【完結】『夕映えの寺子屋 - 寅次郎先生、明治を照らす最後の授業 -』

月影 朔

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第三章:過去からの呼び声

第二十七話:伊藤の決意

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 師の問いかけと、その複雑な眼差しを受け止めた伊藤博文は、深く息を吐き、静かに、しかし力強い声で語り始めた。

「先生の教えは、この伊藤の血肉となり、常に私の歩む道を照らしてまいりました。しかし、時代は大きく変わりました。鎖国を続け、臥薪嘗胆の思いで耐え忍んだ徳川の世は、もう戻りませぬ」

 彼の言葉には、現実の厳しさと、それに向き合う覚悟が込められていた。

「列強の脅威は、今もそこにございます。この国が独立を保ち、民を飢えさせぬためには、富国強兵は避けて通れぬ道。殖産興業を推し進め、西洋の技術を取り入れ、一日も早く文明開化を成し遂げねばならぬのです」

 伊藤の言葉は、政府の要人としての使命感に満ちていた。彼の選んだ道は、確かに師の理想とは異なる部分があった。しかし、その根底には、日本の未来を憂え、民の幸せを願う、師と同じ熱い志が宿っていた。

「私はこの身を賭して、この国を守り、導いていく所存です。たとえ、その道が先生の理想とは異なるものであったとしても、私は、日本が世界に誇れる国となるよう、尽力いたします。それが、先生の教えを受け継いだ私の、使命であると信じております」

 伊藤は、そう言うと、真っすぐに師の目を見つめた。その瞳の奥には、かつて松下村塾で、師の言葉に熱心に耳を傾けていた、若き日の利助の面影が確かに宿っていた。

 時代は変われど、その瞳の輝きと、国家への奉仕を誓う固い決意は、何一つ変わっていなかった。

 寅次郎は、その言葉に、静かに頷いた。弟子の顔に刻まれた苦悩の跡と、その覚悟に、彼の心は深く打たれた。

 伊藤が選んだ道は、確かに血と汗に塗れた、厳しい道のりだろう。しかし、その道を進む彼の中に、かつての「志」が生き続けていることを、寅次郎は感じ取った。

 「うむ…利助よ。お前が、その覚悟を胸に、己の信じる道を進むのであれば…わしは、何も言うまい」

 寅次郎の声には、諦めではなく、弟子の成長を喜ぶ、深い慈愛が込められていた。彼は、伊藤の決意を受け入れたのだ。

 それぞれの立場で、それぞれの方法で、日本の未来を創り上げていく。師と弟子が、再び同じ道を歩むことはないだろう。しかし、彼らの間に流れる絆は、決して途切れることはなかった。

 日が沈み、空には星が瞬き始めていた。静寂の中、師と弟子の間に、言葉以上の深い理解と、変わらぬ絆が満ちていた。

 そして、その様子を傍で見ていた子供たちは、二人の間に流れる厳粛な空気を、幼いながらも心に刻み込んでいた。
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