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文化祭

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 今日は我が剣星高校の文化祭である。山岳部も、部室を飾り付け、活動を紹介する。普段背負ってトレーニングしているリュックを入口に置き、訪れた中学生などに背負ってもらったりするのだ。交代で番をする。クラスでも縁日のような事をやるので、そちらも当番が決まっていた。当番になっていない時に、他のクラスや部活の発表などを見に行けるのだが、やはり海斗のバンド演奏を聴きに行かなくてはなるまい。今朝も海斗から、必ず来いと言われた。
 笠原、金子、栗田と共に海斗のいる第二音楽室へ足を向けた。当番が終わってから行くと、ちょっと遅れてしまうが、仕方ない。急いで階段を上っていくと、徐々に演奏の音が聞こえて来た。が、なんと、音楽室の外まで人がいっぱい!とても中に入れそうになかった。ぎゅうぎゅうの客席は、もちろん立ち見なのだが、キャーキャー言いながらジャンプまでして盛り上がっていた。
「ありゃりゃ、これじゃ中に入れないじゃん。」
笠原が残念そうに言った。
「まあ、仕方ないからここら辺で聴いていよう。」
俺はそう言って、少し離れたところの壁に寄りかかった。入口のドアが開いているので、遠目だが中の様子が少し覗ける。ちらりと海斗の姿が見え隠れした。黒いTシャツを着て、ギターを弾きながら曲に乗って動く様は、ああ、そうね。キャーキャーものだね。
「かっこいいよなー、海斗さん。」
笠原がまたそんな事を言ってため息をつく。
「お前の兄貴、ギターも上手いんだなあ。すごいぜ。」
音楽を分かっているのかいないのか、金子が言った。
 二曲聴いて、
「そろそろ行こうか。」
と俺は言った。
「いいのか、来たって事を兄貴に知らせなくて。」
と栗田が言う。
「いいんだよ。終わっても、この女子たちが取り囲んで、結局話もできないだろうし。」
と俺が言うと、栗田は残念そうだった。
「俺、お前の兄貴としゃべってみたいなあ。」
そう言った。普通の兄貴なら、いつだってできるだろうに。いや、普通の兄貴だったら、しゃべってみたいとも思わないか。
「また今度な。文化祭じゃなくてもいいだろ。」
俺がそう言うと、栗田は渋々頷いた。

 文化祭は次の日も続き、盛況のうちに幕を閉じた。そして、我が校の生徒だけで後夜祭が行われるのだ。体育館に集まり、文化祭実行委員長や生徒会長の言葉があり、その後は・・・俺は知らなかったのだが、海斗たちのバンドの演奏があった。良かった。ちゃんとここで見られるではないか。
 盛り上がったなんてもんじゃない。女子のみならず男子もノリノリで、
「うぉー!」
「ヒューヒュー!」
などと叫んだり指笛鳴らしたりしている男子もたくさんいた。女子はもちろんキャーキャーと叫ぶ人多数。その熱気にやられそうになる。クラクラした。海斗はやっぱりかっこいい。ステージ上から、時々顔を上げてこちらを見ると、ひときわ悲鳴が高く響く。その悲鳴を上げる人の気持ちがよく分かった。俺も同じタイミングで、ズキンと胸が痛んだから。え?あれ?なんで?そうそう、熱気にやられちゃったから。なんだか同調しちゃって。シンクロっていうの?
「最後に、城崎海斗が弾き語りします。大切な人に送る、ラブソング。」
今まで歌っていたヴォーカルの人がそう話し、海斗にセンターを譲る。海斗は
「何言ってんだよ。」
と笑いながら言ったが、会場は急にシーンとなった。海斗、いつの間に練習したのだろう。家に帰ってくるのは夜だから、ギターを多少弾く事はあっても、歌っているのはほとんど聴いたことがなかった。
 曲は、海斗がよく家で練習していたものだった。歌詞は、初めて聴いた。
― 俺が慰めているつもりで 本当は慰められていた
 守っていたつもりが 守られていた ―
そんな歌詞だった。つい自分の事のように感じてしまう。いや、違う。海斗にも、大切に想う誰かがいるのだ。きっと、学校に好きな人がいるのだろう。俺は、そう思いながら歌を聴いていたら、涙が出そうになって焦った。そして、海斗と白石さんが互いを呼び捨てにし合っていた事を思い出した。女子とも普通に話すんだな。
― すごく身近にいるのに、想いが伝わらない
 どうしたら この想いを伝えられる? ―
そんな歌詞に、やっぱり自分の事だと思いたいような気がしてならなかった。バカバカ、俺は何を考えているんだ。そうだ、この異様な熱気に当てられてしまったのだ。

 その夜、海斗よりも俺の方が先に家に帰った。何しろ、海斗はファンに囲まれてしまって、写真だとか握手だとかを求められてしまって、先生から早く帰りなさいと何度も言われているのに、なかなかその状態が解除されなかったから。
 海斗が帰ってきた時、俺は海斗の顔を見るのが怖かった。だが、すごく見たい気持ちもあった。俺は先に夕飯を済ませてしまったけれど、海斗が夕飯を食べに下へ降りた時、俺は自分の部屋をそうっと出て、ちらっと階段を覗いた。だが、見えなかった。海斗が夕食を終え、階段を上ってくる足音を聞いた時、俺はまたドアをほんの少し開けて、外を覗いた。すると、すぐ目の前に海斗の足があった。
「何やってんだ、お前。」
と、言われてしまった。気づかれないように顔を見てやろうと思ったのに。恐る恐る見上げると、不思議顔の海斗が立っている。さっき、ステージ上でギターを弾いてた人だ、って、何かおかしくなっちゃったぞ、俺。ドアを開けて、
「あはは、お帰り。」
と、作り笑いをして言った。
「岳斗、今日のステージ見てくれた?」
壁に寄りかかって、海斗が言う。
「うん。」
ただ、俺はそう答えた。以前はよく、かっこよかったよとか、普通に言っていたのに、今日はとてもじゃないけど言える気がしなかった。理由は自分でも分からない。
「どうだった?」
海斗がにやりとしながら聞く。なんでそんなに自信満々なんだよー。
「えっと、あー、あの弾き語りした歌、あれって・・・。」
誰に送るためのラブソングなの?そう聞こうとしてやめた。やっぱり聞きたくない。
「いや、何でもない。お休み!」
バタンとドアを閉めた。海斗、ごめん。誉め言葉も何も言ってやれなくて。でも、勘弁して。そんで、まだ早いのに、お休みとか言って・・・色々ごめん。
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