魔闘少女ハーツ・ラバーズ!

ハリエンジュ

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第二話『私、ハーツ・ラバーになりたい!』

その8 ヒーロー、ヒロイン

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★魔闘少女ハーツ・ラバーズ! 
第二話『私、ハーツ・ラバーになりたい!』
その8 ヒーロー、ヒロイン


teller:小枝拓海


 ねーちゃんが、変なカッコになった。
 あれが、ハーツ・ラバー?
 マジで、ねーちゃん、あれで戦うのかよ、変な怪物と。

 ねーちゃんの背中をぼうっと見つめて、立ち尽くす。
 かけっこ遅くて、いっつもビリで、途中で転んで膝すりむいて泣いてばっかだったねーちゃんが、あんなにまっすぐに走ってる。
 ほんとにねーちゃんかって思うくらい、すげー速くて。
 びっくりして、頭が追い付かなくて。

 ――何、ぼけっとしてんだよ、オレ!
 はっとして、慌ててねーちゃんを追いかける。

 何で黙って行かせてんだ。
 あれだけねーちゃんに怪我してほしくねえって思ってたのに。
 何かっこつけてんだよ、ねーちゃんのくせに。
 あんな風に笑ってんじゃねえよ。
 怖いんじゃねえのかよ、途中で泣いてへこたれるんじゃねえのかよ。
 ねーちゃんが戦うなんて、オレは想像すらできねえんだよ。

 走って走って、さすがのオレも少し息切れしちまう。
 体力には自信あんだけどな。
 っつーか、ねーちゃんはあんだけ走って辛くねえのかよ。
 ねーちゃん、あんなに走れねえはずだろ。
 何で途中で足止めねえんだよ、何で息整えねえんだよ、何で転ばねえんだよ。
 いっつも俯いてびくびくしてばっかだったくせに、何でひたすら前だけ見て走ってんだよ。

 ねーちゃんの姿が、曲がり角の向こうへと消える。
 それを追いかけてオレも走ったまま急カーブして。
 そこで、目を見開いて息を呑んだ。

 公園らしき広場の真ん中に、やたらデカい影がある。
 何だ、あれ?
 噴水?
 にしては大きすぎる。
 噴水のようなシルエットは、水をどばどば垂れ流しながらねーちゃんの前に立ち塞がっていて。
 中心部には、顔のような物が浮かび上がっている。

 あの怪物。
 あれが、アニマっていうやつなのか?

「来やがったか、ブレイブラバー」

 知らない男の声がして、視線を送る。
 筋骨隆々のこれまたデカい男が、アニマの横に立っていた。

 なんだ、あいつ。
 変なカッコ。

 男はねーちゃんの姿を見て鼻で笑う。
 ……なんかむかつく。

「昨日の戦いを見る限り、てめえの力は『炎』らしいからな。今日はこれで封じさせてもらうぜ」

「……でも、私、負けません。負けるわけには、いかないんです」

 ねーちゃんが、呟く。
 その声は、僅かに震えていた。
 何だよ、やっぱ怖いんじゃねーのかよ。
 無理してんじゃねーよ、ばか。

「そうかよ。だったら精々あがけや。おら、行け! アニマ!」

 アニマが咆哮を上げる。
 オレでも怯みそうなくらい、不快な轟音だった。

 でも、ねーちゃんは。
 ねーちゃんは、一瞬泣きそうな顔をしたけど、それでも一度目を閉じて、目を開けたら、何か覚悟を決めた顔で。
 それから、アニマに向かって駆け出した。

 嘘だろ。
 ねーちゃんだぞ?
 お化け屋敷とかホラー映画程度でもわんわん泣き出すねーちゃんが、あんな怪物相手に、何で立ち向かっていけんだよ。

 オレが呆然としている間に、もっと衝撃的なことが起きた。
 ねーちゃんが、アニマに殴り掛かった。
 拳をグーに握り締めて、思いっ切り、アニマの顔の部分にパンチを叩きこんで。
 アニマが吹っ飛び、宙に浮き、地面に勢い良くぶつかる。
 ねーちゃんは、拳とアニマを交互に見つめ、息を切らせていた。

 ねーちゃんが、殴った。
 人にも、物にだって当たることのないねーちゃんが。
 争いごとが嫌いで、傷つきたくないから、傷つけたくないから自分の気持ちも全部押し殺すねーちゃんが、殴った。

 信じられなかった。
 これも、全部守る為だっていうのかよ。

 ねーちゃんの横顔を見つめて。
 ああ、そうか。
 わかってしまった。
 今も押し殺しているんだ。
 気持ちというか、恐怖心、みたいなもんを。
 守る為に、オレ達の為に、ただそれだけの為に。
 
 何で。
 ぐ、と下唇を噛む。

 何で、ねーちゃんなんだよ。
 何でねーちゃんじゃなきゃいけねえんだよ。
 別にねーちゃんじゃなくても良かっただろ、この役目。
 ねーちゃんが何したって言うんだよ、何でねーちゃんが辛い思いしなくちゃなんねえんだよ。

 ただただひたすらに悔しくて、むかついた。
 オレが何にむかついてんのかはわかんない。
 らしくもなく強がって頑張ってるねーちゃんに、かもしれねえし、ねーちゃんをそうさせてる運命に、かもしれねえ。

 そうこうしている内に、ねーちゃんは、倒れてるアニマを一心不乱に殴ったり蹴ったりして、攻撃を叩きこんでいた。
 早く終わってほしい、ねーちゃんの顔が、そう語っている。
 戦いなんて、ねーちゃんは慣れてねえんだ。
 どうすればパンチが効くか、キックはどうすればいいのかとか、全然わかってねえんだよ。

 オレも、この戦いが早く終わってほしいと願ってしまう。
 もう、辛い顔するねーちゃんは見たくない。
 でも、そんなオレとねーちゃんの想いを踏みにじるように、アニマは起き上がって。
 白い腕、のようなものを振り回してねーちゃんの胴体にぶち当てた。

「……っ、ねーちゃん!」

 ねーちゃんの小さい体が勢い良く吹っ飛ぶ。
 近くの幹にねーちゃんが叩きつけられて、そのまま地面に落っこちて、ねーちゃんが、げほ、げほ、と咳き込む。
 もしかしたら泣いていたのかもしれねえ。

 それでも、ねーちゃんは。
 もう一度立ち上がって、アニマに向かって行った。
 オレの知ってる、弱虫のねーちゃんじゃない。
 アニマを殴って、殴って、逆に殴られて、地面にぶっ飛ばされて、怪我して。
 なのに、また立ち上がって、戦って。
 泣きそうな顔してるくせに、その目に宿る意志、みたいなのは強くて。

 何で。
 何で、何度も立ち上がるんだ。
 何で、オレ、そんなねーちゃんを遠巻きに見てることしかできねえんだ。
 何で、オレの体、動かねえんだ。
 まるで、金縛りに遭ったみてえに。
 怖い?
 ねーちゃんは、もっとずっとオレより怖い思いしてんのに?

 ふと、気づく。
 アニマから、黒い霧のような物が漏れ出してることに。
 ねーちゃんの表情に、一瞬安堵のような色が浮かぶ。
 でもその直後、躊躇うような顔に変わった。
 それを待っていた、とばかりに今まで静観していた男が笑い声を上げた。

「どうしたよ、出せばいいじゃねえか。てめえの『必殺技』。いいタイミングなんだろ?」

 必殺技?
 何のことだ。
 ねーちゃんが、困ったように俯く。

「ははっ、わかってんよ! 出したくても出せねえんだろ!? てめえの必殺技は『炎』なんだ! てめえの力、この水で無効化してやんよ!」

 ふらふらしているアニマに視線を向ける。
 水が、顔の上の中心部、みたいな所から溢れ出てる。
 あれがあるから、あれに消されるから、ねーちゃんは攻撃できねえのか?

 あんなに、ねーちゃん頑張ったのに?
 ここまで弱らせたのに?
 倒れても倒れても、戦い続けたのに?
 あの、ねーちゃんがだぞ?

 ねーちゃんの方に視線を向ける。
 躊躇ったせいか、困ったせいか、それまで必死に保っていた強い気持ちが緩んだらしい。
 今にも、泣きそうな顔してる。

 ……ばかじゃねーの、ほんと。

 気づいたら、オレは駆け出していた。
 アニマの方へ、一直線に。
 さっき公園に向かってた時のねーちゃんにだって負けない。
 ただひたすら、まっすぐに。

「え……たっくん!?」

 ねーちゃんの驚いた声が聴こえる。
 んだよ、今更気づいたのかよ。
 さっきもオレ、ねーちゃんのこと呼んだだろ。

 でもそんなねーちゃんに振り返ってる余裕なんてない。

 アニマの腕を掴んで、そのまま必死によじ登る。
 振り落とされそうになるけど、知らねえよんなもん。
 ねーちゃんがこんなに頑張ってんだよ。
 ずっと一緒だったからわかんだよ。
 ねーちゃんがめちゃくちゃ無理してるってことくらい。
 ……なのに、オレが何もしねえって、そんなのありえねーだろうが。

「くっそ! 止まれ、止まれ! 水、出んな!」

 何とかアニマの上部へと辿り着き、水の出てる部分を踏みつけ、しゃがみ込み、必死でそこを殴る。
 何度も何度も殴りつける。

 水の勢いは強い。
 殴ってるうちに少しだけ拳の皮が剥けて、傷に水がめちゃくちゃ染みる。

 けど、それがなんだって言うんだ。

 ぐりぐりと、足で押さえる、抑える。
 殴る、殴る、殴る、殴る。
 だんだん水の勢いが弱まってくるのがわかって、少しだけ息をついた頃。

「何ぼーっとしてんだ馬鹿!」

 オレは、ねーちゃんに向かって怒鳴った。
 視界の端で、ねーちゃんの肩がびくっと跳ねるのがわかった。

「ここまで来てビビってんじゃねえ! 泣いてんじゃねえ! 貫くって決めたなら貫けよ! やるって決めたんだろ、最後まで責任持てよ! そうじゃなきゃ最初からやるんじゃねえ!」

「たっくん……」

 よし、水の勢いが、ちょろちょろしてきた。
 オレなんかの力でも、水くらいならここまで止められることができるんだな。

「た、たっくん……その、水の勢いは……」

「ああ、大丈夫だ! もう止まった!」

「……っ、ありがとう! たっくん、危ないから退いて!」

 ねーちゃんに言われるがまま、オレはアニマの上部から飛び降りる。
 考えナシに飛び降りたから、背中を地面にしたたかに打ち付けたけど、別にもうどうだって良かった。

 オレが避けると同時に、ねーちゃんがアニマに駆け寄って、両手をかざして。

「還って、エモーション! ハーツ・ラバー! バーニング・フォレスト!」

 そうねーちゃんが叫ぶと、ねーちゃんの両手から真っ赤な炎が広がり、柱のようにアニマを包み込んで。
 そのままアニマを焼き尽くし、アニマは黒い霧へと姿を変え、空気に溶けるように消えていった。
 ねーちゃんが、力が抜けたようにへたりこむ。

 ……やったんだな、ねーちゃん。
 上体を起こして、少しだけ、笑っちまった。

 その時、オレはきっと油断してた。
 大きな影が近寄っていることに。

「てめ、邪魔してんじゃねえよ!」

 頬に衝撃が走る。
 何かに、殴られたらしい。
 起こしたはずの上体が、また地面に沈む。
 見上げれば、そこにはアニマの傍にいた大男。
 ……やべえ、まだこいつが残ってたんだ。

「あんだよ、てめえは! 弱っちい一般人のくせに、いきなりしゃしゃり出てきて! ヒーロー気取ったつもりか!? ああ!?」

「……んなもん目指してねえよ。オレは、ねーちゃんを、弟として助けたかっただけだ」

「……はっ、弟ねえ。だったらハーツ・ラバー様のその大事なもんを、今オレがこの場で潰してやんよ!」

 男が、足を振り上げる。
 やっべ、んな太い足で蹴られたり踏まれたりしたら、オレどうなんだ。

 ごめん、ねーちゃん。
 オレ――。

「たっくんッ!!」

 悲痛な叫びが聴こえたかと思えば、男の体が突然横に吹っ飛んだ。
 いつの間にか、オレの前にいるのは、男じゃなくて、息を切らしたねーちゃん。

 ……ねーちゃんが、あのでかい男、殴ったのか?
 体を宙には浮かせたものの、何とか倒れずに踏みとどまったらしい男が、ねーちゃんを睨みつける。

「……おい、ブレイブラバー。オレとは戦えないんじゃなかったのか?」

 ねーちゃんが、呼吸を乱す。
 その大きな瞳には、うっすら涙が滲んでいる。
 それを拭って、ねーちゃんはきっ、と男を睨みつけた。

「私は……ちゃんと意思を持って行動している人を、ネスさんを攻撃することが、ネスさんと戦うことが、今も怖いです。いやです。でも、たっくんは人を傷つけるのが嫌いなのに、私を守る為にいつも拳を振るってくれた……!」

 こんな時まで、オレのこと考えてんじゃねえよ、ばか。

「貴方がたっくんを……私の大切な弟を傷つけるなら! 私は貴方と、戦います!」

 息を呑んだ。
 こんなねーちゃん、初めて見る。
 ネス、と呼ばれた男が大きく舌打ちをした。

「……だから、早い内に心を折っときゃ良かったんだ。アガペも、ナハトさんも、なんっもわかってねえ……!」

 そう苛立たしげに呟くと、ネスがオレ達に背を向けて、そのまましゅっと姿を消した。

 終わった、のか。
 今度こそ。

「たっくん!」

 ねーちゃんが座り込み、慌ててオレを抱き起こす。
 その拍子に、ねーちゃんの変身も解けたようだった。

「た、たっくん……怪我……! ど、どうしよう、ゼロットさん、ゼロットさんを……ごめんね、たっくん、ごめんなさい、守るって決めたのに、言ったのに、私、私……!」

 あーあ、ボロボロに泣いちまって。
 なさけねーの。
 台無しじゃねーか。
 なんか、呆れ通り越して笑えてくるわ。
 ゆっくりと起き上がり、服に着いた砂ぼこりを払う。
 えぐえぐ泣いてるねーちゃんの頭に、くしゃっと手を置いた。

「オムライス」

「……ふえ?」

「今晩、オムライス作ってくれよ。ふわふわのやつ。それで全部、許してやる」

「え……そんな……そんなことで……」

「……昔も言っただろ。オレ、ねーちゃんの作るオムライスが、一番好きなんだ」

 座り込んだまんまのねーちゃんに、手を差し伸べる。
 ねーちゃんは、泣きながら、ぎこちなくその手をとって。
 オレはその小さい手を、ぎゅっと握って。
 なんか、昔に戻った気持ちになった。





「……たっくん」

「ん?」

 泣き止んで、少し落ち着いたねーちゃんと歩く帰り道。
 オレの怪我はアニマ絡みだから、ゼロットとかいうあの黒いコウモリの力で治るらしい。
 別に、わざわざ治さなくってもこんな怪我大したことねーけど。

「あの、ね。今日から、鈴原くんも、晩ごはん……呼んでも、いい、かなあ?」

「……は?」

 鈴原って、あの赤い頭の、ちっさいやつか。
 ねーちゃんの友達とかいって、実はねーちゃんを好きなやつ。
 自分の表情が、険しくなるのがわかる。

「……何で」

「あ、あの……鈴原くん、ほんとに、私の初めてできた友達で……大切で……凄く、良くしてもらってね……鈴原くんのおうち、しばらく親御さんいなくって……それで、一緒にいたいなって……友達、家に呼んで一緒にごはんとか、夢、だったし……」

「友達って……ねーちゃん、気づいてねーの」

 ねーちゃんが、首を傾げる。

 あ、だめだ。
 これ、ぜんっぜん気づいてねえ。
 今まで色恋沙汰とは無縁だったもんな。
 男なんてちょっかいかけてくる乱暴なやつらばっかだったもんな。
 そんなねーちゃんがいきなり男と友達になるなんて、オレ、びっくりしたんだぜ。

「あいつ……じゃなくて、あの人、ねーちゃんのこと……」

 オレ、確かに昨日聞いたぞ。
 鈴原サン、ねーちゃんと付き合いたいって。
 しかも、結婚したいって言って……。

 オレは何かを言いかけて――やめた。
 言わないでおこ。
 ねーちゃん絶対そういうの鈍いし、あの人はこれからどんどん苦しめばいいんだ。

「あのさ、ねーちゃん」

「……なに?」

「晩飯、鈴原サンも呼んでいいよ」

「ほんとっ!? ありがとう、たっくん!」

 ったく、嬉しそうな顔すんなよ。
 単純なねーちゃんだな。

「その代わり、だ」

「な、なに?」

「鈴原サン、ハーツ・ラバーのこと知ってんだろ。なんかサポート的なことしてんだろ」

「う、うん……凄く、心強いよ……」

「……オレにも、サポート、させろよ」

 ねーちゃんが、目をまんまるにする。

「……んだよ、鈴原サンは頼もしくて、オレじゃ頼りねえってか」

「ち、違うよ!? ただ、あの……申し訳なくて……」

「何で赤の他人を頼って、家族を頼んねえんだよ。ばっかじゃねえの」

 はあ、と息を吐き出す。
 普通こういうの、最初に家族を頼れよな。

「……どーせ、オレにできることそれしかねーんだろ。ねーちゃんがハーツ・ラバー頑張るって決めたんなら、しょうがねーから弟として見守ってやるっつってんだよ」

「たっくん……」

「……あ、そーだ。ずっと言い忘れてたけど」

 ねーちゃんの頭に、ハテナマークが浮かぶ。
 その後ろには、赤いリボン。
 オレの髪と同じ色の長い髪が、ポニーテールに結われて揺れている。

「ポニーテール、似合ってるよ」

 そう言うと、ねーちゃんはぱちぱちと目を瞬かせて。

「……えへへっ、ありがとう……!」

 やっと、心から安心したように笑いやがった。
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