【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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180 誰かと繋がっている印

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 安倍と岸田にくっ付いて入り込んだ店の中は、小さな装飾品で溢れていた。見たことはある。あの人が、よく耳や首元に付けていた。指にも、いくつか付いていたと思う。何故、あんなにじゃらじゃらと色んなものをくっ付けるのか、一太には意味が分からなかった。生きるために全く必要ではなさそうな小さな飾り。それを身につけて何が変わるのかが分からなかった。寒さも暑さも防げない。綺麗になったようにも見えない。なのに、化粧や装飾品をつけた後のあの人は妙な自信に満ちていて、より恐ろしかった。
 店内を見渡して、少し考えてしまう。
 一つ一つの装飾品に意味があったのなら、それらを身につけて自信を持ちたかったということなのだろうか。
 のぞむの父親が家を出てからも、指輪はいつもあの人の指にあったような気がする。指輪は、恋人がいる印。ならずっと、あの人には恋人がいたのだろうか。それとも、以前受け取った指輪を身につけ続けていたのだろうか。

「いっちゃん。指輪のサイズ測ろう」

 店内に入った時には大人しかった晃が、にこにこ、にこにこと一太に話しかけてきた。
 何を買うか内緒、と晃に言ったけれど、安倍と岸田と話しているうちに指輪を買おうとしていることがバレてしまった。指輪は、一人一人サイズが違うのだとは。よく考えたら当たり前なのだが、思いついていなかった。首輪や耳飾りなら、サイズは関係なかったのかな? けれど、一太が晃に贈りたいのは恋人がいる印なので、それならやっぱりどうしても指輪だ。

「すみません。この指輪とお揃いのものを、この指のサイズにしてほしいのですが」
「畏まりました」

 岸田の指の指輪を示しながら、安倍が話している。ショーケースの後ろにいた店員が、にこやかに頭を下げて一つの指輪を取り出した。
 一太は、ショーケースの中の装飾品の値札を見て少し息を呑む。表に並んでいる装飾品より、ゼロが一つ二つ多かった。ああ、でも、インターネットで調べた時に出てきた品は、更にもう一つ二つゼロが多かったものもあったのだ。晃が一太にと買ってくれたこの時計だって、きっとショーケース内の指輪くらいの値段がすることだろう。
 このくらいなら、何とか……。

「この二人のサイズも測ってほしいんですけど。あ、まだ買うものは決まってないんすけど、大丈夫ですか」
「大丈夫ですよ。ご確認しますね」
「ありがとうございます。お願いします。いっちゃん、手を出して」

 一太が、ショーケースの中を真剣に見つめているうちに安倍のサイズ確認は終わったらしい。実物を見ても、どんな物がいいか一太にはよく分からなかった。値段ばかりを見てしまう。

「ん? 俺?」
「うん、そう」
「え? 俺はいいよ。晃くんのサイズだけ確認……」
「え? いっちゃん。お揃いでつけないの?」
「え?」
「いっちゃん。僕にだけつけるつもり?」

 ん?

「いっちゃん。何で僕に指輪を買おうと思ったの?」
「ええっと。それは、その、恋人がいる印を晃くんにつけてほしくて……」
「うん!」

 晃くんがにこにこ、にこにこと笑っている。

「誕生日プレゼントに買うとちょうどいいなあ、と思って」
「うん、嬉しいよ。それでね、僕もその印をいっちゃんにつけたい。つけるならお揃いがいいんだけど、どう思う?」

 俺にも? 俺の指にも印を?
 一太は驚いて、自分の手をまじまじと見つめてしまった。
 誰のものでもなかった。生まれた時からずっと、誰もが一太をいらないと言った。
 その一太に、晃のものという印がつく?
 それは、なんて素敵な……!

「おーい。とりあえずサイズ測れ。店員さんが待ってくれてるぞ」

 自分の用事の済んだ安倍が、晃と一太の左手を掴んでショーケースの上にぽん、と置く。

「薬指測ってくださーい」
「あ、はい。失礼します」

 店員がまず、晃の左手の薬指に輪っかをはめてサイズを確かめる。晃は、にこにこ、にこにことずっと笑顔だった。
 一太は安倍の言葉に、ああそうか、どちらの手のどの指かも言わなくてはいけなかったのか、と驚いていた。確かに、指は十本もある。

「まあ、あれだ。恋人がいますとか、結婚してますって印は、左手の薬指に付けるもんなんだ」

 一太の内心に気付いたらしい安倍が説明をしてくれた。なるほど、なるほど。なら、他の指につけている人にはまた、別の意味があるってこと?

「お二人とも、大変細いですねえ」

 晃に十三号、一太に九号とサイズを伝えてくれた店員が、少し驚いた声を上げた。

「そうなんですか」
「ええ。その、男性の方にしては」
「村瀬くん、私と一緒だよ」

 女性サイズなのか、と一太は少し落ち込んだ。身長や体重が男性の平均に全く足りていないことは分かっていたが、まさか指のサイズまでそうだとは思いもしなかったのだ。

「あの。よく出るサイズなので、デザインは大変豊富にありますよ。お直しの代金もかからないですむと思います」

 店員の言葉に、このサイズで良かった、と一太は気を取り直した。どんなにご飯を頑張って食べても、指を太くするのは難しいだろう。なら、お直しの代金がいらなくて良かった、と思っておこう。

「晃くん。好きなのある?」
「いっちゃんは、どんなのにしようと思ってたの?」

 ゆっくりとショーケースの中をのぞき始めた二人の横で、安倍と岸田も一緒にのぞく。

「村瀬に装飾品が分かるわけねえべ」
「安倍くんにも分かるとは思えなかったんだけど」

 晃は、ちらりと岸田の指に光っている指輪を見て、くっくっと笑った。

「これは素敵だと思うよ」
「おう。俺もな、自分を褒めてやりたいくらい良いもの選んだ、と思ってるんだ」
「調子いいこと言ってー、って言いたいとこだけど、私もすごく気に入ってるから何も言えなーい」

 一太は、岸田の指輪をじー、と見つめた。そんなに言うほど、何がついている訳でもない指輪だ。特別に出っ張っている所はなく、ぐるりと蔦のような模様が彫ってある細いもの。ショーケースの中にある、色のついた石が幾つかついていたり二重になっていたりするものと違って邪魔にならなくていいな、と思った。

「うん、いい」
「お。村瀬もそう思う?」
「つけたまま、生活できそう」
「ああー。村瀬の基準、そっち……」

 一太には飾りのことは何にも分からないから、つけたままで生活できるのがいい、と思ったのだが、何か違っただろうか。しょっちゅう付けたり外したりして無くしても困る。

「あ、あれは?」

 もう四人でお揃いでもいいのでは? と一太が思ってしまった辺りで、ショーケースを真剣に覗いていた晃が一つの品を指差した。
 シンプルな銀色の指輪は、二つ重ねて模様が繋がっているのが分かる。二つでセット売りの商品。
 おお、と一太が目をやると、あっという間にケースから出して見せてもらった晃は、

「これにする」

 と、即決してしまった。

「へ?」

 一太は、まずは指輪とはどんなものなのかを確かめに来ただけだったので、晃の即決にぽかんとするばかりだ。二つセットなので、一太の考えていた倍の値段となっている。

「え? え? 晃くん、ちょ、ちょっと待っ」
「ん? いっちゃん、他に気に入ったのある?」
「あー、いや。うーん」

 他に?
 ぐるりと見渡すが、今、晃が出して貰っている品が一太も一番好みだ。一太の表情で晃も分かっているのだろう。

「まずは一個目だよ、一個目」
「えー。うーん。うん?」
「村瀬、諦めろ。ああなった松島は止まらん」
「うーん? うん?」

 流れるように、一太は恋人がいる証を手に入れてしまった。
 晃はもうずっと、顔が溶けるんじゃないかというほど笑っていた。
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