月夜にまたたく魔法の意思

ag_harukawa

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第7章 戦え、生きるために。

2話

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「一体いつまで待たせるつもりだ」
 応接間のソファーに深深と腰掛け、足を組んでいる朱雀はまるで主人のように偉そうな態度で、不機嫌を巻き散らしている。
 朱雀の相手をしている永久は向かいのソファーに浅く腰かけ、せっかく入れた熱々の紅茶に、朱雀が一口も口をつけないので、こちらもご機嫌斜めだ。
「紅茶が冷めちゃったわ」
 神経質に永久が呟く。
 と、朱雀がフンと鼻で笑った。
「そりゃ三十分も待たされれば、冷めるだろうな。待たせ過ぎだ」
「優が出てこなくても、厚意で入れてもらったお茶は飲めたはずよ。失礼な人。朝のダージリンティーが台無し」
 そう言って永久は、朱雀の前から冷えたお茶を引き下げた。

 ガチャリ。
 永久がティーカップを持って席を立った時、優の部屋のドアが開いた。朱雀が振り向く。
「遅いぞ」

 ベラドンナの制服に着替えて出て来た優は、朱雀には応えず、開口一番に「お腹すいた」と一言、のんびり欠伸をしながら朱雀から一番離れたところにあるソファーに倒れるように座りこんだ。
「朝食まであと一時間ほどある。さあ、行くぞ」
 朱雀が立ちあがり、ブレザーの襟を正した。
「行くって、どこによ」
 舌足らずな口調でそう言うと、優は足を組んでソファーに深く座りなおした。自分はそこから動く気はないぞ、ということを朱雀に主張するように。
 そんな優の様子を見て、朱雀がかすかに頬をゆるめた。いつもの調子で聞き分けの悪い優の方が、朱雀にとってはお馴染みで、何故かホッとするのだった。

「わがままはもう、辞めたんじゃなかったのか。前に進むって決めたんだろう」
「うるさいなあ。それでも朝は眠いんだよ」
「呆れた。ほら立て。今日から早朝訓練だ」
「早朝訓練? 何のために」
「力をつけるためにさ。ベラドンナじゃ、まともな戦闘訓練を受けていなかったんだろう? おまけにお前は魔力封じのゴーグルをかけていたせいで、感を失っているようだし。しっかり鍛えないとこの先、辛い」
「えー……。明日からじゃダメなの?」
「ダメだ」
「えー……」
 ぐずる優に、永久が新しく入れた紅茶を指し出す。優はすぐにそれを口に含むと、呆けたような笑顔を永久に向ける。
「さすが永久の入れる紅茶は、世界一だね」
 優の顔を見て、永久も満足そうに頷く。

「時間がない。早くしろよ」
 朱雀が苛立ちを隠さずに優を睨む。
「嫌だよ」
「お前がどう思おうと関係ないが、試しの門で、お前も幻を見ただろう。今力をつけておかないと、いざというとき、本当に大切なものを守れないぞ」
 朱雀にそう言われ、優はハッとした。朱雀の言葉には胸に突き刺さるものがある。
 試しの門で見た悲しい幻が、寝起きでボーっとしている優の脳裏に一瞬にして蘇って来た。流和や永久、優の大切な親友が倒れている姿が思い浮かぶ。空の涙や、血まみれの吏紀も。そして、闇の世界に引き込まれて行く朱雀のことも。優は確かに見たのだ、失われて行く仲間たちの姿を。あれがこれから本当に起こることだとすれば、その時、あの幻の中で仲間が苦しんでいた時に、優は一体何をしていたのだろうか。
 このままじゃダメなんだ。そんな思いが、優の胸をギュッと締め付けて来る。

「……、わかった」
 優はしぶしぶと立ちあがった。

「ふん。やればイイ子にできるじゃないか。最初からそうしろ。明日からは俺様の手をわずらわせないでくれよ、お嬢さん」
 そう言って朱雀が紳士のように優にエスコートの手を差し出すが、優はムッとしてその手を交わしてドアに向かった。
「流和、永久、あとで朝食のときに」
「あ、うん、行ってらっしゃい。 朱雀! 優に手荒な事をしないでよ」
「無理しないでね」
 流和と永久が二人を送り出した。


 優が朱雀に連れられて向かったのは中央広間だ。朝日の差し込む眩しい碧玉の間に優が目を細めていると、広間の中央までやって来た所で朱雀が足を止め、優を振りかえった。そして真顔で優に手をさし出して、その手のひらにまだかすかに残るナイフの切り傷を見せた。
「沈黙の山で俺たちがゲイルの予言書にしたことを、覚えているよな」
「うん」
「あの予言書に書かれていたのと同じことを、俺は試しの門で見た」
「死と闇だね」
「未来を変えることが、本当にできると思うか」
 朱雀の問いかけに、優が真っすぐに朱雀を見上げた。深紅に輝く、優しいシュコロボヴィッツの瞳……。
――本当に不思議だ。また優は別人みたいに、優しい目をするから。

「そもそも未来はまだ何も決まっていないんだよ。それは変えるものじゃなくて、私たちがつくりだしてゆくものなんだよ」
 優の言葉に、朱雀がふっと微笑んだ。
――そんな風に笑うことができたのかと驚くほど、自然な笑いに、今度は優が少し驚かせられる。

「呪いとは、囚われることをさす」
 朱雀が気を取り直して口を開いた。
「未来を予言されることで、人は未来に囚われ、抗えなくなる。もしかするとそれ自体が呪いなのかもしれないな。でも、本当はいくらだって変えることができるんだ、と俺も信じたい。死の予言なんて、クソくらえさ」
 そうして朱雀は優を見つめ、二人はしばらく何も言わずに見つめ合った。でも、そんな風に見つめあっているのが急に照れくさく思われて、朱雀が言った。

「じゃあ、早速始めよう。まずはブックと杖を出せ」
 朱雀の言葉に、突如、優は硬直した。
「あッ……」

 朱雀が首を傾げる。
「ブックと杖だよ、当然、持っているんだろう?」
 ブックとマジックストーン……。優自身の習得すべき魔法が書き記されている個人魔法書と、優の身長と同じ長さの魔法の杖。その杖には炎の魔法使いにふさわしく、燃えるように紅いルビーがついているはずだった。もちろん、優もブックとマジックストーンを持っている。いや、正確には持って「いた」。

「どうしたんだ」
 朱雀が眉をひそめる。
「持ってないの」
「……、は?」
「だから、今は持ってないの」

「持ってないわけないだろう。ベラドンナを出発するとき、ブックと杖を忘れるなと言ったはずだぞ」
 そう言いながら朱雀の顔が強張る。
「えーとね、ベラドンナにいるときから持ってなかったの」
「どういうことだ、意味がわからない。炎の魔法使いであるお前が、マジックストーンと魔法書を持っていない!? そんなはずはない」
「いや、持ってはいたんだよ」
「持っているのか持っていないのかハッキリしろ」
「実家に封印したの」
「……。」

 ――封印した。

 優の言葉に、朱雀が言葉を失った。重たい沈黙が二人の間に訪れ、その沈黙はどんどん怒りの棘を生やして行く。
「そんなの聞いたこともない」
 やがて朱雀が口を開いたが、それは抑揚のない、氷のように冷たい声で……。
 朱雀に見据えられて、優は今すぐにその場から逃げ出したい気持ちになった。魔力封じのゴーグルをかけていたことだけで呪縛魔法をかけてきた朱雀だ。魔法使いの命と同じくらい大切な魔法書と杖を封印したとあっては、今度は何をされるか分からない……。

「毎度のことだが、お前の馬鹿さ加減には、本当に、うんざりさせられる。魔法使いが杖とブックを『封印した』だって?」
 はっきりと、すごみのある声音で言いながら、朱雀が優に近づいて来る。火の粉がパチパチと朱雀の周りで弾け始めた。朱雀の足もとからは、その怒りに呼応するように炎が瞬き出で、炎は弧を描きながらどんどんと領域を広めて行く。
 恐れをなした優は、何も言わずに後ずさった。
「それは自分の命を墓の中に埋めるようなものだぞ……」
 朱雀の熱に、大気が膨張して建物を軋ませる。炎は勢いを増し、瞬く間に中央広間一体を覆うほど大きくなったかと思うと、さらに熱を増して竜のように暴れ回る。それはかつて優が薬草学の授業で偶然に生み出したファイヤーストームのように、激しい炎が広間全体に吹きまくっていた。ただし、優が事故で暴発させたファイヤーストームは全く制御されずに暴れ回っていたが、朱雀のそれは朱雀自身の完全な支配下にあるようだ。そのおかげで、優は炎に取り囲まれながらもまだ無事でいられる。

「ブックも杖も持たずに、闇の魔法使いにどう立ち向かうつもりだったんだ? そもそも丸腰でダイナモンに来ること自体が間違いだ。そうか、一度や二度死ぬ目に会っただけじゃまだ足りなかったのか。そうだよなあ、馬鹿は死んでも治らないらしい。だが待てよ、三度目の正直という言葉もあることだ。優、お前もう一度、死にかけて見るか」

 初めて会ったときと同じ目で、朱雀が優を見た。弱い者いじめをして楽しんでいる、冷酷な目。
 誰か助けに来てくれないだろうか、と優は期待したが、朱雀が広間全体にファイヤーストームを吹き荒れさせているので、誰も入って来ることすら出来ないだろう……。ああ、今度こそ本当に死んでしまうのだろうか。それともまたしても瀕死状態で医務室送りだろうか。マリー先生、怒るだろうなあ。
 どうしたら朱雀の怒りを鎮めることができるのか、優は必死で考えた。
 なのに、優の口から出たのは朱雀をさらに逆なでする言葉だ。

「わ、私が自分のブックと杖をどうしようと、朱雀には関係ないじゃん!」
「な……。お前、沈黙の山でした俺との約束を忘れたのか」
 果たして、約束なんてしただろうか……?
 記憶の糸をたぐってみても、優には朱雀と何か約束をしたような覚えはない。

 朱雀がゆっくりと優に近づいて来る。
「ちょ、それ以上近くに来ないで、熱い!」
「忘れたとは言わせないぞ」
 朱雀は強引に優の腕を掴むと、自分の方に引き寄せた。朱雀の熱が優の全身を覆う。熱くて熱くてしょうがない、だが、死にそうなほどでもない。それは優自身の魔力が朱雀の魔力と共鳴しているからだ。
 朱雀のシュコロボヴィッツの瞳が、切なそうに優の顔を覗きこむ。

「――『最初のルビーは光を失う』、それは俺にとって、死ぬことよりも恐ろしいことだ。さすがの俺も、一人で戦い抜く勇気はないよ。だから、お前が言ったんだろう、手を貸すって。俺が闇に引き込まれそうなときには、お前が俺に手を貸すって、言ったんだ。それなのに、肝心のお前がこんなに頼りないんじゃ困る」

 優は思いだした。そういえば、そんなことを言ったような気がする。跪いて頼むなら、この私が手を貸してあげなくもない、って、言ったんだ。あのときは美空の命を助けるために必死だったから、思わずそんなことを言ったんだ。けど、朱雀はそれを本気にしてる。そうか、朱雀が優に執着するのはそのためなんだ、と、優はこのとき初めて理解した。
「行っちゃだめだよ、朱雀」
「なんだって?」
「『朱雀、行っちゃダメだよ』って、私、言ったんだよ。試しの門でね、朱雀が闇の世界に行くのを見たんだ。幻の中では朱雀に手が届かなかったけど、これから起こる現実では、闇の世界に行かないで、ちゃんと私の手を掴む勇気がある?」
「俺には、それしか選択の余地がないはずだ」
 朱雀がきっぱりと断言するので、優も応える。
「約束通り、ちゃんと手を伸ばすから、そのときは私の手を掴んでね」
「……ああ」
 優が手を出すと、朱雀がその手をそっと握った。
「でも私、『跪いて頼むなら』って言わなかったっけ? 朱雀、私に跪いてないよね」
「うっせー、百年早い」
 そうして我に帰った朱雀がまた優を睨む。
「でも杖とブックは絶対に必要だぞ」
「そうだね、取りに行かなくちゃ」
「今日一日を潰してもかまわない。すぐに出発だ」

 怒りを鎮めた朱雀は、中央広間に広がっていたファイヤーストームを瞬く間に終息させた。
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