらなかったからかな? とか。

 なんでアレをやらなかったんだろう?
 どうして言う事を聞けなかったんだろう?

 私は膝を抱えてずっと泣いていた。

 すると、突然入口から声がした。

「はぁ、やっと見つけた」

 その人は私に両親が私を捨てたと告げた人だった。

 私は、後ずさりをして端っこによる。

「別にとって食ったりしねえよ」

 私は言葉を返さず、必死に睨む事しかできなかった。
 この人は私の敵で、嫌な人で、もう会いたく無かった人だからだ。

「はあ、まあいいや、とりあえず一服させてくれ」

 懐からタバコを取り出して火をつける。
 そして美味しそうにタバコを吸って、煙をはいた。

「臭い」

 不機嫌そうに私は言う。

「そりゃ悪うごさいました」

 男の人は私の言葉に反応して一口吸っただけのタバコを消した。

「で? 嬢ちゃん、親戚とか居ないのかい?」
「親戚?」
「あー、じいちゃんとかばあちゃん、後は従兄弟とかだな」

 当時の私は思い当たる人が全く居なかった。
 後々で分かった事だけど、私の両親は揃いもそろって親族や親戚からお金を借りまくっていたから全く身内の交流をしていなかったらしい。
 それは私も覚えているはずがない。

「知らない」
「まあ、そうなるか」

 そんな私の家族の事情を私より知っていたのか、男の人は憂鬱そうにため息を吐いた。

「警察に保護してもらうかな?」

 そう呟く男の人に私は言う。

「いや!」

 警察は悪い人がいくところで、私は悪い子だから捕まってしまうと思ったからだった。

「つっても知り合いもいねえんだろ? なら大人しく警察の世話になった方が良いと思うぜ?」
「……うっ、うっ、いやだよ~」

 そう泣きじゃくる私を見て男の人は慌てて自分の言葉を取り消す。

「わ、分かった! 警察は無しだ! だから泣くな!」
「グスン、ほんと?」
「ああ、つうか……じゃあどうすっかなぁ」

 どうしたら良いか分からないのは私も同じだったから何も答えられなかった。

 男の人はしばらく悩むと何か思いついたように手を叩いた。

「嬢ちゃん、俺の知り合いに孤児院をやってる奴がいるんだが、行ってみるかい?」
「いや」
「じゃあ俺と一緒に来るか?」
「いや!」
「じゃあ警察は?」
「やだ! やだやだやだ、お母さんとお父さんがいいよぉ」

 そう言って、私はまた泣いてしまう。

 流石に業を煮やしたのか、男の人は勝手にしな、と言ってその場を離れてしまう。

 急に一人になった私はまた寂しくて泣いてしまう。


 しばらくしてグスングスンとしゃくりあげていると、男の人が戻って来て私にプリンを差し出した。

「ほれ、食うか?」

 私は膝に顔を埋めて答える。

「いらない」
「あいあい、そうですか」

 シュボッという火を付ける音がしたと思うとタバコの匂いが充満した。

「臭い」
「それは悪うごさいましたねぇ」

 結局、男の人はまたロクに吸っていないタバコの火を消してしまう。

「嬢ちゃん、難しいかもしれねえけど割り切るんだな、お前さんを助けてくれる人は警察か俺の知り合いくらいなもんじゃねえかな? 親戚もじいちゃんもばあちゃんもいねえ、となると現実的には警察たよるくらいしか方法ねえよ、良く知らんが本当は孤児院とかだってなんかの機関を通さねえとダメだろうしな」
 
 当時の私はよく分からなかったけど、この人の言う事は全部正しかったと思う。

「だから選んじゃくれねえか? このまま嫌だ嫌だと言ってても必ず警察の世話になるだろうし、もし本当に警察の世話になるのが嫌なら俺が知り合いを紹介してやるからよ」

 そう言われて、私は……、

「おじさんについてく」
「そうかい」

 それしか無いじゃないか、私はこの人を恨みながらそう決めた。









 それから私はおじさんの知り合いの元でお世話になり、おじさんも何故か月に一度は孤児院に顔を見せに来ていた。

「おう嬢ちゃん、元気か?」
「普通」
「そりゃ結構なこって、プリン食うか?」
「食べる」
「どうぞ」
「……どうも」

 顔を見る度に必ずプリンを持ってくるのはこの人なりの気遣いなのか、最初は断っていたけど毎回持ってくるから次第に食べるようになっていた。

「最近どうだ?」
「普通」
「そうか」

 そんなやりとりを繰り返して数年、私は高校生になった。

「おう嬢ちゃん、元気か?」
「うるせぇな、私に関わんじゃねえよ、殺すぞ」

 トンガっていた。
 それはもうものすごく。触るもの皆傷つける勢いだった。

「アイツ困ってるって言ってたぜ? 恩を忘れてヤンチャするのは俺はおススメ出来ねえな」
「だから、うるせぇって言ってんだろ!」

 私はおじさんに手をあげる。
 でも、

「あのなぁ、嬢ちゃん、喧嘩する相手は良く見て選べよ? 悪りぃがアイツも困ってるみたいだし、ちょっと社会勉強に行くか」
「は、離せよ!」
「まあ、嬢ちゃんがこんなヤンチャするようになった原因は俺らしいからな、ちょっと怖い思いすると思うが我慢してくれよ」

 私はその後、人の闇を見ました。
 悪い事はしてはいけないんだなって強く思いました。




 その後も、高校を卒業した時、大学に入った時、今の会社に入社した時、色んな節目におじさんは居てくれました。


「だから、今ここで、そのお礼を言わせて下さい。あの時、助けてくれてありがとうございます。あの時、叱ってくれてありがとうございます。貴方は私の家族で、私の…………私のお父さんです」


 孤児院で行われる披露宴、私はウエディングドレスを着ている。
 隣には最愛の人、私はおじさんに向かい手紙を読んでいる。

 今まで一度も泣いた事がないおじさんが涙を流している、それを見れただけで私も恥ずかしい昔の思い出を思い出した価値があるというものだ。

「私を、愛してくれてありがとうございます」


end
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