人口コントロール

旅里 茂

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駆け引き

人口コントロール10

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与党内で沢渡が吉住に対して、威嚇的な態度を取りながら、この度の騒動を押し付けようとしていた。
沢渡の少子化担当大臣とは名ばかりで、実際には現中国政府ではなく、共産残党との共闘だ。
日本において負の存在である、現内閣の現状が其処にあった。
中国共産残党は日本の共産党との繋がりを持ちたかったが、2031年の秋、「左の風塵」事件で、解党に追い込まれた。
それは当時、自由民栄党が与党になっていた頃、核関連施設から大量のプルトニウムが強奪される事件が起きた。
国内に抱える反政府組織の仕業とメディアは一斉に報道したが、のちに犯人は複数犯で、その逮捕者の中に共産党支持者が多数おり、国会で追及された共産党は、バックアップを取っていたことが露見した。
現内閣も左よりだった為、その内報を通知し共存を確かめ合った。
アメリカ合衆国から手痛い批判を受けたが、民生党は表向きは其れに従った。
しかし、中国共産残党との関係は益々深くなり、現在に至る。
防衛陸軍の神崎や防衛空軍幕僚長の磯田など内心は反発しているが、現内閣が力を持ち過ぎていて、対処出来ないでいた。
動けるのはアメリカ第7艦隊との深い交流があった為、林田と矢吹が連携して、内閣をけん制したお陰で、丸め込められるのは避けられた。
状況としては共産党が倒れたものの民生党に集約された経緯があるだけに、良かれと思い投票した国民の失望感は強かった。
人口減少の歯止めには、女性型アンドロイドの活躍が期待されている。
そのデータを何としてでも海外流失は防ぎたい処だった。
倉城はまず、救出された妻の元を尋ねた。
防衛海軍総合病院に現在、治療入院している。これは夏木に対して最大限の感謝を伝えた。
今の治療はフォワードナノの駆除ナノマシン、クリーンノアというものを、注射にて体外に放出する。
上手くいけば駆除出来るかも知れないが、フォワードナノには幾つかの異なるパターンをもったものがある為、72時間待たなければいけなかった。
其の時間の重さは、倉城の憔悴に取って変わった。
其の頃、チャイナ評議会の陳は、非公式に林田に打診していた。
内容は共産主義を根こそぎ取り除く為のプランを立てていること。
陳は同士、王が自爆した事や其の他の義勇軍も精神的な負傷をしたことへの不満をぶつけていた。
倉城が戦闘アンドロイドとの格闘戦での末、チャイナ評議会のシンクロをカバー出来なかった事への憤りがある。
しかし、林田は、今回の事件は綿密に計られた政府与党による陰謀である事を話した。現に沢渡が倉城を始末する上で粗方情報を開示していた事。
滝沢は準備を進め、交戦したが不意に敗れた。
与党内でも少数派であった、見識あるグループは暗殺された立花副首相を始め、軟禁状態にある。
関高電子産業株式会社への襲撃は、全て現内閣の茶番だということ。
其れを知った倉城達は怒りを覚えた。
丁度其の事で、林田から夏木に電子メモよりネットワークリンクした。
「ファルコン、敵は与党だ。しかし対処するには分が悪い」
「それは承知しております。しかしながら、現内閣の行動こそ、国家反逆の罪です。今正さなければ大変な事態に陥ります。」
既に国内で数十人が先に可決されたスパイ嫌疑抵触法による、逮捕者を出している。これは明らかに民主主義を揺るがす悪如き法律だ。
倉城もそのような形で国民の中でも共産主義の大頭が、芽を出すとは思いも寄らなかった。
SEXロイドの生産工程の内容が、いつしか多大な暴力と情報戦へ誘う暴走を止めなくてはいけない。
しかし、政府を相手にするには無常過ぎる。

第一野党である、自由民栄党の幹事長、上垣信三は密かにチャイナ評議会の窓口である中国自由党と連絡を取り合っていた。
今回の事件で報道規制は敷かれていたが、幹事長クラスになれば嫌でも情報が飛び込んでくるものだ。
特注のピースタバコを吹かしながら、苛立ちを隠す事に失敗した上垣は、怒鳴り声を上げていた。
「貴殿らの行動が、現内閣を暴走させた。大人しく中国国内で処理しておいてくれれば良かったものを!」
チャイナ評議会が介入しなければ、倉城達の生存は不可能だったろう。
逃げ込む事も出来ず、自体を収集したのは運が良かっただけかも知れない。
「兎に角だ。第二特殊海軍編成隊が国内で活動を開始した。何としてでも民生党を押さえ込まなくてはいけない。貴殿らに残党狩りを改めて要請する」
陳は静かに恫喝にも似た、言葉を発した。
「貴公の言いたい事は判った。しかし、日本国の内情まで知れば、此れは内政干渉に当たる」突き刺すような冷たさを上垣を襲った。
その言葉の意味に具の根も出なかった。
「く!」
「其れとも我が義勇軍を日本国内で現内閣を崩壊させる程の部隊を投入することをお望みか?」
「もういい!」ネットワークを切断する。
上垣はフィルター近くまで迫るタバコを乱暴に消し、革張りの椅子に深く座り込んだ。暫く考えた末、秘書を呼び、関高電子産業株式会社での事案をキーコードで実行した倉城へのアクセスネットを調べさせた。

妻、幸江の傍を離れない倉城は、この国について深く考えていた。
人口の減少の異常さ、左派の躍進。中国共産残党等の共闘。これらが絡み合った今回の事件。
沢渡の倉城への対応が如何に人心を欠いたものか。まぁ、恨みを持っているのは判っているのだから其れを承知で劇を演出したのだろう。
突然、倉城のネットワークにリンク情報が飛び込む。コードナンバーに照会したが該当者が判らない。
恐る恐るリンクする。上垣からの連絡だ。
「私は自由民栄党幹事長の上垣信三だ。君が倉城大尉かね?」
リンクしておいて、一々名前を尋ねる必要はあるまい。
其れは言葉に出さず「そうです。第一野党である上垣幹事長自ら私ごときに何事でしょうか?」
特に嫌味を言ったつもりはない。只、正直に反応しただけだ。
上垣は額に青筋を作りながら、出来るだけ今度は失敗しないよう、言葉を選んだ。
「関高電子産業株式会社の件では大変だったようだな。後処理は与党の仕事だがな」
倉城にとってみれば、今直ぐにでも縋りたい相手だが、物腰が善くない。
返答に少し間が出たが、「幹事長の憂いは御尤もです。しかしながら、我が小隊も粉砕されました。第二特殊海軍編成隊に掛けるのみです」
「其の件だが、我が党が中心になって編成するというのはどうかね?」
それは願ったりだが、只、海軍を除いて他は現内閣に封じ込まれた状態だ。
もし、激突したら最悪の場合、日本国内で内戦が勃発する。
表向きは平和に過ごしている、国民の生命・財産が危ぶまれる。それは断固としてあっては成らないことだ。
「幹事長、今出来る事は一つ、今回の事件を想起したであろう、民生党の沢渡少子化担当大臣を証人喚問し、失脚させる事です。そうすれば、現内閣に綻びが生じます。其処をつけませんか?」倉城自身、勝機があるとは思えないが、これ以上の事は考えられなかった。
上垣は静かに答えた。「いいだろう、その提案を採用する。大尉は政治屋向きだな」
政治家というものは、何時の時代も自分本意だなと思わずには居られなかった。
リンクを解除して、上垣との交信を閉ざした。
ふと目を向けた先に、幸江が眠っている。彼女もまた静かな戦いをしているのだ。
今、この状況から逃げ出す訳にはいかなかった。
幸江の右手を両手で包み込み、その温かさを感じながら、決断を自身に迫る。
この国の為、そして国民の為、最後に幸江の為に死を覚悟する。
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