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第10章 二つの炎
1話
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朱雀がグルエリオーサの呪いを解いた日の夜、公安部から予言の魔法使いたちの出陣を求める要請があった。業校長は子どもたちの備えができるまであと1ヶ月、待ってくれと言ってそれを退けた。それから舞踏会の夜、闇の魔法使いたちの軍勢がモアブ領域に攻めて来たときも、再び要請があった。だが業校長は、予言の魔法使いたちの代わりに自らが戦線へ出ることで、子どもたちを守った。
優たちが播磨先生の眼から魔女の城を垣間見たすぐ後、宵の空に満月が近付き、公安部から3度目の強い要請が来た。
闇が力を増している――数日後には、予言の魔法使いのみならず魔法界が総力を挙げて闇の魔法使いの討伐にあたらなければ、世界は闇に包まれてしまうだろうと。
業校長はこの要請を重く受け止め、ついに試しの門を通った魔法使いたちを戦地へ送り出す決心をした。
授けられる知識はすべて、与えられる武器や防具は最上のものを、そして持てる魔力のすべてを投じて彼らに祝福を与えて……。
試しの門を通った10人の魔法使いは、その日、木製の広間に集められていた。
壁一面にかかる武器の中から、どれでも好きな物を選んでいいと言われて、永久は困り果てているし、優は集中力を欠いている。
とりあえずカンフー映画で見たことがあるヌンチャクを手にとってみたら、思ったよりもズッシリ重たくて、グルグル回すだけでも体の軸がゆさぶられた。アクション俳優がやっているように、高速回転で体にヌンチャクを這わせて「アチョー!」というのを真似してみたかったのだけど、できそうにもないので、優はつまらなさそうに壁に戻した。
「早く決めろよな。武器は直感で選ぶものだ」
朱雀は壁から長い木の棒を取ると、それを片手で回し始めた。
「そんなこと言ったって、何を選んだって上手く使える気がしないんだもん」
優がそう言って振り返ると、朱雀は棒を振りまわして空とチャンバラを始めている。――カン! カン! カン! カカン!
木の棒が打ち合わさる音が、乾いた木製の広間によく響く。
二人とも慣れたものだ。目にもとまらぬ速さで棒を叩きあいながら、回転を加えて軽々と宙を跳びまわっているのが孫悟空のように見える。
「いっった!」
傍で三次と桜と話していた東條が、いきなり朱雀にお尻を叩かれて跳び上がった。
「遊んでいる場合じゃないだろ」
東條がイヤそうに眉をしかめると、朱雀はイタズラに笑ってまた空とのチャンバラに戻って行った。
「大丈夫?」
優が近寄っていくと、だが東條は質問には応えずに、「決めたのか?」と返して来た。
「ううん、まだ。みんなは何にした?」
すると、東條がすぐに両手を見せてくれた。その手の甲には、かなりゴツイ銀の鈍器がはめられていた。
「俺は接近タイプだから、これだ」
「それって、メリケンサック?」
町で恐いお兄さんが手につけているようなアレだ。けど、東條がつけているやつはアレよりももっとゴツイ。
「僕はこれさ」
と、三次が背中にかけていた日本刀を抜いて見せてくれた。
「うわっ、本物!?」
「うちは代々これなんだよ。これは兄貴からのお下がり」
「へえ、三次ってお兄さんがいるんだ」
そういえば、『三次』という名前だから、一人っ子ではなさそうだった。
「うん、兄貴が二人と妹が二人もいる。しかも、妹たちは双子でさ、いっつも二人がかりで僕を虐げるんだ……」
「地ヶ谷家は大家族よね。でもみんな、羨ましいくらい仲がいいじゃない」
と、今度は桜が腰元にさしていた和刀を見せてくれた。柄が赤い布で巻かれ、刀部分は白く光っている、シンプルだけど美しい刀だ。
「私のは戦闘用というよりも、薬草を切ったり、骨を砕いたり、主に医療用なの」
「綺麗だね」
「母が、持って行きなさいって」
桜は大切そうに、刀を鞘におさめた。
優たちが話している背後で、永久がついに武器を決めたようだ。
「優、私はこれに決めたわよ!」
永久が優に振って見せてくれたのは、先の鋭く長いナイフだ。しかも2本。
ダイヤモンドの装飾が施されているのか、柄の部分も刀の部分もキラキラ光っている。
「こういうふうに、足につけるのよ」
と、永久が両足の太ももに巻いたベルトの鞘に、器用にナイフを収めるのを見せてくれた。
「おお、カッコイイ」
「ダガーか、いい判断だな」
と、東條が言うと、吏紀も頷いた。どうやら、永久に武器のアドバイスをしたのは吏紀のようだ。
「戦闘に不慣れな場合は、大きな武器よりも小さな武器を忍ばせておくほうが、敵の裏をかきやすいし、事故も少ない」
そう言った吏紀の背中には、かなり大きな剣が下げられている。
「その物騒な大剣はなに? 経験豊富な人はそういうのが持てるってこと?」
「違うよ、大きければいいってもんじゃない」
優に言われて、吏紀が苦笑いする。
「最終的には向き不向きで、東條のようにサックが適している者もいれば、こんなにかさばって目立つ大剣を背負わなくちゃいけない者もいる……」
吏紀は、仕方なく持ってるんだぞ、これ、と言いたそうだった。
「気に入ってないみたい」
「そうだな、もうちょっと軽ければって思うよ。アシュトン王の剣だから、縁起をかついで曾婆様が持って行けと言うんだ。実際は攻撃力よりも、封印や防御に優れた剣なんだ」
曾婆様って、ゲイルのことか。
言われてみると、吏紀が見せてくれた大剣は、よく磨きあげられてはいるが、かなり年期が入ったもののようだ。黒光りしている。
「それより、優はもう決めたのか?」
「ううん、全然ダメ」
「朱雀、アドバイスしてやれよ」
と、吏紀が言うと、空との叩き合いを止めて朱雀が額の汗をぬぐった。
「放っておけ、自分で決められるさ」
面倒くさがっている様子でもない。きっと、本当に優が自分で決められると思っているんだ。
優は朱雀には頼れないと知って小さく溜め息をつくと、流和と美空を振りかえった。美人を絵に描いたような二人が持っているのは、魔法のメイスと光の弓だ。
「ねえ、ちょっと持たせてくれない?」
優が頼むと、流和がすぐにメイスを持たせてくれた。
ヌンチャクと同じくらいズッシリ重い。それに実際に持って見ると、やっぱり、水の魔法を感じる。サファイヤが埋め込まれて碧く光ったメイスは、装飾が細かく美しくもあるのだが、ゴツゴツした十字型の先端は敵を殴り殺すことを想定されているのか……ちょっと物騒だ。
メイスを返すと、流和が実演して見せてくれた。
「こう叩けば、頭蓋骨を砕くし、こう突けば、肉に刺さる。そしてこう捻じれば、贓物をえぐりだすわ」
「流和、なんてこと言うのよ!」
優がゾッとして震えあがるのを見て、流和がフフフと笑った。
「本当にそれで誰かを叩いたことがあるの?」
「まさか! 一度もない……けど、仲間を守るためだったら叩くわ」
優は胸を撫で下ろしたが、実際に流和がメイスで誰かを殴る姿なんて、この先何があっても見たくないなと思った。
「私には叩くなんて無理そう。刺すことも無理。木の棒とかの方がいいかなあ……」
朱雀がくるくる回しているそれが目に入り、壁から一つとってみて、優も回してみた。
「あッ!」
回した木の棒の片側がしたたか、優の顔を打った。しかも反対側がスカートの裾に引っかかり、濃紺のプリーツスカートを思い切りめくりあげた。
「イッ……」
打ちつけた鼻から血が出て来て、優はハンカチで鼻を覆ってしゃがみ込んだ。その横で、「ピンク。可愛いの履いてるじゃん」、と空が呟く。
朱雀は自分が手にしていた棒を床について支えにし、それに寄りかかって面白そうに顛末を見つめている。
「ああ、なにやってるのよ優」
「スティックはやめたほうが良さそうね。私みたいに、弓矢はどうかしら」
優の鼻血が止まるのを待って、美空が光の弓矢を優に貸してくれた。
なるほど、弓矢なら叩いたり刺したりしなくて良さそうだ。でも、美空みたいに上手く射れるだろうか。
「エルフがなめした木の皮と、弦はドラゴンの髭でできているの。多くの戦いを経験した頼れる弓を信じて。指をここにかけて、肘は真っすぐに、弓を引いて魔力を集中する……」
優の背後から、美空が一緒に弓を握ってやり方を教えてくれた。
「試しに射てみましょう。これは魔法の弓だから、矢は魔力で形成するの。やってみるわね」
美空の手から優の手に、タイガーアイの光の魔力が伝わってきた、と思うと、引いた弓の中に輝く矢が現れた。
「3で放すわよ、いい? 一緒に、いち、にい……」
美空に後ろから包みこまれるようにしながら、優も握った弓と弦に力を込めた。その瞳がシュコロボヴィッツの紅を増し、優の炎の力が美空の光の力に寄り添う様に増幅して行く。
「「さん!」」
美空と優が同時に弦から手を放すと、ブン! という振動が左手に重く響いた。もし、美空が掴んでいてくれなかったら優の左腕はぶれて、きっと矢はとんでもない方向に飛んでいってしまったことだろう。だが、光の矢は勢いよく真っすぐ前方に飛び出していった。
――ガガガガガッ、ズドーン!!
光の矢は炎の帯を引いて床をえぐり、木製の壁をメキメキと砕き、軽々と穴を開けた。
「……へ?」
美空の口から力のない声が漏れた。
途端に魔法が解けて、弓がスーっと腕の中から消えて無くなる。
ガラガラガラ。
「あーあ、またやったな」
空が穴から外を覗きこんで、小さく口笛を吹いた。
壁が崩れ、そこから外の空気が流れ込んでくる。分厚い壁の穴から青い空と緑の山肌が見える。
「山の向こうまで飛んで行ったみたいだぜ。遠くで被害が出てないといいけど」
優が肩をすくめた。
「ちょっとイマイチかな」
「イマイチって、塔に穴を開けておいてよく言うわよ! どうするのこれ……」
優は左手を痛そうに振りながら、青ざめた顔の美空を振りかえった。
「穴を開けたのは美空の矢でしょ? それより弓って難しいんだね。左手がブーンてなって、肩が外れちゃうかと思った……。やめとくよ」
「な、私の力でこんなのできるわけないでしょ。優がやったのよ」
「美空がやったんだよ。私は手を添えてただけだもん」
「いいえ私じゃない。人のせいにするつもりね?」
小賢しく言い合いを始めた美空と優の間に、朱雀が入る。
「よせ、今のは明らかに優がやったんだろ。美空が壁に穴をあけるはずがない」
「そんなあ! こういうときは恋人のかたをもつものでしょう」
「俺は本当のことを言っているまでだ。さっきのは、美空の光の矢に優の補充魔法がかかったせいで威力が増したんだ。どうだ、身に覚えがあるだろう」
「む!」
言われてやっと理解する。
「ああ、どうしよう。また校長室に呼ばれるかも……」
どんなに願いを込めて睨みつけても、外まで貫通してしまった壁の大穴は塞がらない。
「それより、いい加減決めろよな。桜坂教頭が来るまでに自分の武器を決めておけって言われただろう」
空が木の棒を壁に仕舞うと、空中から二本の短剣を取り出して、それを両手でそれぞれクルリと回してから背中の鞘に収めた。どうやら空は二刀使いのようだ。
一本の木の棒でさえ上手く操れないのに、二本同時になんて優にはとても無理そうだ。
「ところで、朱雀はどんな武器なの?」
「見せてもいいけど、俺のは参考にならないぞ」
朱雀も木の棒を壁に収めてから、不意に手を伸ばして、空中からすごく大きな刀を取り出した。
――ブウン!
その大きすぎる刀が周囲の空気を切って、蜂が飛ぶような音をたてた。
死神が持つような大鎌の刃に似ている。朱雀の身長と同じくらいはあるかと思える刀は真っ黒で、柄はない。ただ持ち手と思われるところに丸い穴があいているだけだ。その穴に手を入れて、朱雀は大刀をグルグルと振りまわした。――ブン! ブン! ブン!
「ちょ、危ない!」
すごく切れあじが良さそうだし、この場にいる誰が持っている武器よりも物騒な代物に、優が後ずさる。
「だから参考にならない、って言ったろ。これは魔獣狩りの大刀だ。アラゴンの首を刎ねるのに便利なのさ」
朱雀が背負っても床に引きずりそうなくらい巨大なその刀を、朱雀は軽々と背にかけた。
これで、優以外の9人はみんな武器を身に付けたことになる。
参考にもならない朱雀の武器を横目に、優は壁際に歩み寄った。数多くある種類の中から、もういいや、一番小さいのにしようと決心する。
そうして足早に小さな武器へ、小さな武器へと向かって進んで行くと、部屋の一番奥、壁の一番左下に、美しい装飾の施された小刀を見つけた。
「よし決めた。これにする」
手に取ると、優の手の中にすっぽりおさまってしまうその小刀は、親指の長さくらいしかない極小サイズ。どちらかというと、武器というよりはアクセサリーに近いんじゃないかとさえ思える。
「良い選択です」
と、いつの間に現れたのか、木製の間に桜坂教頭の声が響いた。
桜坂教頭は優の背後にあいた壁の大穴に一瞬目を向けたが、あえてそのことに触れるつもりはないらしい。どうやらこの際、気づかないことにしたと見える。
「アトスの石で造られた柄には、フェニキアバラの彫刻が施されています。刀部分は銀色狼の牙を研いだもの。小さいけれど、邪悪な魂を滅ぼす力を秘めた小刀ですよ」
優はペンダントのように、小刀を首から下げた。実際、小刀にはそれ用の革ひもがついていたのだ。
「それ一つでいいのですか?」
桜坂教頭に聞かれて、優は少し悩んだけど、頷いた。
「はい。これ一つでいいです。果物ナイフだって上手く扱えないのに、これ以上大きな武器を持ったら、自分の指を切り落としちゃうかも」
「それでは、そなたらの掲げる武器に祝福を」
桜坂教頭は簡潔にそう言うと、両手をパっと天井に向かって広げ、ピンク色の光を降り注いだ。
光は優たち全員がそれぞれに手にしている武器に、妖精の粉のようにして降り注ぎ、吸い込まれて消えて行った。
優たちが播磨先生の眼から魔女の城を垣間見たすぐ後、宵の空に満月が近付き、公安部から3度目の強い要請が来た。
闇が力を増している――数日後には、予言の魔法使いのみならず魔法界が総力を挙げて闇の魔法使いの討伐にあたらなければ、世界は闇に包まれてしまうだろうと。
業校長はこの要請を重く受け止め、ついに試しの門を通った魔法使いたちを戦地へ送り出す決心をした。
授けられる知識はすべて、与えられる武器や防具は最上のものを、そして持てる魔力のすべてを投じて彼らに祝福を与えて……。
試しの門を通った10人の魔法使いは、その日、木製の広間に集められていた。
壁一面にかかる武器の中から、どれでも好きな物を選んでいいと言われて、永久は困り果てているし、優は集中力を欠いている。
とりあえずカンフー映画で見たことがあるヌンチャクを手にとってみたら、思ったよりもズッシリ重たくて、グルグル回すだけでも体の軸がゆさぶられた。アクション俳優がやっているように、高速回転で体にヌンチャクを這わせて「アチョー!」というのを真似してみたかったのだけど、できそうにもないので、優はつまらなさそうに壁に戻した。
「早く決めろよな。武器は直感で選ぶものだ」
朱雀は壁から長い木の棒を取ると、それを片手で回し始めた。
「そんなこと言ったって、何を選んだって上手く使える気がしないんだもん」
優がそう言って振り返ると、朱雀は棒を振りまわして空とチャンバラを始めている。――カン! カン! カン! カカン!
木の棒が打ち合わさる音が、乾いた木製の広間によく響く。
二人とも慣れたものだ。目にもとまらぬ速さで棒を叩きあいながら、回転を加えて軽々と宙を跳びまわっているのが孫悟空のように見える。
「いっった!」
傍で三次と桜と話していた東條が、いきなり朱雀にお尻を叩かれて跳び上がった。
「遊んでいる場合じゃないだろ」
東條がイヤそうに眉をしかめると、朱雀はイタズラに笑ってまた空とのチャンバラに戻って行った。
「大丈夫?」
優が近寄っていくと、だが東條は質問には応えずに、「決めたのか?」と返して来た。
「ううん、まだ。みんなは何にした?」
すると、東條がすぐに両手を見せてくれた。その手の甲には、かなりゴツイ銀の鈍器がはめられていた。
「俺は接近タイプだから、これだ」
「それって、メリケンサック?」
町で恐いお兄さんが手につけているようなアレだ。けど、東條がつけているやつはアレよりももっとゴツイ。
「僕はこれさ」
と、三次が背中にかけていた日本刀を抜いて見せてくれた。
「うわっ、本物!?」
「うちは代々これなんだよ。これは兄貴からのお下がり」
「へえ、三次ってお兄さんがいるんだ」
そういえば、『三次』という名前だから、一人っ子ではなさそうだった。
「うん、兄貴が二人と妹が二人もいる。しかも、妹たちは双子でさ、いっつも二人がかりで僕を虐げるんだ……」
「地ヶ谷家は大家族よね。でもみんな、羨ましいくらい仲がいいじゃない」
と、今度は桜が腰元にさしていた和刀を見せてくれた。柄が赤い布で巻かれ、刀部分は白く光っている、シンプルだけど美しい刀だ。
「私のは戦闘用というよりも、薬草を切ったり、骨を砕いたり、主に医療用なの」
「綺麗だね」
「母が、持って行きなさいって」
桜は大切そうに、刀を鞘におさめた。
優たちが話している背後で、永久がついに武器を決めたようだ。
「優、私はこれに決めたわよ!」
永久が優に振って見せてくれたのは、先の鋭く長いナイフだ。しかも2本。
ダイヤモンドの装飾が施されているのか、柄の部分も刀の部分もキラキラ光っている。
「こういうふうに、足につけるのよ」
と、永久が両足の太ももに巻いたベルトの鞘に、器用にナイフを収めるのを見せてくれた。
「おお、カッコイイ」
「ダガーか、いい判断だな」
と、東條が言うと、吏紀も頷いた。どうやら、永久に武器のアドバイスをしたのは吏紀のようだ。
「戦闘に不慣れな場合は、大きな武器よりも小さな武器を忍ばせておくほうが、敵の裏をかきやすいし、事故も少ない」
そう言った吏紀の背中には、かなり大きな剣が下げられている。
「その物騒な大剣はなに? 経験豊富な人はそういうのが持てるってこと?」
「違うよ、大きければいいってもんじゃない」
優に言われて、吏紀が苦笑いする。
「最終的には向き不向きで、東條のようにサックが適している者もいれば、こんなにかさばって目立つ大剣を背負わなくちゃいけない者もいる……」
吏紀は、仕方なく持ってるんだぞ、これ、と言いたそうだった。
「気に入ってないみたい」
「そうだな、もうちょっと軽ければって思うよ。アシュトン王の剣だから、縁起をかついで曾婆様が持って行けと言うんだ。実際は攻撃力よりも、封印や防御に優れた剣なんだ」
曾婆様って、ゲイルのことか。
言われてみると、吏紀が見せてくれた大剣は、よく磨きあげられてはいるが、かなり年期が入ったもののようだ。黒光りしている。
「それより、優はもう決めたのか?」
「ううん、全然ダメ」
「朱雀、アドバイスしてやれよ」
と、吏紀が言うと、空との叩き合いを止めて朱雀が額の汗をぬぐった。
「放っておけ、自分で決められるさ」
面倒くさがっている様子でもない。きっと、本当に優が自分で決められると思っているんだ。
優は朱雀には頼れないと知って小さく溜め息をつくと、流和と美空を振りかえった。美人を絵に描いたような二人が持っているのは、魔法のメイスと光の弓だ。
「ねえ、ちょっと持たせてくれない?」
優が頼むと、流和がすぐにメイスを持たせてくれた。
ヌンチャクと同じくらいズッシリ重い。それに実際に持って見ると、やっぱり、水の魔法を感じる。サファイヤが埋め込まれて碧く光ったメイスは、装飾が細かく美しくもあるのだが、ゴツゴツした十字型の先端は敵を殴り殺すことを想定されているのか……ちょっと物騒だ。
メイスを返すと、流和が実演して見せてくれた。
「こう叩けば、頭蓋骨を砕くし、こう突けば、肉に刺さる。そしてこう捻じれば、贓物をえぐりだすわ」
「流和、なんてこと言うのよ!」
優がゾッとして震えあがるのを見て、流和がフフフと笑った。
「本当にそれで誰かを叩いたことがあるの?」
「まさか! 一度もない……けど、仲間を守るためだったら叩くわ」
優は胸を撫で下ろしたが、実際に流和がメイスで誰かを殴る姿なんて、この先何があっても見たくないなと思った。
「私には叩くなんて無理そう。刺すことも無理。木の棒とかの方がいいかなあ……」
朱雀がくるくる回しているそれが目に入り、壁から一つとってみて、優も回してみた。
「あッ!」
回した木の棒の片側がしたたか、優の顔を打った。しかも反対側がスカートの裾に引っかかり、濃紺のプリーツスカートを思い切りめくりあげた。
「イッ……」
打ちつけた鼻から血が出て来て、優はハンカチで鼻を覆ってしゃがみ込んだ。その横で、「ピンク。可愛いの履いてるじゃん」、と空が呟く。
朱雀は自分が手にしていた棒を床について支えにし、それに寄りかかって面白そうに顛末を見つめている。
「ああ、なにやってるのよ優」
「スティックはやめたほうが良さそうね。私みたいに、弓矢はどうかしら」
優の鼻血が止まるのを待って、美空が光の弓矢を優に貸してくれた。
なるほど、弓矢なら叩いたり刺したりしなくて良さそうだ。でも、美空みたいに上手く射れるだろうか。
「エルフがなめした木の皮と、弦はドラゴンの髭でできているの。多くの戦いを経験した頼れる弓を信じて。指をここにかけて、肘は真っすぐに、弓を引いて魔力を集中する……」
優の背後から、美空が一緒に弓を握ってやり方を教えてくれた。
「試しに射てみましょう。これは魔法の弓だから、矢は魔力で形成するの。やってみるわね」
美空の手から優の手に、タイガーアイの光の魔力が伝わってきた、と思うと、引いた弓の中に輝く矢が現れた。
「3で放すわよ、いい? 一緒に、いち、にい……」
美空に後ろから包みこまれるようにしながら、優も握った弓と弦に力を込めた。その瞳がシュコロボヴィッツの紅を増し、優の炎の力が美空の光の力に寄り添う様に増幅して行く。
「「さん!」」
美空と優が同時に弦から手を放すと、ブン! という振動が左手に重く響いた。もし、美空が掴んでいてくれなかったら優の左腕はぶれて、きっと矢はとんでもない方向に飛んでいってしまったことだろう。だが、光の矢は勢いよく真っすぐ前方に飛び出していった。
――ガガガガガッ、ズドーン!!
光の矢は炎の帯を引いて床をえぐり、木製の壁をメキメキと砕き、軽々と穴を開けた。
「……へ?」
美空の口から力のない声が漏れた。
途端に魔法が解けて、弓がスーっと腕の中から消えて無くなる。
ガラガラガラ。
「あーあ、またやったな」
空が穴から外を覗きこんで、小さく口笛を吹いた。
壁が崩れ、そこから外の空気が流れ込んでくる。分厚い壁の穴から青い空と緑の山肌が見える。
「山の向こうまで飛んで行ったみたいだぜ。遠くで被害が出てないといいけど」
優が肩をすくめた。
「ちょっとイマイチかな」
「イマイチって、塔に穴を開けておいてよく言うわよ! どうするのこれ……」
優は左手を痛そうに振りながら、青ざめた顔の美空を振りかえった。
「穴を開けたのは美空の矢でしょ? それより弓って難しいんだね。左手がブーンてなって、肩が外れちゃうかと思った……。やめとくよ」
「な、私の力でこんなのできるわけないでしょ。優がやったのよ」
「美空がやったんだよ。私は手を添えてただけだもん」
「いいえ私じゃない。人のせいにするつもりね?」
小賢しく言い合いを始めた美空と優の間に、朱雀が入る。
「よせ、今のは明らかに優がやったんだろ。美空が壁に穴をあけるはずがない」
「そんなあ! こういうときは恋人のかたをもつものでしょう」
「俺は本当のことを言っているまでだ。さっきのは、美空の光の矢に優の補充魔法がかかったせいで威力が増したんだ。どうだ、身に覚えがあるだろう」
「む!」
言われてやっと理解する。
「ああ、どうしよう。また校長室に呼ばれるかも……」
どんなに願いを込めて睨みつけても、外まで貫通してしまった壁の大穴は塞がらない。
「それより、いい加減決めろよな。桜坂教頭が来るまでに自分の武器を決めておけって言われただろう」
空が木の棒を壁に仕舞うと、空中から二本の短剣を取り出して、それを両手でそれぞれクルリと回してから背中の鞘に収めた。どうやら空は二刀使いのようだ。
一本の木の棒でさえ上手く操れないのに、二本同時になんて優にはとても無理そうだ。
「ところで、朱雀はどんな武器なの?」
「見せてもいいけど、俺のは参考にならないぞ」
朱雀も木の棒を壁に収めてから、不意に手を伸ばして、空中からすごく大きな刀を取り出した。
――ブウン!
その大きすぎる刀が周囲の空気を切って、蜂が飛ぶような音をたてた。
死神が持つような大鎌の刃に似ている。朱雀の身長と同じくらいはあるかと思える刀は真っ黒で、柄はない。ただ持ち手と思われるところに丸い穴があいているだけだ。その穴に手を入れて、朱雀は大刀をグルグルと振りまわした。――ブン! ブン! ブン!
「ちょ、危ない!」
すごく切れあじが良さそうだし、この場にいる誰が持っている武器よりも物騒な代物に、優が後ずさる。
「だから参考にならない、って言ったろ。これは魔獣狩りの大刀だ。アラゴンの首を刎ねるのに便利なのさ」
朱雀が背負っても床に引きずりそうなくらい巨大なその刀を、朱雀は軽々と背にかけた。
これで、優以外の9人はみんな武器を身に付けたことになる。
参考にもならない朱雀の武器を横目に、優は壁際に歩み寄った。数多くある種類の中から、もういいや、一番小さいのにしようと決心する。
そうして足早に小さな武器へ、小さな武器へと向かって進んで行くと、部屋の一番奥、壁の一番左下に、美しい装飾の施された小刀を見つけた。
「よし決めた。これにする」
手に取ると、優の手の中にすっぽりおさまってしまうその小刀は、親指の長さくらいしかない極小サイズ。どちらかというと、武器というよりはアクセサリーに近いんじゃないかとさえ思える。
「良い選択です」
と、いつの間に現れたのか、木製の間に桜坂教頭の声が響いた。
桜坂教頭は優の背後にあいた壁の大穴に一瞬目を向けたが、あえてそのことに触れるつもりはないらしい。どうやらこの際、気づかないことにしたと見える。
「アトスの石で造られた柄には、フェニキアバラの彫刻が施されています。刀部分は銀色狼の牙を研いだもの。小さいけれど、邪悪な魂を滅ぼす力を秘めた小刀ですよ」
優はペンダントのように、小刀を首から下げた。実際、小刀にはそれ用の革ひもがついていたのだ。
「それ一つでいいのですか?」
桜坂教頭に聞かれて、優は少し悩んだけど、頷いた。
「はい。これ一つでいいです。果物ナイフだって上手く扱えないのに、これ以上大きな武器を持ったら、自分の指を切り落としちゃうかも」
「それでは、そなたらの掲げる武器に祝福を」
桜坂教頭は簡潔にそう言うと、両手をパっと天井に向かって広げ、ピンク色の光を降り注いだ。
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そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
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都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
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数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。
転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。
しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。
凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。
詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。
それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。
「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」
前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。
痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。
そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。
これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。
異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜
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異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。
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しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。
そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。
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