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自分の名前が言えない女子
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金田灯里は自分の名前が言えない。他の言葉はすんなり出てくるのに、なぜか名前を言おうとすると言葉が出なくなる。呼吸の仕方が突然分からなくなり、口をパクパクさせるだけで、声が上手く出なくなる。他の言葉なら出るのに。
何となく原因は分かっていた。子供の頃、固定電話で友達の家に掛けた時、いつもなら友達のお母さんが出るのに、ある時男の人が出て、
「はい。」
と、不機嫌そうに言った事があった。胸がキュッとなって、すぐに声が出ず、
「あ…あの、えっと」
焦ってそんな風に言ったら、
「何?誰?忙しいんだけど。」
と言われ、
「あ、あの、か、かね、かねだです、けど……。」
震えながらそう言った灯里。いつものお母さんなら、名乗ればすぐに友達と代わってくれるのに、この日の相手は黙っている。怖かった。相手の顔は見えない。もしかしたら、自分は間違い電話をしたのではないか。色々な事を考えたら何も言えなくなった。
「で?」
促され、やっとの思いで友達の名前を言ったが、結局友達は留守だったのである。
それ以来、電話を掛けるのが怖くなった。だが、その内スマートフォンを持たせてもらい、メッセージでのやり取りができるようになって、電話を掛ける事もなく時間が過ぎた。だが、
「お名前は?」
と聞かれると、やっぱり胸がキュッと詰まる。病院の予約をする時、どこかのお店で予約していた商品を受け取る時、相手は何の気なしに名前を尋ねるが、灯里にとってはそれが恐怖だった。何十回、何百回も名前を言う練習をした。だが、いざ人に聞かれると言えない。呼吸さえできなくなる。
地味に、大人しく過ごしてきた灯里だったが、背が伸び、大人っぽくなるにつれ、皆に美人だと言われるようになった。変わりたい。もっと上に上がりたい。高校生になったらイメチェンしよう。灯里は決心した。究極に苦手なのが自己紹介だったが、灯里は知恵を絞った。名前が言えないなら、紙に書けばいい。
高校生になった灯里は、早速自己紹介が行われると思い、あるボードを用意した。「金田灯里」と書いた紙に、カラーペンやシールでデコレーションし、「かねだあかり」とふりがなも振った。完璧だ。
自己紹介当日、灯里はこのボードを胸の前に掲げ、
「はーい、皆さん、これ読めますかー?」
「そうです、これが私の名前です。趣味は……」
そうやって、名前が言えない事は胡麻化した。見事に誤魔化せたのだ。高校では、誰も灯里が名前を言えないなどという事は知らないのだ。それで、高校生活は上手く行っている。だが……。
不安だった。大学受験は何とかなるかもしれないが、就職活動ではどうにもならないだろう。面接試験では名乗る必要がある。その先だって、社会人になったら、電話を掛ける仕事だってあるかもしれない。灯里はいつも、名前を聞かれるのではないかとビクビクしている。いつでも。いつも誤魔化せるとは限らない。
(みんな、名前が言えていいな。どんな難しい事を聞かれてもいいけれど、名前だけは聞かないで欲しい。)
名前を言おうとすると、言葉がおかしいだけでなく、無理をするので顔も変に歪む。普段美人だと言われるだけに、どうしてもそんな顔を見られたくない。名前を尋ねた相手が、妙な顔をしてこちらを見つめたり、バカにしたようににやけたり、目を反らしたりするのを、もう見たくない。
灯里が下校しようと下駄箱から靴を出していると、外で誰かが名前を連呼しているのが聞こえた。
「杉橋右京、杉橋右京です。この度、生徒会長に立候補しました、杉橋右京、杉橋右京をよろしくお願いします!」
生徒会選挙が近い。同じクラスの右京が、たすきをかけて下校する生徒にアピールしていた。
「あいつはいいな、名前がすんなり言えて。」
灯里がつぶやいた。
何となく原因は分かっていた。子供の頃、固定電話で友達の家に掛けた時、いつもなら友達のお母さんが出るのに、ある時男の人が出て、
「はい。」
と、不機嫌そうに言った事があった。胸がキュッとなって、すぐに声が出ず、
「あ…あの、えっと」
焦ってそんな風に言ったら、
「何?誰?忙しいんだけど。」
と言われ、
「あ、あの、か、かね、かねだです、けど……。」
震えながらそう言った灯里。いつものお母さんなら、名乗ればすぐに友達と代わってくれるのに、この日の相手は黙っている。怖かった。相手の顔は見えない。もしかしたら、自分は間違い電話をしたのではないか。色々な事を考えたら何も言えなくなった。
「で?」
促され、やっとの思いで友達の名前を言ったが、結局友達は留守だったのである。
それ以来、電話を掛けるのが怖くなった。だが、その内スマートフォンを持たせてもらい、メッセージでのやり取りができるようになって、電話を掛ける事もなく時間が過ぎた。だが、
「お名前は?」
と聞かれると、やっぱり胸がキュッと詰まる。病院の予約をする時、どこかのお店で予約していた商品を受け取る時、相手は何の気なしに名前を尋ねるが、灯里にとってはそれが恐怖だった。何十回、何百回も名前を言う練習をした。だが、いざ人に聞かれると言えない。呼吸さえできなくなる。
地味に、大人しく過ごしてきた灯里だったが、背が伸び、大人っぽくなるにつれ、皆に美人だと言われるようになった。変わりたい。もっと上に上がりたい。高校生になったらイメチェンしよう。灯里は決心した。究極に苦手なのが自己紹介だったが、灯里は知恵を絞った。名前が言えないなら、紙に書けばいい。
高校生になった灯里は、早速自己紹介が行われると思い、あるボードを用意した。「金田灯里」と書いた紙に、カラーペンやシールでデコレーションし、「かねだあかり」とふりがなも振った。完璧だ。
自己紹介当日、灯里はこのボードを胸の前に掲げ、
「はーい、皆さん、これ読めますかー?」
「そうです、これが私の名前です。趣味は……」
そうやって、名前が言えない事は胡麻化した。見事に誤魔化せたのだ。高校では、誰も灯里が名前を言えないなどという事は知らないのだ。それで、高校生活は上手く行っている。だが……。
不安だった。大学受験は何とかなるかもしれないが、就職活動ではどうにもならないだろう。面接試験では名乗る必要がある。その先だって、社会人になったら、電話を掛ける仕事だってあるかもしれない。灯里はいつも、名前を聞かれるのではないかとビクビクしている。いつでも。いつも誤魔化せるとは限らない。
(みんな、名前が言えていいな。どんな難しい事を聞かれてもいいけれど、名前だけは聞かないで欲しい。)
名前を言おうとすると、言葉がおかしいだけでなく、無理をするので顔も変に歪む。普段美人だと言われるだけに、どうしてもそんな顔を見られたくない。名前を尋ねた相手が、妙な顔をしてこちらを見つめたり、バカにしたようににやけたり、目を反らしたりするのを、もう見たくない。
灯里が下校しようと下駄箱から靴を出していると、外で誰かが名前を連呼しているのが聞こえた。
「杉橋右京、杉橋右京です。この度、生徒会長に立候補しました、杉橋右京、杉橋右京をよろしくお願いします!」
生徒会選挙が近い。同じクラスの右京が、たすきをかけて下校する生徒にアピールしていた。
「あいつはいいな、名前がすんなり言えて。」
灯里がつぶやいた。
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