あの頃のぼくら〜ある日系アメリカ人の物語〜

white love it

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3.〜1962年〜1941年〜

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 オハイオ行きの飛行機の中で、ジャックは過去の記憶に思いをはせていた。
 飛行機に座席に伝わる振動は、ジャックの記憶を揺さぶり丁寧に解きほぐしていった。
 ジャックの両親が熊本を離れ、アメリカのアリゾナ州に来たのは1930年のことだった。貧しい農家の出身であり、生活の向上を願ってのことだった。
 そして両親がアメリカに着いたその年、ジャック・ニシカワは生まれたのだ。
 生活が楽だった記憶はない。父親は製材所で、母親は缶詰工場で忙しく働いていたが、それでも白人達よりははるかに貧しかったのだ。
 白人達からは蔑まれる日々だったが、日系人達は懸命に働き続けた。いつか自分達の立場が向上することを信じて。
 だが期待は裏切られる一方だった。日本の中国大陸進出は、アメリカ人の神経を逆撫でした。ただでさえ、その勤勉さや手先の器用さ、日系2世の賢さを疎ましく思われていたのだから仕方ない。
 そして何より日米開戦は決定的だった。
 1941年、ついにアメリカ人は日系人を強制収容所に連行することに決めた。
 ドイツ系もイタリア系も敵方の人間ではあったが、収容所に入れられるなどということはなかった。
 広島と長崎への原子爆弾投下まで、アメリカの歴史上一、二を争うまでの非人道的かつ差別行為だった。
 生まれたアリゾナ州から連れてこられ、ユタ州内のトパーズ収容所に来た日のことを、ジャックは今でも覚えている。
 少なくともアメリカの白人達の目に、自分達は家畜以下の存在なのだという事実を突きつけられた日だった。



「ここ? ここなの? 冗談でしょ?」

 バッグ一つの荷物しか許されず、詰め込まれたトラックから両親や他の日系人達と降ろされたジャックは、目の前に広がる光景に呆然とした。

「さっさと歩け」

 白人の兵士が容赦なく怒鳴りつけてくる。その手には軽機関銃が握られている。

「ジャック。ここは黙って行きましょう。」

 ジャックの母親は、声を震わせながらそう言った。
 トパーズ収容所は荒涼とした砂漠の中に造られていた。周りを鉄条網で囲まれている。敷地内には申し訳程度の造りのバラック、つまりは掘っ建て小屋が幾つも並んでいる。
 だが中に入ってさらに驚いたのは、まともな仕切りもないことだった。ただの棚がベッド代わりに並べられているだけだった。
 それどころか、トイレも風呂も水道もなかった。
 流石にあんまりではないかと、ジャックの父が白人兵士に抗議したが、相手はせせら笑うだけだった。

「まさかトイレに仕切りもないなんて……」

 白人の兵士に「これがお前らのトイレだ」と紹介されたのは、収容所の敷地内の小屋の一つの中で、地面に幾つも掘られたただの穴だった。それを見ながらジャックは力なく呟いた。
 アリゾナでは貧しかったとはいえ、普通の家で暮らしていた。トイレも風呂も、水道もあった。
 なぜだか不意に、ジャックの頭に学校の同級生の顔が浮かんだ。
 白人である彼らとは、決して親友というわけではなかったが、それでも一緒に野球をしたり課題を助け合うことはあった。
 彼らは今どうしてるんだろう?
 普通のトイレを使い、風呂に入り、学校に行き、友達と遊ぶ。そんな日々なのだろうか?
 なのになぜ自分は……
 ジャックの目が熱くなった。
 だがここで泣いては、ますます惨めになるだけだ。
 ジャックはグッと拳を握って、涙を止めた。
 
「用を足すのなら、敷居、貸してあげようか?」

 突然、背後から澄んだ声で話しかけられ、ジャックは文字通り飛び上がった。
 振り返ると一人の少女が立っていた。

「き、君は? どうしてここに?」

 ジャックと同じ位の年だろうか。白く抜けるような肌に、艷やかな黒髪を肩まで伸ばし、鼻筋の通った顔立ち、黒く濡れた瞳のその少女は、ジャックがこれまで見たどの日系人、そして白人達より美しかった。
 ジャックの問いに、少女は眉間にシワを寄せて答えた。

「何よ? 別に男子専用ってわけじゃないでしょう? それにこれからは同じ屋根の下に暮らすのよ。さっき会ったの、忘れたの?」
「え? あ、そういえば……」

 バラックは二つの家族で共有するという話だったが、ジャックの頭にはあまり入っていなかった。そういえば確か、もう一つの家族は未亡人となった母と娘とか言ってたっけ……

「あらためまして、クレア・ヤマモトです。よろしくね」
「あ、ジャック・ニシカワです。よろしく」

 白い歯を見せて笑う少女を見て、ジャックの心は急に軽くなってきた。
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