【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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182 ◇恋人がいる印を身に付けています

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「あの、松島先輩。その……」

 今日も今日とて食堂で声を掛けられて、晃は能面のような顔を向ける。同級生たちからこういった風に声を掛けられることはほとんどなくなったが、下級生からの告白が後を絶たない。後期に入ってからは、大学で姿を見かける間にと思うのかしょっちゅう動きを止められて、晃は辟易していた。
 告白される度に、僕には付き合っている人がいます、と告げているのだから、告白しても決して両思いにはなれない、という情報は流れているはずなのだ。それなのに声を掛けてくる人間が後を絶たないのは何故だろう。高校の頃は、誰か一人にオーケーをして付き合う人を作れば、瞬く間に噂は広がって寄ってくる者はいなくなったというのに。まあ、相手の、もう別れる、の言葉を合図にまた煩い毎日が始まっていたのだが。

「……」
「あの。あの」
「あの、先輩。なんでそんな怖い顔を向けてくるんですか。この子、ずっと先輩に話しかけたくて、今日、すごく勇気を出して話しかけたのに」

 晃が何も言わずに視線を向けると、相手はびくりと肩を震わせた。横に付き添っている友人らしき女の子が声を上げる。何で、見も知らぬ人に声を掛けられて不審な目を向けたことを責められなければいけないのか。ますます、晃の顔からは表情が抜け落ちていった。

「み、みどりちゃん。もういいから……」
「さき。だって、何ヶ月もずっと見てて、今日こそって決心したんでしょ。先輩、とりあえず、お昼ご飯を一緒に食べてもらえませんか」
「お断りします」

 やっと断れた、と晃はほっとして、もう席に着いている一太と安倍、岸田との四人席に向かう。

「ええっと、松島? その子たちは?」

 晃が、知らん顔で日替わりランチのトレイを手に歩く後ろを、二人がついて来ていた。

「え? いや、知らない人。急に、お昼ご飯を一緒に食べたいって言われて、今、断ったんだけど」
「あ、そうなんだ。ごめんね。ここ四人席だから。余分もないし、別の所に行ってくれるかな」

 安倍が、厳つい顔に人懐っこい笑顔を浮かべて断りをいれてくれている。よく、ぱっとこういう顔ができるなあ、と晃は感心して見ていた。

「あの、この子、松島先輩と話がしたくて」
「ああ、うん。どんな話?」
「え? あ、いや。だから、松島先輩に」

 安倍が、にこやかなまま返事をしている。付き添いの子が、む、と晃を睨んだ。席に着いた晃は、いただきます、と手を合わせると、ちゃっちゃと食事を始めたのだ。一太と岸田は食事の手を止めて、安倍と机の横に立つ二人を見ている。

「告白とかなら受け付けないよ。松島、付き合ってる相手がいるから」
「それは、告白を断るための嘘だって聞きました」
「ぶはっ。何それ。それを確認しにきたの?」
「何を笑ってるんですか?」
「笑うだろ。友だちが嘘じゃないって言ってるんだから、嘘じゃないよ」
「あ」

 その時、友だちに縋りついて食事をする晃を食い入るように見ていた子が、思わず、といった様子で声を上げた。

「指輪……」
「え?」

 二人は、しばらく黙って晃の左手薬指に光る指輪を見た。
 その後、む、と口を噤むと泣きそうな顔で立ち去っていく。

「おお」

 二人の背中を見送った安倍が、手を伸ばして晃の左腕を叩いた。

「痛いよ」 
「指輪、効いたぞ」
「声をかけてきた時に気付いて欲しかったなあ」
「ま、そうなんだけど」
「本当に、恋人がいる印になるんだ……」

 一太も、今の顛末に驚いてぼそっと呟いている。これまでも、松島晃に付き合っている相手がいるというのは告白してきた相手に断るための嘘だ、と言う者は一定数いたのだ。余りにしつこく迫られて、思い切って、付き合っている相手は村瀬一太だと教えた時には、そんな嘘をついてまで断りたいのか、と怒り出されてしまった。
 自分の左手薬指を見つめて、うんうんと頷いている一太の口に、日替わりランチに付いていたポテトサラダを放り込んでから、晃も左手薬指を見た。
 いっちゃんのプレゼントは、最高だった!
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