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第2章:記憶のレシピと訪れる人々
第23話:踏み出した一歩と、小さなガッツポーズ
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アップルパイを口にした舞の瞳に、かすかな光が灯ったあの日から、数日が過ぎた。
私は、彼女のことが気になっていた。
スピーチコンテストは、どうだったのだろう。
あのアップルパイが、本当に彼女の背中を押してくれたのだろうか。
期待と、ほんの少しの不安が、胸の奥で交錯する。
秋晴れの穏やかな日差しの下、カフェ「月見草」の引き戸が、からん、と軽やかな音を立てて開いた。
顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、舞だった。
彼女は、いつもの黒い制服ではなく、柔らかな色合いのカーディガンを羽織り、髪もふわっと下ろしている。
そして何よりも、その顔には、以前の不安や焦りの影はどこにもなく、まるで陽だまりのような、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。
「花さん!」
舞の声は、以前のような蚊の鳴くような声ではなく、明るく、そして弾んでいた。
彼女は、カウンターに小走りで駆け寄ってくると、両手を私の前に差し出した。
その手には、色とりどりの花が束ねられた、小さな花束が握られている。
派手さはないけれど、一生懸命に選んでくれたのが伝わる、素朴で愛らしい花束だった。
ふわりと、花の優しい香りが、私の鼻腔をくすぐる。
「これ、あの……!
花さんに、ありがとうって言いたくて……」
舞は、少し頬を染めながら、もごもごと、しかしはっきりとそう言った。
私は、花束を受け取りながら、胸の奥に温かいものが広がるのを感じた。
「コンテスト、どうだったんですか?」
私の問いに、舞は一度、大きく息を吸い込んだ。
そして、その瞳をキラキラと輝かせながら、まっすぐに私を見つめた。
「あのね、入賞はできなかったんです。でもね、私……!」
彼女の言葉は、そこで一度、詰まった。
それでも、舞は諦めずに、震える唇をぎゅっと結び、もう一度、言葉を紡ぎ出す。
「初めて、最後まで自分の言葉で話せました!
声が、震えちゃったけど、それでも、ちゃんと……!」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸に、熱いものが込み上げてきた。
入賞できなかった。
それでも、彼女は、自分の言葉で、最後まで、やり遂げたのだ。
あの小さな体で、どれだけの勇気を振り絞ったことだろう。
舞の瞳には、悔しさよりも、やり遂げたことへの誇りが、確かに宿っていた。
「それは、本当にすごいことだよ、舞ちゃん!」
私は、舞の手をそっと握りしめた。
彼女の指先から伝わる、小さな温もり。
それは、確かな成長の証だった。
舞は、私の言葉に、嬉しそうにはにかんだ。
その笑顔は、アップルパイの優しい甘さのように、私の心をそっと撫でる。
舞は、カフェオレを注文し、窓辺の席に座った。
彼女は、もうノートを広げることはなかった。
代わりに、鞄から取り出した文庫本を、穏やかな表情で読み始めている。
時折、ふっと笑みがこぼれるその横顔は、以前とは別人のようだった。
カウンターに戻ると、みたらしが私の足元にすり寄ってきた。
彼は、顔を上げて、舞のいる席の方をちらりと見た。
「やれやれ。
たかが菓子一つで、人間はここまで変わるものか」
彼の心の声が、静かに響く。
その声は、いつもの呆れたような口調だったけれど、どこか満足げな響きを含んでいるように、私には聞こえた。
私は、舞から貰った花束を、カウンターの隅に飾った。
小さな花束は、そこにあるだけで、カフェの空気を、ふわりと明るくしてくれる。
自分の作ったお菓子が、誰かの心に、こんなにも確かな変化をもたらすことができるなんて。
都会で、完璧なものを作ることばかり考えていた私には、わからなかった喜びだ。
他人の評価を気にし、自分の意見を言えずにいた、かつての私。
舞の姿は、あの頃の私自身が、少しだけ前を向いて歩き出したように思えた。
厨房の影に身を隠し、私はそっと、誰にも見られないように、小さなガッツポーズをした。
心臓が、トクン、と熱く脈打つ。
この場所で、私の作るお菓子が、誰かの心を温め、背中を押すことができる。
その確かな手応えが、私の心に、深い喜びと、これからの希望の光を灯した。
私は、今日という日を、きっと忘れないだろう。
私は、彼女のことが気になっていた。
スピーチコンテストは、どうだったのだろう。
あのアップルパイが、本当に彼女の背中を押してくれたのだろうか。
期待と、ほんの少しの不安が、胸の奥で交錯する。
秋晴れの穏やかな日差しの下、カフェ「月見草」の引き戸が、からん、と軽やかな音を立てて開いた。
顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、舞だった。
彼女は、いつもの黒い制服ではなく、柔らかな色合いのカーディガンを羽織り、髪もふわっと下ろしている。
そして何よりも、その顔には、以前の不安や焦りの影はどこにもなく、まるで陽だまりのような、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。
「花さん!」
舞の声は、以前のような蚊の鳴くような声ではなく、明るく、そして弾んでいた。
彼女は、カウンターに小走りで駆け寄ってくると、両手を私の前に差し出した。
その手には、色とりどりの花が束ねられた、小さな花束が握られている。
派手さはないけれど、一生懸命に選んでくれたのが伝わる、素朴で愛らしい花束だった。
ふわりと、花の優しい香りが、私の鼻腔をくすぐる。
「これ、あの……!
花さんに、ありがとうって言いたくて……」
舞は、少し頬を染めながら、もごもごと、しかしはっきりとそう言った。
私は、花束を受け取りながら、胸の奥に温かいものが広がるのを感じた。
「コンテスト、どうだったんですか?」
私の問いに、舞は一度、大きく息を吸い込んだ。
そして、その瞳をキラキラと輝かせながら、まっすぐに私を見つめた。
「あのね、入賞はできなかったんです。でもね、私……!」
彼女の言葉は、そこで一度、詰まった。
それでも、舞は諦めずに、震える唇をぎゅっと結び、もう一度、言葉を紡ぎ出す。
「初めて、最後まで自分の言葉で話せました!
声が、震えちゃったけど、それでも、ちゃんと……!」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸に、熱いものが込み上げてきた。
入賞できなかった。
それでも、彼女は、自分の言葉で、最後まで、やり遂げたのだ。
あの小さな体で、どれだけの勇気を振り絞ったことだろう。
舞の瞳には、悔しさよりも、やり遂げたことへの誇りが、確かに宿っていた。
「それは、本当にすごいことだよ、舞ちゃん!」
私は、舞の手をそっと握りしめた。
彼女の指先から伝わる、小さな温もり。
それは、確かな成長の証だった。
舞は、私の言葉に、嬉しそうにはにかんだ。
その笑顔は、アップルパイの優しい甘さのように、私の心をそっと撫でる。
舞は、カフェオレを注文し、窓辺の席に座った。
彼女は、もうノートを広げることはなかった。
代わりに、鞄から取り出した文庫本を、穏やかな表情で読み始めている。
時折、ふっと笑みがこぼれるその横顔は、以前とは別人のようだった。
カウンターに戻ると、みたらしが私の足元にすり寄ってきた。
彼は、顔を上げて、舞のいる席の方をちらりと見た。
「やれやれ。
たかが菓子一つで、人間はここまで変わるものか」
彼の心の声が、静かに響く。
その声は、いつもの呆れたような口調だったけれど、どこか満足げな響きを含んでいるように、私には聞こえた。
私は、舞から貰った花束を、カウンターの隅に飾った。
小さな花束は、そこにあるだけで、カフェの空気を、ふわりと明るくしてくれる。
自分の作ったお菓子が、誰かの心に、こんなにも確かな変化をもたらすことができるなんて。
都会で、完璧なものを作ることばかり考えていた私には、わからなかった喜びだ。
他人の評価を気にし、自分の意見を言えずにいた、かつての私。
舞の姿は、あの頃の私自身が、少しだけ前を向いて歩き出したように思えた。
厨房の影に身を隠し、私はそっと、誰にも見られないように、小さなガッツポーズをした。
心臓が、トクン、と熱く脈打つ。
この場所で、私の作るお菓子が、誰かの心を温め、背中を押すことができる。
その確かな手応えが、私の心に、深い喜びと、これからの希望の光を灯した。
私は、今日という日を、きっと忘れないだろう。
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