【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

文字の大きさ
44 / 252

44 自分の意志が通った日

しおりを挟む
 ええ?
 一太は驚いて、声も出なかった。
 何で? 何で分かるの?
 自分が気付いたのも最近で、そうかもしれない、と思っただけなのに。

「そうかあ。村瀬くん、どう?」
「え? え? ええ、と。そう、かも?」

 正確には多分、あの人に似た声や話し方などを感じた時、なのだと思う。ああ、でも、晃くんのお母さんに抱き付かれた時にも固まってしまったな。あの人とは、似ても似つかないのに。
 
「何か、心当たりは……と、いや。うん」

 医師は、一太の様子を見て言葉を止めた。
 今、どんな顔をしているのだろう。自分ではよく分からない。

「やっぱり、違う科にも行ってもらいたいんだけどなあ……」

 一太は、慌てて首を横に振った。もう元気だと、先生は先ほど、晃にも言っていたではないか。自分の診療は終わりだと。
 この後、すぐにアルバイトの面接に行くつもりで、履歴書も書いてきたのだ。晃の家の近くのスーパーで、夕方五時から九時の閉店までのアルバイトを募集していた。コンビニでのアルバイトより一日一時間短いが、一時間当たりの賃金は同じ。最低賃金が決まっているのは有り難い。必ずそれ以上はもらえるのだから、どこに働きに出ても安心である。家の近所だし、学校の授業が終わった後で行ける時間だし、レジ打ちはコンビニで覚えたから役に立てるはず。品出しだってできる。
 一太の意識はもう、面接に飛んでいた。
 しっかりアピールして、実習の間は休みを貰いたいことをちゃんと伝えて……。
 年金の、学生の間の免除手続きは、先週役所に出掛けて終えたから、その分の支払いはとりあえず考えなくていい。それなら、今までより一日一時間、仕事時間が少なくても何とかなるだろう。
 後は、晃くんと、家のお金の分け方をよく話し合って……。

「松島くん、何かあったらまずは僕に連絡して。今は、困ってないんだよね?」

 一太は医師の言葉に、はっと我に返った。
 聞いていなかった。ああ、いやでも、晃くんに話しかけたのか。松島くん、と言っていたから、まあいいか。
 。いつだって、俺には関係のない所で俺の処遇は決まっていく。俺の知らない所で誰かが通報して、児童相談所の人だとかいう人が訪ねてきて、でも連れて帰ってはくれなくて、俺の扱いはどんどん酷くなった。
 放っておいてくれるのが、一番なのだ。

「僕に聞かれても……。いっちゃんに聞いてください」

 え? と一太は顔を上げる。晃の、むっとした顔が目に入った。

「ああ。そうか、そうだね、うん。悪かった。村瀬くん、困ったことがあれば、必ず電話してね。どんなことでもいいよ」

 ぱちぱち、と一太は目を瞬かせる。
 放っておいてくれるのが、一番だった。……今までは。
 でも、聞いてくれるのか。一太の声を。返事を。
 医師も、晃も。

「病院はお金がかかるから無理だと言うなら、松島くんに伝えるだけでいい。困ってるって。ひと言言うだけでいいから、やってみて」

 何となく呆然としながら、一太はこくこくと頷いた。無理強いせずにいてくれたことが嬉しい。一太の意見を聞いてくれたことが、嬉しい。

「では、これでおしまいです。お大事に」

 通院が終わった。
 嬉しい。
 病院の帰り道、スーパーのアルバイトの面接は、その場で採用された。 

「急に二人も辞めてね。一人は、勉強しながら仕事をしている人だったんだ。試験に受かったらそちらの職業に就くと以前から聞いていたから、そうかおめでとう、と送り出したんだが、ちょうど同じタイミングでもう一人、故郷さとの親が倒れたと実家へ帰ってしまって。二人とも、夕方や朝の早い時間に入ってもらっていた男の人だったから、本当に困っていたんだよ。夕方以降希望の上、経験者なんて嬉しい。本当に嬉しい」

 腰の低そうな、人の良い顔をした店長は、一太の履歴書を見るなり大喜びでそう言った。

「いや。経験者なんて、そんな。半年もしないうちに辞めているので……」

 あまりに喜ばれて、一太はつい謙遜する。面接の時は謙遜などせず、なるべく自分を売り込むこと、と握りこぶしで来たはずが、つい素が出た。
 幸い、店長は気にする様子もなく、笑顔で話している。

「あそこ、キツいんでしょ? うちのパートさんにも、あそこから移ってきた人いるよ。真面目に仕事してる人ほど損をする職場だって言ってた」
「へえ? そうなんですか……」

 一太にはよく分からない。やらなければいけないことを必死でやっているうちに、時間は過ぎていった。仕事なんて、いつもそんなものだ。

「まあ、そんな話も聞いたってことさ。とりあえず、うちは嬉しい。これからよろしく。今日、すぐにでも働けるかな?」

 今日から? 嬉しい。ほんの少しでも早く、仕事が欲しかったから。
 一太は、勢い込んで答えた。

「はい! 大丈夫です」

 店長も、笑顔で頷く。

「ありがとう。早速、色々書類を揃えて、案内するよ。今からでも大丈夫?」
「はい。あ、友達が待ってくれているので、このまま仕事するって伝えてきてもいいですか?」
「ん? 友達?」
「はい。付いてきてくれて。俺が方向音痴なので、心配してくれてて」
「ふーん。その子は、何か仕事をしているの?」
「あ、いえ。バイトはしたことがないって言ってました」

 一太は首を傾げながら、晃が待っている店内へ歩く。店長も後ろから付いてくる。

「あの、晃くん」
「あ、いっちゃん、どうだった?」
「このまま仕事することになって」
「え? このまま? まだ三時過ぎだよ。ここから九時まで仕事するつもりじゃないよね?」
「えーと。多分、そうなると思う……」

 後ろをちらりと振り向くと、会話の聞こえていた店長が頷く。

「もちろん、四時からの賃金を払う」

 やった。試用期間だと言われるかと思った。
 一太は大喜びだ。

「先に帰ってて。ここから家までの道は分かるから」
「病み上がりなのに、いきなり、そんな……」
「もう大丈夫って、病院の先生が言ってた」
「そうだけど……」
「村瀬くん、病み上がりなの?」

 店長が驚いた顔をしている。

「そういえば、細いね」
「あの。大丈夫です。熱中症です。もう治ったので」
「ああ、なんだ。熱中症」
「はい」

 一太は、もう、余計なことを、と晃を睨むが、晃は心配そうな顔で一太を見るばかりだ。

「お友達は、アルバイトをする気はない?」

 店長が唐突に言った。

「へ? 僕?」
「うん。少しの間でもいいんだ。本当に今、困っていてね。人手が足りなくて」
「あ、でも、僕、何にもしたことがなくて」
「大丈夫、大丈夫。誰だって最初から何でもできる訳じゃないんだから」
「ええーと。今、履歴書、とか持ってない、です」
「明日でいいよ」

 何だかいい加減だなと、履歴書をしっかり準備して、面接のシュミレーションも頭の中でしてきた一太としては複雑だが、まあ、それだけ困っていたのだろう。晃くんが良い人なのは、自分が保証できる。
 それに何より。

「一緒に仕事できるなんて嬉しい」

 一太が思わず呟いたひと言で、晃も同じ職場で働くことが決定した。
しおりを挟む
感想 681

あなたにおすすめの小説

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

【完結】かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
番外編はTwitter(べったー)に載せていきますので、よかったらぜひ🤲 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ 過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです

一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお) 同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。 時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。 僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。 本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。 だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。 なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。 「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」 ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。 僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。 その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。 悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。 え?葛城くんが目の前に!? どうしよう、人生最大のピンチだ!! ✤✤ 「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。 全年齢向けの作品となっています。 一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。 ✤✤

処理中です...