かつての神童が再起する物語。

橋中不治木

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1章

たとえば、花田豪【一】

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【花田豪視点】
 
 いつからおかしくなったのか。あの時、俺は九曜千暁に負けた。それが事実であり、結果としてぼくは敗北者に成り下がった訳だ。実を言うと、負けた当初は実感が無かった。ぼくは負けるはずがないと思っていたし、実際、そう事は進んでいた。でも負けた。その屈辱は後になってから刻々とぼくにその苦しみを受け止めさせようとしてきた。花田豪という人間が特選組でもない者に負けるなどあってはいけないのだ。
 
 あれからの学校生活で、ぼくはいつも通りに過ごそうとした。でも周囲はそうでは無かった。学校全体にまで響き渡った惨劇は、それを許さなかった。ぼくに付き従っていた人間は減り、尊敬の眼から蔑みのそれへと変わっていた。

 それに比べて、あいつはどうだ。まるで、英雄かのように、あいつを称賛する声が鳴り止まないではないか。まるで、あのころ、神童と呼ばれていたころと同じだ。
 
 たった一度の敗北が、勝利が、ここまでの影響を及ぼしているのだ。

 そもそもだ。
 そもそも、ぼくが特選組では無く、準特選組であったことも不服でしかなかった。それも一人の天才というような奴に負けたことが要因であることは分かっているのだ。ぼくは天才で完璧なはずなのに、現実はどうしたって、上がいることを思い知らせてくる。

 「ならば、それを証明すればいい。」
 いつのまにか目の前には、フードを被って怪しげな男がいた。
 「どうやってだ。」
 不気味な風貌なことや、何故目の前にいるかなど、この際どうでもよかった。気付いたら問いかけていた。不思議と答えが返ってくるような気がしていた。
 「簡単なことだ。君は負けてない。あれは、殺傷性の高い魔法が禁じられていた。無意識のうちに手加減をしていたのだ。実戦なら負けないだろう。」
 まさに、ぼくが求めていたものがスッと与えられたようだった。とても気持ちが良かった。そうか、負けるはずがなかったのだ。
 「もうじき、実戦訓練が控えている。狙うならそこだろう。」
 まさに、神からの啓示を与えれたようだった。確かに、一年生は間もなく、実戦訓練があるはずである。
 気付くと、あの男は居なくなっていた。

 でも、ぼくは、己のやるべきことを見据えていた。その時にはもう、先程までの辛気な気持ちは無く、むしろ自身に満ち溢れていた。
 だからこそ、このような光景がデジャブのように感じたことや、あの不気味な男から甘い不思議な匂いがしたことはぼくにとって些細な問題でしかなかったのだ。
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