【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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90 パソコン室の大事件

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「早織さあ。安倍くんと付き合ってるとか言って、毎日松島くんとも一緒にお昼ご飯食べてるの、おかしくない?」

 パソコン室はいつも貸し切り。一太が、今日も一人で課題の仕上げ作業をしていると、急に扉が開いて驚いた。天気が良く、まだ室内が明るかったから、電気もつけずに作業していたことで無人だと思われたらしい。入室してきた人物は、奥の方のパソコン前にいる一太に気付くことなく、部屋の扉を閉めるとそのまま、話し始めた。

「へ?」

 という返事は、岸田さんの声だ。最近は毎日一緒にいるから分かる。早織と呼んでいたし、間違いないだろう。

「なんでわざわざ四人席に座るの? うちらも一緒に座れるように、誘ってくれればいいじゃない。友達でしょ」

 最初に聞こえた声と違う声もした。どうにも不穏な空気に一太は顔を出せなくなってしまい、パソコン前で縮こまる。

「ああ。松島くんと村瀬くん、あまり大勢で食べるの苦手みたいで。私と安倍くんも昼は一緒に食べたいし、二人席って無いから四人席に座ってるだけよ。二人ずつ座っているんだと思ってもらえれば」
「はあ? 何それ。松島くんがそう言ったの?」
「この間、長机で食べた時に、四人席が落ち着くねって」
「私たちが邪魔だったってこと?」
「邪魔って……。そんなことは言ってないでしょ。四人席が落ち着くって言ったの」
「つまり邪魔だったのよね?」

 そんなこと言ってないよ。優しい晃くんが、そんなこと言うわけが無い。ただ、ご飯は好きな人とのんびり食べたい、っていう気持ちはよく分かった。あまりよく知らない人に話しかけられながらだと、返事をきちんとしなければ、と気になって料理を味わえない。
 ご飯を食べられるだけで嬉しいことなのだから、こんなことを言ってはバチが当たるかもしれないが、どうせ食べるなら美味しく食べたい。
 そう考えたら、一太たちが食堂で、好きな人同士四人で座るのは何もおかしなことではないだろう。

「邪魔なんて言ってないけど? 私は松島くんじゃないんだから、本音なんて分かるわけない。直接、聞いてきたらいいでしょ」
「何それ、ムカつく。だいたい何で松島くん、村瀬くんとずっと一緒にいるの? え、もしかしてあの二人が付き合ってるの?」
「何それ、キモい。村瀬くんが付き纏ってるんじゃない?」

 キモい?

「キモいって何? 仲が良いのの何が悪いの?」
「仲が良すぎるとキモいじゃん。だって男同士だよ」
「何言ってるか分かんない。そんなくだらない話なら、もう離して」
「はあ? ちょっと待ちなさいよ。自分だけ彼氏できたからって、マウント? 彼氏の友達を紹介してって言ってるだけでしょ」
「やめて。離して」

 がしゃん、と大きな音がした。

「きゃあ」
「うわ。きゃ、何? いや。え? 私、知らない。早織が勝手に」
「いっ、痛……」

 ばたばたと足音が遠ざかる。
 一太は、隠れていたことも忘れて飛び出した。
 扉のガラスが割れて、岸田が左手を抑えて蹲っている。手の甲が深く切れて血が流れていた。

「き、岸田さん」
「村瀬くん……?」
「教授、呼んでくる」
「あ、待って、でも……」
「動かないで!」

 隠れてちゃ駄目だった、と一太は後悔した。自分のことも言われていたようだったし、すぐに顔を見せて、岸田さんの援護をすべきだったのだ。一太は、深く深く反省しながら助けを呼びに走った。
 教授が一人、すぐに駆け付けて病院まで車を出してくれた。事務員が、割れたガラスの片付けを請け負ってくれた。一太はそのまま、岸田の病院に付き添い、六針も縫う大怪我の治療が済むまで一緒にいた。

「何があったの?」

 岸田が、治療の為に診察室へ入ったタイミングで教授が切り出した。幼児教育学科の先生らしい、優しそうな雰囲気の教授だ。今も、ただ心配げな様子で、騒ぎについて責める口調では無かった。少し丸みのある体付きにも、一太は安心感を覚える。美しく、細身だった母を連想させるような女性は苦手だが、児童養護施設で、一太のお世話を主に担当してくれていた先生のような女性は好ましい。

「あの。見えてはいないんですけど。伊東さんと渡辺さんと岸田さんが三人で、お話していたと思います」
「そう。あの部屋に入ってきたのね?」
「はい。俺がいることに、三人とも気付いていなかったと思います。パソコン室は、俺しか使っていなかったので。明るかったから、電気もつけていなかったし」
人気ひとけの無い部屋に連れ込んだってことかな。最近は皆、個人でパソコンを持っているものね。パソコン室はもう要らないんじゃないかって、度々、議題に上がるのよ」
「え? そんな、困ります。俺、使ってます」
「今年度は、村瀬くんが使用している履歴があるから、縮小はしても、無くなることはない予定だったんだけどね。こんな事件が起こるとねえ」
「ええ……」
「まあ、その話はまた別ね。それで、どんなお話だったか聞いてた?」
「あ、はい。あの……」
「話してもらわないと、ガラス代の請求を誰にすべきか分からないから、話してもらえると助かるかな」

 あ、そうか、と一太は、はっとした。勝手に話していいものか悩んだが、お金が発生するなら、正確な情報が必要だ。ガラスは割れて、岸田の左手の甲には大きな切り傷ができている。ガラスの修理代も、傷の治療費も、岸田さんが全てを払うのは違うと思う。

「昼ご飯の時の、食堂の席のことで、その、何で四人席に座るのか、と岸田さんを責めていました」
「食堂の席?」

 改めて説明すると、何でこんなことで、と訳が分からない。

「一緒に食べたいけれど、四人席に座られると一緒に食べられないから、長机に座って欲しいって」
「んー?」
「あの。俺と松島くんと安倍くんと岸田さんの四人で食べてるのが、おかしいって」
「どうして?」
「分かりません。俺と松島くんが一緒に食べたくて、安倍くんと岸田さんが一緒に食べたくて、それで俺と松島くんと安倍くんは友達だから四人なんですけど、何かおかしいでしょうか」

 一太には結局、何がおかしいのかよく分からなかった。落ち着いて食べられる人と食べていたら、その形になっただけだ。

「うーん。一人だけ女の子だから、嫉妬されちゃったのかな」
「一人だけ女の子だと、おかしいですか」
「うちの学校、男の子が少ないから、普通より余計にやっかみは受けるのかもね。だからってこんなこと、許してはいけないけれど」
「男同士で仲が良いのもおかしい、キモいって伊東さん達は言ってました。食事は、好きな人と食べるのが美味しいって俺は思うんですけど、男同士で集まるのも駄目なんですか? 女同士は皆、集まって食べてると思うんですけど」
「全然、おかしくないわよ。好きな人と食べるのが美味しいよね。先生もそう思う」

 教授がにっこり笑って答えてくれて、一太はほっとした。

「キモいって、気持ち悪いってことですよね。俺は、気持ち悪いことを、何かしてるんでしょうか」
「さあねえ? 松島くんと安倍くんと村瀬くんが仲良しなのは、とても良いことだと先生は思うけど」

 落ち着いた声で肯定されて、一太のもやもやとしていた気持ちは少しだけ落ち着いた。
 岸田の治療後は、それぞれ、教授に送ってもらって家に帰った。安倍くんはアルバイト中だから今は連絡しないでほしい、と岸田にお願いされたので、一太から安倍に連絡はしなかった。
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