双子西遊記 ~愛と教えの物語~

猩々

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第7話 安仁 七歳

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 月人ユエレンが里を去ってから、七年の月日が流れた。

安仁アンジン様!安仁様、どこへ行かれましたか!」

 里の中央にある立派な屋敷から、慌てた声が響く。美しく整った顔立ちの少年が、額に汗を浮かべながら屋敷の中を駆け回っていた。猪八戒、十四歳。安仁の婚約者候補であり、教育係でもある彼は、今日もまた教え子に逃げられてしまった。

「あの方は...また悟浄と一緒に...」

 猪八戒がため息をついた頃、里の外れにある古い大木の上で、二つの人影がゆらゆらと揺れていた。

「安仁、もう少し右がいい」

「了解じゃ、悟浄!」

 七歳の安仁は、器用に枝から枝へと飛び移りながら、木の上に仕掛けた罠を調整していた。小さな体に似合わぬ軽やかな身のこなしで、まるで猿のように木々を駆け回る。

「今度こそ八戒を驚かせてやるのじゃ」

 いたずらっぽく笑う安仁を見て、沙悟浄は苦笑いを浮かべた。
 十四歳の彼は飄々とした性格で、里の子供たちにも人気があった。

「いいのか?また怒られるぞ」

「平気じゃ。八戒は怒ってもすぐに優しくなるからのう」

 安仁の屈託のない笑顔に、沙悟浄は少し複雑な心持ちがした。確かに猪八戒は安仁を深く愛しており、どんないたずらをされても最終的には甘やかしてしまう。それが安仁にとって良いことなのかどうか、時々沙悟浄は迷うのだった。

「安仁様!」

 遠くから猪八戒の声が聞こえてくる。安仁は慌てて木から飛び降りようとして、足を滑らせた。

「危ない!」

 沙悟浄が咄嗟に安仁を受け止める。小さな体が沙悟浄の腕の中に収まると、安仁は安心したように笑った。

「ナイスキャッチじゃ、悟浄」

「まったく、無茶をするなよ」

 そこへ息を切らした猪八戒が現れた。安仁の無事を確認すると、ほっと胸を撫で下ろし、安仁を抱える沙悟浄を軽く睨みつける。

「悟浄、人の婚約者にいつまでも触らないでください」

「はいはい」

 沙悟浄が安仁を下ろした瞬間、安仁がにやりと笑って罠を発動させた。木の上から三人目掛けて大量の蛇が落ちてくる。もちろん毒牙のない安全な蛇だ。

「安仁様!」

 咄嗟に安仁を抱え込んで蛇から庇う猪八戒。

「え?八戒?」

 予想外の反応に驚く安仁。

 猪八戒は安仁のいたずらだと悟ると、烈火のごとく怒った。

「あ、あなたは一体何を考えているのですか!安仁様に万が一のことがあったら…次期里長としての自覚をお持ちください!」

「す、すまぬ八戒…」

 安仁は猪八戒に抱きすくめられたまま、間近に迫る美しい顔にたじろいだ。顔が一気に赤くなる。安仁はどうにもこの顔が苦手だ。

 沙悟浄は温かい目で二人を眺める。

「それはともかく安仁様、お勉強の時間です。漢詩の暗誦の続きを...」

「今日は天気がよいから、お外で遊びたいのじゃ」

 安仁が上目遣いで見つめると、猪八戒の頬が微かに赤くなる。大きな瞳に、大人びた口調。将来の美貌を予感させる安仁の姿に、猪八戒は思わず目をそらす。

「しかし、長として必要な教養を身につけるためには...」

「勉強ばかりではつまらぬではないか。悟浄、そう思わんか?」

 安仁に同意を求められた沙悟浄は困ったような顔をする。猪八戒の真面目さも、安仁の活発さも、どちらも理解できるからだった。沙悟浄はこの二人と過ごすうち、正論では割り切れない、大切なことを学んでいた。

「たまには息抜きも必要だろう」

 沙悟浄がそう言うと、安仁は嬉しそうに手を叩いた。

「決まりじゃ!今日は川で魚を捕るのじゃ」

「あ、安仁様、川は危険です!」

 猪八戒が慌てて止めようとするが、安仁はもう駆け出していた。沙悟浄も後を追う。

「まったく...」

 猪八戒は安仁の後を追いかけていく。

 里の川辺で、三人は楽しい時間を過ごした。安仁は裾を濡らしながら魚を追いかけ、沙悟浄は器用に手づかみで魚を捕まえ、猪八戒は二人が怪我をしないよう気を配っていた。

「八戒、お前も一緒に遊べばよいのに」

 安仁が水しぶきを上げながら言った。

「僕は安仁様の安全を見守っているのです」

「つまらん奴じゃのう」

 そう言いながらも、安仁の目には温かい光が宿っていた。猪八戒の優しさを、ちゃんと理解しているのだった。

 夕暮れ時、三人は濡れた服のまま里に戻った。里の人々は安仁の姿を見ると皆笑顔になる。次期長である安仁は、里の希望そのものだった。

「安仁様、おかえりなさい」

「今日もお元気ですなあ」

 里の人々の温かい声に包まれながら、安仁は満足そうに微笑んだ。この里で、この人たちと過ごす毎日が、安仁にとっての全てだった。

 その夜、屋敷で晩餐を取りながら、安仁は猪八戒に向かって言った。

「八戒、今日は楽しかったのじゃ。ありがとう」

「僕は何も...」

「いつも儂のことを心配してくれるではないか。それが一番嬉しいのじゃ」

 安仁の素直な言葉に、猪八戒の心は温かくなった。この小さな主君を、いつか立派な長に育て上げること。そして、いつの日か夫として支えること。それが猪八戒の願いだった。

 窓の外では、里の灯火が穏やかに揺れていた。まだ知らぬ姉への想いも、将来の困難も、今の安仁には関係のないことだった。ただ、愛する人々に囲まれた幸せな日々があるだけだった。
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