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第三話『ドキドキ! こずえの新学期!』
その4 始業式
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★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!
第三話『ドキドキ! こずえの新学期!』
その4 始業式
teller:小枝こずえ
真新しいブレザーの制服に着替えて、私は生徒手帳を開く。
挟まれていたのは、鈴原くんに貰ったイチゴ味の飴の包み紙。
友情の、証。
はじめての友達が、私にくれた物。
それは私にとってとても大事な物で、勇気をくれるようなお守りのような物でもあった。
捨てるなんてとてもできなくて、私はこうして持ち歩くことにしたけど。
鈴原くんに知られたら、気持ち悪いって思われちゃうかな、嫌だなって思われちゃうかな。
そんな不安が過ぎったけど、やっぱり私はこのお守りの力を借りずに新しい学校生活への第一歩を踏み出すことなんてできなくて、生徒手帳をぱたんと閉じた。
手帳を胸ポケットにしまって、鏡の前で軽く身だしなみを整える。
緊張するなあ。
今日から、始業式だ。
一体私、どういう学校に行くことになるんだろう。
どんな人達と、出会うんだろう。
どきどきと心臓を高鳴らせていると、玄関のチャイムが鳴って肩が跳ねた。
そうだ、鈴原くんと一緒に登校する約束をしていたんだ。
落ち着く為に、とん、と片手を握り締めて、騒ぐ心臓の辺りを軽く一回叩いてから部屋を出る。
そのまま階段を駆け下りて玄関の扉を開けると、見慣れた赤色。
ブレザーの制服を纏った鈴原くんが、にっと笑っていた。
いつもと違う姿に、何だか緊張してしまう。
急に恥ずかしくなって俯こうとすると、鈴原くんも少しだけぽかんとした顔をした。
その頬は、僅かに赤い。
「……っ、こずえ、制服姿めっちゃかわええやん!」
可愛い。
まだ言われ慣れていない言葉に、今度は自分の顔が真っ赤になるのがわかった。
視線を泳がせて、片手に持っていた鞄をきゅっと抱えて。
「そ……そんなこと……なくて……鈴原くんの方が、ずっと制服似合ってて……凄くかっこいいです……」
「へ!? あ、あー……こずえに言われるとめっちゃ照れるな!? あははは! せ、せやけど嬉しいからもっと言うてや!」
鈴原くんが照れ臭そうに笑う声が頭上から降って来る。
彼の笑い声が次第に尻すぼみになっていく。
気まずい。
どうしよう、どうしたら、この空気を。
このままじゃだめだと思って僅かに顔を上げると、視界に真っ先に映ったのは鈴原くんの手のひら。
どうやら頭を撫でようとしてくれていたらしい。
私と目が合った鈴原くんが恥ずかしそうに固まる。
私も、恥ずかしさがぶり返してきて俯く。
……顔を上げたのは、逆効果だった。
「はーい! イチャイチャ禁止ー!」
ふと、聞き慣れた声が響いたかと思うと、がん、と衝撃音が鳴った。
何だろう、と思ってもう一度顔を上げると、鈴原くんの側頭部の近くにぱたぱたと飛ぶ黒い影。
「……ゼロットさん?」
てっきりいつものように鈴原くんの部屋でまだお休み中なのかと思っていたのに。
ゼロットさんは、それが当然だとでも言うかのようにそこにいる。
ゼロットさんは、私を見て得意気に胸を張った。
「よう、こずえ! おはようさん! 俺様もその中学校とやら、お忍びで行こうと思うんだわ!」
「……おしのび?」
私が首を傾げると、何故か頭の横を痛そうに押さえている鈴原くんの頭頂部にゼロットさんが無遠慮に乗る。
もしかして、さっきの衝撃音は鈴原くんの頭にゼロットさんがぶつかった音なんじゃないだろうか。
大丈夫かな。
「エロガキの鞄の中にでも潜もうかと思ってよ! 言っとくが、学校が始まったからってハーツ・ラバーに休息はねえぞぉ? 中学生なんてエモーションの複雑な存在がうじゃうじゃしてる学校なんざ、オーディオの連中にとっちゃ格好の餌だからな!」
……そっか。
ハーツ・ラバーとして何かを守るって行為には、学校を守るということも含まれているんだよね。
こんな私にできることなんて限られているだろうけど、気を引き締めないと。
自分の表情が強張るのがわかった。
友達作り、ハーツ・ラバー活動。
頑張らなきゃいけないことはたくさんだ。
「こーずえっ」
ふと、明るい声が降ってきた。
ぽん、と頭の上に優しく手が置かれる。
鈴原くんの手だ。
今度は、笑顔で頭を撫でてくれた。
「そんな顔すんな。ワイがついとるっ! こずえが困ったら、いつでもフォローしたるわ! ワイはサポート役やからな!」
太陽のように明るい笑顔でそんなことを言われると、心から安心できてしまう。
こんな私は、私が思っているよりもずっと単純なのかもしれない。
「うん……ありがとう、鈴原くん」
「ん! ……そういや、サポート役と言えば、拓海はどないしたん? 一緒に学校行かんの?」
「あ、えっと、たっくんは……」
「……呼びました?」
背後から、不機嫌そうな声が聴こえた。
振り返ると、鈴原くんと同じブレザーの制服を着ているたっくん。
じと、と不満そうに私と鈴原くんとゼロットさんを見つめている。
「ねーちゃんと仲良く学校なんて行ったら、変にからかわれるかもしれねーんで、時間ずらして行くんすよ。だからとっととあんたらは行けばいいじゃないっすか」
吐き捨てるようにそう言われて、少しばかり眉を下げてしまう。
たっくんは、新しい学校に行くのに、しかも今日から中学生になるのに、緊張しないのかな。
ええと、ええと。
何か、何か言った方が――。
「た……たっくん」
「……んだよ」
「た、たっくんは……背も高いし、優しいし、明るいし、かっこいいし……すぐに友達とか、彼女さんとかできちゃいそうだよね……」
凄いな、と続けようとしたのだけれど、言葉の途中でたっくんの様子が明らかにおかしくなった。
顔を真っ赤にして、はくはくと口を動かして。
私の言葉まで、止まってしまう。
たっくん、何だか凄く焦ってるみたい。
「あ、あああああああんなヤツ、まだ彼女じゃねーよッ!!」
「…………ふえ?」
「気ぃ抜くとあいつのことばっか考えちまうし、早く会いてえな、とか思っちまったりもするし、話してるとめちゃくちゃ楽しいし、こんな気持ち初めてだし、でも、そんな、オレ……ま、まだそんなんじゃねえからっ!」
たっくんが、とんでもなく慌てている。
えと、えっと、たっくん。
「だ……誰の、話……?」
そう、恐る恐る問いかけると、たっくんはそこで更に固まった。
えっと……えっと……。
私が何をどう言えばいいかわからず困っていると、私の横から鈴原くんとゼロットさんがずいっと身を乗り出してきた。
「ふーん、へー」
「な、なんすか鈴原サン」
「ほー、エロガキ二号誕生か」
「は、はあ!? 誰がエロガキだ! クソコウモリ!」
「クソとはなんだ! 俺様は――ふぎゃっ」
たっくんと火花を散らそうとするゼロットさんを鈴原くんが片手で鷲掴み、にまにまと口元を歪めた。
「ワイ、初めて拓海の弱味握ってもうたかもなあ」
「な、なんの話っすか!」
「メシの時間にもうワイを睨まんのやったら、これ以上からかわんでやってもええで?」
「は、はあああ!?」
「あ、ワイのこと『おにーさま』って呼んでくれたら応援してやってもええけど」
「ざっけんな! うっせーよ! オレのことはどうでもいいだろ! とっとと出てけばかばかばかばか!」
とうとうたっくんは喚き散らし、私と鈴原くん、ゼロットさんをぐいぐいと玄関の外に押し出して、乱暴に扉を閉めてがちゃりと鍵をかけてしまった。
たっくんが遅刻しない為にも、私達も早く行かなくちゃ。
「す……鈴原くん……あの……た、たっくんは……?」
「んー? こずえはなーんも気にせんでええよ。ほっときー」
そう言って私の頭を撫でる鈴原くんは、どこか上機嫌だった。
◆
「……見えへんな」
「……見えない、ね」
たっくんの不審な挙動は気になったけど、あまり追及しない方がいいのかな、とも思って。
鈴原くんと他愛のない会話を交わしながら学校まで歩いたのはいい、んだけど。
昇降口近くの壁に貼られたクラス分けの紙の前に、たくさんの生徒達がひしめいている。
小柄な私と鈴原くんでは、どれだけ背伸びをしても文字列を捉えることはできなさそう。
かと言って、あの人混みを掻き分けて先頭まで行くのはちょっと気が引ける。
「しょうがないなあ。こずえ、人がいなくなるまで待と」
「う、うん……っ」
鈴原くんはしょうがないと言ったけれど、鈴原くんと一緒に待てるのだったら、私は別に嫌ではなかった。
鈴原くんと同じ時間を過ごせるなら、嬉しいから。
鈴原くんと並んで、人混みの少し後ろで立ち尽くしてみる。
そんな時、だった。
「……もしかして、クラス分けの文字、見えないの?」
「……ふえ?」
ひどく澄んだ声がして振り返ると、女の子がいた。
私と同じブレザーの制服を着て、身長は女の子の平均身長くらい。
青みがかった長い黒髪を二本の三つ編みにまとめて、眼鏡をかけた真面目そうな女の子。
どこか、張り詰めた表情をしている。
知らない人に話しかけられている、という事実にかあっと顔が一気に赤くなる。
心臓がばくばくばくばく騒がしくなる。
頭の中が真っ白になる。
喉が渇いて、言葉が出てこない。
どうしよう。
こういう時、なんて言えば。
どうすれば、この人を不快にさせず済むんだろう。
ふら、と気を失いそうにまでなった時、片手の両指に何かが絡まった。
温かくて、ごつごつした物。
鈴原くんの、手、だった。
びっくりして鈴原くんを見ると、鈴原くんは私を安心させるように笑いかけてくれて、空いた手で私の頭をぐしゃぐしゃに撫でてきた。
その感触に戸惑っているのか、癒されているのか、自分でもわからない。
私がぽかんとしている内に、鈴原くんは眼鏡の女の子に話しかけていた。
「そやねん。ワイらチビやからなー。ここで人の波が落ち着くのを待っとるっちゅーわけや」
けらけらと笑う鈴原くんに、眼鏡の女の子がこく、と頷いた。
どういう意味の頷きなんだろう。
「わかった。私が代わりに見てくるから、貴方達の名前を教えてちょうだい」
「……え」
思わず、固まってしまった。
どうして、そんな優しいことしてくれるんだろう。
あ、えっと、ありがとうございますって言わなきゃ。
ごめんなさいの方が正しいのかな。
そ、それよりも聞かれたからまず名前――。
「ワイは鈴原一希! 鈴に、原っぱの原に、一番の希望って書いて一希やで! こっちのかわええ子は小枝こずえ! ちっちゃい枝って書いて『さえだ』や! こずえはひらがな!」
混乱している、困惑している私をよそに、鈴原くんが私の分まで名前を伝えてくれた。
……私、本当に鈴原くんに助けられてもらってばっかりだなあ。
女の子が、また頷く。
「少し、待ってて」
女の子がすたすたと、クラス分けの紙の方へと歩いて行く。
さっきも思ったけど、凄く綺麗な声だなあ。
女の子が、じっと紙に羅列された名前を確かめて行く。
その、途中だった。
女の子が、あるクラスの部分を見た瞬間、目を見開いた。
頬を桜色に染め、口元を片手で覆って。
……どうしたんだろう。
仲の良い友達と、同じクラスになれたのかな?
しばらくその子はそうやって瞳を輝かせてぼんやりしていたけれど、やがて我に返ったように咳払いして、何事もなかったかのように私達の元に戻ってきた。
「お待たせ。二人とも2年1組。同じクラスよ」
「ほんま!?」
女の子の台詞を聴くなり、鈴原くんが勢い良く私に抱きついてきた。
「おんなじクラスやって! こずえ! よろしゅうな! あははっ、めっちゃ嬉しいわ!」
「わ……私も……鈴原くんと同じクラスで、凄く嬉しいし心強い……」
心臓が、とくん、とくん、と高鳴っている。
初めての友達と、同じクラス。
神様というものは、もしかしたら本当に存在するのかもしれない。
同じクラスになれたことを鈴原くんと喜び合っていたら、女の子の不思議そうな視線を感じた。
あ、あわわ、どうしよう、そういえばまだお礼言ってなかった。
「あ……あの、ありがとうございます……親切にして、いただいて……」
知らない人に告げる声は、自分のものじゃないようでひどく緊張したけれど。
でも、なんとかお礼の言葉を紡ぐことはできた。
「おーきに!」
鈴原くんが、屈託なく笑ってお礼を言う。
私も、こんな風に明るく笑えたらなあ。
「気にしないで。それより、貴方達、もしかして転校生?」
「へ? どうしてわかったん?」
「見ない顔だから。……ああ、自己紹介が遅れたけど、私の名前は河本詩織。私も2年1組なの。わからないことがあったら、何でも聞いてね」
その言葉に、また心臓が跳ねた。
河本さん。
やさしい、な。
こういう素敵な人とお友達になれたら、笑い合えたら、私、嬉しい、けど。
友達って、どうやってなるものなんだろう。
みんながみんな、鈴原くんのように手を差し伸べてくれるわけじゃない。
自分から動かなくちゃ。
わかってるのに。
ぺこりと頭を下げることしかできない自分を、嫌悪してしまう。
そうこうしている内に、河本さんは身を翻し、長い三つ編みを揺らして校舎に入って行ってしまった。
もっと話したかった、けど。
結局、私が河本さんの笑顔を見ることは叶わなかった。
第三話『ドキドキ! こずえの新学期!』
その4 始業式
teller:小枝こずえ
真新しいブレザーの制服に着替えて、私は生徒手帳を開く。
挟まれていたのは、鈴原くんに貰ったイチゴ味の飴の包み紙。
友情の、証。
はじめての友達が、私にくれた物。
それは私にとってとても大事な物で、勇気をくれるようなお守りのような物でもあった。
捨てるなんてとてもできなくて、私はこうして持ち歩くことにしたけど。
鈴原くんに知られたら、気持ち悪いって思われちゃうかな、嫌だなって思われちゃうかな。
そんな不安が過ぎったけど、やっぱり私はこのお守りの力を借りずに新しい学校生活への第一歩を踏み出すことなんてできなくて、生徒手帳をぱたんと閉じた。
手帳を胸ポケットにしまって、鏡の前で軽く身だしなみを整える。
緊張するなあ。
今日から、始業式だ。
一体私、どういう学校に行くことになるんだろう。
どんな人達と、出会うんだろう。
どきどきと心臓を高鳴らせていると、玄関のチャイムが鳴って肩が跳ねた。
そうだ、鈴原くんと一緒に登校する約束をしていたんだ。
落ち着く為に、とん、と片手を握り締めて、騒ぐ心臓の辺りを軽く一回叩いてから部屋を出る。
そのまま階段を駆け下りて玄関の扉を開けると、見慣れた赤色。
ブレザーの制服を纏った鈴原くんが、にっと笑っていた。
いつもと違う姿に、何だか緊張してしまう。
急に恥ずかしくなって俯こうとすると、鈴原くんも少しだけぽかんとした顔をした。
その頬は、僅かに赤い。
「……っ、こずえ、制服姿めっちゃかわええやん!」
可愛い。
まだ言われ慣れていない言葉に、今度は自分の顔が真っ赤になるのがわかった。
視線を泳がせて、片手に持っていた鞄をきゅっと抱えて。
「そ……そんなこと……なくて……鈴原くんの方が、ずっと制服似合ってて……凄くかっこいいです……」
「へ!? あ、あー……こずえに言われるとめっちゃ照れるな!? あははは! せ、せやけど嬉しいからもっと言うてや!」
鈴原くんが照れ臭そうに笑う声が頭上から降って来る。
彼の笑い声が次第に尻すぼみになっていく。
気まずい。
どうしよう、どうしたら、この空気を。
このままじゃだめだと思って僅かに顔を上げると、視界に真っ先に映ったのは鈴原くんの手のひら。
どうやら頭を撫でようとしてくれていたらしい。
私と目が合った鈴原くんが恥ずかしそうに固まる。
私も、恥ずかしさがぶり返してきて俯く。
……顔を上げたのは、逆効果だった。
「はーい! イチャイチャ禁止ー!」
ふと、聞き慣れた声が響いたかと思うと、がん、と衝撃音が鳴った。
何だろう、と思ってもう一度顔を上げると、鈴原くんの側頭部の近くにぱたぱたと飛ぶ黒い影。
「……ゼロットさん?」
てっきりいつものように鈴原くんの部屋でまだお休み中なのかと思っていたのに。
ゼロットさんは、それが当然だとでも言うかのようにそこにいる。
ゼロットさんは、私を見て得意気に胸を張った。
「よう、こずえ! おはようさん! 俺様もその中学校とやら、お忍びで行こうと思うんだわ!」
「……おしのび?」
私が首を傾げると、何故か頭の横を痛そうに押さえている鈴原くんの頭頂部にゼロットさんが無遠慮に乗る。
もしかして、さっきの衝撃音は鈴原くんの頭にゼロットさんがぶつかった音なんじゃないだろうか。
大丈夫かな。
「エロガキの鞄の中にでも潜もうかと思ってよ! 言っとくが、学校が始まったからってハーツ・ラバーに休息はねえぞぉ? 中学生なんてエモーションの複雑な存在がうじゃうじゃしてる学校なんざ、オーディオの連中にとっちゃ格好の餌だからな!」
……そっか。
ハーツ・ラバーとして何かを守るって行為には、学校を守るということも含まれているんだよね。
こんな私にできることなんて限られているだろうけど、気を引き締めないと。
自分の表情が強張るのがわかった。
友達作り、ハーツ・ラバー活動。
頑張らなきゃいけないことはたくさんだ。
「こーずえっ」
ふと、明るい声が降ってきた。
ぽん、と頭の上に優しく手が置かれる。
鈴原くんの手だ。
今度は、笑顔で頭を撫でてくれた。
「そんな顔すんな。ワイがついとるっ! こずえが困ったら、いつでもフォローしたるわ! ワイはサポート役やからな!」
太陽のように明るい笑顔でそんなことを言われると、心から安心できてしまう。
こんな私は、私が思っているよりもずっと単純なのかもしれない。
「うん……ありがとう、鈴原くん」
「ん! ……そういや、サポート役と言えば、拓海はどないしたん? 一緒に学校行かんの?」
「あ、えっと、たっくんは……」
「……呼びました?」
背後から、不機嫌そうな声が聴こえた。
振り返ると、鈴原くんと同じブレザーの制服を着ているたっくん。
じと、と不満そうに私と鈴原くんとゼロットさんを見つめている。
「ねーちゃんと仲良く学校なんて行ったら、変にからかわれるかもしれねーんで、時間ずらして行くんすよ。だからとっととあんたらは行けばいいじゃないっすか」
吐き捨てるようにそう言われて、少しばかり眉を下げてしまう。
たっくんは、新しい学校に行くのに、しかも今日から中学生になるのに、緊張しないのかな。
ええと、ええと。
何か、何か言った方が――。
「た……たっくん」
「……んだよ」
「た、たっくんは……背も高いし、優しいし、明るいし、かっこいいし……すぐに友達とか、彼女さんとかできちゃいそうだよね……」
凄いな、と続けようとしたのだけれど、言葉の途中でたっくんの様子が明らかにおかしくなった。
顔を真っ赤にして、はくはくと口を動かして。
私の言葉まで、止まってしまう。
たっくん、何だか凄く焦ってるみたい。
「あ、あああああああんなヤツ、まだ彼女じゃねーよッ!!」
「…………ふえ?」
「気ぃ抜くとあいつのことばっか考えちまうし、早く会いてえな、とか思っちまったりもするし、話してるとめちゃくちゃ楽しいし、こんな気持ち初めてだし、でも、そんな、オレ……ま、まだそんなんじゃねえからっ!」
たっくんが、とんでもなく慌てている。
えと、えっと、たっくん。
「だ……誰の、話……?」
そう、恐る恐る問いかけると、たっくんはそこで更に固まった。
えっと……えっと……。
私が何をどう言えばいいかわからず困っていると、私の横から鈴原くんとゼロットさんがずいっと身を乗り出してきた。
「ふーん、へー」
「な、なんすか鈴原サン」
「ほー、エロガキ二号誕生か」
「は、はあ!? 誰がエロガキだ! クソコウモリ!」
「クソとはなんだ! 俺様は――ふぎゃっ」
たっくんと火花を散らそうとするゼロットさんを鈴原くんが片手で鷲掴み、にまにまと口元を歪めた。
「ワイ、初めて拓海の弱味握ってもうたかもなあ」
「な、なんの話っすか!」
「メシの時間にもうワイを睨まんのやったら、これ以上からかわんでやってもええで?」
「は、はあああ!?」
「あ、ワイのこと『おにーさま』って呼んでくれたら応援してやってもええけど」
「ざっけんな! うっせーよ! オレのことはどうでもいいだろ! とっとと出てけばかばかばかばか!」
とうとうたっくんは喚き散らし、私と鈴原くん、ゼロットさんをぐいぐいと玄関の外に押し出して、乱暴に扉を閉めてがちゃりと鍵をかけてしまった。
たっくんが遅刻しない為にも、私達も早く行かなくちゃ。
「す……鈴原くん……あの……た、たっくんは……?」
「んー? こずえはなーんも気にせんでええよ。ほっときー」
そう言って私の頭を撫でる鈴原くんは、どこか上機嫌だった。
◆
「……見えへんな」
「……見えない、ね」
たっくんの不審な挙動は気になったけど、あまり追及しない方がいいのかな、とも思って。
鈴原くんと他愛のない会話を交わしながら学校まで歩いたのはいい、んだけど。
昇降口近くの壁に貼られたクラス分けの紙の前に、たくさんの生徒達がひしめいている。
小柄な私と鈴原くんでは、どれだけ背伸びをしても文字列を捉えることはできなさそう。
かと言って、あの人混みを掻き分けて先頭まで行くのはちょっと気が引ける。
「しょうがないなあ。こずえ、人がいなくなるまで待と」
「う、うん……っ」
鈴原くんはしょうがないと言ったけれど、鈴原くんと一緒に待てるのだったら、私は別に嫌ではなかった。
鈴原くんと同じ時間を過ごせるなら、嬉しいから。
鈴原くんと並んで、人混みの少し後ろで立ち尽くしてみる。
そんな時、だった。
「……もしかして、クラス分けの文字、見えないの?」
「……ふえ?」
ひどく澄んだ声がして振り返ると、女の子がいた。
私と同じブレザーの制服を着て、身長は女の子の平均身長くらい。
青みがかった長い黒髪を二本の三つ編みにまとめて、眼鏡をかけた真面目そうな女の子。
どこか、張り詰めた表情をしている。
知らない人に話しかけられている、という事実にかあっと顔が一気に赤くなる。
心臓がばくばくばくばく騒がしくなる。
頭の中が真っ白になる。
喉が渇いて、言葉が出てこない。
どうしよう。
こういう時、なんて言えば。
どうすれば、この人を不快にさせず済むんだろう。
ふら、と気を失いそうにまでなった時、片手の両指に何かが絡まった。
温かくて、ごつごつした物。
鈴原くんの、手、だった。
びっくりして鈴原くんを見ると、鈴原くんは私を安心させるように笑いかけてくれて、空いた手で私の頭をぐしゃぐしゃに撫でてきた。
その感触に戸惑っているのか、癒されているのか、自分でもわからない。
私がぽかんとしている内に、鈴原くんは眼鏡の女の子に話しかけていた。
「そやねん。ワイらチビやからなー。ここで人の波が落ち着くのを待っとるっちゅーわけや」
けらけらと笑う鈴原くんに、眼鏡の女の子がこく、と頷いた。
どういう意味の頷きなんだろう。
「わかった。私が代わりに見てくるから、貴方達の名前を教えてちょうだい」
「……え」
思わず、固まってしまった。
どうして、そんな優しいことしてくれるんだろう。
あ、えっと、ありがとうございますって言わなきゃ。
ごめんなさいの方が正しいのかな。
そ、それよりも聞かれたからまず名前――。
「ワイは鈴原一希! 鈴に、原っぱの原に、一番の希望って書いて一希やで! こっちのかわええ子は小枝こずえ! ちっちゃい枝って書いて『さえだ』や! こずえはひらがな!」
混乱している、困惑している私をよそに、鈴原くんが私の分まで名前を伝えてくれた。
……私、本当に鈴原くんに助けられてもらってばっかりだなあ。
女の子が、また頷く。
「少し、待ってて」
女の子がすたすたと、クラス分けの紙の方へと歩いて行く。
さっきも思ったけど、凄く綺麗な声だなあ。
女の子が、じっと紙に羅列された名前を確かめて行く。
その、途中だった。
女の子が、あるクラスの部分を見た瞬間、目を見開いた。
頬を桜色に染め、口元を片手で覆って。
……どうしたんだろう。
仲の良い友達と、同じクラスになれたのかな?
しばらくその子はそうやって瞳を輝かせてぼんやりしていたけれど、やがて我に返ったように咳払いして、何事もなかったかのように私達の元に戻ってきた。
「お待たせ。二人とも2年1組。同じクラスよ」
「ほんま!?」
女の子の台詞を聴くなり、鈴原くんが勢い良く私に抱きついてきた。
「おんなじクラスやって! こずえ! よろしゅうな! あははっ、めっちゃ嬉しいわ!」
「わ……私も……鈴原くんと同じクラスで、凄く嬉しいし心強い……」
心臓が、とくん、とくん、と高鳴っている。
初めての友達と、同じクラス。
神様というものは、もしかしたら本当に存在するのかもしれない。
同じクラスになれたことを鈴原くんと喜び合っていたら、女の子の不思議そうな視線を感じた。
あ、あわわ、どうしよう、そういえばまだお礼言ってなかった。
「あ……あの、ありがとうございます……親切にして、いただいて……」
知らない人に告げる声は、自分のものじゃないようでひどく緊張したけれど。
でも、なんとかお礼の言葉を紡ぐことはできた。
「おーきに!」
鈴原くんが、屈託なく笑ってお礼を言う。
私も、こんな風に明るく笑えたらなあ。
「気にしないで。それより、貴方達、もしかして転校生?」
「へ? どうしてわかったん?」
「見ない顔だから。……ああ、自己紹介が遅れたけど、私の名前は河本詩織。私も2年1組なの。わからないことがあったら、何でも聞いてね」
その言葉に、また心臓が跳ねた。
河本さん。
やさしい、な。
こういう素敵な人とお友達になれたら、笑い合えたら、私、嬉しい、けど。
友達って、どうやってなるものなんだろう。
みんながみんな、鈴原くんのように手を差し伸べてくれるわけじゃない。
自分から動かなくちゃ。
わかってるのに。
ぺこりと頭を下げることしかできない自分を、嫌悪してしまう。
そうこうしている内に、河本さんは身を翻し、長い三つ編みを揺らして校舎に入って行ってしまった。
もっと話したかった、けど。
結局、私が河本さんの笑顔を見ることは叶わなかった。
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「ーーーーっ!」
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※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
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