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第5章 ダイナモン魔術魔法学校
6話
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朝食を無理やり詰め込んだ後は、休むことのできないダイナモンでの初授業だ。
「試しとやらを受けるために仕方なく来てるのに、どうして授業まで受けなくちゃならないの?」
優がブーブー言って口を尖らせた。
「私たち一応、留学生という名目で来てるから。理由もなくサボるわけにいかないわ」
「寝不足で具合が悪くても?」
「あのね、優、ダイナモンでは寝不足も体調不良も授業を休む理由にはならないの」
「それってあんまりだわ。死んでも授業に出ろってこと?」
「そうよ!」
流和に引きずられるようにして、優は長い石階段を、下へ下へと下った。
優の絶望的な心境のように、階段はどん底まで続いている。
牢獄のような狭い地下道を歩いて行くと、重たい鉄扉のついた悪臭のたちこめる薬草学の教室にたどり着いた。
教室に入るなり、優が小さな悲鳴を上げて鼻をつまんだ。
「うわ! 何なのこの臭い、ゲロ吐いちゃいそう!」
教室に入ったのは優たち3人が一番最後で、他の生徒たちは全員、自分の鉄鍋の前に立って授業の準備をしているところだった。
静かな中に優の声は思ったよりも通ってしまったようで、教室中のダイナモンの生徒が優を振り返った。
好奇や敵意、戸惑いの視線が混ざっている。
優に集まる視線を遮って、流和が足早に教室の奥に向かって歩き出した。
「3人で一緒にやれる場所を探しましょう」
流和がそう言って教室中を見回して、素早く3つの鉄鍋が並んで空いている場所を見つけた。
「薬草学の授業では、先生に出される課題に基づいて一人一人、自分の力で薬を調合するのよ」
全生徒分の大きな鉄鍋が、専用の炉の上に吊り下げられ、並んでいる。
薬草学の教室は、お料理教室と実験室が融合したような、奇妙な印象を優に与えた。
「薬の作り方と材料は、すべて黒板に書かれてるの。先生がもうじき来るから、私たちはそれまでに準備を整えておかなければならないの」
「なるほどね。あの黒板によると、今日作るのはリュウマチ薬のようだけど」
「うわ、リュウマチ薬? 胡散臭い感じ。 それにしても、この臭い……、腐ったミミズと、苔の臭いがする」
「時間がないわ。薬草学の薬師丸先生はとっても厳しいから、先生が来る前に準備ができていないと、大変なことになる」
「大変なことって?」
「鞭でお尻を叩かれるのよ」
「そんな!」
「あんまりだわ!」
永久と優が口に手を当てて驚いた顔をして見せた。内心は、教師が生徒を鞭で叩くなんて、あり得ないと思っている。
流和が脅しで言っているだけだという思いの方が強い。
「私は3人分の材料を取って来るから、二人は鍋に水を入れて待ってて。火を入れるのは、先生の説明が終わってからよ」
「わかった」
「こんな理不尽なことって、ないと思うな……」
永久は素直に、だが優は、イヤイヤと流和の指示に従った。
ほどなくして、流和がリュウマチ薬の調合に必要な材料を取って来て、永久と優の鍋の横に、使用順に並べてくれた。
それがまた、不思議な材料ばかりなのだ。
リンゴの皮、生きた蛙、ヒソプの葉、老人の爪、海藻、燃える石炭と、刻んだゴボウ、それに奇妙にねじれ曲がった紐のようなもの。
「この紐みたいなのは何?」
次々に並べられていく材料の中から、永久が黒みがかったねじれた紐を持ち上げた。
「それはドラゴンの髭。貴重な物で、使用するのは一番最後よ」
「ドラゴンて、本当にいるの? 今までは、何かを抽象的に表現してるんだって思ってたけど」
「ドラゴンは本当にいるわ。でも危険だから、すぐ近くで見たことのある人は少ないの。魔法使いでも、ドラゴンにはなかなか近寄れない」
流和が一通りの準備を済ませ、あとは薬師丸先生が来るのを待つだけという段になって、優の視界の中に、
ダイナモンの女子生徒と親しげに話している朱雀の姿が飛び込んできた。
何を話しているのかは分からないが、誘うような笑みを浮かべて相手の女の子に気を揉ませているのが見え見えだった。
プレイボーイ、女たらし、ゲス野郎、下品な破廉恥男、卑劣漢……ありとあらゆる悪口が優の頭の中を駆け巡った。
すると、どういうわけか朱雀が優の視線に気づいて、こっちに歩いて来た。
近寄るな、と、優が目で威嚇しても、朱雀には効き目がないようだ。
混み合っている教室の中で、他の生徒たちが次々に朱雀に道をあける光景は信じがたいものだった。
朱雀は苦労することなく優の大鍋の前まで来ると、挨拶もなしにいきなりこう言った。
「焼きもち焼くなよ、ちょっと他の女と話してただけだろ」
いつものように、ダイナモンの灰色のブレザーをかっちり着こなしている朱雀が、面白がって優を見下ろした。
「勘違いしてるよ。私に近寄らないで」
「ふーん」
優の応答が気に入らなかったと見えて、朱雀は制服のズボンに両手を入れると目を細めて周囲を見渡した。
そうして、周りの生徒たちが自分に注目していることを確かめてから、必要以上に大きな声を張り上げる。
「つれないな、裸を見せあった仲だろ?」
その途端、優が思い切りひきつった声を上げて自分の胸を抑えた。
精神的ショックによる一時的な発作だ。
「朱雀、優をからかうのもいい加減にしなさい」
流和が匙を構えて朱雀を追い払おうとしたが、逆に朱雀が流和の手から軽々と匙を奪い取り、流和を押しのけた。
「ちょっと、何するつもり? 優の隣は私の鍋よ」
「なら、代わってくれ」
朱雀は何食わぬ顔でそう言うと、流和に、教室の後ろの方を指差した。
見ると、後ろの方の2連続きの鍋の所で、空が手招きしている。
空の隣の鉄鍋が空いているようで、流和にそこに来いということらしい。
流和が目を丸くして怒りをあらわにした。だが、そのとき教壇の鉄扉が甲高い軋み音を上げたので、教室内に一気に緊張が走った。
朱雀が無言で匙を振り、流和を後ろの席へ追いやる仕草をした。
薬師丸先生が教室に入って来たので、流和は鼻をふくらませて観念した。
だが、去り際に朱雀に体当たりして、ささやかな反撃をすることを忘れなかった。
「私たちの邪魔をして楽しんでるのね。ダイナモンの授業に不慣れな私たちを、流和が助けてくれる予定だったのに」
と、永久が小声で言った。
今や、永久と優の間の席を陣取った朱雀が、満足そうに口の端を吊りあげている。
「ここじゃ流和よりも俺の方が優秀だ。本当に優秀な生徒は、ダメな生徒を助けたりしないもんだ。……近くで見て、笑って、楽しむのさ……」
永久が朱雀の卑劣さに声を失った直後、薬師丸先生が教壇に上り、本日のリュウマチ薬の作り方を説明しはじめた。
「私語は厳禁! 唾が飛ぶと、薬の純度が落ちてしまうからだ。では、始めよう、諸君」
薬師丸先生の張りのある声に、優は頭がガンガンした。
目覚まし時計のジリジリ音のようにうるさい先生を、優は放心状態で見つめた。きっと、几帳面な先生なんだろう。
きっちり切りそろえられた髪と、キラキラ光る綺麗な眼鏡と、切りそろえられたピカピカ光る爪。男なのに。
着ている物には染み一つなく、ローブの下のワイシャツにはきっちりとアイロンがけがされて線がついている。
それに、薬師丸先生がはいている革靴は、エナメル靴かと見間違うほど、ピカピカだった。
「リュウマチ薬は、古来より重宝されている妙薬である。厄介なリュウマチに、これより効く薬は他にはない。しかし、その調合の仕方は極めて繊細で難しいのである。そのため、魔法界ではリュウマチ薬を調合できる薬師の需要が非常に高い。諸君は、あと1年でダイナモン魔術魔法学校を卒業し、魔法社会に出て行くわけだが、私は是非、このことをお勧めしたい。闇に立ち向かう術と勇気を持たない者、また、魔法界を守る知恵のない者は、リュウマチ薬を調合する薬師になれ。しかし、それもそう簡単にはゆかぬぞ。なぜならおそらく、本日の授業でリュウマチ薬を完全に調合できる者は、全体の半分にも満たないだろうからな……」
寝不足でボーっとする優の頭には、歯切れのよい薬師丸先生の演説はほとんど入って来なかった。
目の前の鉄鍋に軽く寄りかかり、優は楽な姿勢で薬師丸先生をジロジロ見回した。それしかやることがなかったのだ。
長身で、痩せ形体型。薬師丸先生はゆったりした青いローブを上品に肩にかけている。
黒板に注意書きを追加するときに薬師丸先生のローブが翻って、綺麗にまとめられた銀色の鞭が腰に掛けられているのが見えた。
まさか、あれで本当に生徒を叩くのだろうか。
「最も重要なのは火加減だ。最初は強火でグツグツ煮込み、ヒソプの葉を加えた後から序所に弱火に切り替える。作り方はすべて黒板に書いてあるが、特にドラゴンの髭を入れるときには、極めて弱火が肝心だ。火が強すぎると爆発の恐れがあるから、皆、細心の注意を払うように。では、はじめ!」
先生の合図を受けて、皆が一斉に薪に火をつけた。
優も、まずは炉の中の薪に、火をつけるところから始めた。だが、肝心のマッチを擦っても、火がつかない。
またしても湿気っているようだ……。
優だけではなく、教室中の生徒が、湿った薪と役立たずのマッチに苦労しているようだった。
不完全燃焼の煙がもくもく立ち込めて、教室内は一気に視界が悪くなった。
「言い忘れていたが、今回の調合では強すぎる火力が大事故の元になりかねないので、湿った薪を用意した。しかし、マッチがつきにくいのは、ダイナモン魔術魔法学校の伝統だ……」
優の隣で、朱雀がパチンと指を鳴らして、炉の中に真っ赤な炎を燃え上がらせた。
まともに火がついているのは、朱雀の鍋だけだということに気づいて、優が口を開いた。
「手伝ってあげたらどう? 火の魔法使いでしょ」
「は?」
沸騰する鍋の中にリンゴの皮を投げ入れながら、朱雀が答えた。
「なんで俺がそんなことしなきゃならないんだ」
「みんな、火をつけられないで困ってるから、助けてあげたらいいと思うの。だって、あなたは火がつけられるんだから」
「どうして助ける必要があるんだ」
「人は助けあって生きて行くって、ご両親に習わなかったの?」
「そんな教えは受けたことがない。助けてもらえなくても一人で生きていけるように、俺たちは学校に通ってるんだ。ここで助けたら意味がないだろ」
「意地悪しないで、さっきみたいに、ちょっと指を鳴らしてくれればいいだけなのに……」
「そんなに助けたきゃ、お前がやったらどうだ? 曲がりなりにも、火の魔法使いなんだから」
「意地悪」
「お褒めにあずかって光栄だ」
朱雀が瓶の中から生きた蛙を鷲づかみにして、容赦なく熱湯の中に投げ入れた。
「試しとやらを受けるために仕方なく来てるのに、どうして授業まで受けなくちゃならないの?」
優がブーブー言って口を尖らせた。
「私たち一応、留学生という名目で来てるから。理由もなくサボるわけにいかないわ」
「寝不足で具合が悪くても?」
「あのね、優、ダイナモンでは寝不足も体調不良も授業を休む理由にはならないの」
「それってあんまりだわ。死んでも授業に出ろってこと?」
「そうよ!」
流和に引きずられるようにして、優は長い石階段を、下へ下へと下った。
優の絶望的な心境のように、階段はどん底まで続いている。
牢獄のような狭い地下道を歩いて行くと、重たい鉄扉のついた悪臭のたちこめる薬草学の教室にたどり着いた。
教室に入るなり、優が小さな悲鳴を上げて鼻をつまんだ。
「うわ! 何なのこの臭い、ゲロ吐いちゃいそう!」
教室に入ったのは優たち3人が一番最後で、他の生徒たちは全員、自分の鉄鍋の前に立って授業の準備をしているところだった。
静かな中に優の声は思ったよりも通ってしまったようで、教室中のダイナモンの生徒が優を振り返った。
好奇や敵意、戸惑いの視線が混ざっている。
優に集まる視線を遮って、流和が足早に教室の奥に向かって歩き出した。
「3人で一緒にやれる場所を探しましょう」
流和がそう言って教室中を見回して、素早く3つの鉄鍋が並んで空いている場所を見つけた。
「薬草学の授業では、先生に出される課題に基づいて一人一人、自分の力で薬を調合するのよ」
全生徒分の大きな鉄鍋が、専用の炉の上に吊り下げられ、並んでいる。
薬草学の教室は、お料理教室と実験室が融合したような、奇妙な印象を優に与えた。
「薬の作り方と材料は、すべて黒板に書かれてるの。先生がもうじき来るから、私たちはそれまでに準備を整えておかなければならないの」
「なるほどね。あの黒板によると、今日作るのはリュウマチ薬のようだけど」
「うわ、リュウマチ薬? 胡散臭い感じ。 それにしても、この臭い……、腐ったミミズと、苔の臭いがする」
「時間がないわ。薬草学の薬師丸先生はとっても厳しいから、先生が来る前に準備ができていないと、大変なことになる」
「大変なことって?」
「鞭でお尻を叩かれるのよ」
「そんな!」
「あんまりだわ!」
永久と優が口に手を当てて驚いた顔をして見せた。内心は、教師が生徒を鞭で叩くなんて、あり得ないと思っている。
流和が脅しで言っているだけだという思いの方が強い。
「私は3人分の材料を取って来るから、二人は鍋に水を入れて待ってて。火を入れるのは、先生の説明が終わってからよ」
「わかった」
「こんな理不尽なことって、ないと思うな……」
永久は素直に、だが優は、イヤイヤと流和の指示に従った。
ほどなくして、流和がリュウマチ薬の調合に必要な材料を取って来て、永久と優の鍋の横に、使用順に並べてくれた。
それがまた、不思議な材料ばかりなのだ。
リンゴの皮、生きた蛙、ヒソプの葉、老人の爪、海藻、燃える石炭と、刻んだゴボウ、それに奇妙にねじれ曲がった紐のようなもの。
「この紐みたいなのは何?」
次々に並べられていく材料の中から、永久が黒みがかったねじれた紐を持ち上げた。
「それはドラゴンの髭。貴重な物で、使用するのは一番最後よ」
「ドラゴンて、本当にいるの? 今までは、何かを抽象的に表現してるんだって思ってたけど」
「ドラゴンは本当にいるわ。でも危険だから、すぐ近くで見たことのある人は少ないの。魔法使いでも、ドラゴンにはなかなか近寄れない」
流和が一通りの準備を済ませ、あとは薬師丸先生が来るのを待つだけという段になって、優の視界の中に、
ダイナモンの女子生徒と親しげに話している朱雀の姿が飛び込んできた。
何を話しているのかは分からないが、誘うような笑みを浮かべて相手の女の子に気を揉ませているのが見え見えだった。
プレイボーイ、女たらし、ゲス野郎、下品な破廉恥男、卑劣漢……ありとあらゆる悪口が優の頭の中を駆け巡った。
すると、どういうわけか朱雀が優の視線に気づいて、こっちに歩いて来た。
近寄るな、と、優が目で威嚇しても、朱雀には効き目がないようだ。
混み合っている教室の中で、他の生徒たちが次々に朱雀に道をあける光景は信じがたいものだった。
朱雀は苦労することなく優の大鍋の前まで来ると、挨拶もなしにいきなりこう言った。
「焼きもち焼くなよ、ちょっと他の女と話してただけだろ」
いつものように、ダイナモンの灰色のブレザーをかっちり着こなしている朱雀が、面白がって優を見下ろした。
「勘違いしてるよ。私に近寄らないで」
「ふーん」
優の応答が気に入らなかったと見えて、朱雀は制服のズボンに両手を入れると目を細めて周囲を見渡した。
そうして、周りの生徒たちが自分に注目していることを確かめてから、必要以上に大きな声を張り上げる。
「つれないな、裸を見せあった仲だろ?」
その途端、優が思い切りひきつった声を上げて自分の胸を抑えた。
精神的ショックによる一時的な発作だ。
「朱雀、優をからかうのもいい加減にしなさい」
流和が匙を構えて朱雀を追い払おうとしたが、逆に朱雀が流和の手から軽々と匙を奪い取り、流和を押しのけた。
「ちょっと、何するつもり? 優の隣は私の鍋よ」
「なら、代わってくれ」
朱雀は何食わぬ顔でそう言うと、流和に、教室の後ろの方を指差した。
見ると、後ろの方の2連続きの鍋の所で、空が手招きしている。
空の隣の鉄鍋が空いているようで、流和にそこに来いということらしい。
流和が目を丸くして怒りをあらわにした。だが、そのとき教壇の鉄扉が甲高い軋み音を上げたので、教室内に一気に緊張が走った。
朱雀が無言で匙を振り、流和を後ろの席へ追いやる仕草をした。
薬師丸先生が教室に入って来たので、流和は鼻をふくらませて観念した。
だが、去り際に朱雀に体当たりして、ささやかな反撃をすることを忘れなかった。
「私たちの邪魔をして楽しんでるのね。ダイナモンの授業に不慣れな私たちを、流和が助けてくれる予定だったのに」
と、永久が小声で言った。
今や、永久と優の間の席を陣取った朱雀が、満足そうに口の端を吊りあげている。
「ここじゃ流和よりも俺の方が優秀だ。本当に優秀な生徒は、ダメな生徒を助けたりしないもんだ。……近くで見て、笑って、楽しむのさ……」
永久が朱雀の卑劣さに声を失った直後、薬師丸先生が教壇に上り、本日のリュウマチ薬の作り方を説明しはじめた。
「私語は厳禁! 唾が飛ぶと、薬の純度が落ちてしまうからだ。では、始めよう、諸君」
薬師丸先生の張りのある声に、優は頭がガンガンした。
目覚まし時計のジリジリ音のようにうるさい先生を、優は放心状態で見つめた。きっと、几帳面な先生なんだろう。
きっちり切りそろえられた髪と、キラキラ光る綺麗な眼鏡と、切りそろえられたピカピカ光る爪。男なのに。
着ている物には染み一つなく、ローブの下のワイシャツにはきっちりとアイロンがけがされて線がついている。
それに、薬師丸先生がはいている革靴は、エナメル靴かと見間違うほど、ピカピカだった。
「リュウマチ薬は、古来より重宝されている妙薬である。厄介なリュウマチに、これより効く薬は他にはない。しかし、その調合の仕方は極めて繊細で難しいのである。そのため、魔法界ではリュウマチ薬を調合できる薬師の需要が非常に高い。諸君は、あと1年でダイナモン魔術魔法学校を卒業し、魔法社会に出て行くわけだが、私は是非、このことをお勧めしたい。闇に立ち向かう術と勇気を持たない者、また、魔法界を守る知恵のない者は、リュウマチ薬を調合する薬師になれ。しかし、それもそう簡単にはゆかぬぞ。なぜならおそらく、本日の授業でリュウマチ薬を完全に調合できる者は、全体の半分にも満たないだろうからな……」
寝不足でボーっとする優の頭には、歯切れのよい薬師丸先生の演説はほとんど入って来なかった。
目の前の鉄鍋に軽く寄りかかり、優は楽な姿勢で薬師丸先生をジロジロ見回した。それしかやることがなかったのだ。
長身で、痩せ形体型。薬師丸先生はゆったりした青いローブを上品に肩にかけている。
黒板に注意書きを追加するときに薬師丸先生のローブが翻って、綺麗にまとめられた銀色の鞭が腰に掛けられているのが見えた。
まさか、あれで本当に生徒を叩くのだろうか。
「最も重要なのは火加減だ。最初は強火でグツグツ煮込み、ヒソプの葉を加えた後から序所に弱火に切り替える。作り方はすべて黒板に書いてあるが、特にドラゴンの髭を入れるときには、極めて弱火が肝心だ。火が強すぎると爆発の恐れがあるから、皆、細心の注意を払うように。では、はじめ!」
先生の合図を受けて、皆が一斉に薪に火をつけた。
優も、まずは炉の中の薪に、火をつけるところから始めた。だが、肝心のマッチを擦っても、火がつかない。
またしても湿気っているようだ……。
優だけではなく、教室中の生徒が、湿った薪と役立たずのマッチに苦労しているようだった。
不完全燃焼の煙がもくもく立ち込めて、教室内は一気に視界が悪くなった。
「言い忘れていたが、今回の調合では強すぎる火力が大事故の元になりかねないので、湿った薪を用意した。しかし、マッチがつきにくいのは、ダイナモン魔術魔法学校の伝統だ……」
優の隣で、朱雀がパチンと指を鳴らして、炉の中に真っ赤な炎を燃え上がらせた。
まともに火がついているのは、朱雀の鍋だけだということに気づいて、優が口を開いた。
「手伝ってあげたらどう? 火の魔法使いでしょ」
「は?」
沸騰する鍋の中にリンゴの皮を投げ入れながら、朱雀が答えた。
「なんで俺がそんなことしなきゃならないんだ」
「みんな、火をつけられないで困ってるから、助けてあげたらいいと思うの。だって、あなたは火がつけられるんだから」
「どうして助ける必要があるんだ」
「人は助けあって生きて行くって、ご両親に習わなかったの?」
「そんな教えは受けたことがない。助けてもらえなくても一人で生きていけるように、俺たちは学校に通ってるんだ。ここで助けたら意味がないだろ」
「意地悪しないで、さっきみたいに、ちょっと指を鳴らしてくれればいいだけなのに……」
「そんなに助けたきゃ、お前がやったらどうだ? 曲がりなりにも、火の魔法使いなんだから」
「意地悪」
「お褒めにあずかって光栄だ」
朱雀が瓶の中から生きた蛙を鷲づかみにして、容赦なく熱湯の中に投げ入れた。
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