95 / 104
第九章:維新の光、名もなき墓標
第九十六話:明治の息吹
しおりを挟む
土方歳三の死、そして箱館・五稜郭の陥落。
その報せは、長きにわたる戊辰戦争の終結を意味していた。
血で血を洗う戦いは、ついに終わりを告げたのだ。
雪の心には、これまで感じたことのない、深く静かな安堵が広がっていた。
そして、その年の九月。
新たな時代の幕開けを告げる号外が、下関の町にも届いた。
「元号が『明治』と改められたと……」
療養所の廊下で、志士たちが興奮した面持ちで、その報せを伝え合っていた。
雪は、その言葉を耳にした途端、思わず空を見上げた。
長く、長く続いた徳川の世が、本当に終わったのだ。
そして、新しい時代が、名実ともに始まる。
「明治……」
雪は、その新しい響きを、心の中でゆっくりと繰り返した。
それは、俊太郎が夢に見た「新しい日本」の、確かな息吹のように感じられた。
幾多の命が散り、多くの悲しみが積み重なった末に、ようやく訪れた夜明け。
その光は、まだか弱くとも、確かにこの国を照らし始めていた。
戦乱が終わり、療養所の役目も、まもなく終えようとしていた。
運び込まれてくる負傷者の数は、日に日に減り、重傷を負った者たちも、ほとんどが故郷へと帰っていった。
活気に満ちていた療養所は、徐々に静けさを取り戻していく。
ある日、桂小五郎の世話役を務めていた男が、雪に告げた。
「雪殿、あなた様のお働きには、心より感謝いたします。
この療養所も、これで解散となります」
その言葉に、雪は自らの役目が終わったことを感じた。
これまで、彼女を支え続けてきたのは、俊太郎から託された使命であり、目の前の負傷者たちを救うという日々の戦いだった。
それが、今、終わりを告げたのだ。
心には、確かに安堵があった。
もう、血と硝煙の匂いに怯えることもない。夜中に響く呻き声に、心を乱されることもない。
しかし、その安堵の裏側には、一抹の寂しさも広がっていた。
俊太郎の遺志を桂に届け、負傷した志士たちの看護に身を捧げる。
その日々は、過酷ではあったが、雪に確かな生きる意味を与えてくれた。
彼女は、誰かのために尽くすことの中に、自らの存在意義を見出していた。
それが、唐突に終わりを告げたのだ。
これから、自分は何をすればよいのだろうか。どこへ行けばよいのだろうか。
雪は、長州藩に身を寄せた当初の、行き場のない不安をふと思い出した。
しかし、あの頃とは違う。
彼女の心には、俊太郎から受け継いだ「日本の未来」への想いと、幾多の苦難を乗り越えてきた確かな強さが宿っている。
療養所の窓から見える下関の港には、新しい時代を象徴するかのように、西洋の帆船が停泊していた。
遠く水平線の彼方には、新しい夜明けの光が、さらに力強く輝いている。
雪は、自身の指先を見つめた。
そこには、数えきれないほどの負傷者の血と汗、そして涙が染み付いているかのようだった。
しかし、それ以上に、彼女の手は、多くの命を救い、新しい時代を支えてきた証でもあった。
彼女の戦いは終わった。
しかし、俊太郎の夢見た「新しい日本」は、今、まさに始まったばかりだ。
雪は、その明治の息吹を感じながら、自らの次の道を、静かに模索し始めていた。
その報せは、長きにわたる戊辰戦争の終結を意味していた。
血で血を洗う戦いは、ついに終わりを告げたのだ。
雪の心には、これまで感じたことのない、深く静かな安堵が広がっていた。
そして、その年の九月。
新たな時代の幕開けを告げる号外が、下関の町にも届いた。
「元号が『明治』と改められたと……」
療養所の廊下で、志士たちが興奮した面持ちで、その報せを伝え合っていた。
雪は、その言葉を耳にした途端、思わず空を見上げた。
長く、長く続いた徳川の世が、本当に終わったのだ。
そして、新しい時代が、名実ともに始まる。
「明治……」
雪は、その新しい響きを、心の中でゆっくりと繰り返した。
それは、俊太郎が夢に見た「新しい日本」の、確かな息吹のように感じられた。
幾多の命が散り、多くの悲しみが積み重なった末に、ようやく訪れた夜明け。
その光は、まだか弱くとも、確かにこの国を照らし始めていた。
戦乱が終わり、療養所の役目も、まもなく終えようとしていた。
運び込まれてくる負傷者の数は、日に日に減り、重傷を負った者たちも、ほとんどが故郷へと帰っていった。
活気に満ちていた療養所は、徐々に静けさを取り戻していく。
ある日、桂小五郎の世話役を務めていた男が、雪に告げた。
「雪殿、あなた様のお働きには、心より感謝いたします。
この療養所も、これで解散となります」
その言葉に、雪は自らの役目が終わったことを感じた。
これまで、彼女を支え続けてきたのは、俊太郎から託された使命であり、目の前の負傷者たちを救うという日々の戦いだった。
それが、今、終わりを告げたのだ。
心には、確かに安堵があった。
もう、血と硝煙の匂いに怯えることもない。夜中に響く呻き声に、心を乱されることもない。
しかし、その安堵の裏側には、一抹の寂しさも広がっていた。
俊太郎の遺志を桂に届け、負傷した志士たちの看護に身を捧げる。
その日々は、過酷ではあったが、雪に確かな生きる意味を与えてくれた。
彼女は、誰かのために尽くすことの中に、自らの存在意義を見出していた。
それが、唐突に終わりを告げたのだ。
これから、自分は何をすればよいのだろうか。どこへ行けばよいのだろうか。
雪は、長州藩に身を寄せた当初の、行き場のない不安をふと思い出した。
しかし、あの頃とは違う。
彼女の心には、俊太郎から受け継いだ「日本の未来」への想いと、幾多の苦難を乗り越えてきた確かな強さが宿っている。
療養所の窓から見える下関の港には、新しい時代を象徴するかのように、西洋の帆船が停泊していた。
遠く水平線の彼方には、新しい夜明けの光が、さらに力強く輝いている。
雪は、自身の指先を見つめた。
そこには、数えきれないほどの負傷者の血と汗、そして涙が染み付いているかのようだった。
しかし、それ以上に、彼女の手は、多くの命を救い、新しい時代を支えてきた証でもあった。
彼女の戦いは終わった。
しかし、俊太郎の夢見た「新しい日本」は、今、まさに始まったばかりだ。
雪は、その明治の息吹を感じながら、自らの次の道を、静かに模索し始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】『月の影、刃の舞 ~女武芸者の隠された使命~』
月影 朔
歴史・時代
かつて京で栄華を誇った公家、綾小路家。そのお姫様だった皐月は、家族の命と引き換えに家を没落させた黒幕への復讐を胸に、武芸の道へ。月夜に舞うような剣技から“月の剣客”と密かに呼ばれるようになった彼女は、用心棒として糊口をしのぎつつ、復讐の機会をうかがっていた。
ひょんなことから義に厚い槍使いの藤次郎、情報収集に長けた孤児の少女小夜と出会い、彼らと共に旅に出る皐月。行く先々で黒幕が暗躍する巨大な組織「黒曜会」の陰謀に巻き込まれていく。
裏切りと絶望を乗り越え、心身ともに成長していく皐月は、仲間たちの支えと新たな剣技で強大な敵に立ち向かう。はたして彼女は、隠された使命を果たすことができるのか?そして、黒幕の正体と、その先に待つものとは?
哀しみと誓いを胸に、美しき女武芸者の壮絶な復讐と再生の物語が、今、幕を開ける。
【完結】『大江戸妖怪診療所~奇病を治すは鬼の医者~』
月影 朔
歴史・時代
江戸の町外れ、鬼灯横丁で「玄庵診療所」を営むのは、人間離れした美貌を持つ謎の医師・玄庵。常人には視えぬ妖怪や穢れを視る力で、奇病に苦しむ人間や妖怪たちを癒やしています。ひょんなことから助手を務めることになった町娘のおみつは、妖怪の存在に戸惑いながらも、持ち前の行動力と共感力で玄庵の治療を手伝い、彼と共に成長していきます。
飄々とした情報屋の古狐妖怪・古尾や、言葉を解する化け猫・玉藻など、個性豊かな面々が診療所を彩ります。玄庵の過去にまつわる深い謎、人間と妖怪の間に立つ退魔師・竜胆との衝突、そして世界を混乱に陥れる「穢れ」の存在。様々な事件を通して、人間と妖怪の間に紡がれる絆と、未来への希望が描かれる、和風ファンタジー医療譚です。
『五感の調べ〜女按摩師異聞帖〜』
月影 朔
歴史・時代
江戸。盲目の女按摩師・市には、音、匂い、感触、全てが真実を語りかける。
失われた視覚と引き換えに得た、驚異の五感。
その力が、江戸の闇に起きた難事件の扉をこじ開ける。
裏社会に潜む謎の敵、視覚を欺く巧妙な罠。
市は「聴く」「嗅ぐ」「触れる」独自の捜査で、事件の核心に迫る。
癒やしの薬膳、そして人情の機微も鮮やかに、『この五感が、江戸を変える』
――新感覚時代ミステリー開幕!
【完結】『江戸めぐり ご馳走道中 ~お香と文吉の東海道味巡り~』
月影 朔
歴史・時代
読めばお腹が減る!食と人情の東海道味巡り、開幕!
自由を求め家を飛び出した、食い道楽で腕っぷし自慢の元武家娘・お香。
料理の知識は確かだが、とある事件で自信を失った気弱な元料理人・文吉。
正反対の二人が偶然出会い、共に旅を始めたのは、天下の街道・東海道!
行く先々の宿場町で二人が出会うのは、その土地ならではの絶品ご当地料理や豊かな食材、そして様々な悩みを抱えた人々。
料理を巡る親子喧嘩、失われた秘伝の味、食材に隠された秘密、旅人たちの些細な揉め事まで――
お香の持ち前の豪快な行動力と、文吉の豊富な食の知識、そして二人の「料理」の力が、人々の閉ざされた心を開き、事件を解決へと導いていきます。時にはお香の隠された剣の腕が炸裂することも…!?
読めば目の前に湯気立つ料理が見えるよう!
香りまで伝わるような鮮やかな料理描写、笑いと涙あふれる人情ドラマ、そして個性豊かなお香と文吉のやり取りに、ページをめくる手が止まらない!
旅の目的は美味しいものを食べること? それとも過去を乗り越えること?
二人の絆はどのように深まっていくのか。そして、それぞれが抱える過去の謎も、旅と共に少しずつ明らかになっていきます。
笑って泣けて、お腹が空く――新たな食時代劇ロードムービー、ここに開幕!
さあ、お香と文吉と一緒に、舌と腹で東海道五十三次を旅しましょう!
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】『紅蓮の算盤〜天明飢饉、米問屋女房の戦い〜』
月影 朔
歴史・時代
江戸、天明三年。未曽有の大飢饉が、大坂を地獄に変えた――。
飢え死にする民を嘲笑うかのように、権力と結託した悪徳商人は、米を買い占め私腹を肥やす。
大坂の米問屋「稲穂屋」の女房、お凛は、天才的な算術の才と、決して諦めない胆力を持つ女だった。
愛する夫と店を守るため、算盤を武器に立ち向かうが、悪徳商人の罠と権力の横暴により、稲穂屋は全てを失う。米蔵は空、夫は獄へ、裏切りにも遭い、お凛は絶望の淵へ。
だが、彼女は、立ち上がる!
人々の絆と夫からの希望を胸に、お凛は紅蓮の炎を宿した算盤を手に、たった一人で巨大な悪へ挑むことを決意する。
奪われた命綱を、踏みにじられた正義を、算盤で奪い返せ!
これは、絶望から奇跡を起こした、一人の女房の壮絶な歴史活劇!知略と勇気で巨悪を討つ、圧巻の大逆転ドラマ!
――今、紅蓮の算盤が、不正を断罪する鉄槌となる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる