60 / 80
第六章:「最後の授業」の予感
第六十話:命の講義
しおりを挟む
寅次郎の病状は、日々悪化の一途を辿っていた。
しかし、その弱々しい体から放たれる言葉には、かつて松下村塾で若き志士たちを鼓舞した頃と変わらぬ、いや、それ以上の魂の力が宿っていた。
彼は、迫りくる死の予感の中で、子供たちに「最後の授業」を施そうとしていた。
塾舎の縁側には、いつになく真剣な表情の子供たちが集まっていた。
美和子と楫取もまた、寅次郎の傍らに寄り添い、その言葉に耳を傾ける。
寅次郎は、かすれる声で、しかし、一人ひとりの顔を慈しむように見つめながら語り始めた。
「皆の者…命とは…まことに尊いものじゃ」
その言葉は、彼の過去の過ちを深く悔いる者の、心からの叫びでもあった。
「わしは…若き日、この国を憂い、民の幸せを願い…道を誤ったこともあった。多くの命が…わしの目の前で、無残にも散っていった。その悔恨は…今もなお、わしの胸に深く刻まれておる」
子供たちは、先生の苦しそうな顔を見つめ、静かに息をのんだ。
彼らは、先生がどれほどの苦悩を抱えて生きてきたのか、幼いながらにも感じ取っていた。
「じゃが…命とは、一度失えば二度と戻らぬ。だからこそ…生きとし生けるもの全てを、大切にせねばならぬ。虫けら一つ、草の葉一枚にも、それぞれの命が宿っておる。それを理解し…慈しむ心を忘れてはならぬ」
寅次郎の視線は、塾舎の庭に咲く小さな野花に向けられた。その花は、健太たちが先生のために摘んできた花の中にあったものだ。
「そして…人の命もまた、それぞれに異なる輝きを持っておる。貧しき者も、富める者も、身分の高き者も、低き者も…皆、等しく尊い命じゃ。生まれや境遇で人を差別してはならぬ。異なる考えを持つ者同士が…互いを認め合い、敬うこと。それが…真に豊かな世を築くための道筋となる」
それは、彼が松下村塾で教えてきた「尊王攘夷」といった思想の、さらに奥深い、普遍的な真理だった。争いを生んだ過去の自分への戒めであり、同時に、来るべき未来への切なる願いでもあった。
「命の輝きは…決して一人で灯るものではない。親から子へ、師から弟子へ…そして、隣人同士…互いに支え合い、影響し合い、繋がっていく中で、その輝きは増していくものじゃ。お前たちが…今、こうして共に学び、笑い、支え合っていること…それこそが、命の繋がりを、未来へと紡いでいくことなんじゃよ」
寅次郎は、美和子と楫取、そして健太たち子供たちの顔を、ゆっくりと見渡した。彼の教えが、確かに彼らの中に息づいている。その確かな手応えが、彼を支えていた。
「わしの残された時間は、もう長くはない。じゃが…お前たちに、わしの魂の全てを伝えたい。命の尊さ…そして、多様な価値観を認め、互いを愛し、助け合うことの大切さを…忘れてはならぬ」
彼の声は、弱々しくなりながらも、子供たちの心に深く刻み込まれていった。
夕日が傾き、塾舎の窓から差し込む光が、寅次郎の白い髪を茜色に染め上げる。その光景は、まるで彼の命が、最後の輝きを放っているかのようだった。
しかし、その弱々しい体から放たれる言葉には、かつて松下村塾で若き志士たちを鼓舞した頃と変わらぬ、いや、それ以上の魂の力が宿っていた。
彼は、迫りくる死の予感の中で、子供たちに「最後の授業」を施そうとしていた。
塾舎の縁側には、いつになく真剣な表情の子供たちが集まっていた。
美和子と楫取もまた、寅次郎の傍らに寄り添い、その言葉に耳を傾ける。
寅次郎は、かすれる声で、しかし、一人ひとりの顔を慈しむように見つめながら語り始めた。
「皆の者…命とは…まことに尊いものじゃ」
その言葉は、彼の過去の過ちを深く悔いる者の、心からの叫びでもあった。
「わしは…若き日、この国を憂い、民の幸せを願い…道を誤ったこともあった。多くの命が…わしの目の前で、無残にも散っていった。その悔恨は…今もなお、わしの胸に深く刻まれておる」
子供たちは、先生の苦しそうな顔を見つめ、静かに息をのんだ。
彼らは、先生がどれほどの苦悩を抱えて生きてきたのか、幼いながらにも感じ取っていた。
「じゃが…命とは、一度失えば二度と戻らぬ。だからこそ…生きとし生けるもの全てを、大切にせねばならぬ。虫けら一つ、草の葉一枚にも、それぞれの命が宿っておる。それを理解し…慈しむ心を忘れてはならぬ」
寅次郎の視線は、塾舎の庭に咲く小さな野花に向けられた。その花は、健太たちが先生のために摘んできた花の中にあったものだ。
「そして…人の命もまた、それぞれに異なる輝きを持っておる。貧しき者も、富める者も、身分の高き者も、低き者も…皆、等しく尊い命じゃ。生まれや境遇で人を差別してはならぬ。異なる考えを持つ者同士が…互いを認め合い、敬うこと。それが…真に豊かな世を築くための道筋となる」
それは、彼が松下村塾で教えてきた「尊王攘夷」といった思想の、さらに奥深い、普遍的な真理だった。争いを生んだ過去の自分への戒めであり、同時に、来るべき未来への切なる願いでもあった。
「命の輝きは…決して一人で灯るものではない。親から子へ、師から弟子へ…そして、隣人同士…互いに支え合い、影響し合い、繋がっていく中で、その輝きは増していくものじゃ。お前たちが…今、こうして共に学び、笑い、支え合っていること…それこそが、命の繋がりを、未来へと紡いでいくことなんじゃよ」
寅次郎は、美和子と楫取、そして健太たち子供たちの顔を、ゆっくりと見渡した。彼の教えが、確かに彼らの中に息づいている。その確かな手応えが、彼を支えていた。
「わしの残された時間は、もう長くはない。じゃが…お前たちに、わしの魂の全てを伝えたい。命の尊さ…そして、多様な価値観を認め、互いを愛し、助け合うことの大切さを…忘れてはならぬ」
彼の声は、弱々しくなりながらも、子供たちの心に深く刻み込まれていった。
夕日が傾き、塾舎の窓から差し込む光が、寅次郎の白い髪を茜色に染め上げる。その光景は、まるで彼の命が、最後の輝きを放っているかのようだった。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助
蔵屋
歴史・時代
わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。
何故、甲斐国なのか?
それは、日本を象徴する富士山があるからだ。
さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。
そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。
なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。
それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。
読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
【最新版】 日月神示
蔵屋
歴史・時代
最近日月神示の予言本に不安を抱いている方もあると思うがまったく心配いらない。
何故なら日月神示では「取り越し苦労や過ぎ越し苦労はするな!」
「今に生きよ!」
「善一筋で生きよ!」
「身魂磨きをせよ!」
「人間の正しい生き方」
「人間の正しい食生活」
「人間の正しい夫婦のあり方」
「身も心も神さまからお借りしているのじゃから夜になって寝る前に神さまに一旦お返しするのじゃ。そうしたら身と心をどのようにしたらよいか、分かるじゃろ!」
たったのこれだけを守れば良いということだ。
根拠のない書籍や情報源等に惑わされてはダメだ。
日月神示も出口王仁三郎もそのようなことは一切言っていない。
これらの書籍や情報源は「日月神示」が警告する「臣民を惑わすものが出てくるから気をつけよ!」
という言葉に注目して欲しい。
今回、私は読者の皆さんに間違った解釈をされている日月神示を分かりやすく解説していくことにしました。
どうか、最後までお読み下さい。
日月神示の予言については、私が執筆中の「神典日月神示の真実」をお読み下さい。
影武者の天下盗り
井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」
百姓の男が“信長”を演じ続けた。
やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。
貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。
戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。
炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。
家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。
偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。
「俺が、信長だ」
虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。
時は戦国。
貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。
そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。
その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。
歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。
(このドラマは史実を基にしたフィクションです)
江戸『古道具 藍凪屋 〜再生と縁結いの物語〜』
藍舟めいな
歴史・時代
捨てられた道具に命を吹き込め。算盤娘と天才職人が贈る、痛快再生譚!
大坂の商才 × 長崎の技術 × 庄内の祈り。
神田お玉が池の古道具屋『藍凪屋(あいなぎや)』、本日開店。
文化十四年、江戸。 泥にまみれ、捨てられたガラクタを、異国の技で「勝色(かちいろ)」へと蘇らせる天才職人・徳三。 その価値を冷徹に見抜き、江戸の「粋」へとプロデュースする算盤娘・おめい。
吹き溜まりの裏長屋から、二人の「余所者」が江戸の価値観をひっくり返す! 捨てられた道具に新しい命を吹き込み、絶たれた「縁」を再び結ぶ、再生の物語。
「うちが売ってるんは物やなくて、職人の執念と、それを持つ人の『格』なんですわ」
どん底から江戸の頂点を目指す、痛快・職人再生サクセスストーリー!
※カクヨムで先読み可能です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる