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50 答えはシンプル
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「それではまず、何故、二十歳の学生に未成年者の養育を提案するような荒唐無稽な考えに至ったのかをお聞かせ頂いても宜しいですか?」
穏やかにも見える顔で、晃の父は流れるように言葉を紡いだ。
あの日……母親が失踪したので、生活ができなくなった弟を引き取ってくれまいか、と電話を受けた日だ。ピザを食べた一太は、風呂も入らずに晃にもたれ掛かって寝てしまった。起きたら、晃のベッドを占領していて、朝だった。だから、夜の間に、晃が父親とどんな風に連絡を取り合ったのかなどは一太は何も知らない。
いつの間にか、連絡を寄越した役所の人との話し合いが決まっていて、あちらが、一太達の住む町に出向いて来てくれることになっていた。今住んでいる町の役所の一室を借りて、晃の父と一太と晃が並んで座っている。
面談室とでも言うのだろうか、机と椅子が置いてあるだけの狭い部屋で、机を挟んだ向かい側に、電話を寄越した者と、この町の役所の人間が一人、座っていた。
一太の生い立ちやこの町へ来るまでの生活は、晃の父に聞かれるまま電話で伝えた。
「よく頑張った。君はもうこれ以上、共に住んでいただけの他人に振り回される必要はない。今までの分まで、私が全力で君を保護しよう」
力強くそう言った晃の父は、あっという間にこの面談の手筈を整えたのだ。
「何で?」
何でこんなに良くしてくれるのだろう? 保護者の存在しなかった一太には、こうして面倒を見てくれる存在が、ただただ不思議で仕方ない。
「いっちゃんが、僕の友達で大切な人だから」
晃がそう言って、晃の父が力強く頷く。たったそんな理由で? と思うが、特別親しい人間もいなかった一太には、それが普通かどうかの判断はつかなかった。
「いや、あの。決まりに則って、と言いますか、その、成人している血縁の方がいらっしゃる場合は、お声掛けすることになっておりまして……」
「こちらも、たくさんの事案を抱えておりましてね。保護される子どもの数は年々増えて、施設はどこもいっぱいなので。無条件に預かることができません。決められた手順の通りに物事を勧めているだけなのですよ。荒唐無稽などとの暴言は、聞き捨てなりませんな」
一太に電話をしてきた児童相談員だという人間は、まだ二十代後半といった所だろう。晃の父に少し気圧されながら答えた。隣に同席した者はもう少し年嵩で、五十歳ほどに見える。落ち着いた様子で、若い同業者を庇うように言葉を重ねた。
「いや、これは失礼。事実を述べたつもりでしたが、暴言と取られるとは。申し訳ない。弁護士として、反省致します。それでは、本当に養育を提案した訳ではなく、決まりだから戸籍上の兄となっている村瀬一太くんに電話をしただけ、ということで宜しいですか?」
非難めいた言葉を受けても様子は変わらず、流れるように晃の父は話す。一太は、膝の上に置いた手を握りしめていた。決まりだから電話をしただけ。それなら、できない、と言えば終わる。そういうことなら……。
「ええ、まあ。いえ、できれば引き取って頂ければ、とは思っています」
若い児童相談員、受け取った名刺には椛田拓司と名前があった。椛田は、真剣な顔で一太に視線を寄越す。
「やはり、家族で暮らすのが一番だと思いますし。弟さんも、児童養護施設に入るよりお兄さんと生活をしたい、と希望されていますので」
心からそう思っている視線に貫かれて、一太の喉がひゅっと鳴った。
嫌だ。
いやだ。
俺は、一緒に暮らしたくない。
「いっちゃん」
隣に座った晃の手がそっと伸びてきて、一太の背をさする。
「深呼吸。大丈夫だから。ね? 落ち着いて」
一太の少し潤んだ視界に、大好きな優しい顔が映った。
「いっちゃんの気持ちは、ちゃんと分かってる」
そうだ。晃と晃の父は、一太の気持ちを丁寧に聞いてくれた。薄情かもしれないが、母とも弟とも、書類上だけでも縁を切れるなら切りたい、と言った一太に、分かったと頷いてくれた。きちんと気持ちを言葉にできて偉い、と褒めてくれた。
一太の気持ちを、相手に伝える手伝いをしよう、と申し出てくれた。
今日の話し合いも、辛いなら同席しなくてもいい、と晃の父に言ってもらったのに、同席を希望したのは一太だ。もう二度と、自分の知らないところで自分の処遇を決められたくなかったから。だから。
伝えよう、自分の意思を。
もう、一人じゃない。
「無理です。俺は、自分の生活費を稼ぐのに精一杯で、他の人を養うなんてできません」
ゆっくりと呼吸をしながら、椛田の目を見て言葉を紡ぐ。椛田が驚いた顔をしたから、一太の声は震えていても伝わったようだ。
「あ、ああ。あー、そう、お金。いや、どうしても足りなければ生活保護とか、色々手段はあるから。お金のことじゃなく、弟さんのことを考えてみてくれないかな」
「分かりました。弟のことだけなら簡単です。もう二度と、弟と共に暮らしたくありません」
お金のことを考えないでって、馬鹿かな? それとも、ものすごいお金持ちの人? お金が無いと暮らせないことを知らないで、よくこんな仕事をしているな。お金が無いからと捨てられた子ども達も、児童養護施設にはたくさん居たぞ。一太は首を傾げながらも、きちんと返事をする。
弟のことだけを考えて返事をするなら、答えはよりシンプルだ。
「へ?」
椛田は心底驚いた顔をした。口がぱかりと開いて、非常に間抜けだ。
「な、何で? だって家族でしょう? 弟さんは、お兄さんとの生活を希望されているんですよ?」
「殴られるから嫌です。お金を盗まれるから嫌です。全ての仕事を俺に押し付け、四六時中罵ってくるから嫌です」
震えは止まって、一太のしっかりとした声が狭い部屋に響いた。晃が、よくやった、というように、一太の膝の上の手を握って揺らす。
ついに。
ついに、言うことができた。
ずっと、ずっと言いたかった。誰も聞いてくれなかったこと。
「え? え? ええ?」
「椛田くん? 聞いていた話と随分違うようだが」
先程まで椛田を援護していた人が、椛田をじろりと見ながら口を開く。名刺には牧谷実とあった。
「いや。え? だって弟さんは、お兄さんとは仲が良くて、助け合って生きてきたって言ってて。なのに突然、自分が高校に通うための貯金を持ち逃げされてしまったと。それで、もともと上手くいっていなかった母親との仲も険悪になって、気が付いたら母親も家から居なくなっていたって。それでも、自分は兄を信じているから、謝ってくれるなら持ち逃げした貯金で二人で暮らそうと提案してほしい、と」
「俺は、俺が働いて稼いだ俺のお金を持って家を出ただけです。あの家で、俺のためにお金が出されたことはありません」
「な、そんな馬鹿な……」
「俺は、高校に通うためのお金が足りなくて、働きながら夜間の高校に通うのが精一杯でした。中学校や小学校の給食費も、新聞配達で稼ぎました。修学旅行などは一度も行っていません。足りなかったし、少しでも貯まると母や弟に盗まれたから。家事も、家に置いてほしければ全てやれと言われて俺がしていました。その上、そうして頑張って俺が働いて稼いだお金で、ちゃんと勉強もしていない弟が私立の高校に通う学費を出せ、と母と弟が言ったんです。我慢できなくて家を出ました」
「……何故、通報されなかった?」
絶句した椛田に代わって、牧谷が口を開く。
「されました。でも、児童相談員も母も、俺を話の場に入れてはくれませんでした。俺は児童養護施設に帰りたかったし、母は返したかったのに、結局母が言いくるめられてそのままでした。いつも話し合いが済んだら、家族で暮らすのが一番だよ、と笑って俺の頭を撫でて児童相談員は帰って行きました。俺は生まれた時から七年近く、児童養護施設で育ったから、俺にとっての家族は本当はそちらでした。帰りたかった。ずっと」
「通報を受けながら、ネグレクトを見逃していた、という案件になりますかね」
晃の父の言葉に、牧谷も言葉を失った。
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あの日……母親が失踪したので、生活ができなくなった弟を引き取ってくれまいか、と電話を受けた日だ。ピザを食べた一太は、風呂も入らずに晃にもたれ掛かって寝てしまった。起きたら、晃のベッドを占領していて、朝だった。だから、夜の間に、晃が父親とどんな風に連絡を取り合ったのかなどは一太は何も知らない。
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面談室とでも言うのだろうか、机と椅子が置いてあるだけの狭い部屋で、机を挟んだ向かい側に、電話を寄越した者と、この町の役所の人間が一人、座っていた。
一太の生い立ちやこの町へ来るまでの生活は、晃の父に聞かれるまま電話で伝えた。
「よく頑張った。君はもうこれ以上、共に住んでいただけの他人に振り回される必要はない。今までの分まで、私が全力で君を保護しよう」
力強くそう言った晃の父は、あっという間にこの面談の手筈を整えたのだ。
「何で?」
何でこんなに良くしてくれるのだろう? 保護者の存在しなかった一太には、こうして面倒を見てくれる存在が、ただただ不思議で仕方ない。
「いっちゃんが、僕の友達で大切な人だから」
晃がそう言って、晃の父が力強く頷く。たったそんな理由で? と思うが、特別親しい人間もいなかった一太には、それが普通かどうかの判断はつかなかった。
「いや、あの。決まりに則って、と言いますか、その、成人している血縁の方がいらっしゃる場合は、お声掛けすることになっておりまして……」
「こちらも、たくさんの事案を抱えておりましてね。保護される子どもの数は年々増えて、施設はどこもいっぱいなので。無条件に預かることができません。決められた手順の通りに物事を勧めているだけなのですよ。荒唐無稽などとの暴言は、聞き捨てなりませんな」
一太に電話をしてきた児童相談員だという人間は、まだ二十代後半といった所だろう。晃の父に少し気圧されながら答えた。隣に同席した者はもう少し年嵩で、五十歳ほどに見える。落ち着いた様子で、若い同業者を庇うように言葉を重ねた。
「いや、これは失礼。事実を述べたつもりでしたが、暴言と取られるとは。申し訳ない。弁護士として、反省致します。それでは、本当に養育を提案した訳ではなく、決まりだから戸籍上の兄となっている村瀬一太くんに電話をしただけ、ということで宜しいですか?」
非難めいた言葉を受けても様子は変わらず、流れるように晃の父は話す。一太は、膝の上に置いた手を握りしめていた。決まりだから電話をしただけ。それなら、できない、と言えば終わる。そういうことなら……。
「ええ、まあ。いえ、できれば引き取って頂ければ、とは思っています」
若い児童相談員、受け取った名刺には椛田拓司と名前があった。椛田は、真剣な顔で一太に視線を寄越す。
「やはり、家族で暮らすのが一番だと思いますし。弟さんも、児童養護施設に入るよりお兄さんと生活をしたい、と希望されていますので」
心からそう思っている視線に貫かれて、一太の喉がひゅっと鳴った。
嫌だ。
いやだ。
俺は、一緒に暮らしたくない。
「いっちゃん」
隣に座った晃の手がそっと伸びてきて、一太の背をさする。
「深呼吸。大丈夫だから。ね? 落ち着いて」
一太の少し潤んだ視界に、大好きな優しい顔が映った。
「いっちゃんの気持ちは、ちゃんと分かってる」
そうだ。晃と晃の父は、一太の気持ちを丁寧に聞いてくれた。薄情かもしれないが、母とも弟とも、書類上だけでも縁を切れるなら切りたい、と言った一太に、分かったと頷いてくれた。きちんと気持ちを言葉にできて偉い、と褒めてくれた。
一太の気持ちを、相手に伝える手伝いをしよう、と申し出てくれた。
今日の話し合いも、辛いなら同席しなくてもいい、と晃の父に言ってもらったのに、同席を希望したのは一太だ。もう二度と、自分の知らないところで自分の処遇を決められたくなかったから。だから。
伝えよう、自分の意思を。
もう、一人じゃない。
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ゆっくりと呼吸をしながら、椛田の目を見て言葉を紡ぐ。椛田が驚いた顔をしたから、一太の声は震えていても伝わったようだ。
「あ、ああ。あー、そう、お金。いや、どうしても足りなければ生活保護とか、色々手段はあるから。お金のことじゃなく、弟さんのことを考えてみてくれないかな」
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弟のことだけを考えて返事をするなら、答えはよりシンプルだ。
「へ?」
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震えは止まって、一太のしっかりとした声が狭い部屋に響いた。晃が、よくやった、というように、一太の膝の上の手を握って揺らす。
ついに。
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ずっと、ずっと言いたかった。誰も聞いてくれなかったこと。
「え? え? ええ?」
「椛田くん? 聞いていた話と随分違うようだが」
先程まで椛田を援護していた人が、椛田をじろりと見ながら口を開く。名刺には牧谷実とあった。
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「……何故、通報されなかった?」
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