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第10章 二つの炎
9話
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魔女の城は西の森の最奥、深く切れ込んだ大地の底にあり、昼も夜も闇に包まれている。
死臭に満ちたこの場所で、闇の魔法使いたちは深く息を吸い込み、恍惚の表情で目を細めるのだった。彼らからすればこの場所は、芳しい女王の城。
『阿魏戸』
死にかけた少女の肉体から魔女が呼びかけると、漆黒のローブを纏った黒炎の魔法使いが跪いた。高円寺亜魏戸だ。
『如何様にして、崩すつもりだ』
魔女の問いに、男は応える。
「殺戮の味にも飽きたことでしょう。終幕は光が醜く歪んでゆくさまを、とくと眺めてみるのもまた一興。うら若き魔法使いには、極上の裏切りを授けましょう――」
その答えに満足したと見えて、青白い聖羅の口元が緩んだ。
―― 柳の木の外に出た時、流和の体が否応なく強張った。
辺り一面に埋め尽くされた、紺青の色。それは龍崎一族のシンボルカラーだった。
流和がファミリーに会うのは、一族に背を向けて、ダイナモン魔法学校から逃げ出して以来、これが初めてだ。
何も言わずにベラドンナ女学園に行った流和のことを、父はどう思っているだろう……。
古い柳の杖の先に紺青のサファイヤを輝かせる長身の男が一族の前に進み出て、魔法戦士たちに一瞥をくれると、その偉大な魔法使いは敬意を込めて深く頭を下げた。
闘いの前に、魔法使いが仲間に示す最上の礼。
朱雀、吏紀、空の3人が、業校長にするときのように胸に手を当てて、同じように深く頭を下げたので、後ろにつづく者たちも、おずおずとお辞儀をした。
「魔女は罠を張り、我々を内から崩すつもりだ。魔女の欺きの力を侮るな、【仲間映し】の闇魔法に、警戒されよ」
龍崎家頭首の言葉に朱雀は頷き、吏紀が「わかりました」と即座に返す。
「乾家の者がじきにこの場所に攻めて来るが、我々龍崎が全勢力を上げて、そなたらに突破口を開くだろう。子らよ、真っすぐに魔女の城に進め」
その言葉が合図となって、青の魔法使いたちがサファイヤの杖を掲げて、一斉に魔法の言霊を唱え始める。
流和が深く頭を垂れて、一族の先頭に立って進む父に一言、「ごめんなさい」 と言った。
男は立ち止り、肩越しに視線を投げかけると、すぐに前を見てまた歩みを進ながら、言った。
「最初から怒ってなどいない。私の大切な娘よ。私はいつもお前を赦している」
「お父様……」
流和が声を詰まらせた。
「いい友を得たな、流和」
碧く輝く頭首の瞳が、一瞬、優と永久を見た。その瞳は、流和がしばしばそうであるように、美しく気高い水の流れを帯びて、目もとには優しい皺が浮かび上がった。
「あれが流和のお父さんなのね?」
永久が流和の脇をつついて小声で聞くと、流和が誇らしげに頷いた。
「超カッコイイね」
と優も口走る。
「あの、お父さん」
「君に父親呼ばわりされる筋合いはないが」
と、龍崎家頭首は意地悪に空を見下ろした。
空がニヤリと笑ってやり返す。
「けど、そうなる予定なので。約束します。何があっても、流和から離れないと」
頭首は値踏みするように空に鋭い一瞥をくれると、やがて困ったように、小さく頷いた。
「頼んだぞ、東雲の息子よ」
そんなやりとりを傍から見ていて、優は、家族っていいなと思った。もし優のお父さんがこの場所にいたら、朱雀のことを何て言うのかな。そして朱雀は優のお父さんに、なんて言うだろう。
龍崎家の長い詠唱の言葉が完了すると、辺りに水の力が満ち、大地が割れた。一族の力が結集し、物凄い魔法力が地下からこみ上げて来るのを感じて、優は後ずさる。
と、地下の水が天に届くほど高く吹き上がり、優たちの眼前で水の壁が造られてゆく。その向こうから、いくつもの黒い影が煙のように押し寄せて来るのが見えた。
「来たぞ!!」
龍崎一族の前衛が叫んだ。
「子どもたちを守れ! 何としても、ゼロ地帯へ進ませるんだ!」
水の防御壁を押しながら、前衛部隊が闇を押しのけてゆっくりと前進してゆく。
「血だ! 血だ! 血だ! 吸い尽くしてやるぞ……」
水壁の向こうから、乾一族の叫びが聞こえて来る。闇を纏ったいくつもの影が、外側から水壁を叩き、引っ掻き、水面が揺れるごとに優の心も震えた。なんて不気味な気配だろう……。
戦況は龍崎一族が優勢かに思われた。
前衛部隊は戦線を守りながら着実に前進し、後衛部隊が水壁に近づく敵に水竜を仕向けて仕留めている。
けれど、水の守護壁を切り裂いて、突如巨大な黒いくちばしが陣の中に入り込んできて、前衛のうちの何人かが吹き飛ばされた。
「ゴーレムだ!!」
どこからともなく狂乱の叫びが上がる。
10人の魔法戦士たちに昨晩の記憶が蘇る。たった一体のゴーレムに、優たち10人の魔法戦士たちも簡単にやられてしまったのだ。それなのに今、優たちの目の前には次々と水壁を破ってゴーレムたちが入ってくるのが見えた。
黒いクチバシを持つ、鳥型ゴーレムが3体、そして昨晩優が見た、岩のロボットみたいなゴーレムが、いち、に、さん、し、ご……次々に攻めて来る!
優にははっきり感じ取れた。ゴーレムが側によって来るだけで、魔法使いたちの力が弱くなっていくのが。
――「種族を越えて協力しろ!」
その時、優の脳裏に、千年桜の木の下の9人の邪悪な魂を滅ぼしたときのことが思い出された。あのとき播磨先生は確かにそう言った、「種族を越えて協力しろ」 と。
でも、魔法使いしかいないこの状況で、一体、どうすれば。シュコロボヴィッツの時代には、聖なるアトス族がいた。そして、ドラゴンや銀色狼が、……そうだドラゴン!
優はとっさに制服の胸ポケットに手を入れた。
今や、ゴーレムによって水壁は掻き消され、前衛部隊が乾一族の惨忍な牙にかけられていた。
武器ある者は雄々しくゴーレムに立ち向かって行くが、魔法使いの物理攻撃は、ゴーレムの前では赤子の手にしかならなかった。
朱雀はルビーの杖を宙にしまうと、目を閉じて、静かに深呼吸した。そうして意識を集中して、体の前で両手を合わせる。
それを見た吏紀がハッとして「そうか!」 と叫んだ。
「ゴーレムを動かしている術者を捜すんだ! 空、流和、できるか」
「了解!」
「やってみる!」
上空に空の山烏が、大群となって集まり始めた。白い空を埋め尽くすほど烏が飛び交う様は、まさに圧巻。
地上では、吏紀が大地に手をついて、魔力探知魔法を発動させる。
流和は空気中に水の粒子を放って、ゴーレムに結びつく黒魔術の出所を探った。
ゴーレムに魔法は効かない。かといって、魔法使いの繰り出す物理攻撃も、ゴーレムには効かない。
ならばどうするか。簡単だ。
ゴーレムは生き物ではない。それ自体が魔力によって操られた人形のような存在。だから術者を仕留めれば、ゴーレムも動きを止めるはずだった。
そもそも、ゴーレムの持つ魔力封じの力は、術者の魔力を探知させないためのものなのだ。
朱雀たちの目論見を見抜いて、ゴーレムたちが龍崎の陣を破って、真っすぐに進軍してくる。
けれど、朱雀も、空も、吏紀も、流和も動かない。ジッと目を閉じて、最大限の集中をゴーレムの術者探索に注ぎ続けている。
その時、三次がオパールの杖で強く地面を突いた。
『ジ・ドルデ・ビアータ!』
――ゴゴゴゴゴオ!!
大地の魔法使い、三次の力で朱雀たちの周囲に土壁が盛り上がり、降りおろされたゴーレムの大刀の攻撃を一度は凌ぐ。だが、続いてぶち当たって来たゴーレムによって、土壁は早くもポロポロと崩れ始めた。
『プロスタン・ヴェ・ニオン!』
桜がピンクパールに手をかざして唱えると、三次の土壁に無数の蔓草が茂り、ただの土壁をより強固なものにした。
水の魔法使いである桜は、地中から植物を呼びだすことができるのだ。
大地と水の相同魔法で、ゴーレムをややしばらく遠ざけることに成功したが、凄まじい物理攻撃は休むことなく振り下ろされる。
「おいおい、不味いぞ」
東條が杖を持たない方の手をぎゅっと握りしめた。
朱雀たちがゴーレムの術者を見つけたら、真っ先に仕留めてやろうと待ち構えている東條だったが、目の前で崩れてゆく三次と桜の防御壁はそれまで持ちそうにない。
こちらが術者を見つけるのが先か、ゴーレムが切りかかるのが先か。
「まだなのか!?」
混乱の戦禍の中で、次の瞬間、東條は驚くべきものを見た。
蔓草と土の壁が壊されて、朱雀の頭上にゴーレムが死の大刀を振り下ろす中、灰色の大きな影が飛び出して行って、ゴオーン! と一突き、ゴーレムを突き飛ばした。
額に三本の角を持つ、灼熱岩のカーロル・ジュオテルマルだ。
「ど、ドラゴン……!?」
東條が腰を抜かしそうになって振り返ると、不覚にも東條は本当にビックリして尻餅を突いた。
山のように大きな、真っ赤なドラゴンが、雲の中からこちらを見下ろしている。ドラゴンの中で最も大きな肢体を誇る、モンシーヌアス・レッド・ドラゴン。
「ローじゃないか!」
ドラゴン飼育員の三次が、すぐに嬉しそうに呼んだ。ローがそれに応えて、グウウウと長く鳴く。
優の隣では、墨色のグルエリオーサが、ゴロゴロと優の肩に頭を垂れている。この最強のフィアンマ・インテンサ・ドラゴンは、どの敵を噛み殺していいのか優の指示を待っている。忌まわしい闇の魔法使いに、今こそ報復を与える時だ。
カーロル・ジュオテルマルは律儀だった。三次にピッタリ寄り添って、ゴーレムの術者を捜す朱雀、空、流和、吏紀にゴーレムが近付いてこようものなら角で一突き、盛大に突き飛ばす、という動作を少しも隙なくやって見せた。
モンシーヌアス・レッド・ドラゴンのローは、久しぶりに空の下で躯体を伸ばせて気持ちよさそうに、長い尻尾を振った。それだけで、龍崎一族を苦しめていたゴーレムの群れを根こそぎ凪払った。
「一体これは、どういうことだ……、古のドラゴンが、このように我らの窮地を救うとは」
その時、龍崎家頭首は一人の少女がフィアンマ・インテンサ・ドラゴンと会話しているのを聞いた。
「あの子か!」
魔法使いには決して協調しないという、最強のフィアンマ・インテンサ・ドラゴンが今、光の速さで前方の乾一族の陣の中に舞い降り、炎を吹いた。
その碧い炎に当てられた闇の魔法使いたちが、灰も残さず一瞬で煙となって消えてゆく。
劣勢だった戦況はドラゴンたちの加勢でまたたく間に有利になった。
そしてついに、朱雀が目を開いた。
「見つけた!」
パチン、と、朱雀が指を鳴らすと、敵陣の最も後方にいた闇の魔法使いの上に火の粉が降りかかり、驚いて飛び上がった。
「やっとか!」
東條がすかさずダイヤモンドの杖を大ぶりした。その様子は、死神が鎌を振る様を彷彿とさせるものだ。直後、ダイヤモンドの牙に胸を切り裂かれ、その闇の魔法使いは一瞬でこと切れた。心臓を一突きにされたようだ。
「こっちも見つけたぞ!」
空の山烏が、木の陰でけたたましく鳴きだした。
「私も見つけたわ!」
流和が空中で手を握りこむと、すぐ目の前でドラゴンから逃げ回っている骸骨のように痩せた男が、白い霧に包まれた。
東條が光の刃で、美空が光の弓でそれぞれ標的を討った。どちらも瞬殺だ。
傍で見ていた永久は、敵を倒したいのは同じ気持ちだったけど、迷うことなく相手を即死させるダイナモンの生徒に、少し恐怖した。永久にはとても、そんなことできそうにない。
「これで、全部か?」
糸を失ったゴーレムたちが、次々に地面に倒れてゆく。だが、しかし、クチバシを持つ鳥型のゴーレムだけがいつまでたっても倒れなかった。
大地に手をついたまま、吏紀が眉間に皺を寄せる。
「上手く隠れてるな……一体、どこだ……」
その横で、永久が呟く。
「ねえ吏紀くん、トロイの木馬、って、聞いたことない?」 と。
死臭に満ちたこの場所で、闇の魔法使いたちは深く息を吸い込み、恍惚の表情で目を細めるのだった。彼らからすればこの場所は、芳しい女王の城。
『阿魏戸』
死にかけた少女の肉体から魔女が呼びかけると、漆黒のローブを纏った黒炎の魔法使いが跪いた。高円寺亜魏戸だ。
『如何様にして、崩すつもりだ』
魔女の問いに、男は応える。
「殺戮の味にも飽きたことでしょう。終幕は光が醜く歪んでゆくさまを、とくと眺めてみるのもまた一興。うら若き魔法使いには、極上の裏切りを授けましょう――」
その答えに満足したと見えて、青白い聖羅の口元が緩んだ。
―― 柳の木の外に出た時、流和の体が否応なく強張った。
辺り一面に埋め尽くされた、紺青の色。それは龍崎一族のシンボルカラーだった。
流和がファミリーに会うのは、一族に背を向けて、ダイナモン魔法学校から逃げ出して以来、これが初めてだ。
何も言わずにベラドンナ女学園に行った流和のことを、父はどう思っているだろう……。
古い柳の杖の先に紺青のサファイヤを輝かせる長身の男が一族の前に進み出て、魔法戦士たちに一瞥をくれると、その偉大な魔法使いは敬意を込めて深く頭を下げた。
闘いの前に、魔法使いが仲間に示す最上の礼。
朱雀、吏紀、空の3人が、業校長にするときのように胸に手を当てて、同じように深く頭を下げたので、後ろにつづく者たちも、おずおずとお辞儀をした。
「魔女は罠を張り、我々を内から崩すつもりだ。魔女の欺きの力を侮るな、【仲間映し】の闇魔法に、警戒されよ」
龍崎家頭首の言葉に朱雀は頷き、吏紀が「わかりました」と即座に返す。
「乾家の者がじきにこの場所に攻めて来るが、我々龍崎が全勢力を上げて、そなたらに突破口を開くだろう。子らよ、真っすぐに魔女の城に進め」
その言葉が合図となって、青の魔法使いたちがサファイヤの杖を掲げて、一斉に魔法の言霊を唱え始める。
流和が深く頭を垂れて、一族の先頭に立って進む父に一言、「ごめんなさい」 と言った。
男は立ち止り、肩越しに視線を投げかけると、すぐに前を見てまた歩みを進ながら、言った。
「最初から怒ってなどいない。私の大切な娘よ。私はいつもお前を赦している」
「お父様……」
流和が声を詰まらせた。
「いい友を得たな、流和」
碧く輝く頭首の瞳が、一瞬、優と永久を見た。その瞳は、流和がしばしばそうであるように、美しく気高い水の流れを帯びて、目もとには優しい皺が浮かび上がった。
「あれが流和のお父さんなのね?」
永久が流和の脇をつついて小声で聞くと、流和が誇らしげに頷いた。
「超カッコイイね」
と優も口走る。
「あの、お父さん」
「君に父親呼ばわりされる筋合いはないが」
と、龍崎家頭首は意地悪に空を見下ろした。
空がニヤリと笑ってやり返す。
「けど、そうなる予定なので。約束します。何があっても、流和から離れないと」
頭首は値踏みするように空に鋭い一瞥をくれると、やがて困ったように、小さく頷いた。
「頼んだぞ、東雲の息子よ」
そんなやりとりを傍から見ていて、優は、家族っていいなと思った。もし優のお父さんがこの場所にいたら、朱雀のことを何て言うのかな。そして朱雀は優のお父さんに、なんて言うだろう。
龍崎家の長い詠唱の言葉が完了すると、辺りに水の力が満ち、大地が割れた。一族の力が結集し、物凄い魔法力が地下からこみ上げて来るのを感じて、優は後ずさる。
と、地下の水が天に届くほど高く吹き上がり、優たちの眼前で水の壁が造られてゆく。その向こうから、いくつもの黒い影が煙のように押し寄せて来るのが見えた。
「来たぞ!!」
龍崎一族の前衛が叫んだ。
「子どもたちを守れ! 何としても、ゼロ地帯へ進ませるんだ!」
水の防御壁を押しながら、前衛部隊が闇を押しのけてゆっくりと前進してゆく。
「血だ! 血だ! 血だ! 吸い尽くしてやるぞ……」
水壁の向こうから、乾一族の叫びが聞こえて来る。闇を纏ったいくつもの影が、外側から水壁を叩き、引っ掻き、水面が揺れるごとに優の心も震えた。なんて不気味な気配だろう……。
戦況は龍崎一族が優勢かに思われた。
前衛部隊は戦線を守りながら着実に前進し、後衛部隊が水壁に近づく敵に水竜を仕向けて仕留めている。
けれど、水の守護壁を切り裂いて、突如巨大な黒いくちばしが陣の中に入り込んできて、前衛のうちの何人かが吹き飛ばされた。
「ゴーレムだ!!」
どこからともなく狂乱の叫びが上がる。
10人の魔法戦士たちに昨晩の記憶が蘇る。たった一体のゴーレムに、優たち10人の魔法戦士たちも簡単にやられてしまったのだ。それなのに今、優たちの目の前には次々と水壁を破ってゴーレムたちが入ってくるのが見えた。
黒いクチバシを持つ、鳥型ゴーレムが3体、そして昨晩優が見た、岩のロボットみたいなゴーレムが、いち、に、さん、し、ご……次々に攻めて来る!
優にははっきり感じ取れた。ゴーレムが側によって来るだけで、魔法使いたちの力が弱くなっていくのが。
――「種族を越えて協力しろ!」
その時、優の脳裏に、千年桜の木の下の9人の邪悪な魂を滅ぼしたときのことが思い出された。あのとき播磨先生は確かにそう言った、「種族を越えて協力しろ」 と。
でも、魔法使いしかいないこの状況で、一体、どうすれば。シュコロボヴィッツの時代には、聖なるアトス族がいた。そして、ドラゴンや銀色狼が、……そうだドラゴン!
優はとっさに制服の胸ポケットに手を入れた。
今や、ゴーレムによって水壁は掻き消され、前衛部隊が乾一族の惨忍な牙にかけられていた。
武器ある者は雄々しくゴーレムに立ち向かって行くが、魔法使いの物理攻撃は、ゴーレムの前では赤子の手にしかならなかった。
朱雀はルビーの杖を宙にしまうと、目を閉じて、静かに深呼吸した。そうして意識を集中して、体の前で両手を合わせる。
それを見た吏紀がハッとして「そうか!」 と叫んだ。
「ゴーレムを動かしている術者を捜すんだ! 空、流和、できるか」
「了解!」
「やってみる!」
上空に空の山烏が、大群となって集まり始めた。白い空を埋め尽くすほど烏が飛び交う様は、まさに圧巻。
地上では、吏紀が大地に手をついて、魔力探知魔法を発動させる。
流和は空気中に水の粒子を放って、ゴーレムに結びつく黒魔術の出所を探った。
ゴーレムに魔法は効かない。かといって、魔法使いの繰り出す物理攻撃も、ゴーレムには効かない。
ならばどうするか。簡単だ。
ゴーレムは生き物ではない。それ自体が魔力によって操られた人形のような存在。だから術者を仕留めれば、ゴーレムも動きを止めるはずだった。
そもそも、ゴーレムの持つ魔力封じの力は、術者の魔力を探知させないためのものなのだ。
朱雀たちの目論見を見抜いて、ゴーレムたちが龍崎の陣を破って、真っすぐに進軍してくる。
けれど、朱雀も、空も、吏紀も、流和も動かない。ジッと目を閉じて、最大限の集中をゴーレムの術者探索に注ぎ続けている。
その時、三次がオパールの杖で強く地面を突いた。
『ジ・ドルデ・ビアータ!』
――ゴゴゴゴゴオ!!
大地の魔法使い、三次の力で朱雀たちの周囲に土壁が盛り上がり、降りおろされたゴーレムの大刀の攻撃を一度は凌ぐ。だが、続いてぶち当たって来たゴーレムによって、土壁は早くもポロポロと崩れ始めた。
『プロスタン・ヴェ・ニオン!』
桜がピンクパールに手をかざして唱えると、三次の土壁に無数の蔓草が茂り、ただの土壁をより強固なものにした。
水の魔法使いである桜は、地中から植物を呼びだすことができるのだ。
大地と水の相同魔法で、ゴーレムをややしばらく遠ざけることに成功したが、凄まじい物理攻撃は休むことなく振り下ろされる。
「おいおい、不味いぞ」
東條が杖を持たない方の手をぎゅっと握りしめた。
朱雀たちがゴーレムの術者を見つけたら、真っ先に仕留めてやろうと待ち構えている東條だったが、目の前で崩れてゆく三次と桜の防御壁はそれまで持ちそうにない。
こちらが術者を見つけるのが先か、ゴーレムが切りかかるのが先か。
「まだなのか!?」
混乱の戦禍の中で、次の瞬間、東條は驚くべきものを見た。
蔓草と土の壁が壊されて、朱雀の頭上にゴーレムが死の大刀を振り下ろす中、灰色の大きな影が飛び出して行って、ゴオーン! と一突き、ゴーレムを突き飛ばした。
額に三本の角を持つ、灼熱岩のカーロル・ジュオテルマルだ。
「ど、ドラゴン……!?」
東條が腰を抜かしそうになって振り返ると、不覚にも東條は本当にビックリして尻餅を突いた。
山のように大きな、真っ赤なドラゴンが、雲の中からこちらを見下ろしている。ドラゴンの中で最も大きな肢体を誇る、モンシーヌアス・レッド・ドラゴン。
「ローじゃないか!」
ドラゴン飼育員の三次が、すぐに嬉しそうに呼んだ。ローがそれに応えて、グウウウと長く鳴く。
優の隣では、墨色のグルエリオーサが、ゴロゴロと優の肩に頭を垂れている。この最強のフィアンマ・インテンサ・ドラゴンは、どの敵を噛み殺していいのか優の指示を待っている。忌まわしい闇の魔法使いに、今こそ報復を与える時だ。
カーロル・ジュオテルマルは律儀だった。三次にピッタリ寄り添って、ゴーレムの術者を捜す朱雀、空、流和、吏紀にゴーレムが近付いてこようものなら角で一突き、盛大に突き飛ばす、という動作を少しも隙なくやって見せた。
モンシーヌアス・レッド・ドラゴンのローは、久しぶりに空の下で躯体を伸ばせて気持ちよさそうに、長い尻尾を振った。それだけで、龍崎一族を苦しめていたゴーレムの群れを根こそぎ凪払った。
「一体これは、どういうことだ……、古のドラゴンが、このように我らの窮地を救うとは」
その時、龍崎家頭首は一人の少女がフィアンマ・インテンサ・ドラゴンと会話しているのを聞いた。
「あの子か!」
魔法使いには決して協調しないという、最強のフィアンマ・インテンサ・ドラゴンが今、光の速さで前方の乾一族の陣の中に舞い降り、炎を吹いた。
その碧い炎に当てられた闇の魔法使いたちが、灰も残さず一瞬で煙となって消えてゆく。
劣勢だった戦況はドラゴンたちの加勢でまたたく間に有利になった。
そしてついに、朱雀が目を開いた。
「見つけた!」
パチン、と、朱雀が指を鳴らすと、敵陣の最も後方にいた闇の魔法使いの上に火の粉が降りかかり、驚いて飛び上がった。
「やっとか!」
東條がすかさずダイヤモンドの杖を大ぶりした。その様子は、死神が鎌を振る様を彷彿とさせるものだ。直後、ダイヤモンドの牙に胸を切り裂かれ、その闇の魔法使いは一瞬でこと切れた。心臓を一突きにされたようだ。
「こっちも見つけたぞ!」
空の山烏が、木の陰でけたたましく鳴きだした。
「私も見つけたわ!」
流和が空中で手を握りこむと、すぐ目の前でドラゴンから逃げ回っている骸骨のように痩せた男が、白い霧に包まれた。
東條が光の刃で、美空が光の弓でそれぞれ標的を討った。どちらも瞬殺だ。
傍で見ていた永久は、敵を倒したいのは同じ気持ちだったけど、迷うことなく相手を即死させるダイナモンの生徒に、少し恐怖した。永久にはとても、そんなことできそうにない。
「これで、全部か?」
糸を失ったゴーレムたちが、次々に地面に倒れてゆく。だが、しかし、クチバシを持つ鳥型のゴーレムだけがいつまでたっても倒れなかった。
大地に手をついたまま、吏紀が眉間に皺を寄せる。
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【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】
異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。
『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。
しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。
そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。
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