魔闘少女ハーツ・ラバーズ!

ハリエンジュ

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第三話『ドキドキ! こずえの新学期!』

その6 恋せよ乙女

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★魔闘少女ハーツ・ラバーズ! 
第三話『ドキドキ! こずえの新学期!』
その6 恋せよ乙女

 一時間目に、簡単な学級会があった。

 始業式の前にクラス委員長を決める、という物だったのだけれど、それは思いの外あっさり決まってしまった。

 すぐに河本詩織さんが挙手して立候補して、他に委員長をやりたい人もいなかったし、反対意見もなかったのですんなり河本さんが委員長に就任して。

 ……凄いなあ、河本さん。
 私じゃ委員長なんて、絶対無理だもん。
 黒板の前で、クラスの皆と向き合ってはきはき喋るなんて、想像しただけで倒れちゃいそうになる。
 ほんと、憧れちゃうなあ。

 学級会が短時間で終わっちゃったから、始業式が始まるまで今は自習時間、ということになっている。 
 というよりも、親睦を深める為に各々が近くの席の人達とお話しているのがメインだけど。

 ちら、と鈴原くんの様子を窺う。
 自己紹介で注目を集めたからか、鈴原くんの周りには沢山の男の子が集まっていた。

 鈴原くんが笑って、周りの人達も笑って。
 鈴原くんも凄いな、と思う。
 皆を明るい笑顔にできる、素敵な人。
 私も、あんな風になれたらな。

「小枝さん」

「……え」

 澄んだ綺麗な声が聴こえて、視線を鈴原くんから逸らす。

 私の席の前に、河本さんが立っていた。
 相変わらず、張り詰めた表情。
 漠然とした憧れを抱いていた人が目の前に現れて、びっくりしてどくんと心臓が口から飛び出しそうになる。

 な、何だろう。
 私、何かしちゃったかなあ。
 緊張して固まっていると、河本さんが口を開く。

「小野寺先生に聞いたわ。小枝さん、北海道から転校してきたのね。まだ学校のこと、良くわからないでしょ。私で良かったら案内しましょうか?」

 二回目の親切。

 胸がどきどきする。
 優しいな、何でこんなに優しくしてくれるんだろう。
 驚いて、嬉しいのにうまく言えなくて、それが恥ずかしくて、顔が赤くなるのがわかる。

 えっと、えっと、ありがとうございます、お願いしますって言わなきゃ、いけないのに。

 声が、全然出ない。
 でも無反応なんて感じが悪いだろうから、こくりと小さく頷く。
 その情けない反応を肯定だと受け取ってくれたのか、河本さんは私を一瞥してから今度は鈴原くんに視線を向けた。

「鈴原くん」

「んー? なんや、委員長!」

 河本さんに名前を呼ばれて、鈴原くんが席を立ってとてとてと河本さんと私の方に近づいてきた。
 かと思えば、私の頭を当たり前のようにぽんぽんと撫でてくる。

 朝撫でられたばかりだというのに、自己紹介のストレスがひどかったからか、それはとても久しぶりのことに思えて、凄く幸せで、安心するようなものにも感じられた。

 河本さんは私達の様子を少し不審そうに見つめながら、口を開く。

「鈴原くん、大阪からの転校生なんでしょ。これから小枝さんに校内を案内するけど、鈴原くんも一緒に来る?」

「おー! 頼むわ! 便所とかどこにあるかわからんしなー。小便とかウンコとかできんやろ」

 鈴原くんがけらっと笑って言った一言に、河本さんが物凄く険しい顔をする。

「……鈴原くん、貴方ってデリカシーって言葉を今までの人生で何も教わらなかったの?」

「……あー……どうやったやろなー……?」

 河本さんに威圧されて、鈴原くんが目を逸らして気まずそうにあはは、と笑う。
 もしかして、河本さんのことを少し怖がっているんだろうか。
 怖い人、ではないと思うんだけど。

 私が怖いのは、他人と関わることと、他人に不快感を与えてしまうかもしれないことで。
 人そのものが、怖いというわけではないと思う。
 河本さんは優しい人なんだって良くわかるし。

 どうしよう、鈴原くんの乾いた笑いだけが響いていて空気が重い。
 何か、言った方がいいのかな。

「なになにー? なんか楽しそうなおはなししてるねっ! あたしも混ぜてっ!」

 突然、背中に重みが襲い掛かってきた。

 え、何だろう。
 柔らかいの、当たってる。

 振り返ると、視界に広がる眩しい金色、可愛らしい笑顔。

 星野愛歌さんが、私に後ろから抱きついていた。

 びっくりして、どう反応すればいいのかわからない。
呼吸が止まってしまいそうになる。

「えっへへー、小枝ちゃんってちっちゃくて可愛いねっ! あたし、おっきいから、小枝ちゃんみたいな女の子らしい子、凄く羨ましいっ!」

 頭をぐしゃぐしゃ撫でられて、頬をむにむに触られて。
 完全にパニックになっている私をよそに、星野さんはあどけない笑顔を向けてくる。

「でも、あたしはでっかくても別にいいけどね! ほらほら、でっかいアイドルってなんかインパクトあるじゃん? それって素敵じゃない? 無敵じゃない? ねっ?」

 ね、ね、と何度も念を押されて、あわあわしつつも思わずこくこくぎこちなく頷いてしまう。
 それを見て、星野さんはぱあっと嬉しそうに笑ってくれた。

 可愛い人だなあ。
 そんなに嬉しそうにされると、何だか照れてしまう。

「ねーねー、しぃちゃんしぃちゃん! 小枝ちゃんと鈴くん案内するのー? あたしもついてっていい?」

「ん、鈴くんってワイのことか?」

「だってスズハラくんなんでしょー? じゃあ、鈴くん! そっちの方がかわいーよ!」

「むー、かわええって言われても嬉しくないんやけどなー」

 にこにこ笑う星野さんに、鈴原くんもにこにこ笑って。
 明るい人同士、気が合うのかなあ、なんて考えてしまった。

 鈴原くんは、やっぱり星野さんみたいな明るくて華やかな女の子と一緒にいる方が楽しいんだろうか。
 何となく寂しくなって、俯いてしまう。
 こんなうじうじしたこと考えちゃ、いけないのにな。

「星野さんはだめ。春休みの宿題まだ残ってるんでしょ。早く終わらせなさい」

「えー! だって全然わかんないんだもーん!」

 ふと、星野さんの席を見てみる。
 机には、おびただしい量のプリントの山。
 ……だ、大丈夫、なのかなあ。

「いいからやりなさい。ほら、小枝さん、鈴原くん、行きましょ」

「もー! しぃちゃんのケチー!」

 私を解放して、星野さんが自分の席に戻って行く。
 言い方はつまらなそうだったけれど、表情はやっぱり活き活きとしていて。
 何だか、楽しそうに毎日を過ごしている人なのかな、なんて思った。

 ぼうっと星野さんを見つめていると、くいっと片手を引かれる。
 見ると、鈴原くんが私の手を握って私を何とも言えない表情で見つめていた。

「……鈴原くん?」

 どうしたんだろう。
 お喋りな彼が黙っていると、不安になってしまう。
 鈴原くんはしばらく私をじっと見ていたかと思うと、手を離して、そっと私の背中を押して。
 ぎゅ、と後ろから私に抱きついてきた。

 ……えっと。
 どういう、状況なんだろう。
 星野さんみたいな柔らかさはなくて、意外とごつごつしていて、硬くて。
 何だか、私とは何もかもが違う気がする。
 背後からぎゅうぎゅうと抱き締められているわけだから、鈴原くんの顔は見えない。
 たまに、頬をむにむにと触られる。

 一体彼は、今何を考えているんだろう。
 でも、何なんだろう。
 星野さんに抱きつかれた時はびっくりしたけど、鈴原くんに抱きつかれると、不思議と安心するなあ。

「……ちょっと……」

 私達の様子を見ていた河本さんが、顔を真っ赤にして困ったような声を上げた。

 それと同時に、鈴原くんが私から離れて、また私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
 振り返ると、鈴原くんは、いつものように笑っていた。
 それに、胸が温かくなる自分がいる。

 はあ、と溜息が聴こえたからまた河本さんの方を見ると、河本さんは頬を染めて、何とも言えない表情をしていた。
 変な話だけど、何とも言えない表情が流行っているみたいで良くわからない気持ちになる。

 次に、河本さんが発した言葉はこうだった。

「……朝も思ったけど、貴方達って付き合ってるの?」

 つき、あう。

 私の人生では絶対に起こり得ないと思われる単語に、フリーズしてしまう。

 誰かと、付き合う。
 誰かを恋愛的な意味で好きになる。
 自分には、多分縁のない感情。

 だって、私、こんなだし、魅力ないし。
 鈴原くんがそんな風に誤解されたら鈴原くんが迷惑だろうし。
 鈴原くんは、もっとこう……例えば、星野さんみたいな元気な子の方が好きだと思うし、話も合うだろうし。

「……委員長には、ワイらのこと、そう見えるん?」

 鈴原くんの言葉に、え、と自分の硬直が維持される。

「見えるけど」

 何の躊躇いもなく告げられた河本さんの言葉に、鈴原くんがやけに上機嫌に笑った。

「……そっか」

 そう言った、鈴原くんはとても満足そうだったけど。
 でも、あの、否定しなきゃいけないんじゃないかな、鈴原くん。
 鈴原くんが困るんじゃないのかな。
 学校って、多分そういう噂すぐに広まっちゃうと思うし。
 ええと、ええと、私から何か言った方がいいのかな。

 また、自分の顔が真っ赤になるのがわかる。

「……イチャイチャ禁止ー」

 ふと耳に届いた低い声は、多分。
 鈴原くんが片手に引っ提げてる通学鞄の中に潜んでいる、ゼロットさんの物だったんだと思う。





「……それで、ここが図書室ね。私、ここで良く本借りてるから、何か読んでみたいジャンルがあったら何でも聞いて」

「うえー、ワイ本読むの苦手やー、漫画しか読めへんー」

 河本さんに連れられて、私と鈴原くんは校内を案内してもらった。
 音楽室、美術室、視聴覚室、理科室、家庭科室。
 元いた中学校より広くて設備も整っているから、緊張してしまう。

 綺麗な学校だなあ。
 都会の学校って、みんなこんな感じなのかな?

「……あの……えっと……河本さんは……どんな、本を……良く、読む……ん、ですか……?」

 気になって、訊ねてみる。

 あれ、もしかして。
 私が自発的に河本さんに話しかけたのって、今が初めてなのかな。
 変じゃなかったかな。

 途端におどおどびくびくが押し寄せて来る私を特別不審がらずに、河本さんが少し考え込む様子を見せる。

「そうね……推理小説とか……あと、その……恋愛小説、とか」

 恋愛小説。
 あんまり、読んだことないなあ。
 恋とか、そういうの、やっぱり良くわからないし。

 それを考えると、さっきの鈴原くんと付き合っているのかどうか、という問題がまた脳裏を過ぎって気持ちがぐるぐるする。

 そういえば否定してなかった。
 タイミング、逃しちゃったな。
 このままじゃ、鈴原くんが嫌な思いしちゃう。

 ええと、ええと、何から何をどう言えば。

「じゃあ、次は――」

 河本さんが図書室を出て行く。
 鈴原くんがそれに続く。
 一拍遅れて、私もその後を追った。
 ……結局、訂正できなかったな。

「きゃっ」

 前方で、甲高い声。

 河本さんの声だ。
 何かあったのかな。
 鈴原くんの陰からひょこっと顔を出して様子を窺うと、河本さんが図書室を出た途端、尻餅をついていた。
 誰かにぶつかったらしい。
 河本さんが立ち上がって、口を開く。

「ごめんなさい、怪我は――――っ、せ、せせせせせせせ芹沢くん!?」

 急に、河本さんの声がひっくり返った。
 びっくりして、私と鈴原くんは揃ってぎょっとする。

 河本さんの前にいたのは、同じクラスの芹沢昴さん。
 たっくんの部活の先輩になる人だ。
 凄く、無口な人。

「……悪い。……河本……大丈夫か」

 ぼそぼそと、芹沢さんが申し訳なさそうに呟く。

「だ、だだだだだだい、だいじょ、大丈夫です、はい、あの、ご、ごめんなさい、えっと、せ、芹沢くんこそ、あ、あの、け、怪我、してない、です、か……」

 河本さんが、しどろもどろになりながら謝る。

 その顔は、りんごみたいに真っ赤っかで。
 とてもさっきまでしゃんと背筋を伸ばして、はきはきと私達を導いてくれたしっかり者の河本さんと同一人物だとは思えない。

 明らかに様子がおかしい。
 どうしちゃったんだろう。

 芹沢さんが、また、ぼそ、と呟く。

「……その……そろそろ……始業式、だから……って……小野寺先生が……」

「あ、ああああああり、ありがとう、ございますっ!」

 え。

 私の手と、鈴原くんの手が河本さんにがしっと強い力で掴まれる。
 そのまま河本さんは、私達を引きずりつつ芹沢さんを一人残してぴゅうっと廊下を駆け抜け始めた。

 私達を引っ張ったまま全速力で走って行く河本さん。
速い。
 廊下は走っちゃいけないって、案内中に河本さんが言ってたんだけどな。

 ほんと、どうしちゃったんだろう。

「委員長委員長、あの無口くん、呼びに来てくれたんやろ。一緒に教室戻れば良かったんちゃう?」

 鈴原くんの言葉はもっともだった。
 なのに。

「む、無理無理無理無理! 心臓もたない! ただでさえ席が前後なのに、もう、無理! ほんと、緊張しすぎて死んじゃうから! 堪えられない!」

 何で、心臓もたないんだろう。

 緊張?
 河本さんが?
 意外だし、何に、どこに緊張する要素があったのかが良くわからない。

「委員長、なんかキャラ変わってへん?」

「か、変わってない! ぜったいぜったい、変わってないもんっ!」

 そう必死に叫ぶ河本さんは、明らかにさっきまでの河本さんじゃない。

 困ってしまって、私と同じく引きずり回されてる鈴原くんを見ると、何故か意味深ににやにやと笑っていた。

「……鈴原くん?」

「あー、あんま追及してやんなやー、こずえ。委員長が可哀想やから」

「可哀想じゃなーいっ!」

 河本さんが、泣きそうな声で叫ぶ。

 結局、何で河本さんがこうなってしまったのかはわからずじまいだった。

 あの後、三人で教室に辿り着いて、芹沢さんも私達より少し遅れてやって来て、クラス全員で並んで体育館へ行って。
 鈴原くんが『背の順やからお隣さんやな』って笑ってくれて、それだけで心強くて。

 でも、星野さんだけは宿題が終わってないから始業式の参加を許されなくて、教室に残ったままで。
 ふええ、と泣きそうな顔でプリントに取り組む星野さんの姿は、なんというか、とても気がかりだった。
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