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ただの夜の夢みたいに、星みたいに
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誤謬を恐れずに打ち明けると、女性が重用されていることには正直驚いた。
男尊女卑を提唱する気はないし、したくもないが、このご時世女性の地位は呆れるほど低いのだから無理もない気はする。
その女性――エリスは、まあ特別美人でも、頭が切れるようでも、況んや武芸に長けている訳でもないようなのだ。だが年若い彼女はカロン殿のような優秀な軍師だけでなく、殿下とすら随分慣れ親しんだ様子で話をしているのを目にする。殿下の特別な女性なのか?そうも思ったものの、当のお二人は取り分けそういう風な印象もない。実際何もなかった訳ではあるが。エリスはその物腰の柔らかさや人当たりの良さから、他の軍人たちだけでなくメイドや兵卒に至るまで広く愛されているようだった。これこそエリスが重用されている理由かもしれぬとふと思う。幾ら人並みならぬ人徳を備えた殿下であれ、指導者である以上時には非情な判断を迫られることもあるであろう。
そんなとき、エリスが隣りで柔和な笑みを湛えてくれたなら。……どこか救われる。
「……昨日、エリス様に頑張ってね、お疲れさま、って言われたんだ。俺」
「羨ましいな~!俺もいっぺんでいいからお声を掛けて頂きたいもんだよ…」
兵舎の廊下でそんな会話が聞こえてきたので、つい耳を傾けてしまう。前から歩いて来るその二人の兵長は頬を染めて興奮したように囁き合っている。私の顔を見ると足を止め敬礼したが、私が行き過ぎるとまた会話に華を咲かせる。今度は“一体どの程度まで昇格したならエリスと親しくなれるか?”ということについて語り合っているらしい。廊下のつきあたりで束の間の立ち話に興じているメイドたちもまた、エリスの話題で盛り上がっているようだ。
「……でね、エリス様の御付きのメイドの方にお聞きしたんだけど。エリス様ってものすごくお優しいのだそうよ。体調が優れないのときも瞬時に見抜いてお休みをくださるのだとか」
「私が聞いたのは、エリス様はしばしばご自身でおやつをお作りになって、御付きのメイドにご馳走なさるんだって」
「殿方にお仕えするのも夢だけど、同じ女性としてエリス様は憧れよねえ……」
この短い距離で、こうも頻繁にその名を聞くのは一種の畏怖の情すら沸き起こる。私は緩む口の端を隠しつつ、自室に戻るべく歩を早めた。
***
「あっ、お疲れさま」
「ああ」
エリスは私の姿を見ると、ぱっと破顔した。つられて先程から弛緩しがちであった私の顔がより一層幸せに緩む。エリスと私は恋仲であった。
「何か読んでいたのか?」
「うん、ちょっとだけ兵法を紐解いてました」
照れたように笑うエリスの手元を覗くと、おおよそ私には理解しがたい内容が広がっていた。私もそれを見習って自ら兵書を紐解けば良いに越したことがないのだろうが、何分そういうものには疎い。私は身体を動かすほうが性に合っているようなのだ。
「偉いな」
「ちょっとでもアランや、みんなの役に立ちたいの」
そう言うエリスに、愛しさから切なげに胸が疼いた。
恋仲になってからもこの胸の疼きは何度も何度も私を襲う。ベッドに腰掛けた私の隣りに腰を下ろすエリス。私はそんなエリスの背後に移動し、ベッドの上で壁にもたれるようにしながら後ろからエリスを抱き締めた。香のかおりが私の鼻孔をくすぐる。エリスの部屋はいつも香のかおりがするので、エリス自身にもそれが染み付いている。いつもそれが何のかおりなのか聞こうと思うのだがつい聞きそびれてしまう。私もこの香が欲しいのだが。エリスはくすぐったそうにしたが、構わずエリスの肩に顎を乗せる。わざと耳元に息を吹きかけるようにするとエリスは腹のところで組まれている私の手を軽く抓った。
「やれやれ、手厳しいな。……さっき廊下でエリスの名前を二度も聞いたよ」
「え?」
「昨日、頑張ってねって言われたと言っていた」
「ああ……うん、昨日の晩、遅くまで頑張ってる兵長さんがいたから……」
「メイドたちは、君はよく気の付く優しい女性で、憧れだとも言っていた」
「なんだか照れるなあ」
エリスは掛布を寄せ集めて顔を覆ってしまった。私はエリスの肩から顎を退かせて、私の胸にエリスがもたれ掛かるように引き寄せた。エリスがこてんと頭を預けながらも顔を隠す様子が大層可愛らしくて、私はエリスが見ていないのをこれ幸いと、普段誰にも見せないような、情けないほどに幸せと喜びに弛緩した表情をする。エリスといると、いつもこのような表情になりそうなので注意が必要だ。良い歳の男がでれでれと情けない気がするのでエリスにさえ見せられない。
「妬けるな」
エリスの顔を覆い隠す掛布を引き剥がすと、何故か少しだけ眉をしかめたエリスがいたのだから少しだけ驚く。
「アランのほうがいっぱい言われてるよ。メイドたちだけじゃなくって街の女の子たちもみんなアランのこと優しくてかっこいい、付き合いたいって言ってるし、兵たちもアランみたいな騎士になりたいって言ってるよ。私のほうが妬けますよーだ」
不貞腐れたように語尾を強めたエリスに、思わず噴き出してしまった。
「なんだ。まるでこどもだな」
「ふんだ。私なんか女の子がアランの話する度に、いっぱい嫉妬してるんだから」
「嬉しい驚きだな」
エリスの頭に口付けを落とし、私はくつくつと喉を鳴らす。エリスもふふっと笑って、照れ隠しなのか爪で私の手をかりかりと掻いた。まるで戯れ付く猫のようだ。私はそんなエリスの手を掴まえて、そっと包み込んだ。
男尊女卑を提唱する気はないし、したくもないが、このご時世女性の地位は呆れるほど低いのだから無理もない気はする。
その女性――エリスは、まあ特別美人でも、頭が切れるようでも、況んや武芸に長けている訳でもないようなのだ。だが年若い彼女はカロン殿のような優秀な軍師だけでなく、殿下とすら随分慣れ親しんだ様子で話をしているのを目にする。殿下の特別な女性なのか?そうも思ったものの、当のお二人は取り分けそういう風な印象もない。実際何もなかった訳ではあるが。エリスはその物腰の柔らかさや人当たりの良さから、他の軍人たちだけでなくメイドや兵卒に至るまで広く愛されているようだった。これこそエリスが重用されている理由かもしれぬとふと思う。幾ら人並みならぬ人徳を備えた殿下であれ、指導者である以上時には非情な判断を迫られることもあるであろう。
そんなとき、エリスが隣りで柔和な笑みを湛えてくれたなら。……どこか救われる。
「……昨日、エリス様に頑張ってね、お疲れさま、って言われたんだ。俺」
「羨ましいな~!俺もいっぺんでいいからお声を掛けて頂きたいもんだよ…」
兵舎の廊下でそんな会話が聞こえてきたので、つい耳を傾けてしまう。前から歩いて来るその二人の兵長は頬を染めて興奮したように囁き合っている。私の顔を見ると足を止め敬礼したが、私が行き過ぎるとまた会話に華を咲かせる。今度は“一体どの程度まで昇格したならエリスと親しくなれるか?”ということについて語り合っているらしい。廊下のつきあたりで束の間の立ち話に興じているメイドたちもまた、エリスの話題で盛り上がっているようだ。
「……でね、エリス様の御付きのメイドの方にお聞きしたんだけど。エリス様ってものすごくお優しいのだそうよ。体調が優れないのときも瞬時に見抜いてお休みをくださるのだとか」
「私が聞いたのは、エリス様はしばしばご自身でおやつをお作りになって、御付きのメイドにご馳走なさるんだって」
「殿方にお仕えするのも夢だけど、同じ女性としてエリス様は憧れよねえ……」
この短い距離で、こうも頻繁にその名を聞くのは一種の畏怖の情すら沸き起こる。私は緩む口の端を隠しつつ、自室に戻るべく歩を早めた。
***
「あっ、お疲れさま」
「ああ」
エリスは私の姿を見ると、ぱっと破顔した。つられて先程から弛緩しがちであった私の顔がより一層幸せに緩む。エリスと私は恋仲であった。
「何か読んでいたのか?」
「うん、ちょっとだけ兵法を紐解いてました」
照れたように笑うエリスの手元を覗くと、おおよそ私には理解しがたい内容が広がっていた。私もそれを見習って自ら兵書を紐解けば良いに越したことがないのだろうが、何分そういうものには疎い。私は身体を動かすほうが性に合っているようなのだ。
「偉いな」
「ちょっとでもアランや、みんなの役に立ちたいの」
そう言うエリスに、愛しさから切なげに胸が疼いた。
恋仲になってからもこの胸の疼きは何度も何度も私を襲う。ベッドに腰掛けた私の隣りに腰を下ろすエリス。私はそんなエリスの背後に移動し、ベッドの上で壁にもたれるようにしながら後ろからエリスを抱き締めた。香のかおりが私の鼻孔をくすぐる。エリスの部屋はいつも香のかおりがするので、エリス自身にもそれが染み付いている。いつもそれが何のかおりなのか聞こうと思うのだがつい聞きそびれてしまう。私もこの香が欲しいのだが。エリスはくすぐったそうにしたが、構わずエリスの肩に顎を乗せる。わざと耳元に息を吹きかけるようにするとエリスは腹のところで組まれている私の手を軽く抓った。
「やれやれ、手厳しいな。……さっき廊下でエリスの名前を二度も聞いたよ」
「え?」
「昨日、頑張ってねって言われたと言っていた」
「ああ……うん、昨日の晩、遅くまで頑張ってる兵長さんがいたから……」
「メイドたちは、君はよく気の付く優しい女性で、憧れだとも言っていた」
「なんだか照れるなあ」
エリスは掛布を寄せ集めて顔を覆ってしまった。私はエリスの肩から顎を退かせて、私の胸にエリスがもたれ掛かるように引き寄せた。エリスがこてんと頭を預けながらも顔を隠す様子が大層可愛らしくて、私はエリスが見ていないのをこれ幸いと、普段誰にも見せないような、情けないほどに幸せと喜びに弛緩した表情をする。エリスといると、いつもこのような表情になりそうなので注意が必要だ。良い歳の男がでれでれと情けない気がするのでエリスにさえ見せられない。
「妬けるな」
エリスの顔を覆い隠す掛布を引き剥がすと、何故か少しだけ眉をしかめたエリスがいたのだから少しだけ驚く。
「アランのほうがいっぱい言われてるよ。メイドたちだけじゃなくって街の女の子たちもみんなアランのこと優しくてかっこいい、付き合いたいって言ってるし、兵たちもアランみたいな騎士になりたいって言ってるよ。私のほうが妬けますよーだ」
不貞腐れたように語尾を強めたエリスに、思わず噴き出してしまった。
「なんだ。まるでこどもだな」
「ふんだ。私なんか女の子がアランの話する度に、いっぱい嫉妬してるんだから」
「嬉しい驚きだな」
エリスの頭に口付けを落とし、私はくつくつと喉を鳴らす。エリスもふふっと笑って、照れ隠しなのか爪で私の手をかりかりと掻いた。まるで戯れ付く猫のようだ。私はそんなエリスの手を掴まえて、そっと包み込んだ。
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