月夜にまたたく魔法の意思

ag_harukawa

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第4章 沈黙の山

2話

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 図書室のテーブルの上に並べられたままのムーンカードが、天窓から差し込む夕陽を受けて、キラキラ輝いた。
数日前に、永久、流和、優の3人が占ったままになっている。

 円の中心に並べられたカードに、山高帽をかぶった魔法使いが扉をたたく絵が描かれている。
そのすぐ下に、五つの星。
――5人の魔法使いが、5つの星を携えて来訪する。

 円の上に並べられた最初のカードには、水辺のビーナスが空の鳥と見つめあっている絵。鳥の目にはエメラルドが輝いている。
ビーナスは寵愛を受けている女性を象徴するという。空の鳥は、風の魔法使い。
――再会。
カードの通り、龍崎流和が東雲空と再開した。

 円に並べられた2枚目のカードには、光のネックレスをかけた少女の絵。少女の小指には赤い糸が結ばれている。
まもなく訪れる運命を示唆するこのカードには、それを指し示すもう一枚のカードが必要だ。
永久が引いたのは、アメジストが描かれたシンプルなカードだった。
――光の魔法使いが、大地の魔法使いと巡り合う。
こうして山口永久と、九門吏紀が知り合った。

 円に並べられた最後のカードは、3枚のセットカードだ。
欺きを意味するコウモリのカード。
破壊を意味する、壊れた陶器のカード。
少女が炎に包まれて泣いているカード。
セットカードは、最後に開いたカードから順に成就する。
――朱雀の呪縛魔法にかけられ、カードと同じように炎に包まれた優。
――破壊は、朱雀に壊された優の魔力封じのスキーゴーグルか、あるいは、闇の魔法使いによって破壊された図書室の南京錠なのか。
――コウモリはその名の通り、図書室に侵入した、不気味な少年、コウモリ。

永久のムーンカードは今のところハズレなしだ。


 誰もいない図書室で、まだめくられていないカードが一枚、夕陽に照らされてパタリと裏返った。
――赤い月。
ムーンカードが持ち主のいないところで自ら指し示した未来に、まだ誰も気がついていない。




 流和の部屋を後にしてから荷造りを済ませた優は、学園を抜け出してコンビニで買いだしをしながら、ふと考えた。
そういえば、図書室に侵入したコウモリ少年には傷がなかったな、と。
というのも、図書館の外扉に彫刻されているフェニキアバラは、不法に侵入しようとする者を棘で攻撃するはずなのだ。
最初に南京錠が破壊された時、鉄扉には血痕がついていた。
朱雀と吏紀の言う通り、図書館の南京錠を壊したのが闇の魔法使いだとすると、当然、闇の魔法使いであるコウモリ少年がどこかに怪我をしているはずではないかと、優は思った。
 でも、コウモリ少年にはそんな傷はなかったし、皮手袋にも燕尾服にも薔薇の棘で破れたような痕はなかった。
もしかして、怪我をした後に新しい皮手袋と燕尾服を身につけていて、優が傷に気づかなかっただけだろうか。

 両手一杯にポテトチップスと炭酸飲料、それにカップラーメンをつめた袋を提げて、優は信号待ちをしながらとりとめもない考えにふけった。
聖ベラドンナ女学園の生徒が制服姿で学園の外を歩いているのを珍しがって、道行く人が時折、優のことを振り返る。
本当なら、聖ベラドンナ女学園の生徒は許可なしに学園の外に出てはいけないことになっているのだが、優はこの日初めて校則を破った。
 ダイナモン魔法学校への無期限留学許可が出たのだから、ちょっとコンビニに出るくらいはイイに決まっている。
優は、自分たちを簡単にダイナモンに引き渡すことを決定したベラドンナに、心底失望した腹いせをしているのだった。

 国道沿いの信号は歩車分離式で、待ち時間が長い。
やっと信号が青になって、優は人ごみに流されるように交差点に歩み出した。と、
「 ユウ 」
誰かが背後で、優の名前を呼んだ。確かに、そんな気がした。

咄嗟に振り返った優は、声の主を探して辺りを見回すが、足早に通り過ぎて行く通行人の他は、優の名前を呼びそうな人物は誰もいない。
気のせいだろうか? ポカンと口を開けて、いつものように首をかしげた。瞬間、今度は後ろから物凄い勢いで誰かに引っ張られ、優は無抵抗に交差点の人ごみの中に倒れ込んだ。
両手に提げていた買い物袋の中味が散らばり、地面に打ち付けた肘に鈍い痛みが走る。
何が起こったのかを頭で考えるよりも先に、甲高いクラクションと人々の叫び声がスクランブル交差点に木霊した。
 優はそのとき、まだ人が通行している交差点に大型トラックが突進してくるのを見た。
「嘘でしょ」
 トラックはどう見ても制御不能の様子で、グラグラと車体を傾けながら恐ろしい速さで優の倒れている方向に迫って来る。
交差点内の人々が押し合いへし合い逃げ惑う。優の買い物袋は踏みつぶされて、ポテトチップスも粉々に飛びだした。

 まさか、このまま、死ぬ……? こんなところで!?
優の瞳の紅が濃さを増し、全身に熱が走った。
 子ども連れのお母さんが、子どもを引きずって走る。杖をついたおじいさんが転ぶ。学校帰りの小学生が、逃げることもできずに立ちすくんでいる。
 一瞬の出来事がスローモーションのように優の目に映り、考える暇もなく優は両手を地面に着いた。
本当に何も考えていなかった。
ただ、長い間使っていなかった優の魔力が、全身から流れ出して行くのを優は感じた。
交差点で逃げ惑う人々が突然、重力を失ったかのように宙に浮く。
そのまま宙に浮いた人々は見えない力に押し流されるようにトラックを避け、歩道に投げ出された。
子ども連れのお母さんも、杖をついたおじいさんも、学校帰りの小学生も、その他大勢の通行人も、安全な歩道によれよれと倒れ込んだ。
少々乱暴な浮力移動だったので怪我をした人がいるかもしれない。

そう思いながら、優はただ一人、交差点の真ん中でグッタリとうつ伏せに倒れた。
トラックがクラクションを鳴らして優に突進する。
――さらば、わが人生。きっと即死だろう……。
 それまでずっと魔力を封印していた優は、大勢の人々に自分の浮力を使いはたして身体に力が入らなかった。これで死ぬのだ、そう覚悟した。
 だが、優がもうダメだと思った時、突然、クラクションの音が鳴り止み、辺りが炎の熱気に包まれた。
たちまち優の身体に熱が戻る。

 優は死ななかった。
目を上げると、暴走トラックがすぐ目の前で止まっていた。そして、トラックと優の間には、驚くべきことにシュコロボビッツの瞳を光らせた朱雀が立っているではないか。
しかも片手で、トラックを止めたようだ。

 朱雀は恐い顔で優を見下ろすばかりで、優のことを助け起こそうともしない。
優は泣きそうな声を漏らして、地面に顔を伏せた。その声には言葉にならない安堵の溜め息と、自分にばかり降りかかる災難を呪う気持ちが混じっている。

「立て。帰るぞ」

 朱雀が何事もなかったかのように制服のズボンに両手をつっこみ、スタスタと歩き出した。
地面に散らばったポテトチップスと炭酸飲料、それにカップラーメンは取り返しがつかないことになっている。拾い集めるよりも、そのまま土に還す方が早いだろう……。お小遣いをはたいて買いしめた大量のポテトチップスを諦めるのは忍びないが、人々が騒ぎだす前にベラドンナに戻った方が良さそうだ、と優は思った。
 魔法を使ったことが一般の人々に知れれば、トラックの巻き込み事故以前に国際的な騒ぎになってしまう。
魔法使いが存在することは、国家の機密事項だから、暴走トラックが突然止まったことや、交差点にいた人々が全員宙に浮いて歩道に飛んで行った、なんてことを、朱雀や優がやったことだと知られるのはまずい。
優はコンビニに引き返すことを諦めて、黙って、朱雀のあとに従った。事態が大事になる前に逃げてしまえば、咄嗟のことで誰も魔法が使われたなんて思わないはずだ。

身体がすごく重たい。
おまけにお小遣いをはたいて買った大量のポテトチップスを失って、優は心まで重たくなった。
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