【完結】『残照の蛍火―名もなき愛の墓標―』

月影 朔

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第十章:残照の蛍火、未来へ

第百五話:名もなき愛の墓標

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 俊太郎の故郷の山村で寺子屋を開いてから、さらに数年の歳月が流れた。

 明治の世は、目まぐるしい速さで変化を続けていた。
鉄道が敷かれ、電信が開通し、人々の暮らしは日ごとに新しいものへと移り変わっていく。

 それでも、この山村の暮らしは、相変わらず穏やかで、時間の流れもゆったりとしていた。

 雪は、すっかりこの村の暮らしに溶け込んでいた。

 寺子屋の子供たちは、雪を慕い、毎日元気な声で庵にやってくる。
読み書きや算術だけでなく、雪が語る新しい日本の話に、彼らは目を輝かせた。

 ある日の夕暮れ時、庵の縁側で、雪は子供たちの笑い声を聞きながら、静かに微笑んでいた。

 夕焼けに染まる空には、ほんのりと茜色が広がり、遠くの山々がシルエットとなって浮かび上がっている。
どこからか、蛍が一つ、二つと舞い上がっていくのが見えた。

 雪の胸には、俊太郎への変わらぬ愛が、そして彼の理想が、残照として宿っていた。
彼の命が燃え尽きた後も、その光は雪の中で消えることなく、新しい時代を照らし続けている。

 彼女の生き様そのものが、名もなき愛の墓標であった。
俊太郎という一人の男性への深い想いから始まった雪の旅は、いつしか、彼の遺志を受け継ぎ、未来へと繋ぐという大きな使命へと変わっていた。

 彼女は、歴史の表舞台に立つことはなかったが、その小さな手で、確かに「未来への種」を蒔き続けている。

 寺子屋で教えた子供たちは、やがて大人になり、それぞれの道に進むだろう。
彼らが、雪から学んだ「新しい日本の夢」を胸に、この国の未来を築いていく。

 それは、俊太郎が夢見た光景そのものであった。

 縁側に座る雪の目元は、歳月を経て、さらに涼やかさを増していた。

 過酷な運命に翻弄されながらも、その芯の強さは決して揺るがない。
悲しみの影は、今も彼女の瞳の奥に宿っているが、それ以上に、未来への希望と、穏やかな喜びの光が輝いていた。

 夜空に、さらに多くの蛍が舞い上がり、淡い光を放ちながら、暗闇の中を漂っている。

 その一筋の光は、まるで、俊太郎の魂が、そして、彼と共にこの国の夜明けを夢見て散っていった、名もなき志士たちの魂が、静かに、しかし力強く、未来を照らしているようであった。

 雪の生涯は、まさに「残照の蛍火」。

 小さくとも、決して消えることのない、永遠の輝きを放ち続けるのであった。
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