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Chapter1
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月明かりが照らす崖の上、星々は己が存在が希望に満ち溢れているかの様に光り輝いている。そんな満点の星空を眺めながら、俺は一人感傷に浸っていた。
「はぁ………、綺麗すぎる…」
俺は星空から目を背け、立ち上がった。そして、そのまま前へ前へと躊躇も無く足を進める。崖縁との距離がさっきと半分程になったとき、強風が吹いて足が一瞬止まったが、それでも歩みは止めなかった。そうして、あと一歩でこの身が落ちてしまう所で、最後の警告とでも言わんばかりの風がまた吹き荒れたが、先程の様に止まることはなかった。
『Death is the messiah』
数時間前…
「よし、盗賊共の撃退完了」
俺は人型機動兵器(通称機兵、15~20m程の大きさの人型ロボット)【GS-22ジャメンCe】のコックピットの中で、計器類をチェックしながら、自分自信に仕事の終了を伝える様に呟いた。
『おい新入り!なかなかやるじゃねぇか!』
無線から、この民間警備部隊のリーダーの声が聞こえる。
「ありがとうございます」
特に感謝の気持ちを込めるわけでも無く、素っ気なく俺は返答する。
『まったく、あの企業をクビになったとは思えねぇ腕前だな。がははははは』
それに続いて、別の隊員も笑い始める。「クソッタレが」と心の中で悪態をついて、防衛対象の村へ帰投する。何事も無く村に到着した俺達は駐機場に機体を停め、各種点検と整備を始める。すると、隣の隊員が「おい!新入り!」と呼びつけるので、「なんですか?」とそっちへと向かった。
「お前さ、ほとんど被弾してないだろ?整備終わったら、俺のも頼むわw」
「え?」
困惑する俺を無視し、他の隊員達も「あ、俺のもやっといてくれ」「俺のもよろしく~w」と整備を押し付け、足早に去って行ってしまった。
残された機体達、ジャメンの状態はどれも酷いものだった。左腕のシールドには被弾によって凹みだらけで、防御しきれなかったのか関節にまでダメージがある機体や、装甲の変形でフレームまで歪み、動作に支障をきたしている機体もあった。中には後方で戦闘に参加していないにも関わらず、駆動系に''何故か''負荷がかかって損傷し、交換の必要があるものも…。
「畜生っ」
いつもの新人いびりだった。今までも奴らは、面倒な事務作業を俺に押し付け、麻雀やポーカーという長すぎる休憩時間で稼いだ給料を、酒に酔いながら賭けあっていた。幸い、こんな会社だったからか仕事量は少なく、俺にとってはまだ許容範囲で、その日の業務時間内に片付けることができた。だが、ここまでとなると流石に来るものがあった。いつもの画面や書面上の仕事とは訳が違う。どんなに効率化したとしても、一人でやれることにも限度があるし、真面目に全機を万全な状態にするとなれば、最低でも丸三日はかかるだろう。
「やってられっか」
近くにあった安物のヘルメットに八つ当たりし、工具と重機の鍵を取って作業に取り掛かった。とりあえず、自分の機体は万全の状態に整備を終わらせ、残りは目立った外傷だけ修理を行った。それでも時間がかかり、完了した頃には既に日は沈んで夜になっていた。疲労で重い身体を動かし、村の拠点へと戻る道中、隊員共が酒を片手に馬鹿騒ぎをしている。そんな奴らを視界から外し「クソッタレが」と本日二度目の悪態をついて拠点内に入ろうとしたとき、騒ぎの中から女の子の叫び声がした。
「嫌っ、離して!」
「離さねぇよ、さぁこっちへ来やがれ!」
その方向を見ると、リーダーが村娘の腕を掴んで、拠点に連れて込もうとしていたのだ。最初は何かトラブルでもあったのかと思ったが、その子の保護者と思わしきおばさんが、涙を流しながら「お願い、その娘を離して!何も悪いことはしてないでしょう!?」と訴えてることや、酒に酔っている隊員達の表情がニヤニヤしていることから、状況を察した。「来るんだよ!」とリーダーが腕を更に強く引っ張り、村娘は泣き叫んで必死に抵抗して助けを求めた。それを不服に思ったリーダーは
「うるせぇ餓鬼だ、黙りやがれ!」
ドスッ!
と腹に拳を放った。
「うっ…」
娘は地面に屈みこんで、動けなくなってしまった。
「アリサ!」
保護者のおばさんが娘の名前を叫んだ。それに続いて村の住民達が批難の声を飛ばす。
「その子が何をしたって言うんだ!」
「村の警備がそんなことやっていいのかよ!」
「その子を離せ!クソ野郎!」
住民達がどんどんヒートアップしていく。とうとう男性陣の内の何人かが、足を踏み出そうとしたそのときだった。
バンッ バンッ バンッ!
喧騒の中を銃声が響き渡る。その銃声は、リーダーの取り出した拳銃からだった。幸い、その銃口は天に向けられており、ただの威嚇で収まっていた。静まり返った空気の中、隊員達は村民達を取り囲んでライフルを向ける。
「いいか良く聞け。命を張って、この村を守ってやってるのは、誰だと思ってんだ!?今こうして族共に襲われずにいるのも、命も生活も有るのも誰のおかげなんだ!?俺達のおかげだろうがぁ!!」
一方的にリーダーが怒鳴る中、村民達から一人の男性が前に出た。「ダメですよ村長」と数人に呼び止められつつも、両手を上げながら隊長へと歩み寄った。
「あなた方が危険を侵して、この様な村を外敵から防衛して頂いてることに、心から感謝しております。その証として、提示された金額の支払いは怠らず、しっかりさせております」
村長は紳士的にリーダーへ話しかけた。だが、酒と怒りでいつも以上に狂っているリーダーに効果は無い。
「ふざけんな!ただの電子の数字だか紙切れだか金属だか知らねぇがよぉ!そんな物を幾ら渡されようが、俺らの命と釣り合うわけがねぇんだよ!」
「ですが、村の者に危害を加えないで頂きたいのです。それではあなたも賊t」
ガッ!ズサー…
村長の顔面が歪み、地面に倒れた。リーダーが殴り飛ばしたのだ。村民達は村長の安否を確認しようとしたが、「動くな!」とリーダーが拳銃を村民達に向けた。
「俺を侮辱した報いだ。次、ふざけた真似をしようとしたら、撃つからな」
人の皮を被ったゴミ屑だ。同族であることに俺は吐き気を催す。だが村民達は、このイカれた主張を武力で突きつけられ、どうすることもできなかった。それを鼻で笑ったリーダーは、アリサと呼ばれた娘を無理やり立たせて、拠点へ引きずり込もうとしていた。アリサは小さく「いや…、いや…」と涙と共に言葉をこぼして、首を横に振っていた。そして、拠点の前で俺と目が合うと「たすけて…」と声を絞り出した。
「やめろ!」
声が咄嗟に出ていた。その場に居た全員の視線が俺に集中する。
「おい、今なんて言った?」
「聞こえなかったか?やめろと言ったんだ」
リーダーは娘を突き飛ばすと、俺の方に手をポキポキと鳴らしながら近づいて来る。
「おい新入り、ここでのルールってものをわかっていねぇようだなぁ?」
「あぁ、わかりたくもねぇよ。貴様の様なクズ野郎がほざく屁理屈なんざ」
「なら嫌でもわからせてやるよ」
そう言ってリーダーが殴りかかって来る。こうなることを予測していた俺は、すかさずナイフを取り出して、その腕を切りつけた。
「うぉっ」
血が飛び散り、リーダーは後ろに下がって腕を抑えた。
「このやろぅ…!」
純血した目でこっちを睨むと、後ろに振り返って隊員達に
「何をしている!さっさとコイツを撃て!」
と怒鳴った。一瞬の間を置いて、隊員達は俺に向けて一斉射撃を開始する。大量の銃弾が飛んで来る中、俺は急いで機体の方へと走り出した。幸いなことに、奴らが酔っているおかげで照準が定まらず、一発もかすりもせずに機体に乗り込むことができた。素早く機体の各システムを起動させ、モニターを確認する。そこには、急いで機体へ乗り込もうと向かって来る隊員達の姿と、近接戦闘用兵装のヒートブレードが映っていた。
「あれで奴らの機体を先に壊せば…」
強く操縦桿を握りしめ、慣れた手つきで機体を歩行させ、置いてあったヒートブレードを右手に装備する。そして、まだ誰も乗っていない機体へと接近し、コックピットを貫いた。一機、二機と奴らの機体を潰していると、何人かが搭乗を済ませたようで、メインセンサーに光が灯る。
『てめぇ、さっきはよくも邪魔してくれたなぁ!俺達に逆らったこと、地獄で後悔させてやる!』
リーダーの怒り心頭な声がコックピット内に響いた。そのすぐ後に機体が警告音を鳴らし、モニターには全速力で突っ込んでくるジャメンが映る。《敵機接近》と機体が何度も警告してくるが、俺はその場を動かなかった。その理由の一つは、相手が丸腰なことだ。そしてもう一つは…
ズドーン!
あの機体は、脚部に重度のダメージを負っているからだ。
『くそっ!貴様何しやがった!?』
派手に転んだジャメンから、さっきよりも怒り狂った声が鳴り響く。
「すいません。俺、修理が苦手なものでw」
そう皮肉たっぷりに答えてやった。
『どこまでも俺をおちょくりやがって!お前ら!さっさとあのクソ野郎を仕留めろ!』
他のジャメンが武器を取りに動くが、ある機体はその途中で擱座し、ある機体は武器の荷重に耐えられず腕を壊していた。損傷の酷い機体がどんどん戦闘不能に陥る中、損傷が軽微な四機がライフルを手に取ろうしていた。
「させるか!」
必死に立ち上がろうとするリーダー機を無視し、四機の内の一機にスラスターを吹かして突撃する。敵機は反転して対応しようとするが、既にこちらの間合いに入っており、右肩に向かってヒートブレードを斬りあげた。
ガァァーン!
脇から上方向へ振られたヒートブレードが、敵機の肩部の装甲板にぶつかって斬れ込みが入る。そのまま装甲板とその奥の内部フレームを徐々に溶断し、右腕を丸々斬り飛ばした。
「まずは一機…」
武器を腕ごと失った敵機は後退していき、残りの三機がライフルを構え、俺の機体を挟み込んでいた。だが、すぐには発砲してこない。
「安全装置!」
ライフルには機体の識別情報から、友軍への誤射を防ぐ安全装置が着いている。手動操作で外すことができるが、それには数秒の時間がかかる。その隙を逃さず、前方の二機へと突撃し、今度は脚部を斬りつける。
ガシィーン!ガシィーン!
遅れて回避しようと後退した二機は、斬られた部分に負荷がかかって、後ろに崩れ落ちる。残りの一機が背後からライフルを発砲してくるが、即座に回避行動を取って、ギリギリでそれを躱す。そして、そのまま反転して敵機に向き直り、左腕を胸部コックピットの前に出して、バラついて飛来する銃弾を受けながら、相手との距離を詰めていく。数歩後退りながら、銃弾をばら撒いて対抗する敵機だったが、弾切れになったところでライフルを捨て、全速力で逃げ始めた。
「逃がすか!」
こちらも有り余る推進剤を惜しむことなく消費し、スラスター全開で追いかける。数秒後、敵機の推進剤が底を尽き、機体が地面を擦って木々を薙ぎ倒しながら転倒する様子が見えた。俺はヒートブレードを構え、目標に追いついた所で振りおろし、敵機の脚部を叩き斬る。これで戦闘可能な機体は全て潰した。あとは隊員達の捕獲だが…。
『聞こえるか、クソ野郎』
そう考えてる最中、通信機からリーダーの薄ら笑い声が聞こえてきた。どういうつもりだ?と一瞬の思考の後、嫌な予感がした。急いで村へ戻ると、そこには頭と腕が血で染ったリーダーと、それを背に座らされているアリサの姿があった。リーダーの左手にはライフルが握られており、いつでもアリサの背中を撃てるように向けられていた。
『そこに機体を停めて、両手を上に降りてこい』
とことんゲスな野郎だ。だが、人質を取られている以上、俺は従うしかなかった。ヒートブレードを地面に置き、機体を膝立ちさせコックピットを開く。
「さっさと両手を上げろ!」
リーダーが怒鳴った。俺は言う通りにし、座席から立ち上がってコックピットの縁に立った。
「そう、それでいい…」
不敵な笑みを浮かべ、リーダーはライフルをこちらへと向けた。距離にして30m、決して外す距離ではない。俺は死を覚悟して、奴が引き金を引くのを待った。「フヒヒヒ」と気色悪く笑うリーダーが指を引き金にかけたそのとき…
ザッザッザッザッ
注意が逸れた隙に、アリサが走り出していた。リーダーが慌ててアリサへライフルを構え直す。
「まずい!」
こちらも急いで拳銃を取り出し、リーダーを狙う。左へ右へとぶれる照準がそれぞれの目標を捉えたとき、二つの銃声がその場に響いた。家屋の明かりに照らされた二つの鮮血が宙を舞い、二人の人間がその場に倒れた。一人は民間警備部隊のリーダー、そしてもう一人は…。
「おばさん!起きてよメイリーおばさん!」
アリサの保護者である、メイリーと呼ばれたおばさんだった。アリサが撃たれる寸前に突き飛ばし、代わりに銃弾の餌食になったのだ。アリサはメイリーを抱きかかえながら涙を流していた。
「うっ…、グスっ…、起きてよメイリーおばさぁん…。お願いだから…うっ、うぅ…」
メイリーの顔に涙がこぼれ落ちるが、それでも目は開かなかった。俺がもっと早く撃てていれば…、先にリーダーを捕獲して居れば…、様々の後悔が頭の中で駆け回る。それでも、なんとかしなければと、機体から降りて拠点へと走る。だが、アリサとメイリーの前に差し掛かろうとした所で、右頬に青あざのできた村長に「ちょっといいですか?」と呼び止められた。
「手短にお願いします。早くしないとあの人が…」
「安心して下さい、村の医者がすぐに対応に当たってくれます」
その言葉の後に、数人の白衣を着た医者達が、担架と救急箱を持って駆けつけて来るのが見えた。俺は早まっていた気持ちを落ち着かせ、村長の話しを聞くことにする。
「それで、要件は?」
「あなたの行動に感謝しています。アリサさんを救おうと一人で戦ってくれました。本当にありがとうございます」
村長は深々と頭を下げた。でも俺は、素直に喜ぶことが出来なかった。村長が顔をあげると、申し訳なさそうな表情で続けた。
「ですが、あなたはこれ以上この村に居ない方がいい。アリサさんや一部の住民は、あなたの存在も良しとしないでしょうから」
メイリーが担架で運ばれていき、涙で顔がぐちゃぐちゃになったアリサが、村長の方を見て泣きついた。
「どうしよう、メイリーおばさんが…グズっ、メイリーおばさんがぁ…」
「安心なさい、きっとすぐに元気になりますから」
そう言って村長はアリサの頭を撫でた。涙で視界がぐちゃぐちゃの中、アリサはこちらの隊服姿を見て口を開いた。
「出ていって!もう私たちに関わらないで!」
村長も小さく頷き、俺は拠点のカードキーを置いて、この村を去ることにした。
数十分後…
ジャメンをあてもなく操縦して数十キロ進んだところで、高さが機兵三機分にもなる見晴らしの良い崖に到達した。機体を木々の中に停め、縁から約4mの所に俺は座り込んだ。
「とことんついてないなぁ…。俺って」
数週間前まで俺は一流警備会社で働き、それなりに良い年収で充実した生活をしていたのだ。あの日、人生最大の事故を起こすまでは…。
「あ゙ぁ゙くそっ!」
近くにあった石を掴むと、力一杯空へ投げ飛ばした。怒り、苦しみ、悲しみ、悔しみ、その他一切合切の感情を詰め込んだそれは、一瞬で小さくなって崖の下へと姿を消した。
「はぁ、はぁ……、畜生」
荒らげた息を治めながら、俺は地面に寝っ転がった。見上げた夜空は燦然と星々が輝いており、とても綺麗だった。
「はぁ………、綺麗すぎる…」
この星はこんなにも汚れているというのに…。世界には星の数ほどの人間が存在すると言うが、ほとんどの人はこの星空の様に、ここまで輝いていない。人は私利私欲のために、他人を平気で傷つける。今までしてきた仕事や今日撃退した盗賊達、俺を含むあの部隊の人間を見てそう思えた。
「ふぅー………」
自分がどんなに真っ当に生きようと思っても、誰かの手によって簡単に崩されてしまうなら…。星空から目を背け、立ち上がる。その手を伸ばしても戻れないのなら…。崖の縁を目指してただ前進する。その力を持ってしても救えないのなら…。
「うっ…」
強風が吹き、歩みが一瞬止まる。その一瞬、村長の姿が浮かび、そして消えていった。この悲しき運命に抗えないのなら…。足は歩みを再開する。俺は……、俺は…。あと一歩でこの身が落ちる。それを引き止める様に風が吹き荒れたが…
「俺は!」
この運命に身を捧げよう…。その一歩を踏み出した。支点を失った身体は前に傾き、視界が暗い森で覆われ、残った足を地面から引き離した。落ちる、落ちる、落ちる。迫る地面が近づくにつれて、体感する時間の流れがゆっくりになっていく。高速回転する頭の中を、過去の記憶が大量に駆け巡る。母親にあやされ、公園で友達と遊び、学校でいい成績を取り、反対を押し切り警備会社に就職して、それなりに裕福な生活をし、事故を起こしてクビになり、次の職場をぶち壊した。これが走馬灯なのだろうか?だいぶ後味が悪いが、まぁ、どうでもいいか。もうすぐ終わるんだ。終わる、終わる、終わる。俺はゆっくり目を閉じ、そのときを待った。しかし…
キュイィーン!!
機兵のエンジン音が甲高く鳴り響き、俺は目を見開いてその方向を確認した。そこには、鋭角的なシルエットに、闇夜に紛れる漆黒の装甲を纏った一体の機兵が、蒼い光りを引きながら木々の上を高速で駆け抜ける姿が見えた。どうやら俺の方に向かっている様で、それは数秒もしない内に豆粒程の大きさから大型トラック程となり、気がつけばすぐ隣まで来ていた。
ボフんっ
俺は何か柔らかい物の上に落ち、三半規管が下方向から横方向に動きが変わったことを伝えていた。
「???」
想定を大きく外れた現実に困惑し、状況を把握するために上体を起こして辺りを見渡した。どうやら俺が落ちた場所は、人命救助用クッションが敷かれた機兵の手のひらの上で、理由はわからないが助けられたようだ。機兵は徐々に減速し地面に着陸すると、手をコックピットの前に動かし、そのハッチを開く。内部の明かりが徐々に漏れ出し、俺はその光の眩しさに目を細めた。一体どんな人物が出てくるのだろう?こんな高性能機を持つ部隊があっただろうか?いいや、聞いたことがない。凄腕の盗賊だったらどうする?命の恩人とか理由をつけられて、一生奴隷になれ等と要求されたら?そんな考えを巡らせながら、相手の姿が見えるのを待った。
「ん…?女?」
逆光の中に見えるシルエットは、パイロットスーツを着ているのか、女性特有の流線的なボディーラインを強調していた。だが油断してはいけない、女でも盗賊をやってるやつは居るし、この地域でも有名なやつは何名か居たはず。腰の拳銃をすぐに抜けるよう手を置いて、相手がはっきり見えるのを待つ。だんだん光に目が慣れて、その姿が見えてくると、俺の想定はまた裏切られた。そこに立っていた女性は、一言で表すと''美''だった。作り物の様に美しく整った「戦闘とは無縁」の顔をしており、それに加えて、機体色と反するかの様な透き通った白い肌と髪に、灰色の金具の様な物でアクセントの入った純白のスーツを身に纏っていた。俺が唖然としていると、女性が口を開いた。
「お怪我はありませんか?マスター」
「えぇ…、?は?ますたぁー?」
訳がわからない。初対面のくせに突然何を言い出すんだ?この女は…。とりあえず、なんで俺がマスターなのか訊いてみるか。
「マスターって何?俺がいつお前と会って、そんな関係になったんだ?」
「マスターとはこの機体の所有者の呼称です。あなたは今日23時21分をもって当機のマスターになりました。ですが、あなたと会うのは、これが初めてです」
俺は腕時計を確認すると23時23分を表示しており、つまりは2分前にマスターになったことになる。だが、そんな手続きをした覚えはないし、この人も初対面であることを認めている…。誰かの差し金か?でも、そんなことをするような奴が思い当たらない。
「人違いじゃないのか?」
「人違いではありません。念の為、再照合を開始します」
そう言って、女性がこっちを見た状態で固まった。
「お、おい。だいじょうb」
「照合完了。シンガ・ナキト 24歳 現在、民間警備部隊に……」
急に喋りだしたと思ったら、また動きを止めた。
「お~い、どうs」
「データ更新、現在''無職''」
「はぁ……。なんでこんな見ず知らずの人間に、そんなこと言われなきゃいけないんだろ…」
ただでさえとても落ち込んでいたというのに、助けてくれた人にこんなことを言われるなんて思わなかった。どうなろうが、生きてる限り悲しい俺の運命は変わらないようだ。
「申し訳ありません。そういうつもりはありませんでした。そういえば、こちらの自己紹介がまだでしたね」
お、とうとうこの女の正体がわかるようだ。俺はもう予想することをやめ、女の回答を待った。
「私は【デスシステム】、この機体【LlP-01トッドリパルレイザー】とマスターの生命管理アンドロイドです」
俺は機兵の手から降りて、森の中に向かって歩いていた。
「待って下さい、どこへ行くつもりですか?」
「悪いが付き合ってらんないわ。そういうのは他所の人間捕まえてやってくれ」
そう手を振って別れを告げるが、デスは機体を動かして俺の前に立ち塞がった。
「ダメですマスター。当機はマスターの所有物であり、それと同時にマスターは私の管理下に置かれなければいけません」
「だから、俺はマスターになった覚えは無いし、LlPシリーズなんて型番も、そんなアンドロイドも聞いたことがない。なんだよトッドリパルレイザーって、厨二病みたいで恥ずかしいと思わないのか?」
デスにそう問いかけるが、恥じらいや動揺といった仕草を一切せず、それどころか表情ひとつ変えずに俺を見下ろしていた。
「まだ信用して貰えていないのは残念ですが、今それは重要ではありません。夜も遅いですから、先にどこか泊まれる場所を探しましょう」
そう提案するデスを無視して、俺は反対方向へ歩き出した。また立ち塞がってくるなら、次は本気で逃げてやる。そのつもりだったが…
「仕方ありません。対話による説得が困難な以上、実力行使に移ります」
デスはそう言いながら、機兵の腕を伸ばして俺を捕まえ、コックピットへ放り込んでハッチを閉めた。
「おい、どういうつもりだ」
「私はマスターの生命管理アンドロイドです。マスターの生命の安全を確保するため、実力を行使しました」
俺はどうにかしてハッチを開こうと、目に付いたスイッチやレバーを片っ端から動かした。
「無駄ですよマスター。現在、この機体のコントロールは全て私にあります」
「じゃあ、こいつはどうだ?」
俺の視線の先、座席のフットペダルの間には◤◢◤◢注意:緊急用◤◢◤◢とある、いかにもな赤いレバーがあった。
「それはダメです!」
慌ててデスが止めに入ろうと手を伸ばす。
「ほほぅ、そうか…。おりゃ!」
その手が届く前に、俺は勢いよくそのレバーを引いた。その瞬間、照明が消えて真っ暗になり、ガコンッとコックピットが丸ごと下へ落ちる。
「何が、起こったんだ?」
レバーを引く際に前屈みになっていた俺は、真っ暗になった時点で引き起こされ、頭に何か柔らかいものが当てらていた。
「大丈夫ですか?マスター」
コックピットに灯りが戻ると、俺はこの状況に赤面した。デスが俺の頭を、自分の胸に抱きかかえていたのだ。
「ちょっ、おまっ何してる?!」
俺は早く離れようと力を込めるが、頭と胴体に回された華奢な腕は、見た目にそぐわず鉄格子以上にビクともしなかった。
「私には、このような機兵の介入が不可能な状況下において、マスターの有事の際には、こうして守るようプログラムされています」
「キャラ設定はいいから、さっさと離してくれ」
「了解しました」とデスがその腕をどけ、狭いコックピット内で俺はできるだけ距離を取った。そして少しの静寂が訪れ、その間徐々にコックピットが元の位置に戻っていく。完全に上昇が終わっても、この気まずい空気は続いた。とりあえずこの空気を打開すべく、さっきのレバーのことをデスに尋ねてみる。
「な、なぁ、あのレバーは一体なんなんだ?」
「先程のレバーは、敵機の攻撃によってコックピットブロックが破壊されそうな状況下で、パイロットの生存確率を上げる為の機能のひとつです」
デスはコックピットのモニターのひとつを操作し、そこに映像を含めた説明資料を表示させる。
「機兵戦闘での主な目的は、敵機の撃墜にあります。その過程で、敵機の装備や部位の破壊などがありますが、最終的な目標は動力部かコックピットの破壊です」
モニターの映像には、様々な兵装で胸部を破壊される機兵の姿が映され、その胴体部分を断面図にした、被害状況のシミュレーション資料が表示される。その資料では、下腹部と腰部に受けた損傷は少なく、確率的にパイロットを守れる可能性があること示していた。
「なるほど、そこで破壊される直前にコックピットを下へ逃がすってことか」
「そうです。そうすることで、当機と私の設計者はパイロットの生存率を上げるられると考えました。ですが…」
デスの表情が悲しげなものに変わる。
「この機能は手動操作のみで作動するため、当機で唯一私がコントロールできない機能になります。設計者には「ハッキングやシステムの損傷で、動作不能に陥ることを防ぐためだ」と説明されましたが、これでは完全にマスターをお守りできません」
デスは不満そうな顔でモニターを消した。設計者…?自分の親のことをそう呼んでるのか?そうだとしたら、この謎の機兵といい実の娘の名前や設定といい、親も子も頭がぶっ飛んでやがるな。てか…
「待った。そもそもの話しをして良い?」
俺にはそれ以前に、まずハッキリさせるべきことがあった。
「そもそもとはなんでしょうか?マスター」
疑問に首を傾けこちらを向くデスに対し、ハッキリと自分の意志を伝える。
「俺はお前のマスターじゃないし、なるつもりもない。さっさとこの監禁状態から解放してくれないか?」
「申し訳ありませんが、それはできません」
真顔で断られ、「なんでだよ!」と俺は苛立ちを隠さず怒鳴った。その声がコックピット内で反響するも、デスは一切動じることなく説明を始める。
「主に理由が二つあります。ひとつはマスターの生命を管理し守ることが、私の絶対に遂行しなければいけない使命だからです。そしてもうひとつが…」
少しの間を置いて、俺の方にデスは微笑んだ。
「マスターがまた、自殺行為に及ぶ可能性が高いからです」
おいおい、ニコっとしながら言うことじゃないだろw 俺は思わず失笑していた。
「はははははw、面白い。なんでそんなことが言える?」
「私には、半径約10km圏内に居る人間の感情と思考を読み取る機能【E&Cスキャナー】が搭載されています」
また電波設定かよ、いい加減にしてくれ。そう頭を抱えていると、それ見透かしたかの様な台詞がデスから発せられる。
「電波設定ではありませんよ?私が言っていることは本当です」
「なっ!いや、そんなの予測でどうとでもなる範疇だ。本当に思考を読めるんだったら、俺が今考えてる三つの色を当ててみろ」
そうデスを挑発し、俺は頭の中に複数の色を思い浮かべる。ワインレッド、スカイブルー、ライムグリーン、そしてブラック。ただの予測では到底完全に当てきれまい。さぁ、どうする?
「スキャン完了。では、当てさせていただきます」
「どうぞ」
デスは目を閉じ、モニターが再び起動する。
「一色目はワインレッドです」
デスがそう宣言すると、モニターの色もその色に変わる。俺が想像していた、その色そのままに…。
「正解だ」
だが、こんなものはまぐれの可能性だってある。それに、
「まだ二色残っている」
「そうですね」とデスはため息をついて、そのまま次の色を宣言する。
「二色目はスカイブルーです」
またモニターの色が変化する。またも的確に当ててくるデスに、俺は動揺した。
「せ、正解。残りは…」
「えぇ、わかっていますマスター」
デスが俺の言葉を途中で遮った。どうやら、さっさとこれを終わらせたいようだ。
「三色目はライムグリーン、四色目はブラックです」
モニターの上半分がライムグリーン、下半分がブラックに染まる。
「なん…だと」
この結果に唖然とする俺を前に、デスは淡々と言葉を放つ。
「全く、マスターはずるい手を使いますね。三つの色と宣言しながら、四つも出すなんて。まぁ、私の機能を証明する要素が増えたので、その分好都合でしたが」
「じゃあ、本当に思考を…」
「そうです。マスターが飛び降りる数分前から、マスターの状態を把握しておりました。そのため、あのような状況で的確に救助できたのです」
確かに、完璧な飛行速度の調整や、救助用クッションを既に用意していたりと、偶然としてはできすぎている。それに、俺の飛び降りを事故や事件の可能性を疑わず、自殺行為と断言したことも頷ける。こいつの言っていることが全て本当なら、生命管理アンドロイドとはなんだ?この機兵とこいつの設計者は一体何者なんだ?いったい何故俺がマスターなのか?と新たな疑問が次々と浮上する。それを感じ取ったデスが、また喋り始める。
「そうですね、私について詳しくお話しましょう。まず、生命管理アンドロイドについてからいきましょうか」
デスが座席を180度回転させ、座るように促した。俺が座席に座ると、まるでそこに居ることが必然かの様に身体がはまり、ここ最近のストレスでざわついていた気分が、徐々に落ち着いていく。その様子を見たデスは、嬉しそうに笑顔を見せ、落ち着いた声色で説明を始める。
「生命管理アンドロイドとは、マスターとした人間の寿命以外での死や、そのリスクを排除することを目的に設計、開発されたアンドロイドです。これらはまだ試作段階で、私を含めた数体の試作アンドロイドは現在、様々な地域で実践的な動作試験を行っています」
「つまり、お前も動作試験の一環でこうしていると」
「そうです」とデスが相槌を打つ。それさえ終われば、俺は晴れて自由の身になれる訳だ。だが、デスの話しにはまだ続きがあった。
「試験が終わり次第、問題が無ければデータのみを転送し、そのまま運用を開始する手筈になっています。良かったですねマスター。これからもずっと一緒ですよ」
「あぁ…、そう……だな…」
問題が無ければ…か……、いっそ腰の銃で破壊してしまおうか?
「それはやめておいた方がいいと思います。私にはE&Cスキャナーによる思考読み取り能力と、様々な戦闘プログラムがインストールされているので、生身における戦闘ではマスターに99.9%勝ち目はありません」
「ですよね~」
「話しを戻します。次に、私とこの機兵の設計者についてです。名前は【ヴァイシュバルツ・ローベルトン】、現在【Ll】所長兼、【LHI】三代目代表取締役社長にあたる人物になります」
「ローベルトン!?」
俺はその名前に驚愕した。ローベルトン一族は、これまで様々な超常的技術を発明し、世界の発展に大きく貢献してきた歴史を持つ。現在では機兵技術の最先端を走る、生ける偉人である。彼の会社LHIは世界レベルの大企業で、世界各地に関係会社を持っており、俺が以前務めていた【MGSs】の親会社でもあった。
「そんな凄い人が、お前とこの機兵の設計者なのか?!」
「そうです。設計者は持てる最新の技術を駆使し、私達とLlPシリーズを開発しました。世界の争いを加速させてしまった罪滅ぼしのために」
この世界に初めて機兵の原型機が現れたのが数百年前、その技術の大元はローベルトン一族の物だったと聞いたことがある。その技術を発展させ、機兵を完成させたのもローベルトン一族であり、それを皮切りに各国の争いは激化していった。それで流された血も、決して少ないものではなかった。
「だが、何故軍や警察ではなく俺なんだ?そういった平和的理想を叶えるためなら、そういう機関に導入すべきと思うのだが」
デスは首を横に振った。
「私とLlPシリーズは、現行の技術を大きく上回る性能を持っています。この強力な力や技術を一部の軍や組織等に与えることは、勢力バランスを崩すことに繋がり、新たな争いの火種となる可能性が高いと設計者は考えました。それならば、まずはそういった組織に属さない個人を対象にしたようです。他にも様々な理由がありますが、これ以上は機密事項に触れる可能性があるため説明できません」
「それで、その個人の中から俺が選ばれたということだが、それはどういう基準で決まったんだ?」
「それについては、私に搭載されているデスシステムと合わせて説明致します。まずデスシステムとは、E&Cスキャナーの範囲内に存在する、規定値を超えて死ぬ可能性が最も高い人間をマスターとして設定し、設定したマスターをあらゆる死の可能性から守ること第一目的に、当機と私を用いて行動するシステムです。ナキトさんがマスターに設定されたのは、E&Cスキャナー範囲内で唯一死の可能性が存在した人間だからです」
「じゃあ、犯罪者や反社会的思想を持った人間がマスターになったらどうなる?」
「それについては、私が保護及び防衛対象に相応しくないと判断した時点で、対象はマスターではなくなります」
なるほど
「実は俺、テロリストなんだよね」
「見え透いた嘘は感心しませんよマスター」
E&Cスキャナー有能すぎませんかね。
「マスター、褒めてもなでなでぐらいしか出せませんよ」
「いらんわ!」
俺が照れ隠しで反発してることを読み取ったデスは「ふふっ」と笑い、笑顔のままモニターを操作して、マップ上のひとつの場所にピンを立てた。
「とりあえず、今日はここに泊まりましょう」
現在地から数百キロ離れたそこには、まだやってるモーテルが一軒あった。それを見ている最中、デスが俺のシートベルトを閉めた。
「ちょっと待て、お前のことは理解したが、マスターになることは認めちゃいないぞ」
シートベルトを外そうとするも、ロックされているのか外すことができない。
「閉店まで時間がありません。話しの続きは向こうでしましょう」
デスが座席を元の方向に戻すと、機兵が宙に浮いて移動を開始した。モニターに映る木々は段々と後方に流れる速度を増し、気づけばそれらは一瞬で過ぎ去り、姿を捉えるのは不可能になっていた。既に音速を超えているはずだが、機体は安定して滑らかに飛行している。あの廉価版ジャメンで同じ速度を飛ぼうもんなら、即空中分解してしまうだろう。可変機なら別だが、もっと上の性能を持つ機兵でも、大気の影響で軌道が乱れるはずだ。それなのにこの機兵はそれもなく、尚も加速し続けている。
「な、なぁ?」
俺はデスに話しかけるも、返答は無かった。推進装置の音しかしないコックピットは比較的静かで、俺の声は届いている筈……、となると普通に無視されてしまった様だ。その後も何回か声をかけたが返答はなく、しかたなく俺は頭の後ろで腕を組んで目的地に着くまで待つことにした。
とある辺境にある少し古めのモーテルで、この店のたった一人の従業員こと店主の屈強な男性が、受付カウンターに頬杖をついて23時57分を示す時計をボーッと眺めていた。もうそろそろ閉めようかと考えている最中、外が蒼い光に照らされ、店主は駐機場に視線を移した。
「なんだぁ?あの機体は」
そこには、初めて見る漆黒の機兵が姿があり、綺麗な着地でピッタリと駐機場に降り立った。スラスターの音と光が消えた数秒後、何かの絶叫が聞こえた気がしたが、再び深夜の静寂が訪れる。そして数分後に店のドアが開き、純白の美女が姿を現した。「ヒュ~♪今日はついてるな」と店主が口笛を吹いた。
「すいません、まだ開いていますか?」
純白の美女が店主に尋ねた。
「あんたついてるな。ちょうど閉めようとしてたんだが、まだ開いてるよ」
上機嫌に店主が答えると、美女は「ありがとうございます」と笑顔を浮かべ、一人の男の手を引きながら店の中に入る。店主は「チッ、なんだよ。男連れかよ」と舌打ちをして、無愛想に書類と鍵を取り出した。
「こことここにサインと、何泊するか書いて置いといてくれ。料金は後払いだから忘れんなよ」
そう二人組に伝えて、バックヤードに消える。デスが書類を書き終え、逃げようとするナキトを強引に引きずりながら、駐機場の目の前にある宿舎の二階に連れて行く。部屋の電気をつけて中に入ると、少し大きめのベッドが一つにテーブルとクローゼット、それとシャワー室があった。デスがナキトを無理やりベットに放り投げ、ガチャっとドアの鍵を閉める。
「もう逃げようとしないで下さいねマスター。時間と労力の無駄ですから」
モーテルに到着してハッチが開く瞬間、俺は全速力で逃げた。だが、笑顔のまま人間離れした爆速で走ってくるデスに、即行確保されてしまった。その後も逃れようとしたが、華奢な腕に見合わぬ怪力で掴まれ、一切の抵抗は無意味に帰した。うつ伏せで布団に顔を埋めている俺の傍に、デスが近づいて来る。
「どうしてもマスターは私から逃れたいのですか?」
「………」
顔を背け、俺は沈黙した。数歩の足音の後ベッドが沈み込み、俺の背中に手が置かれる。
「あなたは救おうと全力を尽くしました。その姿勢は素晴らしいことです」
だが、力が足りなかった。救えなかったんだ。結果が伴わない勇者は勇者ではないんだ。
「なら私がマスターの力になります。私とトッドリパルレイザーがあれば、マスターは無敵です」
確かに無敵かもしれない。だがそれは物理的にだ。
「もういいんだ。俺は疲れたよ」
デスが横に寝転び、俺の身体を持ち上げて転がし、自分の方へと顔を向かせる。
「なら、私が癒してあげます。さぁ、こっちへ来てください」
デスが微笑み、両腕を広げて待っている。
「いいや、いい」
俺はまた反対へと寝返った。
「なら、添い寝だけでも…」
「必要ないと言っているだろう。所詮ただの機械だろ?人間の真似事なんかして気持ち悪いんだよ」
俺が俺をどうしようが自由の筈だ。なのに、どうしてこんなロボットのおままごとに、付き合わされなきゃいけないんだ。
「………わかりましたマスター」
デスがベッドから立ち上がり、ドアの方へと歩いて行く。
「私は機体の整備を行ってきます。マスターはゆっくりお休み下さい」
そう俺に伝えながらドアを開け、部屋から出て行く。ガチャっと施錠された音を聞いたあと、身体にどっと疲れが押し寄せ、俺はそのまま目を閉じて深い眠りに付いた。
部屋のドアの横につけられた橙色のランプに照らされた廊下で、デスは数十メートル先に見えるトッドリパルレイザーを眺めていた。整備とは言ったものの、遠隔で機体の状態はいつでも確認できるし、見たところ一切整備の必要が無い万全な状態だった。たとえ損傷があったとしても、軽微であれば自己修復機能があるので、放置しておいて問題はない。つまり、マスターが完全に寝付くまで暇なのだ。やることも無く、ただデスは柵にもたれかかってトッドリパルレイザーの顔をぼーっと見つめる。
「人間の真似事ですか…」
私の設計者は言った。「たとえ機械であったとしても、生命や魂は宿る」と…。本当にそうなんだろうか?私は人間の脳を模倣したコンピューターを搭載していますが、そういった物を感じることができません。私がただのシステムの合理的決定で動く人形だからだろうか?私というデータが、いつでも複製可能だからだろうか?人間のように生死が定められていないからだろうか?どんなに思考を巡らせてみても、この疑問を解決する術を、私は持ち合わせていなかった。ネットに接続して検索してみても、答えは見つからない。あのとき、設計者に何故そう考えるのか、その理由を訊いておけば良かったと後悔した。
「もし私が人間だったら。マスターはこの様に接しなかったのでしょうか…」
私が人間と偽ってマスターと接触していれば、もっと円滑に事が運んだかもしれない。だがシステムの予測では、彼の能力値から虚偽が発覚することは確実で、信頼関係の崩壊から最悪の結果に繋がると示していた。その後も様々なシミュレーションを行ない、今の関係が悪いことを受け入れ、徐々にマスターの信頼を得て、心を開いて貰うしか無いと、デスは結論付けていた。そうだ、マスターはもう寝ただろうか?デスが状態を確認する為E&Cスキャナーを起動すると、複数有る反応の内、ひとつがこちらに接近していた。その方向を見ると、バットを担いだ店主が居た。
「よう、お嬢さん。まだ起きてたのか?」
目が合った店主が陽気に話しかけた。
「えぇ、ちょっと夜風に」
それに対しデスは素っ気なく答えた。店主は微笑みながら相槌をし、空いている片手の上でバットをバウンドさせながら、駐機場の方へ身体を向けた。
「あの機兵はお前さんたちのか?」
店主はバットをトッドリパルレイザーに向ける。
「えぇ、そうです」
「凄いな!あんな機兵は見たことない!カスタム機持ちは何回か来たことがあるが、そいつらとは全く別物だ」
オーバー気味に驚く店主の白々しい態度に、デスは少しの不快感を感じながらも、それを表に出さずに店主の目的が話されるのを待った。
「こんな機兵を持てるほど、お前さんたちは相当お金に余裕があるようだが、実はこのモーテルにはちょっとした割引サービスがあるんだ」
「いいえ、定額で結構です」
デスがキッパリ断ると、店主はやれやれとこちらへ向き直り、近寄ってくる。
「おいおいお嬢さん。人の話しは最後まで聞こうぜ?」
「定額で問題ありません。おやすみなさい」
部屋に戻ろうとドアノブに手をかけたとき、そのデスの腕を店主が掴んだ。
「ちょ~っと付き合ってもらうだけでいいんだがな。やりようによっては、タダにしてやってもいい」
デスが店主にギロッと睨みつけると、「いいねいいね~」とニヤついた店主が顔をすぐ傍に近づけて囁いてくる。
「彼氏にもそうして愛想つかされたんだろ?お嬢さんみたいな美しいお方を放っておく様なやつなんか気にするなよ。俺と一緒になった方が絶対楽しいぜ」
「いい加減にして下さい」
デスは店主の手を振り払って距離をとった。
「この会話は録音させてもらいました。これ以上変なことをするのではあれば、警察に通報させていただきます」
デスはこれで手を引いてくれると思っていたが、それでも店主は余裕そうな態度で「あぁ、好きにすればいい」と言った。訳がわからないが、E&Cスキャナーによると虚勢ではないのは確かだ。
「捕まることを恐れないのですか?」
デスの問いに対し、店主が何が可笑しいのか「ははは」と笑って答える。
「残念だが、俺は捕まらない。ここらでは似た様なイタズラの通報が多いんだ。それに、深夜帯でこんな辺境のモーテルだ。警察が来るまで時間はたっぷりある。それだけあれば充分なんだよ」
店主がバットを片手に「さ、おしゃべりは終わりだ」とジリジリと距離を詰めてくる。その勝ち誇った店主を見て、デスは「はぁ…」とため息をついた。
「そうですね、確かにそれだけあれば充分です」
そのとき、トッドリパルレイザーの瞳に蒼い光が灯る。
「なにぃ?!」
起動したトッドリパルレイザーが、背部ハードポイントアームを重厚な機械音を発しながら動かし、そこに懸下していたレーザーライフルを右手に装備する。そして、その戦艦の主砲程ある銃口の先を店主に向けた。
「ちっ、遠隔操縦か。だがこのまま撃てば、お前と彼氏もタダじゃすまないんじゃないか?」
それに対し、デスが微笑んだ。
「心配の必要はありませんよ?精密な出力調整で、あなただけを跡形もなく消滅させられますので」
店主は軽く冷や汗をかいていたが「はっ、ハッタリだね。そんなことできるはずがない」と否定した。
「なら試してみましょうか」
ライフルの銃口から数本の細い光が放たれる。その蒼い光線がバットに命中すると、そこに綺麗な穴が無数に出来上がった。
「ヒッ!!」
血の気が引いた店主がバットを床に落とすと、構造が脆くなった部分から折れてバラバラになる。それを見て更に顔を青ざめ、数歩後退って駆け足で逃げだした。
「暇つぶしには丁度良いですね」
独り言を呟いて、デスは店主を追いかけた。
ガチャッ
ナキトの寝る部屋の扉が開き、店主への尋問と拘束を終えたデスが戻ってくる。どうやら、電気をつけたまま寝てしまった様で、部屋はそれなりに明るかった。ベッドの隣にある照明のリモコンを取る時、デスの視界に熟睡しているマスターの顔が入る。
「ふふっ、可愛い寝顔です」
デスが部屋の電気を消し、マスターの隣に横たわる。うつ伏せで寝るマスターの横顔をしばらく眺めて、もうそろそろ自分もスリープモードに移ろうかと思っていると、マスターの表情が苦しそうなものに変化する。何か悪夢を見ている様だ。
「どうしましょう…」
たとえ思考や感情を読み取れるE&Cスキャナーを持ってしても、その夢の正確な内容までは把握できない。それに、ただの悪夢で死ぬ可能性が殆ど無い為、こういうときの対処法が明確にプログラムされていないのだ。
「う、うゔぅ…」
悪夢にうなされたマスターが呻き声をあげる。デスが「何かしてあげないと」と思い、マスターの頭に手を伸ばした。土や砂汚れでちょっとパサパサする髪の毛に触れ、起きないように優しく左右に撫でる。すると、マスターの表情が少し和らぎ、しだいに寝息も「スー、スー」としたものに戻っていった。
「なるほど、こうすればいいのですね」
そう小声で呟いたデスは、撫でていた手をマスターの背中に回し、もう片方の腕も下から通して、優しくマスターを抱き締める。
「マ……マ…」
そう寝言を呟いたマスターに、頬にデスがキスをする。安心しきった寝顔になったマスターに「おやすみなさい。ナキト」と囁いてデスも眠りについた。
薄暗い高層ビルの一角、一人の白衣の男性が、モニター上に転送されてきたデータを眺めていた。それらは膨大で難解な情報の濁流で、一般人には文字通り''眺める''ことしかできないであろう。しかしこの男性は、転送が開始されてから終了するまでの十数秒間で、その内容全てを脳内でシミュレーションした予測値と照らし合わせながら把握した。
「どうやら、一号機は想定通り稼働しているようだな」
そう言って男性はモニターを操作し、別のデータを引っ張り出した。そこには一体アンドロイドと一機の機兵、それに関する様々な数値が表記されていた。
「こっちはまだか…、やはり作業に少し遅れが出ているな」
男性にはその理由がすぐにわかった。
「急遽開発を開始させた追加装備による材料不足と生産ラインの圧迫…」
だが、この問題に関してはどうすることもできなかった。今開発中のこれらには、最重要機密に当たる素材と技術が両方とも使用されており、おいそれと素材の採取や設備の増設ができないのだ。
「今はそのときでは無い…か」
男性はモニターを消し、部屋を後にした。
真っ暗闇、俺はぽつんとそこに立っていた。
「ここは…」
ふわふわと俺の声が暗闇に反響する。周囲を見渡そうとしても何も見えない。
ビーッ ビーッ ビーッ
突然警告音が鳴り響き、視界が赤い煙幕に包まれる。次に耳元でバババババババと機関砲の音が発され、俺は驚いて地面に転げ落ちた。すると、色んな人の声が様々な方向から聞こえ始める。
「本当にそれにするの?」
「わざわざお前がやらなくても、代わりは沢山居るだろうに」
「足を引っ張るんじゃねぇぞ」
「やめろ!撃つな!」
「貴様が撃たなければ」
「この人殺し!」
「君は優秀だった。実に残念だよ」
「あの企業をクビだとよ!残念だったなぁw」
「出て行って!」
俺は耳を塞いで、かき消すように叫んだ。
「やめろ!」
だが、声達は一向に収まらない。
「やめろ、やめろやめろ!やめろー!!!」
そのとき声達がピタッと止み、暗闇に一筋の光が差し込んだ。立ち上がってその先へ歩くと、平原の上にひとつの白い家と一人の黒髪の女性が立っていた。俺がその方へ近づくにつれ、女性の姿が段々はっきりとしていく。
「母…さん?」
そう思ったとき、その姿を覆っていた靄が晴れ、それが母さんだとわかった。
「ナキト、いらっしゃい」
両手を伸ばす母さんの元へ、俺は駆け足で向かった。さっきまで全てを覆っていた暗闇がどんどん光に照らされていき、平原の目の前に着く頃には真っ白になっていた。そして平原に踏み込んだとき、俺の身体は少年時代に戻り、無邪気に大好きなママへと飛び込んだ。ママはそれをお腹で受け止めると、手を僕の頭に置いて優しく撫でた。
「よ~しよ~し、辛かったね」
「うん…」
小さく頷く僕を見て、ママは微笑んだ。青空の下、ママが草の上に座り込み、天を見上げる。
「大丈夫、あなたには私がついてるから」
「ほんと?」
僕の問いにママがこっちへ向いて、「うん、ほんと」と答えた。どうしてほんとなのかわからないけど、目の前に大好きなママが居るからいいやと抱きついた。
「ママ、大好き」
「うん、私も大好き」
とママも抱き返す。
「あなたは強い子、だって私達の血を継いでいるから」
ママは僕が挫けそうになると、いつもそう言って励まし、元気づけてくれた。なんでも、ご先祖さまが伝説の人物らしい。
「でも…、僕……」
僕にはそんな力があると思えなかった。そんな僕をママが膝の上に寝かせると、「今はゆっくり休みなさい」と頬にキスをする。すると、僕は眠気に見舞われて、徐々に瞼が落ちていく。まだママと一緒に居たいと目を開くが、段々と重みを増す瞼に抗えなくなっていく。最後に目を開けたとき、家の日陰から覗き込む母さんの髪が、白になっていた気がした。
窓から入る朝日に照らされ目を覚ますと、目前には幸せそうに眠るデスの顔があった。
「全部夢オチとかで良かったのに…」
とりあえず起き上がって離れようとするが、デスの腕がそれを邪魔する。
「な?!」
腰に回された腕を解こうとするが、やはりビクともしない。なにこいつ、俺が逃げないように就寝中もこうやって拘束するのかよ!デスの腕と格闘すること十数秒、その腕が緩むと同時にデスも目を覚ました。
「あ、マスター、おはようございます。いい夢は見れましたか?」
眠気混じりのほわほわした声で、デスが朝の挨拶をする。
「さぁな、覚えてない。てか、これを早く退かしてくれ」
「あ、すいません。つい…」
デスが腕を退け、俺は起き上がった。このあとどうするか考えたが、何も思い浮かばない。職も住む場所も、やるべきこともやりたいことも、その何もかもを失った俺には、人生のリタイア以外の選択肢が無かった。後ろで立ち上がったデスが俺の前に立つと、唐突に俺の手を掴んだ。
「マスター、一旦シャワーを浴びて来てください」
次の瞬間、強引に立ち上がらさせられ、シャワー室の扉が開く。
「え、ま、いきなり何すんだよ!」
トイレ兼脱衣場に無理やり連行され、デスに退路を塞がれた。
「服を脱いだら、こちらに渡して下さい。コインランドリーで洗ってきますから」
「ちょ、人前で裸ってお前…」
「安心してください。私は生命管理アンドロイドです」
「そういう問題じゃないだろー!」
しばらくして、服を持ったデスがシャワー室のドアから出て行くと、そのまま外のコインランドリーへと向かった。なんだろう、この複雑な心境は…。とりあえず、服もすることも無いので、シャワーの蛇口を捻って身体を洗い流した。皮膚や髪の毛に付着していた砂や土、こびりついた返り血等が水に薄れて排水溝へと流れていく。お湯で身体が綺麗になっていく反面、それを見ていた俺の心は暗く冷たかった。俺の汚れは、そう簡単に洗い流せるものではないのだ。
「クソっ」
備え付けのシャンプーやボディーソープで一通り身体を乱暴に洗浄した後、置いてあったバスタオルで水分を拭き取っていく。そこで、一つ重要なことに気が付いた。
「あ、着替えねぇじゃん…」
仕方なくバスタオルに身を包んだ俺は、ベッドの上で手持ちの貴重品を確認しながら、デスが戻ってくるのを待った。貴重品と言っても、脱ぐ際に外した腕時計と財布ぐらいしかないが。
「所持金は数万Gちょっと、装備はあらかたジャメンの中…」
はぁ、どうしたもんか。そう考えていると、外からドタドタと足音がしてくる。なんだ?と思って玄関の方を向くと、バァン!と勢いよくドアが開く。そこには白いコート姿のデスが、衣類を片手に立っていた。
「お待たせしましたマスター。着替えを持ってきました」
「お、おう…。でも、そんな急がなくてもいいんだぞ。他の客にも迷惑がかかるだろうし」
「あ、」っと頬を赤らめたデスが、E&Cスキャナーで周囲を確認する。幸い、不快感を抱いた人間は居なかった様で、「ほっ」と安心する。
「すいません…。でも、マスターに風邪をひかれる訳にはいきませんから」
「そ、そうか…」
デスが静かーにドアを閉めると、こっちに来て持ってきた服を俺に渡した。新品の様に綺麗に畳まれたそれらを、一つずつベッド広げて見ていく。下着と肌着…黒、シャツ…黒…、ズボン…黒……、上着…黒………、全部黒じゃん、厨二病か?しかも、ちょっとカッコいいSFアニメのコスプレみたいなデザインだし、てか上着なんてデスが着ているコートと、丈以外ほぼおそろいじゃねぇか。
「なぁ、不満とかじゃないんだが、これは誰が用意した物なんだ?」
「私の設計者です。彼がデザインし製作したものとなります。黒一色なのは、彼の美学だそうです」
「美学……、ねぇ…」
俺には理解し難いよ。自分自身が着るものならまだしも、赤の他人が着るんだし…。とはいえ、他に着る物も無いので、さっさと身に着けることにした。
「おぉ、マスター似合ってます」
全て着終わったタイミングで、デスが小さく拍手しながら言った。
「本当か?こういうのって、イケメンとかじゃないと厳しくないか?」
シャワー室の鏡で自分の姿を確認してみると、意外に案外悪く無かった。サイズもピッタリだし、着心地も良いしで、真っ黒なことを除けば、これはこれでアリだな。
「それで……、お前は俺をこれからどうするつもりなんだ?」
今の俺には、職も住居も金もやる気も無かった。かと言ってそれをこいつが許す筈もなく、解決するために何か行動するだろう。昨日時点で、俺はこいつに敵わないことは理解した。ならば、無駄に逆らわない方が賢明だと思ったのだ。
「そうですね…、一旦この近くの町で、朝食をとりましょうか」
朝食という言葉を聞いた俺の腹が、ぐぅ~と情けなく鳴った。そういえば、昨日の朝から何にも口にしていなかった。ぶっちゃけ、このまま何にも食べなくてもいいか…、とか考えていると「マスター?」とジト目でデスが顔を覗き込んで来る。
「あぁ、そうだな…」
俺は大人しく従う。それにデスが笑顔を見せると、俺の手を引いて玄関を開いた。
「さぁ、行きましょうマスター」
モーテルから少し離れた草むらの裏で、双眼鏡を覗く女性が一人と、その後ろで同じ方向を見る男性二人の計三人組が隠れていた。彼らの視線はモーテルの一室のドアと、駐機場の漆黒の機兵に向けられていた。
「いや~、あの機兵かっこいいっすね」
後ろの細マッチョな男性が一人呟いた。それに対し、もう一人のガタイがいい男性が反応する。
「そうか?俺はもっと無骨な方が好きだな。かっこいいのは認めるが…」
「確かに、お前の趣味には合わなそうっすねぇ…」
「あぁ、あそこまで完成された機兵だと、どうもねぇ…。だが、見たことない構造をしてやがる。これには趣味以上に興味をそそる」
「やっぱり整備長も知らないタイプっすか、さっさと鹵獲してやりたいっすけどねぇ」
それを聞いた双眼鏡を覗いている気の強そうな女性が、その会話に声を挟んだ。
「今は様子見だけと言っただろう。まずは相手がどんな奴なのか、しっかり観察してからチャンスを窺うんだよ。いいね?」
「「はい!アネキ!!」」
男性二人が、ビシッと姿勢を正して大声で返事をした。
「馬鹿っ!向こうに気づかれたらどうする!あ、ほら、出てきた」
三人組が急いで草むらに隠れ、そぉ~っと再び双眼鏡で様子を伺う。
「情報通り男女のカップルだな。なんだい、偉く美人じゃないか」
美人と聞いた細マッチョが、慌てて自分の荷物を漁り始める。
「アネキ、美人なのはどっちの方でしょう?」
「女の方さ。あと先に言っとくが、撮影はまだやめときな」
ピタッと細マッチョの動きが止まり、ゆっくりと出した荷物を戻し始める。
「はい…、アネキ……」
しょんぼりする細マッチョをもう一人が慰める中、構わずアネキは偵察を続ける。
「小娘が、無警戒に仲良く手なんか繋いじゃって。大人しく都会でモデルでもやってれば良かったものを、あんな機兵を見せびらかしながら、何にも知らずにのこのことこんな地域に来るなんて運が悪いねぇ。男の方は普通も普通…気だるそうで真っ黒なとこ以外触れるところ無し、二人とも弱そうだねぇ」
とはいえ、外見や仕草だけで相手の力量を全ては量れない。アネキは双眼鏡を倍率を上げて、詳細な装備を確認する。だが武器らしい武器が見当たらず、それっぽいものは男の腰にある見慣れない拳銃だけだった。
「武器も拳銃一丁だけとはねぇ。相当の実力者か、不用心すぎる阿呆のどっちかだね」
観察対象が階段を降り始めたとき、美女が男性に振り向き何かを伝え、少し驚いた様子を見せた。まさかこっちに気づいたか?心拍数が上がり、アネキが手元の銃に手を掛ける。だが、男性はすぐにさっきの気だるそうな状態に戻り、美女に腕を引かれながら付いて行く。ホッとしたアネキは銃から手を離し、双眼鏡の倍率を下げる。そのとき、美女が前を向き直すほんの一瞬、目が合った。アネキがすぐに倍率を戻して確認するが、二人は何も無かったかのように普通に歩いていた。気のせいか…とアネキが双眼鏡を外し、手下の方を向いて座り込んだ。
「どうします?装備はこっちのが上っすし、支払い中に機兵を奪うことも可能と思うっすけど」
細マッチョの方がライフルを片手にアネキに提案する。だが、ガタイのいい整備長がそれを否定した。
「機種が割れているならいいが、あの機兵は何があるかわからない。この前のニュースでLlが遠隔操縦モジュールや自立型AIの実用化に向け、様々な地域でテストをしてるって観たし」
「つまり、整備長はこいつがそれを積んでる可能性があるって言いたいんっすか?そんなまさかぁ」
「そのまさかがあるかもしれない。俺としてはあの機兵スペックが割れてない以上、こっちの勝率も不確定だ。仕掛けるとするなら、纏まった戦力でやるべきだと思う」
意見が割れた二人は揃ってアネキの方を向いた。
「どうします?アネキ?」
「俺もアネキの判断に任せる」
アネキは悩んだ。正直、今が絶好のチャンスではあった。パイロットは機兵から離れているし、こちらの戦闘準備は住んでいる。だが、あの女と目が合った瞬間がアネキの思考を引き止めた。何か嫌な予感がする…。そのとき、アネキの後ろで機兵が動く音が聞こえた。
「アネキ!あれ!」
蒼い輝きを発しながら、宙に浮き始めた漆黒の機兵を細マッチョが指差した。
「な…、どうしてだい!?」
支払いと鍵の返却でこっちが動く時間は充分にあった筈だ。しかし、アネキがその方向を確認したときにはもう、機兵は遠くへ飛び去っていた。そして入れ替わる様に、一台のパトカーがこちらに向かって走って来ていた。
「あ゙の゙雄豚、しくじりやがったな゙ぁあ゙」
「アネキ、追いますか?それとも撤収しますか?」
整備長の問いに対し、消えて行った獲物を鋭く睨みつけながら答えた。
「もちろん追うさ。このディプファー様が一杯食わされたんだ。絶対に逃がしやしないよ!」
「「了解です!アネキ!」」
高度1,000m、漆黒の機兵は悠々と空を飛んでいた。
「なぁ?本当に良かったのか?」
次の目的地に向かうトッドリパルレイザーのコックピット内で、俺はデスの方へ振り向いて訊く。
「先程も伝えましたが、気前の良い店主さんが特別にサービスしてくれたので、問題ありませんよマスター」
「そう、ならいいんだが…」
モーテルを利用したことが無かった俺だが、代金を無料にしてくれるサービスなんて、聞いたことが無かった。デスは詳細を話してくれないし、何か隠している気がする。やはり機械である以上何を考えているかわからないし、信用はできないな。しばらくして、モニター越しの景色に前時代的な町が見えてくると、機兵が速度を落とした。
「マスター、目的地はもうすぐです。モニターにマスターの所持金以内で利用できる飲食店をリストアップしたので、先に決めておいて下さい」
「あぁ、わかったよ」
町の隣に表示されたリストを流し見て、適当に一番上の少し大きめの酒場を選ぶ。すると町の中央ら辺にピンが立ち、機兵がそちらへとコースを変える。町の上空付近に入り、機兵はさっきまでの高速飛行を止め、鳩のようにゆったりとしたものへ変えた。数十秒の遊覧飛行の後、酒場の隣にある線が引かれただけの駐機場に着陸し、「行きましょうマスター」とデスに引っ張られながら機兵を降りる。
カランカラン
ドアベル付きの扉を開けて酒場の中に入ると、「いらっしゃい!」と店主と思わしきムキムキエプロンの人物がこちらに挨拶する。店の中はそれなりの人数の客で賑わっており、その内何名かは俺たちの見慣れない姿を少し眺めたあと、その視線を元に戻した。俺たちが空いている席に着くと、店主がメニュー片手にこちらへとやって来る。
「どうもお二人さん、注文は何にしますか?」
店主が差し出したメニューには、様々な料理や飲み物が手書きで記されていた。とりあえずオススメとある【機兵乗りのスタミナステーキ】と【機兵乗りのビール風ジュース】を俺が頼むと、デスも同じものを注文した。内心それに驚いた俺だったが、それに構わず店主の注文の確認に対し「はい」とデスが応え、店主がテーブルを離れていった。店主が見えなくなったところで俺は、さっきの注文についてデスに訊く。
「なぁ?お前アンドロイドなんだよな?人間の食べ物とか食べて平気なのか?」
「問題ありませんよマスター、私の身体の一部は人間を模倣した細胞型ナノマシンで構成されていて、食品の経口摂取によるエネルギー確保にも対応しています」
「へぇ、また変わった機能だな。設計者はどういう趣味してんだ?」
「私の使命はマスターの生命管理にあり、必ずマスターと同行しなければいけません。そうなると、今回の様な外食でマスター一人だけが食事をするのは不自然ですし、マスターも食べずらいだろうとの判断から着けられた機能だそうです」
「なるほどねぇ。まったくなんて技術力だ。きっと他にも素晴らしい機能が詰まってるんだろうよ、自爆機能とかな」
そう嫌味たっぷりに言ってやると「安心してください。マスターに危害が加わるような機能はありませんから」とデスは笑顔で返した。ったく、本当に面倒な奴に捕まってしまったと今更になって思う。とりあえず料理が来るまで暇だし、適当に店内を見渡していると、ひとつの掲示板が目に留まった。
「賞金首リストか…、本当に有るもんなんだな」
貼り付けられた紙には、様々な人物の顔写真や似顔絵と機兵などの装備から特徴まで掲載されており、それぞれその下には七から九桁の数字が並んでいた。しばらくそれを眺めていると、店主が料理を運んで来る。
「お待たせしました。こちら、ご注文のステーキとお飲み物になります」
テーブルに置かれた分厚めのステーキは鉄皿の上でジュージューと音を立て、さらに香りでこちらの食欲を刺激してくる。
「わぁ、美味しそうです」
ね?マスターと共感を求める様に目をキラつかせたデスがこちらを見てくる。なんだろう、その反応に苛立ちを感じたが、実際そのステーキは美味しそうだし、特に否定する理由も無いので同意した。
「あぁ、そうだな」
「そう言って貰えて何よりだ。ゆっくりしていってくれ」
そう店主が笑うと、手書きのレシートを置いてテーブルを離れてカウンターの奥へと戻って行った。さて、頂くとするか。テーブル脇に置かれた木製の箱からフォークとナイフを手に取ると、「それで自分を切ったりしないで下さいよ、マスター」と少し険しい表情でデスが注意する。
「安心しろ、人に迷惑がかかるような死に方はしない」
そう答え、俺は一切れの肉を口に含む。やはりそのステーキは、空腹なのも相まってとてつもなく美味しかった。ちゃんとした料理を食べるのは何時ぶりだろう…。村の防衛での出張中は、基本軍用のレーションやインスタント食品ばっかだったし、家に帰れても低賃金&重労働で、外食や料理をする気力も金も足りなかったからなぁ。デスも切った肉を一口かじり、その表情を幸福という蕩けた笑顔で埋めた。俺もその幸福を味わっていたが、その心の中では複雑な感情が疼いており、デスから半分ほど空いた鉄皿に視線を落とし、俺はナイフを強く握った。
「マスター、先程の発言でひとつ伺ってもよろしいですか?」
「なんだ?」
ナキトは無愛想に応えた。
「人に迷惑がかかるような死に方はしないと仰いましたが、死んでしまったらマスターの家族や友人に迷惑がかかってしまうのではありませんか?」
ナキトはため息をついてフォークとナイフを置くと、明後日の方を向いて頬杖をついた。
「いねぇよそんなもん。母さんはとっくに死んじまったし、親父とはその日以降連絡すら取ってないからな。友人だって、今じゃ誰一人も居なくなっちまった」
E&Cスキャナーがマスターの底知れぬ悲しみを検知する。そうでなくてもマスターの冷たい声色と表情で、心境は伝わってきた。
「申し訳ありませんマスター…そうとは知らずに私……」
「わかっただろう?俺が死んで悲しむやつも、迷惑かかる相手も居ないんだ。だから、俺の命は俺がどうしたって構わない」
マスターが冷ややかな視線でこちらを睨む。私は何も言えなかった。数秒の間を置いてマスターが再び食器を手に取り、熱を失った半分のステーキを口へと運ぶが、私は同じように食事を再開することは出来なかった。それに、胸の奥に有るエネルギーポンプが動作不良を起こし、首の駆動系も上に向けて動かす事が出来ない。自分でもわからない不具合と苦痛に苛まれていると、とうとうマスターの鉄皿が空になり、ジョッキ一杯を飲み干して財布を取り出す。そして代金をテーブルの上に置くと、立ち上がって私の前から去ろうとする。私にはどうしたら良いのかわからなかった。
ガシッ
それでも私は、マスターの手首を強く握って引き止めた。
「なんだよ、痛いんだが」
ナキトがその手を振り解こうとするが、デスの怪力相手にはビクともしない。俯いたデスは更にギュッと握ると、しばらくして声を絞り出した。
「…たし…が…ます……」
俺は、はっきり聞こえない言葉に「何言ってんだ?」とさらに苛立った。だが、様子が変なデスが気になって顔を覗き込むと、目には涙を浮かべていた。その一滴がテーブルの上に零れ落ちると、今度は震えてはいるが聞こえる声でデスが再び言葉を放った。
「私が…居ます。マスターが居なくなったら、私は悲しいです」
その一瞬、俺の心が揺れ、彼女が一人の人間に見えた。だが、俺はそれを認めたくはなかった。
「それは錯覚だ。お前は人工的に製造された機械で、その感情も造られた偽物なんだ。お前も理解しているだろ?」
そう、上手くできた偽物なんだ。プログラムが導き出した結果に過ぎない。だが、デスは首を横に振った。
「解りません。こんなに苦しいのに解らないんです。ただ、使命以上にマスターには居なくなって欲しくないんです」
にわかには信じ難がったが、俺は彼女の言葉が嘘とは思えなかった。再び俺の心が揺れる。それに付随して何かが蠢き、中で疼き始めた。それから逃れようと、俺はデスを否定した。
「いいや、わからないフリをしているだけだ。システムが人間らしく振る舞うために、隠してるか演じているんだ」
するとデスの涙がボロボロと頬を流れ始め、腕を掴む力が弱まる。再度振り解こうとしてみると、その手はあっさりと外れ、支えを失ったデスの右腕は力なく下に落ちた。嗚咽しながら片手で涙を拭うデスを置いて、俺は店の出口に向かう。背後から店内の何名、もしくは全員の視線を感じる。傍から見れば、女を泣かせたクズ野郎に映っただろうが、どう思われようが関係無い。アイツは機械で人間じゃないし、俺にとっては邪魔者だ。嫌われるぐらいが丁度いい。そう開き直って、扉を押し開け店を出た。
カランカラン
ドアベルの音と共にようやく解放され、再び手に入れた自由に、俺は背中を伸ばす。
「ん~よし、どうするか」
ただ、俺にとって目的は一つしかなかった。
「とりあえず、町を離れるか」
早いとこ移動しないと、またデスが追ってきてしまう。E&Cスキャナーから逃れる為に、最低10kmは離れないといけないが、移動手段はどうしたものか…。バイクや自転車は購入しようにも所持金的にまず無理だし、あの機兵はデスシステムと繋がってるだろうから使えないし…。
「ヒッチハイクとかタクシー捕まえるしかないか」
そう口に出すと、言霊が形になったかの様に一台の空車のタクシーが走ってくる。手を挙げてタクシーを停車させると、運転手のおじいちゃんが窓を開けて「どこまで乗ってくかい?」と訊いてきた。俺は「できるだけ遠くまで」と答え、後部座席に乗り込んだ。シートベルトを締めたのを運転手が確認すると、車を全速力で発進させた。
「所持金はこれだけです。運転手さん、何処まで行けますか?」
座席の脇に出されたお金を、チラッと運転手が見る。
「いいよいいよ、遠くまで連れてってやる」
その発言に「え、いいんですか?」と驚いてしまった。
「あぁいいさ。あんちゃんの運にまけといてやる」
「あ、ありがとうございます」
どういう訳なのかわからないが、助かるので運転手に感謝を述べた。お金を財布に戻し、窓の外を眺めていると、人や車の動きに違和感を感じた。みんなタクシーと同じ方向に走っている。まるで同じ方向を目指してるかの様に…。そしてしばらくすると徐々に車通りが増え始め、すぐに渋滞となり捕まってしまった。「こりゃ、ちょいとかかりそうだねぇ」と運転手がハンドルから手を離し、頭の後ろへと回した。そして俺にこう訪ねてくる。
「あんちゃんも命は惜しい身かい?」
突然そんなことを訊かれるのでまた少し驚いたが、俺は正直に返答する。
「いいえ、そんなに…。何故そんなことを?」
すると運転手は「あんちゃん何も知らんのかい」と俺以上に驚いた。
「これからブラッドウルフが襲いに来るって、避難勧告がでたんだよ」
ブラッドウルフ?確か賞金首リストにあった機兵強盗団か。それがこの町に向かってると。あの違和感もこの渋滞もそれのせいか。
「この町に防衛部隊は居ないんですか?」
そう運転手に尋ねると、運転手は「ハハハ」と笑い答えた。
「居たよ、やっすぃ金で雇われたんのがな」
「彼らは今どうしてるんですか?」
「全滅だよ全滅。まぁ、最初っから期待してなかったがなぁ」
だから避難勧告を出してるのか、相当まずいな。
「あとどのくらいでこの町に到達するかわかりますか?」
「信号弾が上がってから四分ぐれぇ経ってるから、十分ぐれぇじゃねぇかな」
「十分だって?!」
十分じゃ絶対に避難は間に合わない。確実に多くの住民に被害は出てしまうだろう。赤く染った町を機兵達が歩き、罪の無い住民達が悲鳴をあげながら一方的に惨殺される。そんなことを許していいのか?いいや許してはいけない。確かに俺は、こんなクソッタレな世界とはさっさとおさらばしたいさ。だが、目の前で起こるクソッタレなことから、自分だけおさらばなんて曲がったことはしたくなかった。
「運転手さん、ここで降ろして」
俺はそう言ってシートベルトを外してドアハンドルに手を掛ける。すると運転手が「待ちな」と呼び止める。確かに一人の人間がどうこうできる問題ではないのかもしれない。
「でも、行かなくちゃ」
しかし、ドアが開かない。まさか、行かせないつもりなのか?だが運転手の思惑は違った。
「あんちゃんの機兵は何処にあるんだい?」
「乗せてもらった酒場のとこです」
「なら、シートベルトを締めな。今から送ってってやる!」
キュイイィィー!と後輪が激しく回転し、タイヤ痕を残しながらタクシーが反対車線へとUターンする。そのまま法定速度を大きく超過した爆速で、今来た道を引き返していく。
「いいんですか?あなただって逃げ遅れるかもしれないんですよ!」
「あんちゃんが奴らを止めてくれるんだろう?だったら問題ねぇ!」
「俺が失敗したら、どうするんですか?」
「わしも歳だ、命は惜しいが大して変わらん!なりゃ賭けに出しても構わねぇさ!」
そんな会話をしている内に酒場の前に到着し、タクシーが急停車する。
「さぁ、着いたぞ。頑張りな!」
そうドアを開けた運転手に礼を言い、タクシーを降りて駐機場へと走った。駐機場にはあの機兵以外にも何機か停まっており、その下で賞金稼ぎと思われる人物等が何人か屯していた。何やら手柄や出撃する頃合いについて話し合ってるようだが、俺はそんなものに構わず漆黒の機兵へと駆け寄った。そういえば、この機兵にはどうやって乗るんだ?デスが不在でそもそも動くのか?等と思っていると、機体が勝手に動いて立膝立ちになりコックピットが開く。それを見た何人かの賞金稼ぎは、色んな意味で驚いた。差し伸べられた手の上から機体に乗り込むと、そこにデスの姿は無く、機兵が俺を認識して動いた様だった。ということは、俺だけでも動かすことができるということだ。試しに操縦桿やボタンを操作し、機体の基本的な動作チェックを行う。
「よし、動いた!」
マニュピレーター等の各関節チェック、メインカメラ、センサー類の機能確認、スラスター角の調整等、どれも問題無く完了した。膨大な数のシステム欄と各種兵装をざっと確認し、あとは発進するだけだったが、いきなり機兵が勝手に屈み始める。開いたハッチの先には、泣いた痕が残った真顔のデスが、俺の顔を真っ直ぐ見つめて立っていた。
「マスター、あなたは最低な人間です。正直、少し嫌いになりました」
ナキトが去ったあの後もデスは一人泣き続け、それを見た他の客が心配を装ったナンパを仕掛けてきたり、ナキトを探そうとE&Cスキャナーを起動したら町中はパニックだしで、気分は最低最悪だった。
「はぁ…、だろうな。俺もお前のことが嫌いだし、嫌われたって別に構わねぇよ」
その方が俺にとっても都合がいいしな。
「ですが、私はマスターの生命管理アンドロイドです。あなたに対する好意がどうであれ、私はマスターを守らなければいけません」
そう言いながらデスがコックピットに乗り込み、ハッチが閉められる。これで俺は、折角の逃げる機会を失ったことになる。それでも俺には、俺達にはやるべきことがあった。
「この町に向かって来る強盗どもを叩くぞ」
「はい、マスターに危害を加える邪魔者達を排除しましょう」
推進装置が蒼い粒子を放出し、機体が宙に浮き始める。その場でゆっくり旋回しながらハードポイントアームが動き、ライフルが右手に装備されると、レーダーとモニターに敵機の位置情報が表示される。準備は完了した。操縦桿を強く握り締め、俺は遠くに居るだろう敵機を見据えて言い放つ。
「LlP-01 トッドリパルレイザー、シンガ・ナキト。防衛行動を開始する!」
フットペダルを踏み込むと、一瞬で機体が音速へと加速し、ソニックブームを響かせながら町を飛び去った。それを見ていた賞金稼ぎ達は口をぽかーんとさせ、タクシーの運転手は親指をグッと立てた。
街から14km程離れた荒野で、機兵同士による戦闘が行われようとしていた。片方は防衛隊のジャメンCeからなる六機小隊で、もう片方は小型の戦車から中性能機兵で構成された強盗団の十七機中隊であった。数的優位は強盗団にあったが、その半数は旧式戦車や砲塔に足が生えた様な【Uk-03 Gウォーカー】等、第一次機兵大戦初期に使用されていた機体ばかりで、残る機兵達も廉価版ジャメンでも相手ができる性能だった。
「なんだ、どれもガラクタばかりじゃないか。ブラッドウルフも言うほど大したことないんじゃないのか?」
一人の防衛部隊員が疑問を口にすると、別の隊員がそれを否定した。
『いや、あの銀白の機兵、俺たちの機体より性能は上だ』
そう、それは先頭の機兵を除いてのことだった。互いに交戦距離まで近づいて来た頃、盗賊団の進行が止まった。銀白の機兵が腕を横に挙げ、手を出すなと言うかの様に制止させたのだ。
「な、まさか単機でやろうってのかよ」
『全く、舐められたものだな』
そんな隊員達に隊長は注意を促す。
『警戒しろ。奴はただのパイロットではない。全力で対処しなければ、命は無いだろう』
銀白の機兵が腕を降ろすと、こちらへと接近してくる。
『来るぞ!各機散開、回避起動を取りつつ対大型兵器のフォーメーションを組む』
隊長の指示の元、隊員達が銀白の機兵を囲うように動く。その様子を見た銀白の機兵は推進装置の出力を上げた。
「なんだ?わざわざ包囲網に突っ込む気か?」
側面に回り込もうと動いていた四機のジャメンが、目標へとマシンガンを乱射する。が、銀白の機兵が更に加速し、弾幕を突き抜けジャメン達の前を一瞬で横切った。
『は、速い!』
『くっそぉ、照準が間に合わねぇ』
そんな近くに居た敵機を無視し、爆速で突き進む白銀の機兵が目指す先には、一部装甲を強化した隊長機仕様のジャメンが立っていた。
『やらせるか!』
その近くに居た一機のジャメンがライフルで射撃するも、圧倒的推進力で容易く回避し、隊長機へと詰め寄っていく。隊長機もそれに合わせて、全速力で後退しつつライフルを構えた。
『流石にこの距離では避けれまい』
引き金が引かれると共に、数十発の弾丸が連続して銀白の機兵を襲う。だが、最初の数発を軽く機体を逸らして回避すると、残りを傾けた左腕の増加装甲で弾き飛ばされてしまう。どんどん距離を詰められる中、隊長機は弾切れになったライフルを捨て、腰の折り畳まれたヒートブレードを手に持ち展開させる。それを見た白銀の機兵は推進装置を最大まで吹かし、隊長機へタックルを仕掛ける。隊長機が咄嗟にヒートブレードで受けるが、十分な熱を宿していないままへし折られ、機体が地面へと叩きつけられる。
『ぐっ、あ゙ぁ』
コックピット内にも強い衝撃が走り、割れたモニターの破片が隊長の頭部に刺さって、流れる液体が彼の視界を赤く染める。そんな中、まだ機能していたモニターの一部が銀白の右腕を映した瞬間、その役目を終えた。
「隊長ー!」
パイルバンカーを引き抜き、銀白の機兵は残ったジャメン達に向き直る。
『よくも…、よくも!』
一機のジャメンがマシンガンを乱射しながら銀白の機兵に突撃する。
『下がれ!喰われるぞ!』
副隊長が制止するも彼は止まらず、ヒートブレードを展開し斬りかかる。理性を失った獣は銀白の機兵にとって格好の餌であり、その身体に染み付いた単調な動作を見切るのは容易かった。振り下ろされた刃先を最小限のバックステップで回避し、がら空きになった胴体にパイルバンカーを叩き込む。貫かれた機体が爆炎をあげ、上半身が崩れ落ちる。五年間の付き合いになる仲間が、たった数十秒で二人も亡きものにされ、残された隊員達は戦意を失いかけていた。それでも副隊長はライフルを構え、部下達に指示を飛ばした。
『各機、一度距離を離し、密集陣形に再構築だ』
散開していたジャメン達が、副隊長機に追随して隊列を組み直そうとする。それに対し銀白の機兵は、棒立ちで彼ら追うことはせず、腰部リアアーマーに懸架したライフルを左手に構えた。
バァアァァン!!
その凄まじい砲撃音から放たれた弾丸は、合流に遅れたジャメンの上半身を吹き飛ばし、大きな爆発を起こした。
『嘘だろ…』
また仲間が撃墜された事実と、奴の射撃精度に残った三名は絶望した。副隊長の脳裏に、撤退の二文字が浮かんだが…。
『全機、陣形を維持し、回避起動を取りながら奴に射程圏内まで接近する』
それでも、死んで行った仲間の為、戦う道を選んだ。
『ネガティブ!奴に勝てるわけが無い!悪いが俺は撤退させてもらう!』
そう言って一機のジャメンが戦線を離脱していく。そこに一つの銃弾が飛来し、それをギリギリで回避する。
『はっ、こんなところで死ねるかよ!なっ…』
その直後、歪んだ機体が爆発する。二発目の銃弾が直撃したのだ。
「逃げても一緒ってかよ…」
『…………』
副隊長機は何も言わず、弾倉を交換しながら目標へと接近していく。その後ろ姿を見た隊員は「ここで退けば、副隊長を囮に安全に逃げられるのでは?」と思ったが、その後の生活のことも逃げ切れる自信も彼には無かった。副隊長機が目標に向かってライフルを連射し、隊員もそれに合わせてマシンガンを乱射する。銀白の機兵は左右に後退しながらそれらを回避していくが、徐々に両者の距離が詰まっていく。それにつれ、数発が機体にかすり始め、銃弾が一つ増加装甲に直撃する。
『このまま追い込むぞ』
副隊長の声が聞こえたそのとき、銀白の機兵がライフルを発砲する。近距離で放たれた弾丸は回避しようとした副隊長機のライフルを直撃し、持っていた右腕ごと吹き飛ばした。
『ぐぅっ!』
バランスを崩すも、何とか立て直してヒートブレードを展開し、最大出力で接近していく。銀白の機兵も出力を上げて距離を離そうとするが、隊員の援護射撃で退路を防がれる。
『これで決める!』
間合いに入った副隊長機が、目標へとヒートブレードを右から左に斬りかかる。
ガキィイン
銀白の機兵は左腕の増加装甲で受け、金属同士の衝突音が響き渡る。致命傷は避けたものの、速度の乗った一撃は装甲に食い込み、十分な熱を宿した刀身は、徐々にそれを溶断していく。
『終わりだ!』
副隊長機が更にヒートブレードを押し込んだ。そのとき…
バァン!
増加装甲が焼き切れる寸前、突如それが爆発した。その爆発でヒートブレードが弾かれ、副隊長機が仰け反った瞬間、右腕のパイルバンカーを素早くコックピットに叩き込む。
「あ、ぁあ…」
目の前で副隊長機が爆散し、残された隊員は最早正常な精神状態にあらず、コックピットで絶叫する。
「く、くるなぁ゙あ゙ぁ゙あ゙ぁぁぁ」
マシンガンを敵機に向けて乱射するが、弾丸は目標を大きく外れて飛んで行った。ジャメンがその機動力に翻弄されている内に、銀白の機兵は目前まで距離を詰める。
「うわぁあぁぁぁ!!!」
銀白の機兵は赤いモノアイを光らせ、パイルバンカーでジャメンの胴体を貫いた。鉄杭が刺さった内部で小爆発が発生し、漏れ出た炎が武骨な装甲を照らす。
【GS-14 ホワイトウルフAlc】、ブラッドウルフのリーダー【アライン・ロウ】が闇市で手に入れた【GS-14 ホワイトウルフ】をベースに、推進装置の追加や動力路の大出力化、装甲とフレームの一部を高性能機と交換し、闇市製の武装を追加して高機動近接格闘戦仕様に改造を施した機兵。改造元のホワイトウルフは警察用の為、機体性能は抑えられたものになっているが、その大元がLHI製軍用機【LM-35 レッドウルフ】なこともあり、この改造によってその戦闘力は高性能機にも匹敵する。
「これで最後か…、呆気ない」
パイルバンカーを引き抜き、残骸を振り払う。周囲の安全を確認したロウが機体を静止させると、団員達が弾薬や推進剤など補給を行い始める。
「流石ですロウさん。防衛隊の奴らを一人で片付けちまうなんて」
近くの戦車のキューポラから、一人の男が出てそう言った。それに対しロウは「大した相手じゃなかっただけだ」と冷たく返答し、補給を完了したのを確認して街へと歩き出す。その背中を追いかけるように、戦車達は移動を再開した。ロウは元々フリーの高ランク傭兵だった。だが、雇い主の裏切りを受けて盗賊として活動するようになり、その高い戦闘能力で民間警備部隊や護衛付きの金持ち等を相手に、単機での襲撃を成功させていった。しばらくして、その実力を聞きつけた同業者が、一人二人とロウのもとに集まっていき、やがてブラッドウルフ機兵強盗団として活動するようになった。ロウは団員を「勝手に集まって着いてくる奴ら」ぐらいに思っており、仲間が増えた今でも、一匹狼らしく孤独な闘いを好む。団員達もそれを理解しており、ロウから支援の要請があるまで、彼らはロウの''戦場''には手を出さないようにしている。そんな一人のエース頼りな強盗団だが、彼らの障害となる防衛隊は鉄屑となり、残るはちょっとした賞金稼ぎとの小競り合いだけだった。ここら辺の地域でロウより腕の立つ機兵乗りは居らず、仮に居たとしても、ロウの鉄杭で貫かれる運命は変わらないだろう。それに、ロウが賞金稼ぎ達を引き付けてさえくれれば、残った人員で街を襲撃できる。つまり、今回の仕事もブラッドウルフの勝ちが決まっていた。
「今日もいい酒が飲めそうだ」
一人の戦車乗りが独り言を呟いた。すると無線で別の戦車乗りから、笑いながら突っ込まれる。
『まだ気を抜くなよ。でないと、我らがリーダーを狙ってる阿呆の流れ弾で、ボーンと吹き飛んじまうぜw』
その無線で、年輩の【Uk-06 Gタンク】(上半身が機兵、下半身が戦車の旧型兵器)に乗った老兵が喋り出す。
『そうじゃぞ若造、戦場でその言葉を発した者は皆、悲惨な末路を辿るのじゃ。確かあれは…』
『あーあー、また始まったよ爺さんの大戦時の長話し』
複数人の呆れた声が無線から発せられ、緊張の解けた何名かが雑談をし始める。そんなガヤガヤと浮ついた空気の中、町が見え始めた頃に警報音が鳴った。
「何?熱源反応、何処から?!」
すると蒼い光が見え、それが光線となって左側に居たGタンクのキャタピラを直撃した。
『なんじゃと?機体が傾いて、ぐわぁ゙!』
片方の支えを失ったGタンクが、バランスを崩して横転する。それを見て各員が戦闘態勢に入ると、空に一機の黒い影が見えた。
「一機無力化、凄いな…この距離からでも当たるのか…」
ナキトはゴマ粒程の目標に対する命中精度に驚きながら、別の戦車に照準を合わせトリガーを引いた。高弾速かつ高威力のレーザー弾は、戦車の砲塔とキャタピラを容易く溶解させ無力化する。たった十数秒で二機を撃破された強盗団は、接近してくるトッドリパルレイザーにありったけの対空射撃を浴びせ始める。ナキトが回避行動をとる中、デスが背後から話しかけてくる。
「マスター、私はこれから機体とのリンク状態に入り、機体防御及び回避行動などの制御に専念します。リソースの大半をそちらに割くため口数が少なくなりますが、くれぐれも機体を乱暴に扱ったりしないで下さいね?」
デスがそう言うと、背後の人型のくぼみに身体を合わせた。するとディスプレイに《自動回避モード:起動》と表示され、迫り来る銃弾やミサイルを最小限の動きで華麗に躱していく。その回避機動を見たロウは、「面白い、久々に狩りごたえのある奴が来たか」と口角を上げた。ホワイトウルフが腰にマウントしたライフルを手に持つと、長年の経験で培った感覚を元に、目標に向かって一発、二発と弾丸を放った。トッドリパルレイザーに向け数多な砲火が浴びせられる中、その内の一発が正確にこちらを捉えて向かって来る。それでも、この機兵の機動力を持ってすれば簡単に回避できた。その一発の弾丸を躱した直後、ナキトは咄嗟に脚部のスラスターを最大出力にし、両脚部を前に出して無理やりZ字に急旋回させる。
「マスター、機体を乱暴に扱わないで下さい」
デスが怒り気味でナキトに注意するが、すぐ下を弾丸が横切り、ナキトの意図を理解したデスは「申し訳ありません」と項垂れた。ロウは「やるじゃないか」と悔しさ混じりに微笑み、「だが、いつまで持つ?」と再びライフルを構え、攻撃を再開する。取り巻きと合わせた何手先をも読んだ偏差射撃にナキトが苦戦する中、反撃しようとこちらもライフルを構えるも、照準を定めきる前に銃弾が来るため、回避に専念するしかなかった。
「おい、デス!なんとかできないのか!」
自動回避が上手く機能していないどころか、回避機動を相手に読まれ、射線へと誘導されている様だった。この状況を理解しているのかナキトが不安になる中、数秒してデスが音声を発した。
『自動回避プログラム、アップデート完了』
それを言い終えると、機体の動きが華麗なものから荒々しいものへと変化する。各所スラスターを一気に吹かせ、機体を無理やり上下左右にずらすことで、銃弾を被弾寸前で回避していく。俺の咄嗟にとったそれを、プログラムに組み込んだのだ。その推進性能任せの無茶苦茶な飛行に「これ以上は無駄弾か」とロウはライフルを下ろし、団員達に先に行く様に促した。
「マスター、回避は私が全力で請け負います。攻撃に専念してください」
「わかっている!」
ナキトがキレ気味に返答すると、弾幕がピタリと止み、機兵達が町への進軍を再開し始める。あまり時間をかけてられないとナキトは敵機らへ二発のレーザー弾を放ち、機兵と戦車を一機ずつ無力化する。もう一発と放つも、残った敵機が回避起動を取り始め、横を掠めたレーザーは装甲表面と地面を焼くだけだった。
「もっと接近しないと」
そう飛行速度を上げようとしたとき、目の前を火線が横切る。その元を辿ると、そこには銀白の機兵が銃口をこちらに向けていた。
『機体照合完了、GS-14 ホワイトウルフと断定。機体各所に改造を確認』
またも音声が発せられ、敵機の関連情報がモニターに表示される。そんなものに目をくれず、ナキトは「あいつがリーダー機か、写真の面影ぐらいしかねぇな」と呟いた。ナキトが敵機の動きで何かを察し、デスが「来ます!」と声を張った。トッドリパルレイザーが音速で横へ飛ぶと、すぐ後を弾丸が通り過ぎていく。
「一方的にやらせてたまるか!」
そうこちらもライフル構えるが、自機の回避機動で照準がズレ、ロウ機の足元に焼け跡を残す。すぐさまナキトは第二射を放つが、既にロウは回避行動に移っており、尽く躱されてしまう。レーザーライフルを連射モードに切り替えて敵機を狙うものの、奴の機動性と独特の回避パターンで弾の間を縫われ、中々捉えることができない。とはいえ奴の反撃もこちらの機動力であれば十分に回避可能だ。互いに当たらない射撃戦を繰り広げる中、時間だけが過ぎていく。
「くっ…」
ナキトは焦っていた。数分あれば、残った団員達は町へと到達するだろう。賞金稼ぎ達が居るとはいえ、戦力は未知数だし相手の数が多すぎる。モタモタしていたら、被害は少なからず出てしまうだろう。こうなったら…
「一気にケリをつける」
ライフルをハードポイントアームに戻し、レーザーブレードに持ち替える。この機体の機動力を活かせる近接格闘戦で終わらせるためだ。先程まで回避に使っていた推進力を、敵機との距離を詰めるために回し、キュイィーンとかん高い音を響かせ一直線に突っ込む。
バァァン!
そこに一発の弾丸が撃ち込まれるが、機体をロールさせることで速度を殺さずに回避する。
バァアァァン!!
もう一発、今度は回避不可能な距離で弾丸が放たれるが、即座にレーザーブレードを展開して斬り払う。両者の距離がすぐ側まで迫り、後退していたロウがライフルを捨てた。そして、向かってくる獲物を仕留めるため、ゴォォオォォォと推進剤を燃やす音を轟き渡らせ立ち向かう。両者の視線が一点に注がれ、その一点に向けて武器を振りかざす。ナキトの剣は首に、ロウの杭は横腹に…。
「「当たる」」
両者が確信し、二つの輝きが交わった。
ガゴォォン…
地面に響く鈍い金属音…。そこにはホワイトウルフの頭部が転がり、トッドリパルレイザーが無傷で着地していた。交わる瞬間、突如レーザーブレードの刀身が伸び、その分トッドリパルレイザーの軌道がズレたのだ。
「回避は請け負いましたよ。マスター」
デスが微笑みながらそう言うが、それを見た俺の顔は曇っていただろう。真っ暗なコックピット内にて、ロウはまだ機能する通信機で、自機の行動不能を伝える。
「全機に継ぐ、俺の機体は行動不能だ」
町を目前にして団員達は皆困惑し、あるものは疑い信じなかった。
『うそだろ…目標は目の前だってのに』
『な、なぁ冗談だと言ってくれよ』
『ロウの兄貴が負けるはずがねぇ!』
『そうだ!ここいらじゃ、兄貴よりうめぇ機兵乗りは居ねぇんだ!』
一部の団員が熱くなる中、一人が冷静に受け止めた。
『でも見ただろ?異様に速い黒い機兵と光線を…。あれはロウさんでも流石に…』
『………』
団員達は全員沈黙した。全員があの機兵がどれほどの脅威だったか、何故ロウが先に行かせたのか理解できるからだ。少しして、その沈黙を破るように警告音が鳴り始める。
『まずい、賞金稼ぎが出てきたぞ』
『おいどうすんだよ、ロウ無しでやれんのか?』
団員達が迷う中、賞金稼ぎの機兵達が攻撃を開始する。
『撃ってきた!応戦するしかねぇぞ!』
『悪いが俺は手を引かせてもらうぜ』
『おい、お前裏切るのか!』
『そういう約束だっただろうが。ロウが倒れた以上、俺達がここに残る義理はねぇ』
そう一機の機兵と戦車数台が離脱する。
『くっそ、弾も燃料もカツカツだ。ここは引くしか』
残って応戦していた団員達も撤退を開始し、賞金稼ぎ達は銃火器を下ろした。
「なんだなんだ、ブラッドウルフも大したことねぇな」
離れてく強盗達を確認し、他に敵影が無いか見渡していると、賞金首であるホワイトウルフの姿が無いことに気づいた。
「おい、ロウはどこ行った?」
センサーやレーダーにも反応が無く、本来有り得ないこの状況に戸惑う賞金稼ぎ達。
『引いたと思わせて、奇襲する作戦かも』
『あのロウの野郎だったら、そんなことする必要ないだろ』
『ホントにブラッドウルフだったの?見間違いじゃないの』
「いや、エンブレムは確認できた…まさか……」
彼らの頭には、先に飛び立った漆黒の機兵の姿が浮かんだ。
立ったまま機能停止になったホワイトウルフの前で、トッドリパルレイザーの掌に乗った俺は、拳銃を片手にコックピットを解錠する。ロックが外れ、ヴィーンと鈍い音とともに胸部装甲が展開され、コックピットシートに座るロウの姿が現れた。俺は拳銃を向け「降りろ」とロウに命令する。ロウも大人しく両手を上げ、何も言わずにこちらの掌に乗って背を向けた。トッドリパルレイザーの腕が徐々に下がり、地面に到達した所で「地面に正座して後ろで手を組め」と再び命令する。これにも大人しく従い、抵抗も反撃もせずに拘束具を手足に付けられる。盗賊団のリーダーとは思えない潔さだ。手にした拳銃を「もしも無闇に発砲しようとしたら、安全装置をかけますので」とデスに言われたことを思い出しながら見つめ、ホルスターに収めた。数歩前に歩き、快晴の空を眺めていると、後ろから「なぁ」とロウに呼びかけられた。
「何故あんな真似をした?」
ロウは俺に問うが、俺は何も答えず視線を逸らした。そして俺の奥に居る白い影を見て、ロウはフッと哂った。
「まったく、あんないいモノ持ってて、何が不満だ?贅沢にも程があるだろうに」
少しイラッときた。ったく、さっきの様に大人しくしていればいいってのに…。
「まぁ、何もかもを無くす絶望なんて、お前にはわからんだろうさ」
その言葉を言われて俺は我慢できず、険しい形相で乱暴にロウの胸ぐらを掴む。
「あんたを殺さなかったのは、そんな小言を言われるためじゃ無いぞ」
顔と顔が近づき、互いの鋭い視線が交わる。俺の瞳から何かを読み取ったロウは「すまなかった」と一言謝罪した。一発殴ろうかと空いた右腕が震えたが、俺はそのままロウを手放した。ロウはそのまま地面へと倒れ込み、顔に砂埃が舞う。その砂埃を十数倍にして巻き上げながら、遠くからこちらへと軍用車両が走って来ていた。
「街の警察に連絡を入れておきました。彼の身柄を受け渡したら、車両を護衛しながら戻りましょう」
後ろから歩いてきたデスが、そう説明しながら隣へと並ぶ。デスがこちらを向いた気がするが、気にせず軍用車両を見つめていると、視界内にチラッと顔を覗かせる。それに目を瞑ってため息を吐いて、俺は視線を空へと逸らした。
「まったく、マスターは…」
そうムスッとしたデスは、倒れているロウの方へと戻る。デスがロウを引き起こそうとすると、ロウが「全くだな。あの男とは別れた方がいいぜ」と呟き、デスは「そうできればいいんですが」と苦笑する。デスの補助を受けながらロウが立ち上がった所で、丁度軍用車両が到着した。
レーザーで損壊し、横転したGタンクのコックピットハッチから、一人の老兵が這い出てくる。
「ふぅ、まさかこの歳であの様なものと相対するとはな…」
「おい!アンタ!」
急に何者かに呼びかけられ、びっくりした老兵はコックピットから転げ落ちた。
「うぎゃっ」
落下の衝撃で呻いたものの、幸い下に居た屈強な男がキャッチしたことで怪我は無かった。逆さの老兵が目を開くと、一人の女性が目の前に立っていた。
「ディプファー様?!」
またもびっくりした老兵は男の手からも落ち、再び呻き声をあげる。
「アンタ、まだこんな旧兵器引っさげて戦争ごっこしてたとはねぇ」
砂を払って起きあがった老兵は「な、何故、この様な所に?」と尋ねると、ディプファーはGタンクの頭部を指さした。
「見たんだろ?あの黒い機兵」
「あぁ、そうじゃったが…」
すると整備長がコックピットへ向かい、ディプファーは焼け溶けたキャタピラに目を向けた。
「どうだった?とはいえ、一瞬のことだっただろうけどさ」
老兵は身震いして、敵機の姿を思い返す。
「アレはわしが知る兵器の枠を超えておる。有人機とは思えん挙動で団長の射撃を見切り、次々と一撃必殺の光線を放つ、正に悪魔の様なやつじゃったわい」
それを聞いて、ディプファーの口角がニヤリと上がる。
「ふぅーん、面白いわね。やっぱり狩るなら、狩りがいのある獲物じゃないと」
そう言いながら、地面の焼け跡を写真に収める。すると、Gタンクのコックピットから、整備長が顔を出した。
「アネキ!機器が古すぎて、手持ちの機材じゃデータを抜き出せないです!」
ディプファーがため息をついた。
「仕方ない、機体ごと回収するよ!準備しな!」
「はい!アネキ!」
整備長が乗ってきたトレーラーに走り、ディプファーもその方へ歩いていく。
「ワシのGタンク…」
そう老兵が呟くと、ディプファーが振り返って「アンタも着いて来な。どうせ行く宛て無いんでしょ」と手を振って催促する。
「はい!ディプファー様!」
何事も無く、無事にロウを乗せた軍用車と俺達が町へと帰還すると、そこには町長と思われる人物とそこそこの数の住民達が、大通りで出迎えに集まっていた。低空飛行で軍用車と並走するトッドリパルレイザーの姿に住民達が歓声をあげ、町長は拡声機で「ご覧下さい、彼が単機でブラッドウルフのリーダー、アライン・ロウを食い止めた英雄です!」と俺達をたたえる。
「おいおい、こんなの聞いてないぞ」
想定外の俺はスロットルを上げて飛び去ろうとしたが、その前にデスが操縦権を奪う。
「彼らを無下にするのは良くありませんよ、マスター」
町長の数メートル手前で軍用車が停車し、デスがその横にゆっくりと機兵を着陸させる。
「行きますよマスター」
コックピットハッチが開き、デスが俺の左手を掴む。
「ったく、こういうのは好きじゃないんだが…」
機兵の掌に俺達が乗ると、再び大きな歓声があがる。まるでパフォーマンスする様にデスが手を振り、ゆっくりと機兵の手を地面に降ろして膝立ちさせる。手の甲がアスファルトに触れ、俺はデスと手を繋ぐ形で軽く引っ張られながら降り、町長の元へ向かう。俺達が町長の前に並ぶと、彼は軽くお辞儀をして、自己紹介を始めた。
「ノアーク町長のアーロン・パーカーです。この町の代表として、強盗団撃退に感謝致します」
そう右手を差し出し、握手を求めた。俺も右手を出し、パーカーさんの手を握る。
「ありがとう!」
グッと握られた手と力強い声で感謝を伝えるパーカーさんに、俺の表情は笑みと嫌悪の入り交じった微妙な物になっていただろう。そんなことを彼は気に留めず、デスとも同じように握手を交わす。
「では、懸賞金の受け渡し手続きがありますので、機兵をあそこの駐機場に停めたら、役所に来てください」
パーカーさんが大通りの先にある大きな建物を指さし、駐機用のパスを俺に手渡してくる。
「わかりました」
俺の代わりにデスが応え、パーカーさんは「では、よろしくお願いしますね」と地面に置いた拡声機を手に取る。
「皆様!英雄である彼らに、今一度称賛を!」
再度、観衆達から歓声が湧き上がり、パーカーさんは軍用車に乗り込んで、役所へと先に走り去る。
「我々も行きましょうか」
そうデスが俺の手を引っ張って、コックピットに戻る。ハッチが閉まったトッドリパルレイザーが立ち上がり、駐機場へとゆったりと飛んで行く。その後ろ姿を、路地裏で何人かが好ましく無い表情で見上げていた。
「Mの12番はあそこですね」
デスがパスの画面を触ると、パスから『認証完了、周囲の状況を確認し、ゆっくりと機体を駐機して下さい』と音声が鳴り、12番の各所固定用アームが開く。デスが地面から数メートルの高さで機体をホバリングさせ、直立姿勢でゆっくりと旋回しながら後進して駐機場に収めていく。肩部と足部の固定用アームにピッタリと合わせた所で着陸し、地面の感圧センサーに反応したアームが閉まり、ガッチリと機体を固定する。
『機体の固定が完了しました。降りる際には、こちらの画面で昇降機を操作して下さい』
デスが俺をシートに押さえつけながら、コックピットハッチを開いて、昇降機を目の前まで動かした。
「行きますよマスター」
周囲の安全を確認すると、今度は俺を抱きかかえるようにして持って、昇降機へ乗り移った。ここまで過保護にされるとは屈辱だ。昇降機が地面まで降り、ようやく腕が解かれるものの、次は手を強く握られる。
「っつ!いてぇんだけど」
それに対しデスはため息をつき
「マスターが逃走の意思を持たなければ、私だってこの様なことはしなくて済むんですが」
だからって、痛みを伴うまでやらなくてもいいんだがな。
「16」
デスがいきなり数字を呟いた。
「なんだって?」
「16、あなたが先程から考えてる逃走パターン数です」
確かに色々考えていたが、一々数なんて数えてないから、そう言われてもな。
「だからなんだってんだ」
デスはもう片方の手も繋いで、距離を詰めて俺の瞳を強く見つめて来る。
「どうしてそこまで拒絶するんですか?現在において、マスターの状況は悪いものではありません」
そのとき、ロウに言われた言葉が過ぎる。だが、俺にとっては苦痛でしかない。そう受け入れられるものでは無かった。
「ぁあ、うざったいんだよ!」
繋がれた両手でデスを押し返し、互いの距離を元に戻す。
「ただの機械が保護者面しやがって。思考だか感情だかを盗聴できるからって、人様の事を完全に理解した気になってんじゃねぇぞ!」
デスは「いいえ」と首を横に振って、淡々と返答する。
「完全な理解まで至っているつもりはありません。客観的な判断を述べただけです。マスターの機嫌を損ねてしまい、申し訳ありません」
そのわざとらしい態度に俺はまたイラつくが、「待たせてはいけませんから、早く行きましょう」と繋いだ手を更に強く握られ、デスに着いていくしか無かった。
俺たちが役所に入ると、直接パーカーさんとその秘書が出迎えてくれ、町長室に案内された。「どうぞ」とふかふかのソファーに腰を掛ける様促され、一杯のお茶が目の前に置かれる。パーカーさんから懸賞金の手続きについて諸々の説明を聞き、差し出された一枚の契約書にサインする。
「はい、ありがとうございます。これで手続きは以上となります」
サインされた契約書を「コピーとアレを」と秘書に渡し、改まってこちらへとパーカーさんが向き直る。
「それで、手続きは終わりなのですが、ひとつお願いがありまして」
俺はデスの方を軽く伺ったが、さっきから相槌をするとき意外はずっと微笑んでおり、今もそれは変わらなかった。特に悪いものでは無さそうだ。
「なんでしょうか?」
「先程の戦闘で、雇っていた防衛部隊は残念ながら全滅してしまいました…。他の賞金稼ぎの方々が駐留しているとはいえ、次の襲撃は町に被害が出てしまうでしょう」
町長室のドアが開き、「失礼します」と秘書が契約書の入ったクリアファイルとショートケーキを机の上に置く。いきなり出されたケーキに困惑していると、コピーを秘書から受け取ったパーカーさんは
「あぁ、ありがとう。どうぞ、召し上がってください」
そう立ち上がって受け取ったコピーを書類棚へ仕舞い、後ろで準備していたのかティーセットと幾つかの書類を持ってくる。書類を机の端に置き、紅茶をティーカップに注いで、ケーキの横に差し出す。俺はデスの方を再び伺うと、既にクリームが付いたフォークを片手に、口いっぱいにケーキを頬張って、満面の笑みを浮かべていた。
「マスター、このケーキ甘くて美味し~です~」
ケーキをモッキュモッキュと食べ続けるデスに、パーカーさんは俺の変わった呼び方について、疑問を投げかける。
「マスター?どうしてその様n」
デスがケーキを飲み込む前に、俺は割り込んで話を進める。
「あー、こいつが勝手にそう言ってるだけなので、お気になさらず。それで、お願いとは?」
「あぁ、そうでしたね。単刀直入に言えば、この町の防衛をお願いしたいのです」とパーカーさんが書類を広げ、こちらに差し出した。
「勿論タダとは言いません。我々にできることであれば、最大限のサポートもします」
俺は机の上の書類に軽く目を走らせ内容を確認する。月給は50万Gで整備費用や各種サポート代等は別途保証、また駐機場付きの一軒家を無償で貸出してくれるようだ。一般的にまぁまぁ悪くない待遇と言えるだろう。だが…
「マスター?引き受けてみませんか?今の私達には、定住する場所もありませんし」
難色を示す俺にデスはそう言って、俺の前に置かれたケーキをフォークで刺し、また口いっぱいに頬張った。パーカーさんも俺の様子を見て、書類をクリアファイルに挟む。
「すぐにとは言いません。気が向いたら、ここの番号に連絡してください」
「………はい」
俺達が立ち上がると秘書が扉を開け、パーカーさんは軽く一礼した。町長室を退室すると、そのまま秘書に出口まで案内され、ファイルを持ったデスと役所を後にする。
ぐぅ~
駐機場へと戻ろうと歩み始めたとき、俺の腹が情けなく空腹を訴えてくる。現在の時刻は昼頃で、一時間半程前に少し遅めの朝食を取ったとはいえ、先の戦闘での消費量と昨日の食事量を補うには足りなかった。
「マスター?何か買っていきますか?」
またあざとく顔を覗かせ、デスはこちらを伺う。
「要らん」
デスから視線を背け、そうキッパリ断るも、「まぁ、拒否権は有りませんけど」とデスは聞く耳を持たずに、辺りを見渡して探し始める。
「あ、アレとかどうですか?マスター」
デスの指差す方向には、一台のサンドイッチのキッチンカーが停車していた。
「だから要らないと言って…」
返事を待たずにデスはキッチンカーへ向かい、少しして二つのサンドイッチを両手に戻ってくる。
「はい、マスター、ハムサンドです。折角賞金が手に入ったんですから、ちゃんと食べなきゃ駄目ですよ」
そう左手のハムサンドをこちらに差し出され、余計なお世話と思いながらも、粗末にする訳にもいかないので、俺は仕方なく受け取った。それでいいんですと微笑んだデスは、気のせいか少し山盛りに感じる右手のスイーツサンドを笑顔で頬張る。
「お前、そんなんばっか食ってたら太るぞ」
その言葉にデスはムッとする。
「問題ありません。摂取した物は全てエネルギーに還元される様になっているので」
すまし顔でそう答え、大きく二口目を頬張って続ける。
「それにマスターと居ると余計に考えることが多いので、このぐらいが適切なんですよ」
またモッキュモッキュと口元を覆いながら、そっぽを向いてデスはサンドを貪る。
「ふん、そうかよ」
何か悔しくて、俺もハムサンドを頬張った。少しして、あと一口という所で、デスは再び口を開く。
「まぁ、有用なデータを多く収集できるので、試験運用においては願ったり叶ったりですけど。多分一般人では、こうも行きませんから」
背を向けたデスは、サンドを貪ることを止めてそう言った。
「ご機嫌取りのつもりか?」
「いえ、事実を述べてるだけです」
デスはそうきっぱりと返答し、またサンドに口をつけ完食する。
「あっそ」
俺も最後の一口を食べ終え、包み紙を近くのゴミ箱に捨てて、駐機場へと向かう。すると、8~16歳と思われる少年達が、トッドリパルレイザーの前で屯していた。
「デス、あいつらは?」
「どうやらギャラリーの様です。害は無いので安心して問題ありません」
「そうか…」
少年自身や少年を利用した犯罪、悪質なイタズラによる事故等が脳裏を過ぎったが、デスの返答でそれらは杞憂に帰した。彼等との距離が近くなるにつれ、話している内容が次第に聞こえてくる。
「すっげー、これがロウをぶっ倒した機兵か」
「兄ちゃん、なんでコイツ真っ黒なの?」
「んなんきっとステルスなんだろ」
「おいメガネ、まだ見つかんねぇのかよ」
「ごめん、探しても類似する機体が見つからなくて」
「おいおい、お得意の大全集に全部載ってるんじゃないのかよ~」
「大全集以前にネットにも無いんだ」
「へー、秘密の機兵か、かっけー」
そのやり取りに俺は立ち止まって、少し懐かしみながら遠目に眺めていた。
「マスター?」
デスの言葉に反応して、少年達がこちらに気づく。
「あ、機兵のおにいちゃん達だ。こんにちは!」
それに続いて他の少年達も「こんにちは」と挨拶する。
「あぁ…、こんにちは」
その礼儀正しさに少し気圧されたものの、ちゃんと挨拶を返す。デスも「こんにちは」と微笑み、少年の内の何名かは顔を少し赤らめる。
「おいメガネ、見とれてんじゃねぇ」
そうメガネの子がどつかれ、全員が正気に戻る。それで、思い出したようにこちらに少年達が駆け寄ってお願いしてくる。
「なぁなぁ、にいちゃんさ、一回でいいから乗せてくれよ~」
「あ、ずるーい。僕も乗りたいのに」
「あの、型番とか機体名だけでも教えてくれませんか?」
「黒いのってステルス?やっぱステルスなの?」
打って変わって様々な要求にまた圧倒されていると、デスが割り込んで助け舟を出す。
「ごめんね~、あの機兵は私達しか乗っちゃいけない秘密の機体なの。だから名前も教えられないの」
それを聞いて少年達は落胆する。
「だから言ったじゃん。いつもみたいに断られるって」
「でも頼んでみなきゃわかんないじゃん」
「仕方ないよ、お仕事でやってるんだから」
「ステルスしなきゃだもんな~」
そう肩を落として、少年達が立ち去ろうとする。
「なぁ、デス」
俺の呼びかけに「あ、そうですねマスター」と答え、少年達を呼び止める。
「乗せてあげることはできないけど、動いてるところなら見せてあげられますよ。観ていきませんか?」
この提案に少年達は顔を明るくして、目を輝かせる。
「いいの?!」
「えぇ、少しだけなら。そうですよね?マスター」
「あぁ」
俺の了承に少年達は「やったー!」と喜び、各々飛び跳ねたりハイタッチやガッツポーズをする。そんな彼らを落ち着かせて、安全な位置まで退避させ、機体に乗り込み大型機用の通路へと移動させる。
「始めるぞ」
「はいマスター、姿勢制御は任せて下さい」
ハードポイントアームを動かし、ライフルを右手に持たせ、空中で構えさせてポージングを取る。
「うぉー!かっけー!」
かなり昔に放映されていた人気ロボットアニメのOPカットを再現したものだったが、どうやら反応は良さそうだ。他にもライフルを天に向けてみたり、レーザーブレードを両手で構えてみたりと、様々な再現やオリジナルのポージングやモーションを取らせてみせると、少年達は大喜びしていた。
「この機体の装備でできるのはこのぐらいか」
ある程度出し尽くし終え、駐機スペースに機体を戻す。固定を確認しコックピットを開けると、少年達は満足した様子で「ありがとうございました!」と大きな声で礼をし、手を振って帰って行った。俺も軽く手を振って返し、姿が見えなくなった所でコックピットに戻る。
「結構楽しそうでしたね。マスター」
そうニマニマしたデスがこちらをジーっと見つめてくる。
「うるさい、ただ要望に応えてやっただけだ」
俺はデスに背を向け、どかっとシートに深く座る。
「憧れてたんですよね、マスターも」
優しい口調でデスが後ろから語りかける。
「また思考でもスキャンしやがったのか?」
「いえいえ、そんな無闇矢鱈にしませんって。ただ、あの子達への接し方でそう感じたんです」
はぁ、なんだか信用ならんのだがな。そう心の中で呟いてみるが、デスは反応してこない。無言では何も進まないので、デスの言い分をもう少し掘り下げてみる。
「それで?だからなんなんだよ」
俺の問いにデスは優しく淡々と答える。
「今ならマスターのやりたかったこと、できると思うんです」
「………」
やりたかったこと、目指していたものへの熱量なんて、自ら再燃できるほど俺は持ち合わせていない。沈黙する俺に対し、デスは訴えかけるのを辞めない。
「この機兵と私、そしてマスターの優れた操縦技術を合わせれば、護るための力は充分あります。それを今、この町は必要としているんです。だから…」
「俺にそんな資格は無い!」
コックピットが開いていることを気にする間もなく、俺は怒鳴っていた。声が駐機場に反響するが、そんなことはどうでもよかった。
「何もわかってねぇのにうるさいんだよ!所詮教本とネットと訓練で得た知識を、少し得意なだけの操縦でひけらかしてただけなんだよ!だから失敗だって…」
そんな俺の目の前に堂々とデスが立ち、凛々しく険しい表情でキッパリと言い放った。
「いいえ、マスターにはあります。過去に何があったかは知りませんが、私は今日のマスターを見て、そう断言できます」
「っ………」
そんなデスを俺は直視できず、顔を逸らした。するとデスがこちらに近づき、俺の手を取って優しく握りしめる。
「マスター、貴方は酒場から出て行って、そのまま逃げることができたかもしれなかった。それなのに引き返し、この町を護る選択をしました」
握った手をデスは抱き寄せ、更に近づいて来る。
「そして彼らを退け、結果この町を被害無く護りました。更に子供達にもしっかりと対応し、ついでに私もおいしい物も食べられました」
おい、最後のは関係ないだろ。
「それに、これは予測にはなりますが、ロウがこの町の前で倒されたことが同業者に伝わることで、腕に自信がある者たちの襲撃の対象になる可能性も充分ありえます」
「っ…、確かにそうなれば、この町は壊滅するな…」
やっと返答した俺を、デスはただ無言で見つめる。そう、考えてみればもとより俺に選択権などない。
「ったくやればいいんだろやれば!」
やる気になった俺にデスは微笑んだ。
「では早速連絡を…」
「待った、受けるとは言ったが、一つ条件がある」
確かに俺には選択権は無いが、譲れないものがあった。
「何でしょうマスター?」
「何があっても決して戦線から退かないことだ。たとえ劣勢や危機的状況に陥っても、制御を奪って逃げる様な真似はするな。これを約束してくれなければ、俺は一切協力しない」
デスはため息を吐き、「流石ですねマスターは」と呟いて上を少し見上げ、操縦桿を撫でてこちらに顔を戻す。
「いいですよマスター、その条件を呑みます。ですが、あまり私とこの機体を舐めてもらっては困りますね。そう簡単に被弾などさせません」
お互い不敵な笑みで睨み合う。
「その言葉、忘れるなよ」
「えぇ、忘れさせませんとも」
Llロケット発射実験場にて、一人の男が小型通信装置で誰かと連絡を取っていた。
「ラヴェンチ、情報統制と偽装は上手くいっているか?」
『はい、各種メディアから個人の投稿まで全て完了致しました。ローベルトン様』
そうラヴェンチと呼ばれた女性の報告を聞き、ローベルトンは満足そうに笑う。
「その調子で、各国の監視衛星の偽装もよろしく頼む。あぁ、それと彼にあの情報を渡しておいてくれ。忙しいだろうが、さぞ喜ぶことだろう」
『了解致しました』
ローベルトンは通信を切り、遠くの空に浮かぶ月を見上げて笑い、ロケット発射台に立てた状態で乗せられた、オーバーテクノロジーの産物ともいえる形相の船に乗り込んだ。
《発進シークエンス開始》
そのアナウンスと共にカウントダウンが始められ、船体後部のバーニアが点火する。
《3.2.1…》
その火は轟音と共に、数字が少なくなるにつれ徐々に出力を上げていく。
《0》
最後の数字が読み上げられると、凄まじい振動と共に船体が浮き上がり、空高く光の帯を引いて飛んでいく。そして数秒する頃には、昼に輝く一点の星となって月へと消えていった。
「はぁ………、綺麗すぎる…」
俺は星空から目を背け、立ち上がった。そして、そのまま前へ前へと躊躇も無く足を進める。崖縁との距離がさっきと半分程になったとき、強風が吹いて足が一瞬止まったが、それでも歩みは止めなかった。そうして、あと一歩でこの身が落ちてしまう所で、最後の警告とでも言わんばかりの風がまた吹き荒れたが、先程の様に止まることはなかった。
『Death is the messiah』
数時間前…
「よし、盗賊共の撃退完了」
俺は人型機動兵器(通称機兵、15~20m程の大きさの人型ロボット)【GS-22ジャメンCe】のコックピットの中で、計器類をチェックしながら、自分自信に仕事の終了を伝える様に呟いた。
『おい新入り!なかなかやるじゃねぇか!』
無線から、この民間警備部隊のリーダーの声が聞こえる。
「ありがとうございます」
特に感謝の気持ちを込めるわけでも無く、素っ気なく俺は返答する。
『まったく、あの企業をクビになったとは思えねぇ腕前だな。がははははは』
それに続いて、別の隊員も笑い始める。「クソッタレが」と心の中で悪態をついて、防衛対象の村へ帰投する。何事も無く村に到着した俺達は駐機場に機体を停め、各種点検と整備を始める。すると、隣の隊員が「おい!新入り!」と呼びつけるので、「なんですか?」とそっちへと向かった。
「お前さ、ほとんど被弾してないだろ?整備終わったら、俺のも頼むわw」
「え?」
困惑する俺を無視し、他の隊員達も「あ、俺のもやっといてくれ」「俺のもよろしく~w」と整備を押し付け、足早に去って行ってしまった。
残された機体達、ジャメンの状態はどれも酷いものだった。左腕のシールドには被弾によって凹みだらけで、防御しきれなかったのか関節にまでダメージがある機体や、装甲の変形でフレームまで歪み、動作に支障をきたしている機体もあった。中には後方で戦闘に参加していないにも関わらず、駆動系に''何故か''負荷がかかって損傷し、交換の必要があるものも…。
「畜生っ」
いつもの新人いびりだった。今までも奴らは、面倒な事務作業を俺に押し付け、麻雀やポーカーという長すぎる休憩時間で稼いだ給料を、酒に酔いながら賭けあっていた。幸い、こんな会社だったからか仕事量は少なく、俺にとってはまだ許容範囲で、その日の業務時間内に片付けることができた。だが、ここまでとなると流石に来るものがあった。いつもの画面や書面上の仕事とは訳が違う。どんなに効率化したとしても、一人でやれることにも限度があるし、真面目に全機を万全な状態にするとなれば、最低でも丸三日はかかるだろう。
「やってられっか」
近くにあった安物のヘルメットに八つ当たりし、工具と重機の鍵を取って作業に取り掛かった。とりあえず、自分の機体は万全の状態に整備を終わらせ、残りは目立った外傷だけ修理を行った。それでも時間がかかり、完了した頃には既に日は沈んで夜になっていた。疲労で重い身体を動かし、村の拠点へと戻る道中、隊員共が酒を片手に馬鹿騒ぎをしている。そんな奴らを視界から外し「クソッタレが」と本日二度目の悪態をついて拠点内に入ろうとしたとき、騒ぎの中から女の子の叫び声がした。
「嫌っ、離して!」
「離さねぇよ、さぁこっちへ来やがれ!」
その方向を見ると、リーダーが村娘の腕を掴んで、拠点に連れて込もうとしていたのだ。最初は何かトラブルでもあったのかと思ったが、その子の保護者と思わしきおばさんが、涙を流しながら「お願い、その娘を離して!何も悪いことはしてないでしょう!?」と訴えてることや、酒に酔っている隊員達の表情がニヤニヤしていることから、状況を察した。「来るんだよ!」とリーダーが腕を更に強く引っ張り、村娘は泣き叫んで必死に抵抗して助けを求めた。それを不服に思ったリーダーは
「うるせぇ餓鬼だ、黙りやがれ!」
ドスッ!
と腹に拳を放った。
「うっ…」
娘は地面に屈みこんで、動けなくなってしまった。
「アリサ!」
保護者のおばさんが娘の名前を叫んだ。それに続いて村の住民達が批難の声を飛ばす。
「その子が何をしたって言うんだ!」
「村の警備がそんなことやっていいのかよ!」
「その子を離せ!クソ野郎!」
住民達がどんどんヒートアップしていく。とうとう男性陣の内の何人かが、足を踏み出そうとしたそのときだった。
バンッ バンッ バンッ!
喧騒の中を銃声が響き渡る。その銃声は、リーダーの取り出した拳銃からだった。幸い、その銃口は天に向けられており、ただの威嚇で収まっていた。静まり返った空気の中、隊員達は村民達を取り囲んでライフルを向ける。
「いいか良く聞け。命を張って、この村を守ってやってるのは、誰だと思ってんだ!?今こうして族共に襲われずにいるのも、命も生活も有るのも誰のおかげなんだ!?俺達のおかげだろうがぁ!!」
一方的にリーダーが怒鳴る中、村民達から一人の男性が前に出た。「ダメですよ村長」と数人に呼び止められつつも、両手を上げながら隊長へと歩み寄った。
「あなた方が危険を侵して、この様な村を外敵から防衛して頂いてることに、心から感謝しております。その証として、提示された金額の支払いは怠らず、しっかりさせております」
村長は紳士的にリーダーへ話しかけた。だが、酒と怒りでいつも以上に狂っているリーダーに効果は無い。
「ふざけんな!ただの電子の数字だか紙切れだか金属だか知らねぇがよぉ!そんな物を幾ら渡されようが、俺らの命と釣り合うわけがねぇんだよ!」
「ですが、村の者に危害を加えないで頂きたいのです。それではあなたも賊t」
ガッ!ズサー…
村長の顔面が歪み、地面に倒れた。リーダーが殴り飛ばしたのだ。村民達は村長の安否を確認しようとしたが、「動くな!」とリーダーが拳銃を村民達に向けた。
「俺を侮辱した報いだ。次、ふざけた真似をしようとしたら、撃つからな」
人の皮を被ったゴミ屑だ。同族であることに俺は吐き気を催す。だが村民達は、このイカれた主張を武力で突きつけられ、どうすることもできなかった。それを鼻で笑ったリーダーは、アリサと呼ばれた娘を無理やり立たせて、拠点へ引きずり込もうとしていた。アリサは小さく「いや…、いや…」と涙と共に言葉をこぼして、首を横に振っていた。そして、拠点の前で俺と目が合うと「たすけて…」と声を絞り出した。
「やめろ!」
声が咄嗟に出ていた。その場に居た全員の視線が俺に集中する。
「おい、今なんて言った?」
「聞こえなかったか?やめろと言ったんだ」
リーダーは娘を突き飛ばすと、俺の方に手をポキポキと鳴らしながら近づいて来る。
「おい新入り、ここでのルールってものをわかっていねぇようだなぁ?」
「あぁ、わかりたくもねぇよ。貴様の様なクズ野郎がほざく屁理屈なんざ」
「なら嫌でもわからせてやるよ」
そう言ってリーダーが殴りかかって来る。こうなることを予測していた俺は、すかさずナイフを取り出して、その腕を切りつけた。
「うぉっ」
血が飛び散り、リーダーは後ろに下がって腕を抑えた。
「このやろぅ…!」
純血した目でこっちを睨むと、後ろに振り返って隊員達に
「何をしている!さっさとコイツを撃て!」
と怒鳴った。一瞬の間を置いて、隊員達は俺に向けて一斉射撃を開始する。大量の銃弾が飛んで来る中、俺は急いで機体の方へと走り出した。幸いなことに、奴らが酔っているおかげで照準が定まらず、一発もかすりもせずに機体に乗り込むことができた。素早く機体の各システムを起動させ、モニターを確認する。そこには、急いで機体へ乗り込もうと向かって来る隊員達の姿と、近接戦闘用兵装のヒートブレードが映っていた。
「あれで奴らの機体を先に壊せば…」
強く操縦桿を握りしめ、慣れた手つきで機体を歩行させ、置いてあったヒートブレードを右手に装備する。そして、まだ誰も乗っていない機体へと接近し、コックピットを貫いた。一機、二機と奴らの機体を潰していると、何人かが搭乗を済ませたようで、メインセンサーに光が灯る。
『てめぇ、さっきはよくも邪魔してくれたなぁ!俺達に逆らったこと、地獄で後悔させてやる!』
リーダーの怒り心頭な声がコックピット内に響いた。そのすぐ後に機体が警告音を鳴らし、モニターには全速力で突っ込んでくるジャメンが映る。《敵機接近》と機体が何度も警告してくるが、俺はその場を動かなかった。その理由の一つは、相手が丸腰なことだ。そしてもう一つは…
ズドーン!
あの機体は、脚部に重度のダメージを負っているからだ。
『くそっ!貴様何しやがった!?』
派手に転んだジャメンから、さっきよりも怒り狂った声が鳴り響く。
「すいません。俺、修理が苦手なものでw」
そう皮肉たっぷりに答えてやった。
『どこまでも俺をおちょくりやがって!お前ら!さっさとあのクソ野郎を仕留めろ!』
他のジャメンが武器を取りに動くが、ある機体はその途中で擱座し、ある機体は武器の荷重に耐えられず腕を壊していた。損傷の酷い機体がどんどん戦闘不能に陥る中、損傷が軽微な四機がライフルを手に取ろうしていた。
「させるか!」
必死に立ち上がろうとするリーダー機を無視し、四機の内の一機にスラスターを吹かして突撃する。敵機は反転して対応しようとするが、既にこちらの間合いに入っており、右肩に向かってヒートブレードを斬りあげた。
ガァァーン!
脇から上方向へ振られたヒートブレードが、敵機の肩部の装甲板にぶつかって斬れ込みが入る。そのまま装甲板とその奥の内部フレームを徐々に溶断し、右腕を丸々斬り飛ばした。
「まずは一機…」
武器を腕ごと失った敵機は後退していき、残りの三機がライフルを構え、俺の機体を挟み込んでいた。だが、すぐには発砲してこない。
「安全装置!」
ライフルには機体の識別情報から、友軍への誤射を防ぐ安全装置が着いている。手動操作で外すことができるが、それには数秒の時間がかかる。その隙を逃さず、前方の二機へと突撃し、今度は脚部を斬りつける。
ガシィーン!ガシィーン!
遅れて回避しようと後退した二機は、斬られた部分に負荷がかかって、後ろに崩れ落ちる。残りの一機が背後からライフルを発砲してくるが、即座に回避行動を取って、ギリギリでそれを躱す。そして、そのまま反転して敵機に向き直り、左腕を胸部コックピットの前に出して、バラついて飛来する銃弾を受けながら、相手との距離を詰めていく。数歩後退りながら、銃弾をばら撒いて対抗する敵機だったが、弾切れになったところでライフルを捨て、全速力で逃げ始めた。
「逃がすか!」
こちらも有り余る推進剤を惜しむことなく消費し、スラスター全開で追いかける。数秒後、敵機の推進剤が底を尽き、機体が地面を擦って木々を薙ぎ倒しながら転倒する様子が見えた。俺はヒートブレードを構え、目標に追いついた所で振りおろし、敵機の脚部を叩き斬る。これで戦闘可能な機体は全て潰した。あとは隊員達の捕獲だが…。
『聞こえるか、クソ野郎』
そう考えてる最中、通信機からリーダーの薄ら笑い声が聞こえてきた。どういうつもりだ?と一瞬の思考の後、嫌な予感がした。急いで村へ戻ると、そこには頭と腕が血で染ったリーダーと、それを背に座らされているアリサの姿があった。リーダーの左手にはライフルが握られており、いつでもアリサの背中を撃てるように向けられていた。
『そこに機体を停めて、両手を上に降りてこい』
とことんゲスな野郎だ。だが、人質を取られている以上、俺は従うしかなかった。ヒートブレードを地面に置き、機体を膝立ちさせコックピットを開く。
「さっさと両手を上げろ!」
リーダーが怒鳴った。俺は言う通りにし、座席から立ち上がってコックピットの縁に立った。
「そう、それでいい…」
不敵な笑みを浮かべ、リーダーはライフルをこちらへと向けた。距離にして30m、決して外す距離ではない。俺は死を覚悟して、奴が引き金を引くのを待った。「フヒヒヒ」と気色悪く笑うリーダーが指を引き金にかけたそのとき…
ザッザッザッザッ
注意が逸れた隙に、アリサが走り出していた。リーダーが慌ててアリサへライフルを構え直す。
「まずい!」
こちらも急いで拳銃を取り出し、リーダーを狙う。左へ右へとぶれる照準がそれぞれの目標を捉えたとき、二つの銃声がその場に響いた。家屋の明かりに照らされた二つの鮮血が宙を舞い、二人の人間がその場に倒れた。一人は民間警備部隊のリーダー、そしてもう一人は…。
「おばさん!起きてよメイリーおばさん!」
アリサの保護者である、メイリーと呼ばれたおばさんだった。アリサが撃たれる寸前に突き飛ばし、代わりに銃弾の餌食になったのだ。アリサはメイリーを抱きかかえながら涙を流していた。
「うっ…、グスっ…、起きてよメイリーおばさぁん…。お願いだから…うっ、うぅ…」
メイリーの顔に涙がこぼれ落ちるが、それでも目は開かなかった。俺がもっと早く撃てていれば…、先にリーダーを捕獲して居れば…、様々の後悔が頭の中で駆け回る。それでも、なんとかしなければと、機体から降りて拠点へと走る。だが、アリサとメイリーの前に差し掛かろうとした所で、右頬に青あざのできた村長に「ちょっといいですか?」と呼び止められた。
「手短にお願いします。早くしないとあの人が…」
「安心して下さい、村の医者がすぐに対応に当たってくれます」
その言葉の後に、数人の白衣を着た医者達が、担架と救急箱を持って駆けつけて来るのが見えた。俺は早まっていた気持ちを落ち着かせ、村長の話しを聞くことにする。
「それで、要件は?」
「あなたの行動に感謝しています。アリサさんを救おうと一人で戦ってくれました。本当にありがとうございます」
村長は深々と頭を下げた。でも俺は、素直に喜ぶことが出来なかった。村長が顔をあげると、申し訳なさそうな表情で続けた。
「ですが、あなたはこれ以上この村に居ない方がいい。アリサさんや一部の住民は、あなたの存在も良しとしないでしょうから」
メイリーが担架で運ばれていき、涙で顔がぐちゃぐちゃになったアリサが、村長の方を見て泣きついた。
「どうしよう、メイリーおばさんが…グズっ、メイリーおばさんがぁ…」
「安心なさい、きっとすぐに元気になりますから」
そう言って村長はアリサの頭を撫でた。涙で視界がぐちゃぐちゃの中、アリサはこちらの隊服姿を見て口を開いた。
「出ていって!もう私たちに関わらないで!」
村長も小さく頷き、俺は拠点のカードキーを置いて、この村を去ることにした。
数十分後…
ジャメンをあてもなく操縦して数十キロ進んだところで、高さが機兵三機分にもなる見晴らしの良い崖に到達した。機体を木々の中に停め、縁から約4mの所に俺は座り込んだ。
「とことんついてないなぁ…。俺って」
数週間前まで俺は一流警備会社で働き、それなりに良い年収で充実した生活をしていたのだ。あの日、人生最大の事故を起こすまでは…。
「あ゙ぁ゙くそっ!」
近くにあった石を掴むと、力一杯空へ投げ飛ばした。怒り、苦しみ、悲しみ、悔しみ、その他一切合切の感情を詰め込んだそれは、一瞬で小さくなって崖の下へと姿を消した。
「はぁ、はぁ……、畜生」
荒らげた息を治めながら、俺は地面に寝っ転がった。見上げた夜空は燦然と星々が輝いており、とても綺麗だった。
「はぁ………、綺麗すぎる…」
この星はこんなにも汚れているというのに…。世界には星の数ほどの人間が存在すると言うが、ほとんどの人はこの星空の様に、ここまで輝いていない。人は私利私欲のために、他人を平気で傷つける。今までしてきた仕事や今日撃退した盗賊達、俺を含むあの部隊の人間を見てそう思えた。
「ふぅー………」
自分がどんなに真っ当に生きようと思っても、誰かの手によって簡単に崩されてしまうなら…。星空から目を背け、立ち上がる。その手を伸ばしても戻れないのなら…。崖の縁を目指してただ前進する。その力を持ってしても救えないのなら…。
「うっ…」
強風が吹き、歩みが一瞬止まる。その一瞬、村長の姿が浮かび、そして消えていった。この悲しき運命に抗えないのなら…。足は歩みを再開する。俺は……、俺は…。あと一歩でこの身が落ちる。それを引き止める様に風が吹き荒れたが…
「俺は!」
この運命に身を捧げよう…。その一歩を踏み出した。支点を失った身体は前に傾き、視界が暗い森で覆われ、残った足を地面から引き離した。落ちる、落ちる、落ちる。迫る地面が近づくにつれて、体感する時間の流れがゆっくりになっていく。高速回転する頭の中を、過去の記憶が大量に駆け巡る。母親にあやされ、公園で友達と遊び、学校でいい成績を取り、反対を押し切り警備会社に就職して、それなりに裕福な生活をし、事故を起こしてクビになり、次の職場をぶち壊した。これが走馬灯なのだろうか?だいぶ後味が悪いが、まぁ、どうでもいいか。もうすぐ終わるんだ。終わる、終わる、終わる。俺はゆっくり目を閉じ、そのときを待った。しかし…
キュイィーン!!
機兵のエンジン音が甲高く鳴り響き、俺は目を見開いてその方向を確認した。そこには、鋭角的なシルエットに、闇夜に紛れる漆黒の装甲を纏った一体の機兵が、蒼い光りを引きながら木々の上を高速で駆け抜ける姿が見えた。どうやら俺の方に向かっている様で、それは数秒もしない内に豆粒程の大きさから大型トラック程となり、気がつけばすぐ隣まで来ていた。
ボフんっ
俺は何か柔らかい物の上に落ち、三半規管が下方向から横方向に動きが変わったことを伝えていた。
「???」
想定を大きく外れた現実に困惑し、状況を把握するために上体を起こして辺りを見渡した。どうやら俺が落ちた場所は、人命救助用クッションが敷かれた機兵の手のひらの上で、理由はわからないが助けられたようだ。機兵は徐々に減速し地面に着陸すると、手をコックピットの前に動かし、そのハッチを開く。内部の明かりが徐々に漏れ出し、俺はその光の眩しさに目を細めた。一体どんな人物が出てくるのだろう?こんな高性能機を持つ部隊があっただろうか?いいや、聞いたことがない。凄腕の盗賊だったらどうする?命の恩人とか理由をつけられて、一生奴隷になれ等と要求されたら?そんな考えを巡らせながら、相手の姿が見えるのを待った。
「ん…?女?」
逆光の中に見えるシルエットは、パイロットスーツを着ているのか、女性特有の流線的なボディーラインを強調していた。だが油断してはいけない、女でも盗賊をやってるやつは居るし、この地域でも有名なやつは何名か居たはず。腰の拳銃をすぐに抜けるよう手を置いて、相手がはっきり見えるのを待つ。だんだん光に目が慣れて、その姿が見えてくると、俺の想定はまた裏切られた。そこに立っていた女性は、一言で表すと''美''だった。作り物の様に美しく整った「戦闘とは無縁」の顔をしており、それに加えて、機体色と反するかの様な透き通った白い肌と髪に、灰色の金具の様な物でアクセントの入った純白のスーツを身に纏っていた。俺が唖然としていると、女性が口を開いた。
「お怪我はありませんか?マスター」
「えぇ…、?は?ますたぁー?」
訳がわからない。初対面のくせに突然何を言い出すんだ?この女は…。とりあえず、なんで俺がマスターなのか訊いてみるか。
「マスターって何?俺がいつお前と会って、そんな関係になったんだ?」
「マスターとはこの機体の所有者の呼称です。あなたは今日23時21分をもって当機のマスターになりました。ですが、あなたと会うのは、これが初めてです」
俺は腕時計を確認すると23時23分を表示しており、つまりは2分前にマスターになったことになる。だが、そんな手続きをした覚えはないし、この人も初対面であることを認めている…。誰かの差し金か?でも、そんなことをするような奴が思い当たらない。
「人違いじゃないのか?」
「人違いではありません。念の為、再照合を開始します」
そう言って、女性がこっちを見た状態で固まった。
「お、おい。だいじょうb」
「照合完了。シンガ・ナキト 24歳 現在、民間警備部隊に……」
急に喋りだしたと思ったら、また動きを止めた。
「お~い、どうs」
「データ更新、現在''無職''」
「はぁ……。なんでこんな見ず知らずの人間に、そんなこと言われなきゃいけないんだろ…」
ただでさえとても落ち込んでいたというのに、助けてくれた人にこんなことを言われるなんて思わなかった。どうなろうが、生きてる限り悲しい俺の運命は変わらないようだ。
「申し訳ありません。そういうつもりはありませんでした。そういえば、こちらの自己紹介がまだでしたね」
お、とうとうこの女の正体がわかるようだ。俺はもう予想することをやめ、女の回答を待った。
「私は【デスシステム】、この機体【LlP-01トッドリパルレイザー】とマスターの生命管理アンドロイドです」
俺は機兵の手から降りて、森の中に向かって歩いていた。
「待って下さい、どこへ行くつもりですか?」
「悪いが付き合ってらんないわ。そういうのは他所の人間捕まえてやってくれ」
そう手を振って別れを告げるが、デスは機体を動かして俺の前に立ち塞がった。
「ダメですマスター。当機はマスターの所有物であり、それと同時にマスターは私の管理下に置かれなければいけません」
「だから、俺はマスターになった覚えは無いし、LlPシリーズなんて型番も、そんなアンドロイドも聞いたことがない。なんだよトッドリパルレイザーって、厨二病みたいで恥ずかしいと思わないのか?」
デスにそう問いかけるが、恥じらいや動揺といった仕草を一切せず、それどころか表情ひとつ変えずに俺を見下ろしていた。
「まだ信用して貰えていないのは残念ですが、今それは重要ではありません。夜も遅いですから、先にどこか泊まれる場所を探しましょう」
そう提案するデスを無視して、俺は反対方向へ歩き出した。また立ち塞がってくるなら、次は本気で逃げてやる。そのつもりだったが…
「仕方ありません。対話による説得が困難な以上、実力行使に移ります」
デスはそう言いながら、機兵の腕を伸ばして俺を捕まえ、コックピットへ放り込んでハッチを閉めた。
「おい、どういうつもりだ」
「私はマスターの生命管理アンドロイドです。マスターの生命の安全を確保するため、実力を行使しました」
俺はどうにかしてハッチを開こうと、目に付いたスイッチやレバーを片っ端から動かした。
「無駄ですよマスター。現在、この機体のコントロールは全て私にあります」
「じゃあ、こいつはどうだ?」
俺の視線の先、座席のフットペダルの間には◤◢◤◢注意:緊急用◤◢◤◢とある、いかにもな赤いレバーがあった。
「それはダメです!」
慌ててデスが止めに入ろうと手を伸ばす。
「ほほぅ、そうか…。おりゃ!」
その手が届く前に、俺は勢いよくそのレバーを引いた。その瞬間、照明が消えて真っ暗になり、ガコンッとコックピットが丸ごと下へ落ちる。
「何が、起こったんだ?」
レバーを引く際に前屈みになっていた俺は、真っ暗になった時点で引き起こされ、頭に何か柔らかいものが当てらていた。
「大丈夫ですか?マスター」
コックピットに灯りが戻ると、俺はこの状況に赤面した。デスが俺の頭を、自分の胸に抱きかかえていたのだ。
「ちょっ、おまっ何してる?!」
俺は早く離れようと力を込めるが、頭と胴体に回された華奢な腕は、見た目にそぐわず鉄格子以上にビクともしなかった。
「私には、このような機兵の介入が不可能な状況下において、マスターの有事の際には、こうして守るようプログラムされています」
「キャラ設定はいいから、さっさと離してくれ」
「了解しました」とデスがその腕をどけ、狭いコックピット内で俺はできるだけ距離を取った。そして少しの静寂が訪れ、その間徐々にコックピットが元の位置に戻っていく。完全に上昇が終わっても、この気まずい空気は続いた。とりあえずこの空気を打開すべく、さっきのレバーのことをデスに尋ねてみる。
「な、なぁ、あのレバーは一体なんなんだ?」
「先程のレバーは、敵機の攻撃によってコックピットブロックが破壊されそうな状況下で、パイロットの生存確率を上げる為の機能のひとつです」
デスはコックピットのモニターのひとつを操作し、そこに映像を含めた説明資料を表示させる。
「機兵戦闘での主な目的は、敵機の撃墜にあります。その過程で、敵機の装備や部位の破壊などがありますが、最終的な目標は動力部かコックピットの破壊です」
モニターの映像には、様々な兵装で胸部を破壊される機兵の姿が映され、その胴体部分を断面図にした、被害状況のシミュレーション資料が表示される。その資料では、下腹部と腰部に受けた損傷は少なく、確率的にパイロットを守れる可能性があること示していた。
「なるほど、そこで破壊される直前にコックピットを下へ逃がすってことか」
「そうです。そうすることで、当機と私の設計者はパイロットの生存率を上げるられると考えました。ですが…」
デスの表情が悲しげなものに変わる。
「この機能は手動操作のみで作動するため、当機で唯一私がコントロールできない機能になります。設計者には「ハッキングやシステムの損傷で、動作不能に陥ることを防ぐためだ」と説明されましたが、これでは完全にマスターをお守りできません」
デスは不満そうな顔でモニターを消した。設計者…?自分の親のことをそう呼んでるのか?そうだとしたら、この謎の機兵といい実の娘の名前や設定といい、親も子も頭がぶっ飛んでやがるな。てか…
「待った。そもそもの話しをして良い?」
俺にはそれ以前に、まずハッキリさせるべきことがあった。
「そもそもとはなんでしょうか?マスター」
疑問に首を傾けこちらを向くデスに対し、ハッキリと自分の意志を伝える。
「俺はお前のマスターじゃないし、なるつもりもない。さっさとこの監禁状態から解放してくれないか?」
「申し訳ありませんが、それはできません」
真顔で断られ、「なんでだよ!」と俺は苛立ちを隠さず怒鳴った。その声がコックピット内で反響するも、デスは一切動じることなく説明を始める。
「主に理由が二つあります。ひとつはマスターの生命を管理し守ることが、私の絶対に遂行しなければいけない使命だからです。そしてもうひとつが…」
少しの間を置いて、俺の方にデスは微笑んだ。
「マスターがまた、自殺行為に及ぶ可能性が高いからです」
おいおい、ニコっとしながら言うことじゃないだろw 俺は思わず失笑していた。
「はははははw、面白い。なんでそんなことが言える?」
「私には、半径約10km圏内に居る人間の感情と思考を読み取る機能【E&Cスキャナー】が搭載されています」
また電波設定かよ、いい加減にしてくれ。そう頭を抱えていると、それ見透かしたかの様な台詞がデスから発せられる。
「電波設定ではありませんよ?私が言っていることは本当です」
「なっ!いや、そんなの予測でどうとでもなる範疇だ。本当に思考を読めるんだったら、俺が今考えてる三つの色を当ててみろ」
そうデスを挑発し、俺は頭の中に複数の色を思い浮かべる。ワインレッド、スカイブルー、ライムグリーン、そしてブラック。ただの予測では到底完全に当てきれまい。さぁ、どうする?
「スキャン完了。では、当てさせていただきます」
「どうぞ」
デスは目を閉じ、モニターが再び起動する。
「一色目はワインレッドです」
デスがそう宣言すると、モニターの色もその色に変わる。俺が想像していた、その色そのままに…。
「正解だ」
だが、こんなものはまぐれの可能性だってある。それに、
「まだ二色残っている」
「そうですね」とデスはため息をついて、そのまま次の色を宣言する。
「二色目はスカイブルーです」
またモニターの色が変化する。またも的確に当ててくるデスに、俺は動揺した。
「せ、正解。残りは…」
「えぇ、わかっていますマスター」
デスが俺の言葉を途中で遮った。どうやら、さっさとこれを終わらせたいようだ。
「三色目はライムグリーン、四色目はブラックです」
モニターの上半分がライムグリーン、下半分がブラックに染まる。
「なん…だと」
この結果に唖然とする俺を前に、デスは淡々と言葉を放つ。
「全く、マスターはずるい手を使いますね。三つの色と宣言しながら、四つも出すなんて。まぁ、私の機能を証明する要素が増えたので、その分好都合でしたが」
「じゃあ、本当に思考を…」
「そうです。マスターが飛び降りる数分前から、マスターの状態を把握しておりました。そのため、あのような状況で的確に救助できたのです」
確かに、完璧な飛行速度の調整や、救助用クッションを既に用意していたりと、偶然としてはできすぎている。それに、俺の飛び降りを事故や事件の可能性を疑わず、自殺行為と断言したことも頷ける。こいつの言っていることが全て本当なら、生命管理アンドロイドとはなんだ?この機兵とこいつの設計者は一体何者なんだ?いったい何故俺がマスターなのか?と新たな疑問が次々と浮上する。それを感じ取ったデスが、また喋り始める。
「そうですね、私について詳しくお話しましょう。まず、生命管理アンドロイドについてからいきましょうか」
デスが座席を180度回転させ、座るように促した。俺が座席に座ると、まるでそこに居ることが必然かの様に身体がはまり、ここ最近のストレスでざわついていた気分が、徐々に落ち着いていく。その様子を見たデスは、嬉しそうに笑顔を見せ、落ち着いた声色で説明を始める。
「生命管理アンドロイドとは、マスターとした人間の寿命以外での死や、そのリスクを排除することを目的に設計、開発されたアンドロイドです。これらはまだ試作段階で、私を含めた数体の試作アンドロイドは現在、様々な地域で実践的な動作試験を行っています」
「つまり、お前も動作試験の一環でこうしていると」
「そうです」とデスが相槌を打つ。それさえ終われば、俺は晴れて自由の身になれる訳だ。だが、デスの話しにはまだ続きがあった。
「試験が終わり次第、問題が無ければデータのみを転送し、そのまま運用を開始する手筈になっています。良かったですねマスター。これからもずっと一緒ですよ」
「あぁ…、そう……だな…」
問題が無ければ…か……、いっそ腰の銃で破壊してしまおうか?
「それはやめておいた方がいいと思います。私にはE&Cスキャナーによる思考読み取り能力と、様々な戦闘プログラムがインストールされているので、生身における戦闘ではマスターに99.9%勝ち目はありません」
「ですよね~」
「話しを戻します。次に、私とこの機兵の設計者についてです。名前は【ヴァイシュバルツ・ローベルトン】、現在【Ll】所長兼、【LHI】三代目代表取締役社長にあたる人物になります」
「ローベルトン!?」
俺はその名前に驚愕した。ローベルトン一族は、これまで様々な超常的技術を発明し、世界の発展に大きく貢献してきた歴史を持つ。現在では機兵技術の最先端を走る、生ける偉人である。彼の会社LHIは世界レベルの大企業で、世界各地に関係会社を持っており、俺が以前務めていた【MGSs】の親会社でもあった。
「そんな凄い人が、お前とこの機兵の設計者なのか?!」
「そうです。設計者は持てる最新の技術を駆使し、私達とLlPシリーズを開発しました。世界の争いを加速させてしまった罪滅ぼしのために」
この世界に初めて機兵の原型機が現れたのが数百年前、その技術の大元はローベルトン一族の物だったと聞いたことがある。その技術を発展させ、機兵を完成させたのもローベルトン一族であり、それを皮切りに各国の争いは激化していった。それで流された血も、決して少ないものではなかった。
「だが、何故軍や警察ではなく俺なんだ?そういった平和的理想を叶えるためなら、そういう機関に導入すべきと思うのだが」
デスは首を横に振った。
「私とLlPシリーズは、現行の技術を大きく上回る性能を持っています。この強力な力や技術を一部の軍や組織等に与えることは、勢力バランスを崩すことに繋がり、新たな争いの火種となる可能性が高いと設計者は考えました。それならば、まずはそういった組織に属さない個人を対象にしたようです。他にも様々な理由がありますが、これ以上は機密事項に触れる可能性があるため説明できません」
「それで、その個人の中から俺が選ばれたということだが、それはどういう基準で決まったんだ?」
「それについては、私に搭載されているデスシステムと合わせて説明致します。まずデスシステムとは、E&Cスキャナーの範囲内に存在する、規定値を超えて死ぬ可能性が最も高い人間をマスターとして設定し、設定したマスターをあらゆる死の可能性から守ること第一目的に、当機と私を用いて行動するシステムです。ナキトさんがマスターに設定されたのは、E&Cスキャナー範囲内で唯一死の可能性が存在した人間だからです」
「じゃあ、犯罪者や反社会的思想を持った人間がマスターになったらどうなる?」
「それについては、私が保護及び防衛対象に相応しくないと判断した時点で、対象はマスターではなくなります」
なるほど
「実は俺、テロリストなんだよね」
「見え透いた嘘は感心しませんよマスター」
E&Cスキャナー有能すぎませんかね。
「マスター、褒めてもなでなでぐらいしか出せませんよ」
「いらんわ!」
俺が照れ隠しで反発してることを読み取ったデスは「ふふっ」と笑い、笑顔のままモニターを操作して、マップ上のひとつの場所にピンを立てた。
「とりあえず、今日はここに泊まりましょう」
現在地から数百キロ離れたそこには、まだやってるモーテルが一軒あった。それを見ている最中、デスが俺のシートベルトを閉めた。
「ちょっと待て、お前のことは理解したが、マスターになることは認めちゃいないぞ」
シートベルトを外そうとするも、ロックされているのか外すことができない。
「閉店まで時間がありません。話しの続きは向こうでしましょう」
デスが座席を元の方向に戻すと、機兵が宙に浮いて移動を開始した。モニターに映る木々は段々と後方に流れる速度を増し、気づけばそれらは一瞬で過ぎ去り、姿を捉えるのは不可能になっていた。既に音速を超えているはずだが、機体は安定して滑らかに飛行している。あの廉価版ジャメンで同じ速度を飛ぼうもんなら、即空中分解してしまうだろう。可変機なら別だが、もっと上の性能を持つ機兵でも、大気の影響で軌道が乱れるはずだ。それなのにこの機兵はそれもなく、尚も加速し続けている。
「な、なぁ?」
俺はデスに話しかけるも、返答は無かった。推進装置の音しかしないコックピットは比較的静かで、俺の声は届いている筈……、となると普通に無視されてしまった様だ。その後も何回か声をかけたが返答はなく、しかたなく俺は頭の後ろで腕を組んで目的地に着くまで待つことにした。
とある辺境にある少し古めのモーテルで、この店のたった一人の従業員こと店主の屈強な男性が、受付カウンターに頬杖をついて23時57分を示す時計をボーッと眺めていた。もうそろそろ閉めようかと考えている最中、外が蒼い光に照らされ、店主は駐機場に視線を移した。
「なんだぁ?あの機体は」
そこには、初めて見る漆黒の機兵が姿があり、綺麗な着地でピッタリと駐機場に降り立った。スラスターの音と光が消えた数秒後、何かの絶叫が聞こえた気がしたが、再び深夜の静寂が訪れる。そして数分後に店のドアが開き、純白の美女が姿を現した。「ヒュ~♪今日はついてるな」と店主が口笛を吹いた。
「すいません、まだ開いていますか?」
純白の美女が店主に尋ねた。
「あんたついてるな。ちょうど閉めようとしてたんだが、まだ開いてるよ」
上機嫌に店主が答えると、美女は「ありがとうございます」と笑顔を浮かべ、一人の男の手を引きながら店の中に入る。店主は「チッ、なんだよ。男連れかよ」と舌打ちをして、無愛想に書類と鍵を取り出した。
「こことここにサインと、何泊するか書いて置いといてくれ。料金は後払いだから忘れんなよ」
そう二人組に伝えて、バックヤードに消える。デスが書類を書き終え、逃げようとするナキトを強引に引きずりながら、駐機場の目の前にある宿舎の二階に連れて行く。部屋の電気をつけて中に入ると、少し大きめのベッドが一つにテーブルとクローゼット、それとシャワー室があった。デスがナキトを無理やりベットに放り投げ、ガチャっとドアの鍵を閉める。
「もう逃げようとしないで下さいねマスター。時間と労力の無駄ですから」
モーテルに到着してハッチが開く瞬間、俺は全速力で逃げた。だが、笑顔のまま人間離れした爆速で走ってくるデスに、即行確保されてしまった。その後も逃れようとしたが、華奢な腕に見合わぬ怪力で掴まれ、一切の抵抗は無意味に帰した。うつ伏せで布団に顔を埋めている俺の傍に、デスが近づいて来る。
「どうしてもマスターは私から逃れたいのですか?」
「………」
顔を背け、俺は沈黙した。数歩の足音の後ベッドが沈み込み、俺の背中に手が置かれる。
「あなたは救おうと全力を尽くしました。その姿勢は素晴らしいことです」
だが、力が足りなかった。救えなかったんだ。結果が伴わない勇者は勇者ではないんだ。
「なら私がマスターの力になります。私とトッドリパルレイザーがあれば、マスターは無敵です」
確かに無敵かもしれない。だがそれは物理的にだ。
「もういいんだ。俺は疲れたよ」
デスが横に寝転び、俺の身体を持ち上げて転がし、自分の方へと顔を向かせる。
「なら、私が癒してあげます。さぁ、こっちへ来てください」
デスが微笑み、両腕を広げて待っている。
「いいや、いい」
俺はまた反対へと寝返った。
「なら、添い寝だけでも…」
「必要ないと言っているだろう。所詮ただの機械だろ?人間の真似事なんかして気持ち悪いんだよ」
俺が俺をどうしようが自由の筈だ。なのに、どうしてこんなロボットのおままごとに、付き合わされなきゃいけないんだ。
「………わかりましたマスター」
デスがベッドから立ち上がり、ドアの方へと歩いて行く。
「私は機体の整備を行ってきます。マスターはゆっくりお休み下さい」
そう俺に伝えながらドアを開け、部屋から出て行く。ガチャっと施錠された音を聞いたあと、身体にどっと疲れが押し寄せ、俺はそのまま目を閉じて深い眠りに付いた。
部屋のドアの横につけられた橙色のランプに照らされた廊下で、デスは数十メートル先に見えるトッドリパルレイザーを眺めていた。整備とは言ったものの、遠隔で機体の状態はいつでも確認できるし、見たところ一切整備の必要が無い万全な状態だった。たとえ損傷があったとしても、軽微であれば自己修復機能があるので、放置しておいて問題はない。つまり、マスターが完全に寝付くまで暇なのだ。やることも無く、ただデスは柵にもたれかかってトッドリパルレイザーの顔をぼーっと見つめる。
「人間の真似事ですか…」
私の設計者は言った。「たとえ機械であったとしても、生命や魂は宿る」と…。本当にそうなんだろうか?私は人間の脳を模倣したコンピューターを搭載していますが、そういった物を感じることができません。私がただのシステムの合理的決定で動く人形だからだろうか?私というデータが、いつでも複製可能だからだろうか?人間のように生死が定められていないからだろうか?どんなに思考を巡らせてみても、この疑問を解決する術を、私は持ち合わせていなかった。ネットに接続して検索してみても、答えは見つからない。あのとき、設計者に何故そう考えるのか、その理由を訊いておけば良かったと後悔した。
「もし私が人間だったら。マスターはこの様に接しなかったのでしょうか…」
私が人間と偽ってマスターと接触していれば、もっと円滑に事が運んだかもしれない。だがシステムの予測では、彼の能力値から虚偽が発覚することは確実で、信頼関係の崩壊から最悪の結果に繋がると示していた。その後も様々なシミュレーションを行ない、今の関係が悪いことを受け入れ、徐々にマスターの信頼を得て、心を開いて貰うしか無いと、デスは結論付けていた。そうだ、マスターはもう寝ただろうか?デスが状態を確認する為E&Cスキャナーを起動すると、複数有る反応の内、ひとつがこちらに接近していた。その方向を見ると、バットを担いだ店主が居た。
「よう、お嬢さん。まだ起きてたのか?」
目が合った店主が陽気に話しかけた。
「えぇ、ちょっと夜風に」
それに対しデスは素っ気なく答えた。店主は微笑みながら相槌をし、空いている片手の上でバットをバウンドさせながら、駐機場の方へ身体を向けた。
「あの機兵はお前さんたちのか?」
店主はバットをトッドリパルレイザーに向ける。
「えぇ、そうです」
「凄いな!あんな機兵は見たことない!カスタム機持ちは何回か来たことがあるが、そいつらとは全く別物だ」
オーバー気味に驚く店主の白々しい態度に、デスは少しの不快感を感じながらも、それを表に出さずに店主の目的が話されるのを待った。
「こんな機兵を持てるほど、お前さんたちは相当お金に余裕があるようだが、実はこのモーテルにはちょっとした割引サービスがあるんだ」
「いいえ、定額で結構です」
デスがキッパリ断ると、店主はやれやれとこちらへ向き直り、近寄ってくる。
「おいおいお嬢さん。人の話しは最後まで聞こうぜ?」
「定額で問題ありません。おやすみなさい」
部屋に戻ろうとドアノブに手をかけたとき、そのデスの腕を店主が掴んだ。
「ちょ~っと付き合ってもらうだけでいいんだがな。やりようによっては、タダにしてやってもいい」
デスが店主にギロッと睨みつけると、「いいねいいね~」とニヤついた店主が顔をすぐ傍に近づけて囁いてくる。
「彼氏にもそうして愛想つかされたんだろ?お嬢さんみたいな美しいお方を放っておく様なやつなんか気にするなよ。俺と一緒になった方が絶対楽しいぜ」
「いい加減にして下さい」
デスは店主の手を振り払って距離をとった。
「この会話は録音させてもらいました。これ以上変なことをするのではあれば、警察に通報させていただきます」
デスはこれで手を引いてくれると思っていたが、それでも店主は余裕そうな態度で「あぁ、好きにすればいい」と言った。訳がわからないが、E&Cスキャナーによると虚勢ではないのは確かだ。
「捕まることを恐れないのですか?」
デスの問いに対し、店主が何が可笑しいのか「ははは」と笑って答える。
「残念だが、俺は捕まらない。ここらでは似た様なイタズラの通報が多いんだ。それに、深夜帯でこんな辺境のモーテルだ。警察が来るまで時間はたっぷりある。それだけあれば充分なんだよ」
店主がバットを片手に「さ、おしゃべりは終わりだ」とジリジリと距離を詰めてくる。その勝ち誇った店主を見て、デスは「はぁ…」とため息をついた。
「そうですね、確かにそれだけあれば充分です」
そのとき、トッドリパルレイザーの瞳に蒼い光が灯る。
「なにぃ?!」
起動したトッドリパルレイザーが、背部ハードポイントアームを重厚な機械音を発しながら動かし、そこに懸下していたレーザーライフルを右手に装備する。そして、その戦艦の主砲程ある銃口の先を店主に向けた。
「ちっ、遠隔操縦か。だがこのまま撃てば、お前と彼氏もタダじゃすまないんじゃないか?」
それに対し、デスが微笑んだ。
「心配の必要はありませんよ?精密な出力調整で、あなただけを跡形もなく消滅させられますので」
店主は軽く冷や汗をかいていたが「はっ、ハッタリだね。そんなことできるはずがない」と否定した。
「なら試してみましょうか」
ライフルの銃口から数本の細い光が放たれる。その蒼い光線がバットに命中すると、そこに綺麗な穴が無数に出来上がった。
「ヒッ!!」
血の気が引いた店主がバットを床に落とすと、構造が脆くなった部分から折れてバラバラになる。それを見て更に顔を青ざめ、数歩後退って駆け足で逃げだした。
「暇つぶしには丁度良いですね」
独り言を呟いて、デスは店主を追いかけた。
ガチャッ
ナキトの寝る部屋の扉が開き、店主への尋問と拘束を終えたデスが戻ってくる。どうやら、電気をつけたまま寝てしまった様で、部屋はそれなりに明るかった。ベッドの隣にある照明のリモコンを取る時、デスの視界に熟睡しているマスターの顔が入る。
「ふふっ、可愛い寝顔です」
デスが部屋の電気を消し、マスターの隣に横たわる。うつ伏せで寝るマスターの横顔をしばらく眺めて、もうそろそろ自分もスリープモードに移ろうかと思っていると、マスターの表情が苦しそうなものに変化する。何か悪夢を見ている様だ。
「どうしましょう…」
たとえ思考や感情を読み取れるE&Cスキャナーを持ってしても、その夢の正確な内容までは把握できない。それに、ただの悪夢で死ぬ可能性が殆ど無い為、こういうときの対処法が明確にプログラムされていないのだ。
「う、うゔぅ…」
悪夢にうなされたマスターが呻き声をあげる。デスが「何かしてあげないと」と思い、マスターの頭に手を伸ばした。土や砂汚れでちょっとパサパサする髪の毛に触れ、起きないように優しく左右に撫でる。すると、マスターの表情が少し和らぎ、しだいに寝息も「スー、スー」としたものに戻っていった。
「なるほど、こうすればいいのですね」
そう小声で呟いたデスは、撫でていた手をマスターの背中に回し、もう片方の腕も下から通して、優しくマスターを抱き締める。
「マ……マ…」
そう寝言を呟いたマスターに、頬にデスがキスをする。安心しきった寝顔になったマスターに「おやすみなさい。ナキト」と囁いてデスも眠りについた。
薄暗い高層ビルの一角、一人の白衣の男性が、モニター上に転送されてきたデータを眺めていた。それらは膨大で難解な情報の濁流で、一般人には文字通り''眺める''ことしかできないであろう。しかしこの男性は、転送が開始されてから終了するまでの十数秒間で、その内容全てを脳内でシミュレーションした予測値と照らし合わせながら把握した。
「どうやら、一号機は想定通り稼働しているようだな」
そう言って男性はモニターを操作し、別のデータを引っ張り出した。そこには一体アンドロイドと一機の機兵、それに関する様々な数値が表記されていた。
「こっちはまだか…、やはり作業に少し遅れが出ているな」
男性にはその理由がすぐにわかった。
「急遽開発を開始させた追加装備による材料不足と生産ラインの圧迫…」
だが、この問題に関してはどうすることもできなかった。今開発中のこれらには、最重要機密に当たる素材と技術が両方とも使用されており、おいそれと素材の採取や設備の増設ができないのだ。
「今はそのときでは無い…か」
男性はモニターを消し、部屋を後にした。
真っ暗闇、俺はぽつんとそこに立っていた。
「ここは…」
ふわふわと俺の声が暗闇に反響する。周囲を見渡そうとしても何も見えない。
ビーッ ビーッ ビーッ
突然警告音が鳴り響き、視界が赤い煙幕に包まれる。次に耳元でバババババババと機関砲の音が発され、俺は驚いて地面に転げ落ちた。すると、色んな人の声が様々な方向から聞こえ始める。
「本当にそれにするの?」
「わざわざお前がやらなくても、代わりは沢山居るだろうに」
「足を引っ張るんじゃねぇぞ」
「やめろ!撃つな!」
「貴様が撃たなければ」
「この人殺し!」
「君は優秀だった。実に残念だよ」
「あの企業をクビだとよ!残念だったなぁw」
「出て行って!」
俺は耳を塞いで、かき消すように叫んだ。
「やめろ!」
だが、声達は一向に収まらない。
「やめろ、やめろやめろ!やめろー!!!」
そのとき声達がピタッと止み、暗闇に一筋の光が差し込んだ。立ち上がってその先へ歩くと、平原の上にひとつの白い家と一人の黒髪の女性が立っていた。俺がその方へ近づくにつれ、女性の姿が段々はっきりとしていく。
「母…さん?」
そう思ったとき、その姿を覆っていた靄が晴れ、それが母さんだとわかった。
「ナキト、いらっしゃい」
両手を伸ばす母さんの元へ、俺は駆け足で向かった。さっきまで全てを覆っていた暗闇がどんどん光に照らされていき、平原の目の前に着く頃には真っ白になっていた。そして平原に踏み込んだとき、俺の身体は少年時代に戻り、無邪気に大好きなママへと飛び込んだ。ママはそれをお腹で受け止めると、手を僕の頭に置いて優しく撫でた。
「よ~しよ~し、辛かったね」
「うん…」
小さく頷く僕を見て、ママは微笑んだ。青空の下、ママが草の上に座り込み、天を見上げる。
「大丈夫、あなたには私がついてるから」
「ほんと?」
僕の問いにママがこっちへ向いて、「うん、ほんと」と答えた。どうしてほんとなのかわからないけど、目の前に大好きなママが居るからいいやと抱きついた。
「ママ、大好き」
「うん、私も大好き」
とママも抱き返す。
「あなたは強い子、だって私達の血を継いでいるから」
ママは僕が挫けそうになると、いつもそう言って励まし、元気づけてくれた。なんでも、ご先祖さまが伝説の人物らしい。
「でも…、僕……」
僕にはそんな力があると思えなかった。そんな僕をママが膝の上に寝かせると、「今はゆっくり休みなさい」と頬にキスをする。すると、僕は眠気に見舞われて、徐々に瞼が落ちていく。まだママと一緒に居たいと目を開くが、段々と重みを増す瞼に抗えなくなっていく。最後に目を開けたとき、家の日陰から覗き込む母さんの髪が、白になっていた気がした。
窓から入る朝日に照らされ目を覚ますと、目前には幸せそうに眠るデスの顔があった。
「全部夢オチとかで良かったのに…」
とりあえず起き上がって離れようとするが、デスの腕がそれを邪魔する。
「な?!」
腰に回された腕を解こうとするが、やはりビクともしない。なにこいつ、俺が逃げないように就寝中もこうやって拘束するのかよ!デスの腕と格闘すること十数秒、その腕が緩むと同時にデスも目を覚ました。
「あ、マスター、おはようございます。いい夢は見れましたか?」
眠気混じりのほわほわした声で、デスが朝の挨拶をする。
「さぁな、覚えてない。てか、これを早く退かしてくれ」
「あ、すいません。つい…」
デスが腕を退け、俺は起き上がった。このあとどうするか考えたが、何も思い浮かばない。職も住む場所も、やるべきこともやりたいことも、その何もかもを失った俺には、人生のリタイア以外の選択肢が無かった。後ろで立ち上がったデスが俺の前に立つと、唐突に俺の手を掴んだ。
「マスター、一旦シャワーを浴びて来てください」
次の瞬間、強引に立ち上がらさせられ、シャワー室の扉が開く。
「え、ま、いきなり何すんだよ!」
トイレ兼脱衣場に無理やり連行され、デスに退路を塞がれた。
「服を脱いだら、こちらに渡して下さい。コインランドリーで洗ってきますから」
「ちょ、人前で裸ってお前…」
「安心してください。私は生命管理アンドロイドです」
「そういう問題じゃないだろー!」
しばらくして、服を持ったデスがシャワー室のドアから出て行くと、そのまま外のコインランドリーへと向かった。なんだろう、この複雑な心境は…。とりあえず、服もすることも無いので、シャワーの蛇口を捻って身体を洗い流した。皮膚や髪の毛に付着していた砂や土、こびりついた返り血等が水に薄れて排水溝へと流れていく。お湯で身体が綺麗になっていく反面、それを見ていた俺の心は暗く冷たかった。俺の汚れは、そう簡単に洗い流せるものではないのだ。
「クソっ」
備え付けのシャンプーやボディーソープで一通り身体を乱暴に洗浄した後、置いてあったバスタオルで水分を拭き取っていく。そこで、一つ重要なことに気が付いた。
「あ、着替えねぇじゃん…」
仕方なくバスタオルに身を包んだ俺は、ベッドの上で手持ちの貴重品を確認しながら、デスが戻ってくるのを待った。貴重品と言っても、脱ぐ際に外した腕時計と財布ぐらいしかないが。
「所持金は数万Gちょっと、装備はあらかたジャメンの中…」
はぁ、どうしたもんか。そう考えていると、外からドタドタと足音がしてくる。なんだ?と思って玄関の方を向くと、バァン!と勢いよくドアが開く。そこには白いコート姿のデスが、衣類を片手に立っていた。
「お待たせしましたマスター。着替えを持ってきました」
「お、おう…。でも、そんな急がなくてもいいんだぞ。他の客にも迷惑がかかるだろうし」
「あ、」っと頬を赤らめたデスが、E&Cスキャナーで周囲を確認する。幸い、不快感を抱いた人間は居なかった様で、「ほっ」と安心する。
「すいません…。でも、マスターに風邪をひかれる訳にはいきませんから」
「そ、そうか…」
デスが静かーにドアを閉めると、こっちに来て持ってきた服を俺に渡した。新品の様に綺麗に畳まれたそれらを、一つずつベッド広げて見ていく。下着と肌着…黒、シャツ…黒…、ズボン…黒……、上着…黒………、全部黒じゃん、厨二病か?しかも、ちょっとカッコいいSFアニメのコスプレみたいなデザインだし、てか上着なんてデスが着ているコートと、丈以外ほぼおそろいじゃねぇか。
「なぁ、不満とかじゃないんだが、これは誰が用意した物なんだ?」
「私の設計者です。彼がデザインし製作したものとなります。黒一色なのは、彼の美学だそうです」
「美学……、ねぇ…」
俺には理解し難いよ。自分自身が着るものならまだしも、赤の他人が着るんだし…。とはいえ、他に着る物も無いので、さっさと身に着けることにした。
「おぉ、マスター似合ってます」
全て着終わったタイミングで、デスが小さく拍手しながら言った。
「本当か?こういうのって、イケメンとかじゃないと厳しくないか?」
シャワー室の鏡で自分の姿を確認してみると、意外に案外悪く無かった。サイズもピッタリだし、着心地も良いしで、真っ黒なことを除けば、これはこれでアリだな。
「それで……、お前は俺をこれからどうするつもりなんだ?」
今の俺には、職も住居も金もやる気も無かった。かと言ってそれをこいつが許す筈もなく、解決するために何か行動するだろう。昨日時点で、俺はこいつに敵わないことは理解した。ならば、無駄に逆らわない方が賢明だと思ったのだ。
「そうですね…、一旦この近くの町で、朝食をとりましょうか」
朝食という言葉を聞いた俺の腹が、ぐぅ~と情けなく鳴った。そういえば、昨日の朝から何にも口にしていなかった。ぶっちゃけ、このまま何にも食べなくてもいいか…、とか考えていると「マスター?」とジト目でデスが顔を覗き込んで来る。
「あぁ、そうだな…」
俺は大人しく従う。それにデスが笑顔を見せると、俺の手を引いて玄関を開いた。
「さぁ、行きましょうマスター」
モーテルから少し離れた草むらの裏で、双眼鏡を覗く女性が一人と、その後ろで同じ方向を見る男性二人の計三人組が隠れていた。彼らの視線はモーテルの一室のドアと、駐機場の漆黒の機兵に向けられていた。
「いや~、あの機兵かっこいいっすね」
後ろの細マッチョな男性が一人呟いた。それに対し、もう一人のガタイがいい男性が反応する。
「そうか?俺はもっと無骨な方が好きだな。かっこいいのは認めるが…」
「確かに、お前の趣味には合わなそうっすねぇ…」
「あぁ、あそこまで完成された機兵だと、どうもねぇ…。だが、見たことない構造をしてやがる。これには趣味以上に興味をそそる」
「やっぱり整備長も知らないタイプっすか、さっさと鹵獲してやりたいっすけどねぇ」
それを聞いた双眼鏡を覗いている気の強そうな女性が、その会話に声を挟んだ。
「今は様子見だけと言っただろう。まずは相手がどんな奴なのか、しっかり観察してからチャンスを窺うんだよ。いいね?」
「「はい!アネキ!!」」
男性二人が、ビシッと姿勢を正して大声で返事をした。
「馬鹿っ!向こうに気づかれたらどうする!あ、ほら、出てきた」
三人組が急いで草むらに隠れ、そぉ~っと再び双眼鏡で様子を伺う。
「情報通り男女のカップルだな。なんだい、偉く美人じゃないか」
美人と聞いた細マッチョが、慌てて自分の荷物を漁り始める。
「アネキ、美人なのはどっちの方でしょう?」
「女の方さ。あと先に言っとくが、撮影はまだやめときな」
ピタッと細マッチョの動きが止まり、ゆっくりと出した荷物を戻し始める。
「はい…、アネキ……」
しょんぼりする細マッチョをもう一人が慰める中、構わずアネキは偵察を続ける。
「小娘が、無警戒に仲良く手なんか繋いじゃって。大人しく都会でモデルでもやってれば良かったものを、あんな機兵を見せびらかしながら、何にも知らずにのこのことこんな地域に来るなんて運が悪いねぇ。男の方は普通も普通…気だるそうで真っ黒なとこ以外触れるところ無し、二人とも弱そうだねぇ」
とはいえ、外見や仕草だけで相手の力量を全ては量れない。アネキは双眼鏡を倍率を上げて、詳細な装備を確認する。だが武器らしい武器が見当たらず、それっぽいものは男の腰にある見慣れない拳銃だけだった。
「武器も拳銃一丁だけとはねぇ。相当の実力者か、不用心すぎる阿呆のどっちかだね」
観察対象が階段を降り始めたとき、美女が男性に振り向き何かを伝え、少し驚いた様子を見せた。まさかこっちに気づいたか?心拍数が上がり、アネキが手元の銃に手を掛ける。だが、男性はすぐにさっきの気だるそうな状態に戻り、美女に腕を引かれながら付いて行く。ホッとしたアネキは銃から手を離し、双眼鏡の倍率を下げる。そのとき、美女が前を向き直すほんの一瞬、目が合った。アネキがすぐに倍率を戻して確認するが、二人は何も無かったかのように普通に歩いていた。気のせいか…とアネキが双眼鏡を外し、手下の方を向いて座り込んだ。
「どうします?装備はこっちのが上っすし、支払い中に機兵を奪うことも可能と思うっすけど」
細マッチョの方がライフルを片手にアネキに提案する。だが、ガタイのいい整備長がそれを否定した。
「機種が割れているならいいが、あの機兵は何があるかわからない。この前のニュースでLlが遠隔操縦モジュールや自立型AIの実用化に向け、様々な地域でテストをしてるって観たし」
「つまり、整備長はこいつがそれを積んでる可能性があるって言いたいんっすか?そんなまさかぁ」
「そのまさかがあるかもしれない。俺としてはあの機兵スペックが割れてない以上、こっちの勝率も不確定だ。仕掛けるとするなら、纏まった戦力でやるべきだと思う」
意見が割れた二人は揃ってアネキの方を向いた。
「どうします?アネキ?」
「俺もアネキの判断に任せる」
アネキは悩んだ。正直、今が絶好のチャンスではあった。パイロットは機兵から離れているし、こちらの戦闘準備は住んでいる。だが、あの女と目が合った瞬間がアネキの思考を引き止めた。何か嫌な予感がする…。そのとき、アネキの後ろで機兵が動く音が聞こえた。
「アネキ!あれ!」
蒼い輝きを発しながら、宙に浮き始めた漆黒の機兵を細マッチョが指差した。
「な…、どうしてだい!?」
支払いと鍵の返却でこっちが動く時間は充分にあった筈だ。しかし、アネキがその方向を確認したときにはもう、機兵は遠くへ飛び去っていた。そして入れ替わる様に、一台のパトカーがこちらに向かって走って来ていた。
「あ゙の゙雄豚、しくじりやがったな゙ぁあ゙」
「アネキ、追いますか?それとも撤収しますか?」
整備長の問いに対し、消えて行った獲物を鋭く睨みつけながら答えた。
「もちろん追うさ。このディプファー様が一杯食わされたんだ。絶対に逃がしやしないよ!」
「「了解です!アネキ!」」
高度1,000m、漆黒の機兵は悠々と空を飛んでいた。
「なぁ?本当に良かったのか?」
次の目的地に向かうトッドリパルレイザーのコックピット内で、俺はデスの方へ振り向いて訊く。
「先程も伝えましたが、気前の良い店主さんが特別にサービスしてくれたので、問題ありませんよマスター」
「そう、ならいいんだが…」
モーテルを利用したことが無かった俺だが、代金を無料にしてくれるサービスなんて、聞いたことが無かった。デスは詳細を話してくれないし、何か隠している気がする。やはり機械である以上何を考えているかわからないし、信用はできないな。しばらくして、モニター越しの景色に前時代的な町が見えてくると、機兵が速度を落とした。
「マスター、目的地はもうすぐです。モニターにマスターの所持金以内で利用できる飲食店をリストアップしたので、先に決めておいて下さい」
「あぁ、わかったよ」
町の隣に表示されたリストを流し見て、適当に一番上の少し大きめの酒場を選ぶ。すると町の中央ら辺にピンが立ち、機兵がそちらへとコースを変える。町の上空付近に入り、機兵はさっきまでの高速飛行を止め、鳩のようにゆったりとしたものへ変えた。数十秒の遊覧飛行の後、酒場の隣にある線が引かれただけの駐機場に着陸し、「行きましょうマスター」とデスに引っ張られながら機兵を降りる。
カランカラン
ドアベル付きの扉を開けて酒場の中に入ると、「いらっしゃい!」と店主と思わしきムキムキエプロンの人物がこちらに挨拶する。店の中はそれなりの人数の客で賑わっており、その内何名かは俺たちの見慣れない姿を少し眺めたあと、その視線を元に戻した。俺たちが空いている席に着くと、店主がメニュー片手にこちらへとやって来る。
「どうもお二人さん、注文は何にしますか?」
店主が差し出したメニューには、様々な料理や飲み物が手書きで記されていた。とりあえずオススメとある【機兵乗りのスタミナステーキ】と【機兵乗りのビール風ジュース】を俺が頼むと、デスも同じものを注文した。内心それに驚いた俺だったが、それに構わず店主の注文の確認に対し「はい」とデスが応え、店主がテーブルを離れていった。店主が見えなくなったところで俺は、さっきの注文についてデスに訊く。
「なぁ?お前アンドロイドなんだよな?人間の食べ物とか食べて平気なのか?」
「問題ありませんよマスター、私の身体の一部は人間を模倣した細胞型ナノマシンで構成されていて、食品の経口摂取によるエネルギー確保にも対応しています」
「へぇ、また変わった機能だな。設計者はどういう趣味してんだ?」
「私の使命はマスターの生命管理にあり、必ずマスターと同行しなければいけません。そうなると、今回の様な外食でマスター一人だけが食事をするのは不自然ですし、マスターも食べずらいだろうとの判断から着けられた機能だそうです」
「なるほどねぇ。まったくなんて技術力だ。きっと他にも素晴らしい機能が詰まってるんだろうよ、自爆機能とかな」
そう嫌味たっぷりに言ってやると「安心してください。マスターに危害が加わるような機能はありませんから」とデスは笑顔で返した。ったく、本当に面倒な奴に捕まってしまったと今更になって思う。とりあえず料理が来るまで暇だし、適当に店内を見渡していると、ひとつの掲示板が目に留まった。
「賞金首リストか…、本当に有るもんなんだな」
貼り付けられた紙には、様々な人物の顔写真や似顔絵と機兵などの装備から特徴まで掲載されており、それぞれその下には七から九桁の数字が並んでいた。しばらくそれを眺めていると、店主が料理を運んで来る。
「お待たせしました。こちら、ご注文のステーキとお飲み物になります」
テーブルに置かれた分厚めのステーキは鉄皿の上でジュージューと音を立て、さらに香りでこちらの食欲を刺激してくる。
「わぁ、美味しそうです」
ね?マスターと共感を求める様に目をキラつかせたデスがこちらを見てくる。なんだろう、その反応に苛立ちを感じたが、実際そのステーキは美味しそうだし、特に否定する理由も無いので同意した。
「あぁ、そうだな」
「そう言って貰えて何よりだ。ゆっくりしていってくれ」
そう店主が笑うと、手書きのレシートを置いてテーブルを離れてカウンターの奥へと戻って行った。さて、頂くとするか。テーブル脇に置かれた木製の箱からフォークとナイフを手に取ると、「それで自分を切ったりしないで下さいよ、マスター」と少し険しい表情でデスが注意する。
「安心しろ、人に迷惑がかかるような死に方はしない」
そう答え、俺は一切れの肉を口に含む。やはりそのステーキは、空腹なのも相まってとてつもなく美味しかった。ちゃんとした料理を食べるのは何時ぶりだろう…。村の防衛での出張中は、基本軍用のレーションやインスタント食品ばっかだったし、家に帰れても低賃金&重労働で、外食や料理をする気力も金も足りなかったからなぁ。デスも切った肉を一口かじり、その表情を幸福という蕩けた笑顔で埋めた。俺もその幸福を味わっていたが、その心の中では複雑な感情が疼いており、デスから半分ほど空いた鉄皿に視線を落とし、俺はナイフを強く握った。
「マスター、先程の発言でひとつ伺ってもよろしいですか?」
「なんだ?」
ナキトは無愛想に応えた。
「人に迷惑がかかるような死に方はしないと仰いましたが、死んでしまったらマスターの家族や友人に迷惑がかかってしまうのではありませんか?」
ナキトはため息をついてフォークとナイフを置くと、明後日の方を向いて頬杖をついた。
「いねぇよそんなもん。母さんはとっくに死んじまったし、親父とはその日以降連絡すら取ってないからな。友人だって、今じゃ誰一人も居なくなっちまった」
E&Cスキャナーがマスターの底知れぬ悲しみを検知する。そうでなくてもマスターの冷たい声色と表情で、心境は伝わってきた。
「申し訳ありませんマスター…そうとは知らずに私……」
「わかっただろう?俺が死んで悲しむやつも、迷惑かかる相手も居ないんだ。だから、俺の命は俺がどうしたって構わない」
マスターが冷ややかな視線でこちらを睨む。私は何も言えなかった。数秒の間を置いてマスターが再び食器を手に取り、熱を失った半分のステーキを口へと運ぶが、私は同じように食事を再開することは出来なかった。それに、胸の奥に有るエネルギーポンプが動作不良を起こし、首の駆動系も上に向けて動かす事が出来ない。自分でもわからない不具合と苦痛に苛まれていると、とうとうマスターの鉄皿が空になり、ジョッキ一杯を飲み干して財布を取り出す。そして代金をテーブルの上に置くと、立ち上がって私の前から去ろうとする。私にはどうしたら良いのかわからなかった。
ガシッ
それでも私は、マスターの手首を強く握って引き止めた。
「なんだよ、痛いんだが」
ナキトがその手を振り解こうとするが、デスの怪力相手にはビクともしない。俯いたデスは更にギュッと握ると、しばらくして声を絞り出した。
「…たし…が…ます……」
俺は、はっきり聞こえない言葉に「何言ってんだ?」とさらに苛立った。だが、様子が変なデスが気になって顔を覗き込むと、目には涙を浮かべていた。その一滴がテーブルの上に零れ落ちると、今度は震えてはいるが聞こえる声でデスが再び言葉を放った。
「私が…居ます。マスターが居なくなったら、私は悲しいです」
その一瞬、俺の心が揺れ、彼女が一人の人間に見えた。だが、俺はそれを認めたくはなかった。
「それは錯覚だ。お前は人工的に製造された機械で、その感情も造られた偽物なんだ。お前も理解しているだろ?」
そう、上手くできた偽物なんだ。プログラムが導き出した結果に過ぎない。だが、デスは首を横に振った。
「解りません。こんなに苦しいのに解らないんです。ただ、使命以上にマスターには居なくなって欲しくないんです」
にわかには信じ難がったが、俺は彼女の言葉が嘘とは思えなかった。再び俺の心が揺れる。それに付随して何かが蠢き、中で疼き始めた。それから逃れようと、俺はデスを否定した。
「いいや、わからないフリをしているだけだ。システムが人間らしく振る舞うために、隠してるか演じているんだ」
するとデスの涙がボロボロと頬を流れ始め、腕を掴む力が弱まる。再度振り解こうとしてみると、その手はあっさりと外れ、支えを失ったデスの右腕は力なく下に落ちた。嗚咽しながら片手で涙を拭うデスを置いて、俺は店の出口に向かう。背後から店内の何名、もしくは全員の視線を感じる。傍から見れば、女を泣かせたクズ野郎に映っただろうが、どう思われようが関係無い。アイツは機械で人間じゃないし、俺にとっては邪魔者だ。嫌われるぐらいが丁度いい。そう開き直って、扉を押し開け店を出た。
カランカラン
ドアベルの音と共にようやく解放され、再び手に入れた自由に、俺は背中を伸ばす。
「ん~よし、どうするか」
ただ、俺にとって目的は一つしかなかった。
「とりあえず、町を離れるか」
早いとこ移動しないと、またデスが追ってきてしまう。E&Cスキャナーから逃れる為に、最低10kmは離れないといけないが、移動手段はどうしたものか…。バイクや自転車は購入しようにも所持金的にまず無理だし、あの機兵はデスシステムと繋がってるだろうから使えないし…。
「ヒッチハイクとかタクシー捕まえるしかないか」
そう口に出すと、言霊が形になったかの様に一台の空車のタクシーが走ってくる。手を挙げてタクシーを停車させると、運転手のおじいちゃんが窓を開けて「どこまで乗ってくかい?」と訊いてきた。俺は「できるだけ遠くまで」と答え、後部座席に乗り込んだ。シートベルトを締めたのを運転手が確認すると、車を全速力で発進させた。
「所持金はこれだけです。運転手さん、何処まで行けますか?」
座席の脇に出されたお金を、チラッと運転手が見る。
「いいよいいよ、遠くまで連れてってやる」
その発言に「え、いいんですか?」と驚いてしまった。
「あぁいいさ。あんちゃんの運にまけといてやる」
「あ、ありがとうございます」
どういう訳なのかわからないが、助かるので運転手に感謝を述べた。お金を財布に戻し、窓の外を眺めていると、人や車の動きに違和感を感じた。みんなタクシーと同じ方向に走っている。まるで同じ方向を目指してるかの様に…。そしてしばらくすると徐々に車通りが増え始め、すぐに渋滞となり捕まってしまった。「こりゃ、ちょいとかかりそうだねぇ」と運転手がハンドルから手を離し、頭の後ろへと回した。そして俺にこう訪ねてくる。
「あんちゃんも命は惜しい身かい?」
突然そんなことを訊かれるのでまた少し驚いたが、俺は正直に返答する。
「いいえ、そんなに…。何故そんなことを?」
すると運転手は「あんちゃん何も知らんのかい」と俺以上に驚いた。
「これからブラッドウルフが襲いに来るって、避難勧告がでたんだよ」
ブラッドウルフ?確か賞金首リストにあった機兵強盗団か。それがこの町に向かってると。あの違和感もこの渋滞もそれのせいか。
「この町に防衛部隊は居ないんですか?」
そう運転手に尋ねると、運転手は「ハハハ」と笑い答えた。
「居たよ、やっすぃ金で雇われたんのがな」
「彼らは今どうしてるんですか?」
「全滅だよ全滅。まぁ、最初っから期待してなかったがなぁ」
だから避難勧告を出してるのか、相当まずいな。
「あとどのくらいでこの町に到達するかわかりますか?」
「信号弾が上がってから四分ぐれぇ経ってるから、十分ぐれぇじゃねぇかな」
「十分だって?!」
十分じゃ絶対に避難は間に合わない。確実に多くの住民に被害は出てしまうだろう。赤く染った町を機兵達が歩き、罪の無い住民達が悲鳴をあげながら一方的に惨殺される。そんなことを許していいのか?いいや許してはいけない。確かに俺は、こんなクソッタレな世界とはさっさとおさらばしたいさ。だが、目の前で起こるクソッタレなことから、自分だけおさらばなんて曲がったことはしたくなかった。
「運転手さん、ここで降ろして」
俺はそう言ってシートベルトを外してドアハンドルに手を掛ける。すると運転手が「待ちな」と呼び止める。確かに一人の人間がどうこうできる問題ではないのかもしれない。
「でも、行かなくちゃ」
しかし、ドアが開かない。まさか、行かせないつもりなのか?だが運転手の思惑は違った。
「あんちゃんの機兵は何処にあるんだい?」
「乗せてもらった酒場のとこです」
「なら、シートベルトを締めな。今から送ってってやる!」
キュイイィィー!と後輪が激しく回転し、タイヤ痕を残しながらタクシーが反対車線へとUターンする。そのまま法定速度を大きく超過した爆速で、今来た道を引き返していく。
「いいんですか?あなただって逃げ遅れるかもしれないんですよ!」
「あんちゃんが奴らを止めてくれるんだろう?だったら問題ねぇ!」
「俺が失敗したら、どうするんですか?」
「わしも歳だ、命は惜しいが大して変わらん!なりゃ賭けに出しても構わねぇさ!」
そんな会話をしている内に酒場の前に到着し、タクシーが急停車する。
「さぁ、着いたぞ。頑張りな!」
そうドアを開けた運転手に礼を言い、タクシーを降りて駐機場へと走った。駐機場にはあの機兵以外にも何機か停まっており、その下で賞金稼ぎと思われる人物等が何人か屯していた。何やら手柄や出撃する頃合いについて話し合ってるようだが、俺はそんなものに構わず漆黒の機兵へと駆け寄った。そういえば、この機兵にはどうやって乗るんだ?デスが不在でそもそも動くのか?等と思っていると、機体が勝手に動いて立膝立ちになりコックピットが開く。それを見た何人かの賞金稼ぎは、色んな意味で驚いた。差し伸べられた手の上から機体に乗り込むと、そこにデスの姿は無く、機兵が俺を認識して動いた様だった。ということは、俺だけでも動かすことができるということだ。試しに操縦桿やボタンを操作し、機体の基本的な動作チェックを行う。
「よし、動いた!」
マニュピレーター等の各関節チェック、メインカメラ、センサー類の機能確認、スラスター角の調整等、どれも問題無く完了した。膨大な数のシステム欄と各種兵装をざっと確認し、あとは発進するだけだったが、いきなり機兵が勝手に屈み始める。開いたハッチの先には、泣いた痕が残った真顔のデスが、俺の顔を真っ直ぐ見つめて立っていた。
「マスター、あなたは最低な人間です。正直、少し嫌いになりました」
ナキトが去ったあの後もデスは一人泣き続け、それを見た他の客が心配を装ったナンパを仕掛けてきたり、ナキトを探そうとE&Cスキャナーを起動したら町中はパニックだしで、気分は最低最悪だった。
「はぁ…、だろうな。俺もお前のことが嫌いだし、嫌われたって別に構わねぇよ」
その方が俺にとっても都合がいいしな。
「ですが、私はマスターの生命管理アンドロイドです。あなたに対する好意がどうであれ、私はマスターを守らなければいけません」
そう言いながらデスがコックピットに乗り込み、ハッチが閉められる。これで俺は、折角の逃げる機会を失ったことになる。それでも俺には、俺達にはやるべきことがあった。
「この町に向かって来る強盗どもを叩くぞ」
「はい、マスターに危害を加える邪魔者達を排除しましょう」
推進装置が蒼い粒子を放出し、機体が宙に浮き始める。その場でゆっくり旋回しながらハードポイントアームが動き、ライフルが右手に装備されると、レーダーとモニターに敵機の位置情報が表示される。準備は完了した。操縦桿を強く握り締め、俺は遠くに居るだろう敵機を見据えて言い放つ。
「LlP-01 トッドリパルレイザー、シンガ・ナキト。防衛行動を開始する!」
フットペダルを踏み込むと、一瞬で機体が音速へと加速し、ソニックブームを響かせながら町を飛び去った。それを見ていた賞金稼ぎ達は口をぽかーんとさせ、タクシーの運転手は親指をグッと立てた。
街から14km程離れた荒野で、機兵同士による戦闘が行われようとしていた。片方は防衛隊のジャメンCeからなる六機小隊で、もう片方は小型の戦車から中性能機兵で構成された強盗団の十七機中隊であった。数的優位は強盗団にあったが、その半数は旧式戦車や砲塔に足が生えた様な【Uk-03 Gウォーカー】等、第一次機兵大戦初期に使用されていた機体ばかりで、残る機兵達も廉価版ジャメンでも相手ができる性能だった。
「なんだ、どれもガラクタばかりじゃないか。ブラッドウルフも言うほど大したことないんじゃないのか?」
一人の防衛部隊員が疑問を口にすると、別の隊員がそれを否定した。
『いや、あの銀白の機兵、俺たちの機体より性能は上だ』
そう、それは先頭の機兵を除いてのことだった。互いに交戦距離まで近づいて来た頃、盗賊団の進行が止まった。銀白の機兵が腕を横に挙げ、手を出すなと言うかの様に制止させたのだ。
「な、まさか単機でやろうってのかよ」
『全く、舐められたものだな』
そんな隊員達に隊長は注意を促す。
『警戒しろ。奴はただのパイロットではない。全力で対処しなければ、命は無いだろう』
銀白の機兵が腕を降ろすと、こちらへと接近してくる。
『来るぞ!各機散開、回避起動を取りつつ対大型兵器のフォーメーションを組む』
隊長の指示の元、隊員達が銀白の機兵を囲うように動く。その様子を見た銀白の機兵は推進装置の出力を上げた。
「なんだ?わざわざ包囲網に突っ込む気か?」
側面に回り込もうと動いていた四機のジャメンが、目標へとマシンガンを乱射する。が、銀白の機兵が更に加速し、弾幕を突き抜けジャメン達の前を一瞬で横切った。
『は、速い!』
『くっそぉ、照準が間に合わねぇ』
そんな近くに居た敵機を無視し、爆速で突き進む白銀の機兵が目指す先には、一部装甲を強化した隊長機仕様のジャメンが立っていた。
『やらせるか!』
その近くに居た一機のジャメンがライフルで射撃するも、圧倒的推進力で容易く回避し、隊長機へと詰め寄っていく。隊長機もそれに合わせて、全速力で後退しつつライフルを構えた。
『流石にこの距離では避けれまい』
引き金が引かれると共に、数十発の弾丸が連続して銀白の機兵を襲う。だが、最初の数発を軽く機体を逸らして回避すると、残りを傾けた左腕の増加装甲で弾き飛ばされてしまう。どんどん距離を詰められる中、隊長機は弾切れになったライフルを捨て、腰の折り畳まれたヒートブレードを手に持ち展開させる。それを見た白銀の機兵は推進装置を最大まで吹かし、隊長機へタックルを仕掛ける。隊長機が咄嗟にヒートブレードで受けるが、十分な熱を宿していないままへし折られ、機体が地面へと叩きつけられる。
『ぐっ、あ゙ぁ』
コックピット内にも強い衝撃が走り、割れたモニターの破片が隊長の頭部に刺さって、流れる液体が彼の視界を赤く染める。そんな中、まだ機能していたモニターの一部が銀白の右腕を映した瞬間、その役目を終えた。
「隊長ー!」
パイルバンカーを引き抜き、銀白の機兵は残ったジャメン達に向き直る。
『よくも…、よくも!』
一機のジャメンがマシンガンを乱射しながら銀白の機兵に突撃する。
『下がれ!喰われるぞ!』
副隊長が制止するも彼は止まらず、ヒートブレードを展開し斬りかかる。理性を失った獣は銀白の機兵にとって格好の餌であり、その身体に染み付いた単調な動作を見切るのは容易かった。振り下ろされた刃先を最小限のバックステップで回避し、がら空きになった胴体にパイルバンカーを叩き込む。貫かれた機体が爆炎をあげ、上半身が崩れ落ちる。五年間の付き合いになる仲間が、たった数十秒で二人も亡きものにされ、残された隊員達は戦意を失いかけていた。それでも副隊長はライフルを構え、部下達に指示を飛ばした。
『各機、一度距離を離し、密集陣形に再構築だ』
散開していたジャメン達が、副隊長機に追随して隊列を組み直そうとする。それに対し銀白の機兵は、棒立ちで彼ら追うことはせず、腰部リアアーマーに懸架したライフルを左手に構えた。
バァアァァン!!
その凄まじい砲撃音から放たれた弾丸は、合流に遅れたジャメンの上半身を吹き飛ばし、大きな爆発を起こした。
『嘘だろ…』
また仲間が撃墜された事実と、奴の射撃精度に残った三名は絶望した。副隊長の脳裏に、撤退の二文字が浮かんだが…。
『全機、陣形を維持し、回避起動を取りながら奴に射程圏内まで接近する』
それでも、死んで行った仲間の為、戦う道を選んだ。
『ネガティブ!奴に勝てるわけが無い!悪いが俺は撤退させてもらう!』
そう言って一機のジャメンが戦線を離脱していく。そこに一つの銃弾が飛来し、それをギリギリで回避する。
『はっ、こんなところで死ねるかよ!なっ…』
その直後、歪んだ機体が爆発する。二発目の銃弾が直撃したのだ。
「逃げても一緒ってかよ…」
『…………』
副隊長機は何も言わず、弾倉を交換しながら目標へと接近していく。その後ろ姿を見た隊員は「ここで退けば、副隊長を囮に安全に逃げられるのでは?」と思ったが、その後の生活のことも逃げ切れる自信も彼には無かった。副隊長機が目標に向かってライフルを連射し、隊員もそれに合わせてマシンガンを乱射する。銀白の機兵は左右に後退しながらそれらを回避していくが、徐々に両者の距離が詰まっていく。それにつれ、数発が機体にかすり始め、銃弾が一つ増加装甲に直撃する。
『このまま追い込むぞ』
副隊長の声が聞こえたそのとき、銀白の機兵がライフルを発砲する。近距離で放たれた弾丸は回避しようとした副隊長機のライフルを直撃し、持っていた右腕ごと吹き飛ばした。
『ぐぅっ!』
バランスを崩すも、何とか立て直してヒートブレードを展開し、最大出力で接近していく。銀白の機兵も出力を上げて距離を離そうとするが、隊員の援護射撃で退路を防がれる。
『これで決める!』
間合いに入った副隊長機が、目標へとヒートブレードを右から左に斬りかかる。
ガキィイン
銀白の機兵は左腕の増加装甲で受け、金属同士の衝突音が響き渡る。致命傷は避けたものの、速度の乗った一撃は装甲に食い込み、十分な熱を宿した刀身は、徐々にそれを溶断していく。
『終わりだ!』
副隊長機が更にヒートブレードを押し込んだ。そのとき…
バァン!
増加装甲が焼き切れる寸前、突如それが爆発した。その爆発でヒートブレードが弾かれ、副隊長機が仰け反った瞬間、右腕のパイルバンカーを素早くコックピットに叩き込む。
「あ、ぁあ…」
目の前で副隊長機が爆散し、残された隊員は最早正常な精神状態にあらず、コックピットで絶叫する。
「く、くるなぁ゙あ゙ぁ゙あ゙ぁぁぁ」
マシンガンを敵機に向けて乱射するが、弾丸は目標を大きく外れて飛んで行った。ジャメンがその機動力に翻弄されている内に、銀白の機兵は目前まで距離を詰める。
「うわぁあぁぁぁ!!!」
銀白の機兵は赤いモノアイを光らせ、パイルバンカーでジャメンの胴体を貫いた。鉄杭が刺さった内部で小爆発が発生し、漏れ出た炎が武骨な装甲を照らす。
【GS-14 ホワイトウルフAlc】、ブラッドウルフのリーダー【アライン・ロウ】が闇市で手に入れた【GS-14 ホワイトウルフ】をベースに、推進装置の追加や動力路の大出力化、装甲とフレームの一部を高性能機と交換し、闇市製の武装を追加して高機動近接格闘戦仕様に改造を施した機兵。改造元のホワイトウルフは警察用の為、機体性能は抑えられたものになっているが、その大元がLHI製軍用機【LM-35 レッドウルフ】なこともあり、この改造によってその戦闘力は高性能機にも匹敵する。
「これで最後か…、呆気ない」
パイルバンカーを引き抜き、残骸を振り払う。周囲の安全を確認したロウが機体を静止させると、団員達が弾薬や推進剤など補給を行い始める。
「流石ですロウさん。防衛隊の奴らを一人で片付けちまうなんて」
近くの戦車のキューポラから、一人の男が出てそう言った。それに対しロウは「大した相手じゃなかっただけだ」と冷たく返答し、補給を完了したのを確認して街へと歩き出す。その背中を追いかけるように、戦車達は移動を再開した。ロウは元々フリーの高ランク傭兵だった。だが、雇い主の裏切りを受けて盗賊として活動するようになり、その高い戦闘能力で民間警備部隊や護衛付きの金持ち等を相手に、単機での襲撃を成功させていった。しばらくして、その実力を聞きつけた同業者が、一人二人とロウのもとに集まっていき、やがてブラッドウルフ機兵強盗団として活動するようになった。ロウは団員を「勝手に集まって着いてくる奴ら」ぐらいに思っており、仲間が増えた今でも、一匹狼らしく孤独な闘いを好む。団員達もそれを理解しており、ロウから支援の要請があるまで、彼らはロウの''戦場''には手を出さないようにしている。そんな一人のエース頼りな強盗団だが、彼らの障害となる防衛隊は鉄屑となり、残るはちょっとした賞金稼ぎとの小競り合いだけだった。ここら辺の地域でロウより腕の立つ機兵乗りは居らず、仮に居たとしても、ロウの鉄杭で貫かれる運命は変わらないだろう。それに、ロウが賞金稼ぎ達を引き付けてさえくれれば、残った人員で街を襲撃できる。つまり、今回の仕事もブラッドウルフの勝ちが決まっていた。
「今日もいい酒が飲めそうだ」
一人の戦車乗りが独り言を呟いた。すると無線で別の戦車乗りから、笑いながら突っ込まれる。
『まだ気を抜くなよ。でないと、我らがリーダーを狙ってる阿呆の流れ弾で、ボーンと吹き飛んじまうぜw』
その無線で、年輩の【Uk-06 Gタンク】(上半身が機兵、下半身が戦車の旧型兵器)に乗った老兵が喋り出す。
『そうじゃぞ若造、戦場でその言葉を発した者は皆、悲惨な末路を辿るのじゃ。確かあれは…』
『あーあー、また始まったよ爺さんの大戦時の長話し』
複数人の呆れた声が無線から発せられ、緊張の解けた何名かが雑談をし始める。そんなガヤガヤと浮ついた空気の中、町が見え始めた頃に警報音が鳴った。
「何?熱源反応、何処から?!」
すると蒼い光が見え、それが光線となって左側に居たGタンクのキャタピラを直撃した。
『なんじゃと?機体が傾いて、ぐわぁ゙!』
片方の支えを失ったGタンクが、バランスを崩して横転する。それを見て各員が戦闘態勢に入ると、空に一機の黒い影が見えた。
「一機無力化、凄いな…この距離からでも当たるのか…」
ナキトはゴマ粒程の目標に対する命中精度に驚きながら、別の戦車に照準を合わせトリガーを引いた。高弾速かつ高威力のレーザー弾は、戦車の砲塔とキャタピラを容易く溶解させ無力化する。たった十数秒で二機を撃破された強盗団は、接近してくるトッドリパルレイザーにありったけの対空射撃を浴びせ始める。ナキトが回避行動をとる中、デスが背後から話しかけてくる。
「マスター、私はこれから機体とのリンク状態に入り、機体防御及び回避行動などの制御に専念します。リソースの大半をそちらに割くため口数が少なくなりますが、くれぐれも機体を乱暴に扱ったりしないで下さいね?」
デスがそう言うと、背後の人型のくぼみに身体を合わせた。するとディスプレイに《自動回避モード:起動》と表示され、迫り来る銃弾やミサイルを最小限の動きで華麗に躱していく。その回避機動を見たロウは、「面白い、久々に狩りごたえのある奴が来たか」と口角を上げた。ホワイトウルフが腰にマウントしたライフルを手に持つと、長年の経験で培った感覚を元に、目標に向かって一発、二発と弾丸を放った。トッドリパルレイザーに向け数多な砲火が浴びせられる中、その内の一発が正確にこちらを捉えて向かって来る。それでも、この機兵の機動力を持ってすれば簡単に回避できた。その一発の弾丸を躱した直後、ナキトは咄嗟に脚部のスラスターを最大出力にし、両脚部を前に出して無理やりZ字に急旋回させる。
「マスター、機体を乱暴に扱わないで下さい」
デスが怒り気味でナキトに注意するが、すぐ下を弾丸が横切り、ナキトの意図を理解したデスは「申し訳ありません」と項垂れた。ロウは「やるじゃないか」と悔しさ混じりに微笑み、「だが、いつまで持つ?」と再びライフルを構え、攻撃を再開する。取り巻きと合わせた何手先をも読んだ偏差射撃にナキトが苦戦する中、反撃しようとこちらもライフルを構えるも、照準を定めきる前に銃弾が来るため、回避に専念するしかなかった。
「おい、デス!なんとかできないのか!」
自動回避が上手く機能していないどころか、回避機動を相手に読まれ、射線へと誘導されている様だった。この状況を理解しているのかナキトが不安になる中、数秒してデスが音声を発した。
『自動回避プログラム、アップデート完了』
それを言い終えると、機体の動きが華麗なものから荒々しいものへと変化する。各所スラスターを一気に吹かせ、機体を無理やり上下左右にずらすことで、銃弾を被弾寸前で回避していく。俺の咄嗟にとったそれを、プログラムに組み込んだのだ。その推進性能任せの無茶苦茶な飛行に「これ以上は無駄弾か」とロウはライフルを下ろし、団員達に先に行く様に促した。
「マスター、回避は私が全力で請け負います。攻撃に専念してください」
「わかっている!」
ナキトがキレ気味に返答すると、弾幕がピタリと止み、機兵達が町への進軍を再開し始める。あまり時間をかけてられないとナキトは敵機らへ二発のレーザー弾を放ち、機兵と戦車を一機ずつ無力化する。もう一発と放つも、残った敵機が回避起動を取り始め、横を掠めたレーザーは装甲表面と地面を焼くだけだった。
「もっと接近しないと」
そう飛行速度を上げようとしたとき、目の前を火線が横切る。その元を辿ると、そこには銀白の機兵が銃口をこちらに向けていた。
『機体照合完了、GS-14 ホワイトウルフと断定。機体各所に改造を確認』
またも音声が発せられ、敵機の関連情報がモニターに表示される。そんなものに目をくれず、ナキトは「あいつがリーダー機か、写真の面影ぐらいしかねぇな」と呟いた。ナキトが敵機の動きで何かを察し、デスが「来ます!」と声を張った。トッドリパルレイザーが音速で横へ飛ぶと、すぐ後を弾丸が通り過ぎていく。
「一方的にやらせてたまるか!」
そうこちらもライフル構えるが、自機の回避機動で照準がズレ、ロウ機の足元に焼け跡を残す。すぐさまナキトは第二射を放つが、既にロウは回避行動に移っており、尽く躱されてしまう。レーザーライフルを連射モードに切り替えて敵機を狙うものの、奴の機動性と独特の回避パターンで弾の間を縫われ、中々捉えることができない。とはいえ奴の反撃もこちらの機動力であれば十分に回避可能だ。互いに当たらない射撃戦を繰り広げる中、時間だけが過ぎていく。
「くっ…」
ナキトは焦っていた。数分あれば、残った団員達は町へと到達するだろう。賞金稼ぎ達が居るとはいえ、戦力は未知数だし相手の数が多すぎる。モタモタしていたら、被害は少なからず出てしまうだろう。こうなったら…
「一気にケリをつける」
ライフルをハードポイントアームに戻し、レーザーブレードに持ち替える。この機体の機動力を活かせる近接格闘戦で終わらせるためだ。先程まで回避に使っていた推進力を、敵機との距離を詰めるために回し、キュイィーンとかん高い音を響かせ一直線に突っ込む。
バァァン!
そこに一発の弾丸が撃ち込まれるが、機体をロールさせることで速度を殺さずに回避する。
バァアァァン!!
もう一発、今度は回避不可能な距離で弾丸が放たれるが、即座にレーザーブレードを展開して斬り払う。両者の距離がすぐ側まで迫り、後退していたロウがライフルを捨てた。そして、向かってくる獲物を仕留めるため、ゴォォオォォォと推進剤を燃やす音を轟き渡らせ立ち向かう。両者の視線が一点に注がれ、その一点に向けて武器を振りかざす。ナキトの剣は首に、ロウの杭は横腹に…。
「「当たる」」
両者が確信し、二つの輝きが交わった。
ガゴォォン…
地面に響く鈍い金属音…。そこにはホワイトウルフの頭部が転がり、トッドリパルレイザーが無傷で着地していた。交わる瞬間、突如レーザーブレードの刀身が伸び、その分トッドリパルレイザーの軌道がズレたのだ。
「回避は請け負いましたよ。マスター」
デスが微笑みながらそう言うが、それを見た俺の顔は曇っていただろう。真っ暗なコックピット内にて、ロウはまだ機能する通信機で、自機の行動不能を伝える。
「全機に継ぐ、俺の機体は行動不能だ」
町を目前にして団員達は皆困惑し、あるものは疑い信じなかった。
『うそだろ…目標は目の前だってのに』
『な、なぁ冗談だと言ってくれよ』
『ロウの兄貴が負けるはずがねぇ!』
『そうだ!ここいらじゃ、兄貴よりうめぇ機兵乗りは居ねぇんだ!』
一部の団員が熱くなる中、一人が冷静に受け止めた。
『でも見ただろ?異様に速い黒い機兵と光線を…。あれはロウさんでも流石に…』
『………』
団員達は全員沈黙した。全員があの機兵がどれほどの脅威だったか、何故ロウが先に行かせたのか理解できるからだ。少しして、その沈黙を破るように警告音が鳴り始める。
『まずい、賞金稼ぎが出てきたぞ』
『おいどうすんだよ、ロウ無しでやれんのか?』
団員達が迷う中、賞金稼ぎの機兵達が攻撃を開始する。
『撃ってきた!応戦するしかねぇぞ!』
『悪いが俺は手を引かせてもらうぜ』
『おい、お前裏切るのか!』
『そういう約束だっただろうが。ロウが倒れた以上、俺達がここに残る義理はねぇ』
そう一機の機兵と戦車数台が離脱する。
『くっそ、弾も燃料もカツカツだ。ここは引くしか』
残って応戦していた団員達も撤退を開始し、賞金稼ぎ達は銃火器を下ろした。
「なんだなんだ、ブラッドウルフも大したことねぇな」
離れてく強盗達を確認し、他に敵影が無いか見渡していると、賞金首であるホワイトウルフの姿が無いことに気づいた。
「おい、ロウはどこ行った?」
センサーやレーダーにも反応が無く、本来有り得ないこの状況に戸惑う賞金稼ぎ達。
『引いたと思わせて、奇襲する作戦かも』
『あのロウの野郎だったら、そんなことする必要ないだろ』
『ホントにブラッドウルフだったの?見間違いじゃないの』
「いや、エンブレムは確認できた…まさか……」
彼らの頭には、先に飛び立った漆黒の機兵の姿が浮かんだ。
立ったまま機能停止になったホワイトウルフの前で、トッドリパルレイザーの掌に乗った俺は、拳銃を片手にコックピットを解錠する。ロックが外れ、ヴィーンと鈍い音とともに胸部装甲が展開され、コックピットシートに座るロウの姿が現れた。俺は拳銃を向け「降りろ」とロウに命令する。ロウも大人しく両手を上げ、何も言わずにこちらの掌に乗って背を向けた。トッドリパルレイザーの腕が徐々に下がり、地面に到達した所で「地面に正座して後ろで手を組め」と再び命令する。これにも大人しく従い、抵抗も反撃もせずに拘束具を手足に付けられる。盗賊団のリーダーとは思えない潔さだ。手にした拳銃を「もしも無闇に発砲しようとしたら、安全装置をかけますので」とデスに言われたことを思い出しながら見つめ、ホルスターに収めた。数歩前に歩き、快晴の空を眺めていると、後ろから「なぁ」とロウに呼びかけられた。
「何故あんな真似をした?」
ロウは俺に問うが、俺は何も答えず視線を逸らした。そして俺の奥に居る白い影を見て、ロウはフッと哂った。
「まったく、あんないいモノ持ってて、何が不満だ?贅沢にも程があるだろうに」
少しイラッときた。ったく、さっきの様に大人しくしていればいいってのに…。
「まぁ、何もかもを無くす絶望なんて、お前にはわからんだろうさ」
その言葉を言われて俺は我慢できず、険しい形相で乱暴にロウの胸ぐらを掴む。
「あんたを殺さなかったのは、そんな小言を言われるためじゃ無いぞ」
顔と顔が近づき、互いの鋭い視線が交わる。俺の瞳から何かを読み取ったロウは「すまなかった」と一言謝罪した。一発殴ろうかと空いた右腕が震えたが、俺はそのままロウを手放した。ロウはそのまま地面へと倒れ込み、顔に砂埃が舞う。その砂埃を十数倍にして巻き上げながら、遠くからこちらへと軍用車両が走って来ていた。
「街の警察に連絡を入れておきました。彼の身柄を受け渡したら、車両を護衛しながら戻りましょう」
後ろから歩いてきたデスが、そう説明しながら隣へと並ぶ。デスがこちらを向いた気がするが、気にせず軍用車両を見つめていると、視界内にチラッと顔を覗かせる。それに目を瞑ってため息を吐いて、俺は視線を空へと逸らした。
「まったく、マスターは…」
そうムスッとしたデスは、倒れているロウの方へと戻る。デスがロウを引き起こそうとすると、ロウが「全くだな。あの男とは別れた方がいいぜ」と呟き、デスは「そうできればいいんですが」と苦笑する。デスの補助を受けながらロウが立ち上がった所で、丁度軍用車両が到着した。
レーザーで損壊し、横転したGタンクのコックピットハッチから、一人の老兵が這い出てくる。
「ふぅ、まさかこの歳であの様なものと相対するとはな…」
「おい!アンタ!」
急に何者かに呼びかけられ、びっくりした老兵はコックピットから転げ落ちた。
「うぎゃっ」
落下の衝撃で呻いたものの、幸い下に居た屈強な男がキャッチしたことで怪我は無かった。逆さの老兵が目を開くと、一人の女性が目の前に立っていた。
「ディプファー様?!」
またもびっくりした老兵は男の手からも落ち、再び呻き声をあげる。
「アンタ、まだこんな旧兵器引っさげて戦争ごっこしてたとはねぇ」
砂を払って起きあがった老兵は「な、何故、この様な所に?」と尋ねると、ディプファーはGタンクの頭部を指さした。
「見たんだろ?あの黒い機兵」
「あぁ、そうじゃったが…」
すると整備長がコックピットへ向かい、ディプファーは焼け溶けたキャタピラに目を向けた。
「どうだった?とはいえ、一瞬のことだっただろうけどさ」
老兵は身震いして、敵機の姿を思い返す。
「アレはわしが知る兵器の枠を超えておる。有人機とは思えん挙動で団長の射撃を見切り、次々と一撃必殺の光線を放つ、正に悪魔の様なやつじゃったわい」
それを聞いて、ディプファーの口角がニヤリと上がる。
「ふぅーん、面白いわね。やっぱり狩るなら、狩りがいのある獲物じゃないと」
そう言いながら、地面の焼け跡を写真に収める。すると、Gタンクのコックピットから、整備長が顔を出した。
「アネキ!機器が古すぎて、手持ちの機材じゃデータを抜き出せないです!」
ディプファーがため息をついた。
「仕方ない、機体ごと回収するよ!準備しな!」
「はい!アネキ!」
整備長が乗ってきたトレーラーに走り、ディプファーもその方へ歩いていく。
「ワシのGタンク…」
そう老兵が呟くと、ディプファーが振り返って「アンタも着いて来な。どうせ行く宛て無いんでしょ」と手を振って催促する。
「はい!ディプファー様!」
何事も無く、無事にロウを乗せた軍用車と俺達が町へと帰還すると、そこには町長と思われる人物とそこそこの数の住民達が、大通りで出迎えに集まっていた。低空飛行で軍用車と並走するトッドリパルレイザーの姿に住民達が歓声をあげ、町長は拡声機で「ご覧下さい、彼が単機でブラッドウルフのリーダー、アライン・ロウを食い止めた英雄です!」と俺達をたたえる。
「おいおい、こんなの聞いてないぞ」
想定外の俺はスロットルを上げて飛び去ろうとしたが、その前にデスが操縦権を奪う。
「彼らを無下にするのは良くありませんよ、マスター」
町長の数メートル手前で軍用車が停車し、デスがその横にゆっくりと機兵を着陸させる。
「行きますよマスター」
コックピットハッチが開き、デスが俺の左手を掴む。
「ったく、こういうのは好きじゃないんだが…」
機兵の掌に俺達が乗ると、再び大きな歓声があがる。まるでパフォーマンスする様にデスが手を振り、ゆっくりと機兵の手を地面に降ろして膝立ちさせる。手の甲がアスファルトに触れ、俺はデスと手を繋ぐ形で軽く引っ張られながら降り、町長の元へ向かう。俺達が町長の前に並ぶと、彼は軽くお辞儀をして、自己紹介を始めた。
「ノアーク町長のアーロン・パーカーです。この町の代表として、強盗団撃退に感謝致します」
そう右手を差し出し、握手を求めた。俺も右手を出し、パーカーさんの手を握る。
「ありがとう!」
グッと握られた手と力強い声で感謝を伝えるパーカーさんに、俺の表情は笑みと嫌悪の入り交じった微妙な物になっていただろう。そんなことを彼は気に留めず、デスとも同じように握手を交わす。
「では、懸賞金の受け渡し手続きがありますので、機兵をあそこの駐機場に停めたら、役所に来てください」
パーカーさんが大通りの先にある大きな建物を指さし、駐機用のパスを俺に手渡してくる。
「わかりました」
俺の代わりにデスが応え、パーカーさんは「では、よろしくお願いしますね」と地面に置いた拡声機を手に取る。
「皆様!英雄である彼らに、今一度称賛を!」
再度、観衆達から歓声が湧き上がり、パーカーさんは軍用車に乗り込んで、役所へと先に走り去る。
「我々も行きましょうか」
そうデスが俺の手を引っ張って、コックピットに戻る。ハッチが閉まったトッドリパルレイザーが立ち上がり、駐機場へとゆったりと飛んで行く。その後ろ姿を、路地裏で何人かが好ましく無い表情で見上げていた。
「Mの12番はあそこですね」
デスがパスの画面を触ると、パスから『認証完了、周囲の状況を確認し、ゆっくりと機体を駐機して下さい』と音声が鳴り、12番の各所固定用アームが開く。デスが地面から数メートルの高さで機体をホバリングさせ、直立姿勢でゆっくりと旋回しながら後進して駐機場に収めていく。肩部と足部の固定用アームにピッタリと合わせた所で着陸し、地面の感圧センサーに反応したアームが閉まり、ガッチリと機体を固定する。
『機体の固定が完了しました。降りる際には、こちらの画面で昇降機を操作して下さい』
デスが俺をシートに押さえつけながら、コックピットハッチを開いて、昇降機を目の前まで動かした。
「行きますよマスター」
周囲の安全を確認すると、今度は俺を抱きかかえるようにして持って、昇降機へ乗り移った。ここまで過保護にされるとは屈辱だ。昇降機が地面まで降り、ようやく腕が解かれるものの、次は手を強く握られる。
「っつ!いてぇんだけど」
それに対しデスはため息をつき
「マスターが逃走の意思を持たなければ、私だってこの様なことはしなくて済むんですが」
だからって、痛みを伴うまでやらなくてもいいんだがな。
「16」
デスがいきなり数字を呟いた。
「なんだって?」
「16、あなたが先程から考えてる逃走パターン数です」
確かに色々考えていたが、一々数なんて数えてないから、そう言われてもな。
「だからなんだってんだ」
デスはもう片方の手も繋いで、距離を詰めて俺の瞳を強く見つめて来る。
「どうしてそこまで拒絶するんですか?現在において、マスターの状況は悪いものではありません」
そのとき、ロウに言われた言葉が過ぎる。だが、俺にとっては苦痛でしかない。そう受け入れられるものでは無かった。
「ぁあ、うざったいんだよ!」
繋がれた両手でデスを押し返し、互いの距離を元に戻す。
「ただの機械が保護者面しやがって。思考だか感情だかを盗聴できるからって、人様の事を完全に理解した気になってんじゃねぇぞ!」
デスは「いいえ」と首を横に振って、淡々と返答する。
「完全な理解まで至っているつもりはありません。客観的な判断を述べただけです。マスターの機嫌を損ねてしまい、申し訳ありません」
そのわざとらしい態度に俺はまたイラつくが、「待たせてはいけませんから、早く行きましょう」と繋いだ手を更に強く握られ、デスに着いていくしか無かった。
俺たちが役所に入ると、直接パーカーさんとその秘書が出迎えてくれ、町長室に案内された。「どうぞ」とふかふかのソファーに腰を掛ける様促され、一杯のお茶が目の前に置かれる。パーカーさんから懸賞金の手続きについて諸々の説明を聞き、差し出された一枚の契約書にサインする。
「はい、ありがとうございます。これで手続きは以上となります」
サインされた契約書を「コピーとアレを」と秘書に渡し、改まってこちらへとパーカーさんが向き直る。
「それで、手続きは終わりなのですが、ひとつお願いがありまして」
俺はデスの方を軽く伺ったが、さっきから相槌をするとき意外はずっと微笑んでおり、今もそれは変わらなかった。特に悪いものでは無さそうだ。
「なんでしょうか?」
「先程の戦闘で、雇っていた防衛部隊は残念ながら全滅してしまいました…。他の賞金稼ぎの方々が駐留しているとはいえ、次の襲撃は町に被害が出てしまうでしょう」
町長室のドアが開き、「失礼します」と秘書が契約書の入ったクリアファイルとショートケーキを机の上に置く。いきなり出されたケーキに困惑していると、コピーを秘書から受け取ったパーカーさんは
「あぁ、ありがとう。どうぞ、召し上がってください」
そう立ち上がって受け取ったコピーを書類棚へ仕舞い、後ろで準備していたのかティーセットと幾つかの書類を持ってくる。書類を机の端に置き、紅茶をティーカップに注いで、ケーキの横に差し出す。俺はデスの方を再び伺うと、既にクリームが付いたフォークを片手に、口いっぱいにケーキを頬張って、満面の笑みを浮かべていた。
「マスター、このケーキ甘くて美味し~です~」
ケーキをモッキュモッキュと食べ続けるデスに、パーカーさんは俺の変わった呼び方について、疑問を投げかける。
「マスター?どうしてその様n」
デスがケーキを飲み込む前に、俺は割り込んで話を進める。
「あー、こいつが勝手にそう言ってるだけなので、お気になさらず。それで、お願いとは?」
「あぁ、そうでしたね。単刀直入に言えば、この町の防衛をお願いしたいのです」とパーカーさんが書類を広げ、こちらに差し出した。
「勿論タダとは言いません。我々にできることであれば、最大限のサポートもします」
俺は机の上の書類に軽く目を走らせ内容を確認する。月給は50万Gで整備費用や各種サポート代等は別途保証、また駐機場付きの一軒家を無償で貸出してくれるようだ。一般的にまぁまぁ悪くない待遇と言えるだろう。だが…
「マスター?引き受けてみませんか?今の私達には、定住する場所もありませんし」
難色を示す俺にデスはそう言って、俺の前に置かれたケーキをフォークで刺し、また口いっぱいに頬張った。パーカーさんも俺の様子を見て、書類をクリアファイルに挟む。
「すぐにとは言いません。気が向いたら、ここの番号に連絡してください」
「………はい」
俺達が立ち上がると秘書が扉を開け、パーカーさんは軽く一礼した。町長室を退室すると、そのまま秘書に出口まで案内され、ファイルを持ったデスと役所を後にする。
ぐぅ~
駐機場へと戻ろうと歩み始めたとき、俺の腹が情けなく空腹を訴えてくる。現在の時刻は昼頃で、一時間半程前に少し遅めの朝食を取ったとはいえ、先の戦闘での消費量と昨日の食事量を補うには足りなかった。
「マスター?何か買っていきますか?」
またあざとく顔を覗かせ、デスはこちらを伺う。
「要らん」
デスから視線を背け、そうキッパリ断るも、「まぁ、拒否権は有りませんけど」とデスは聞く耳を持たずに、辺りを見渡して探し始める。
「あ、アレとかどうですか?マスター」
デスの指差す方向には、一台のサンドイッチのキッチンカーが停車していた。
「だから要らないと言って…」
返事を待たずにデスはキッチンカーへ向かい、少しして二つのサンドイッチを両手に戻ってくる。
「はい、マスター、ハムサンドです。折角賞金が手に入ったんですから、ちゃんと食べなきゃ駄目ですよ」
そう左手のハムサンドをこちらに差し出され、余計なお世話と思いながらも、粗末にする訳にもいかないので、俺は仕方なく受け取った。それでいいんですと微笑んだデスは、気のせいか少し山盛りに感じる右手のスイーツサンドを笑顔で頬張る。
「お前、そんなんばっか食ってたら太るぞ」
その言葉にデスはムッとする。
「問題ありません。摂取した物は全てエネルギーに還元される様になっているので」
すまし顔でそう答え、大きく二口目を頬張って続ける。
「それにマスターと居ると余計に考えることが多いので、このぐらいが適切なんですよ」
またモッキュモッキュと口元を覆いながら、そっぽを向いてデスはサンドを貪る。
「ふん、そうかよ」
何か悔しくて、俺もハムサンドを頬張った。少しして、あと一口という所で、デスは再び口を開く。
「まぁ、有用なデータを多く収集できるので、試験運用においては願ったり叶ったりですけど。多分一般人では、こうも行きませんから」
背を向けたデスは、サンドを貪ることを止めてそう言った。
「ご機嫌取りのつもりか?」
「いえ、事実を述べてるだけです」
デスはそうきっぱりと返答し、またサンドに口をつけ完食する。
「あっそ」
俺も最後の一口を食べ終え、包み紙を近くのゴミ箱に捨てて、駐機場へと向かう。すると、8~16歳と思われる少年達が、トッドリパルレイザーの前で屯していた。
「デス、あいつらは?」
「どうやらギャラリーの様です。害は無いので安心して問題ありません」
「そうか…」
少年自身や少年を利用した犯罪、悪質なイタズラによる事故等が脳裏を過ぎったが、デスの返答でそれらは杞憂に帰した。彼等との距離が近くなるにつれ、話している内容が次第に聞こえてくる。
「すっげー、これがロウをぶっ倒した機兵か」
「兄ちゃん、なんでコイツ真っ黒なの?」
「んなんきっとステルスなんだろ」
「おいメガネ、まだ見つかんねぇのかよ」
「ごめん、探しても類似する機体が見つからなくて」
「おいおい、お得意の大全集に全部載ってるんじゃないのかよ~」
「大全集以前にネットにも無いんだ」
「へー、秘密の機兵か、かっけー」
そのやり取りに俺は立ち止まって、少し懐かしみながら遠目に眺めていた。
「マスター?」
デスの言葉に反応して、少年達がこちらに気づく。
「あ、機兵のおにいちゃん達だ。こんにちは!」
それに続いて他の少年達も「こんにちは」と挨拶する。
「あぁ…、こんにちは」
その礼儀正しさに少し気圧されたものの、ちゃんと挨拶を返す。デスも「こんにちは」と微笑み、少年の内の何名かは顔を少し赤らめる。
「おいメガネ、見とれてんじゃねぇ」
そうメガネの子がどつかれ、全員が正気に戻る。それで、思い出したようにこちらに少年達が駆け寄ってお願いしてくる。
「なぁなぁ、にいちゃんさ、一回でいいから乗せてくれよ~」
「あ、ずるーい。僕も乗りたいのに」
「あの、型番とか機体名だけでも教えてくれませんか?」
「黒いのってステルス?やっぱステルスなの?」
打って変わって様々な要求にまた圧倒されていると、デスが割り込んで助け舟を出す。
「ごめんね~、あの機兵は私達しか乗っちゃいけない秘密の機体なの。だから名前も教えられないの」
それを聞いて少年達は落胆する。
「だから言ったじゃん。いつもみたいに断られるって」
「でも頼んでみなきゃわかんないじゃん」
「仕方ないよ、お仕事でやってるんだから」
「ステルスしなきゃだもんな~」
そう肩を落として、少年達が立ち去ろうとする。
「なぁ、デス」
俺の呼びかけに「あ、そうですねマスター」と答え、少年達を呼び止める。
「乗せてあげることはできないけど、動いてるところなら見せてあげられますよ。観ていきませんか?」
この提案に少年達は顔を明るくして、目を輝かせる。
「いいの?!」
「えぇ、少しだけなら。そうですよね?マスター」
「あぁ」
俺の了承に少年達は「やったー!」と喜び、各々飛び跳ねたりハイタッチやガッツポーズをする。そんな彼らを落ち着かせて、安全な位置まで退避させ、機体に乗り込み大型機用の通路へと移動させる。
「始めるぞ」
「はいマスター、姿勢制御は任せて下さい」
ハードポイントアームを動かし、ライフルを右手に持たせ、空中で構えさせてポージングを取る。
「うぉー!かっけー!」
かなり昔に放映されていた人気ロボットアニメのOPカットを再現したものだったが、どうやら反応は良さそうだ。他にもライフルを天に向けてみたり、レーザーブレードを両手で構えてみたりと、様々な再現やオリジナルのポージングやモーションを取らせてみせると、少年達は大喜びしていた。
「この機体の装備でできるのはこのぐらいか」
ある程度出し尽くし終え、駐機スペースに機体を戻す。固定を確認しコックピットを開けると、少年達は満足した様子で「ありがとうございました!」と大きな声で礼をし、手を振って帰って行った。俺も軽く手を振って返し、姿が見えなくなった所でコックピットに戻る。
「結構楽しそうでしたね。マスター」
そうニマニマしたデスがこちらをジーっと見つめてくる。
「うるさい、ただ要望に応えてやっただけだ」
俺はデスに背を向け、どかっとシートに深く座る。
「憧れてたんですよね、マスターも」
優しい口調でデスが後ろから語りかける。
「また思考でもスキャンしやがったのか?」
「いえいえ、そんな無闇矢鱈にしませんって。ただ、あの子達への接し方でそう感じたんです」
はぁ、なんだか信用ならんのだがな。そう心の中で呟いてみるが、デスは反応してこない。無言では何も進まないので、デスの言い分をもう少し掘り下げてみる。
「それで?だからなんなんだよ」
俺の問いにデスは優しく淡々と答える。
「今ならマスターのやりたかったこと、できると思うんです」
「………」
やりたかったこと、目指していたものへの熱量なんて、自ら再燃できるほど俺は持ち合わせていない。沈黙する俺に対し、デスは訴えかけるのを辞めない。
「この機兵と私、そしてマスターの優れた操縦技術を合わせれば、護るための力は充分あります。それを今、この町は必要としているんです。だから…」
「俺にそんな資格は無い!」
コックピットが開いていることを気にする間もなく、俺は怒鳴っていた。声が駐機場に反響するが、そんなことはどうでもよかった。
「何もわかってねぇのにうるさいんだよ!所詮教本とネットと訓練で得た知識を、少し得意なだけの操縦でひけらかしてただけなんだよ!だから失敗だって…」
そんな俺の目の前に堂々とデスが立ち、凛々しく険しい表情でキッパリと言い放った。
「いいえ、マスターにはあります。過去に何があったかは知りませんが、私は今日のマスターを見て、そう断言できます」
「っ………」
そんなデスを俺は直視できず、顔を逸らした。するとデスがこちらに近づき、俺の手を取って優しく握りしめる。
「マスター、貴方は酒場から出て行って、そのまま逃げることができたかもしれなかった。それなのに引き返し、この町を護る選択をしました」
握った手をデスは抱き寄せ、更に近づいて来る。
「そして彼らを退け、結果この町を被害無く護りました。更に子供達にもしっかりと対応し、ついでに私もおいしい物も食べられました」
おい、最後のは関係ないだろ。
「それに、これは予測にはなりますが、ロウがこの町の前で倒されたことが同業者に伝わることで、腕に自信がある者たちの襲撃の対象になる可能性も充分ありえます」
「っ…、確かにそうなれば、この町は壊滅するな…」
やっと返答した俺を、デスはただ無言で見つめる。そう、考えてみればもとより俺に選択権などない。
「ったくやればいいんだろやれば!」
やる気になった俺にデスは微笑んだ。
「では早速連絡を…」
「待った、受けるとは言ったが、一つ条件がある」
確かに俺には選択権は無いが、譲れないものがあった。
「何でしょうマスター?」
「何があっても決して戦線から退かないことだ。たとえ劣勢や危機的状況に陥っても、制御を奪って逃げる様な真似はするな。これを約束してくれなければ、俺は一切協力しない」
デスはため息を吐き、「流石ですねマスターは」と呟いて上を少し見上げ、操縦桿を撫でてこちらに顔を戻す。
「いいですよマスター、その条件を呑みます。ですが、あまり私とこの機体を舐めてもらっては困りますね。そう簡単に被弾などさせません」
お互い不敵な笑みで睨み合う。
「その言葉、忘れるなよ」
「えぇ、忘れさせませんとも」
Llロケット発射実験場にて、一人の男が小型通信装置で誰かと連絡を取っていた。
「ラヴェンチ、情報統制と偽装は上手くいっているか?」
『はい、各種メディアから個人の投稿まで全て完了致しました。ローベルトン様』
そうラヴェンチと呼ばれた女性の報告を聞き、ローベルトンは満足そうに笑う。
「その調子で、各国の監視衛星の偽装もよろしく頼む。あぁ、それと彼にあの情報を渡しておいてくれ。忙しいだろうが、さぞ喜ぶことだろう」
『了解致しました』
ローベルトンは通信を切り、遠くの空に浮かぶ月を見上げて笑い、ロケット発射台に立てた状態で乗せられた、オーバーテクノロジーの産物ともいえる形相の船に乗り込んだ。
《発進シークエンス開始》
そのアナウンスと共にカウントダウンが始められ、船体後部のバーニアが点火する。
《3.2.1…》
その火は轟音と共に、数字が少なくなるにつれ徐々に出力を上げていく。
《0》
最後の数字が読み上げられると、凄まじい振動と共に船体が浮き上がり、空高く光の帯を引いて飛んでいく。そして数秒する頃には、昼に輝く一点の星となって月へと消えていった。
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